ごめんね
応接間のソファーに腰をかけた。
王都に越してきてから数日。
ソファーからの眺めも、いつの間にか見慣れた景色になりつつある。
メアリーちゃんが、ティーワゴンを引いてきた。
扉が閉まる音。
背後で、そよ風が、かすかに窓を叩く。
外からは、小鳥のさえずりが、遠くから聞こえたような気がした。
些細な情報が五感で拡大される。
精神が研ぎ澄まされているからだ。
それは緊張から……、いいえ覚悟を決めてないからよ。
どこかに甘えがある。それを捨て、しっかりとセバス爺の顔をみた。
彼は、咳払い。
メアリーちゃんが、配ったカップから湯気が立ちのぼっていた。
仕事を終え部屋を出ようとする彼女を、引き止めた。
もう秘密は、いらない。
セバス爺がもう一度、咳払い。
「レッドドラゴンを倒したのは、お嬢さまです」
それは、もう聞きました。
ジッと彼を見る。
「秘密にしたことは、お詫びいたします。その理由を考えてください」
理由?
ランスロットは、他人の手柄を取るような人じゃない。だって、彼は、あんなに一生懸命に稽古をしていた。
ズルは、努力を否定してしまう。そんなことをしたら、心に傷を負ってしまう。
「それは、あたしのため?」
「左様でございます」
じゃあ、彼は……。
「だから、ランスロット殿を責めないで頂きたい」
「そんなことは、絶対にしないわ!」
驚いて、腰を上げてしまった。
その時、テーブルを両手で叩き、カップから紅茶が少しあふれる。
「ごめんなさい」
メアリーちゃんが、せっかく入れてくれた紅茶……。
同じ年の彼女は、メイド服を着て、もう働いている。それが、当たり前とは思いたくない。
ふと、ここでは、みんなが、あたしのために動いてくれていることに、気づく。
ランスロットは、あたしのために心に傷を負っているのかもしれない。彼は、きっとそう。
なのに、あたしは、心が弱いことを、以前、みんなのせいにした……。
「落ち着かれましたか?」
「取り乱して、ごめんなさい。でも、彼を責める気はないわ。本当よ」
「こちらも、当たり前のことをうかがってしまい申し訳ありません。なのに、小僧ときたら」
小僧? 誰のことかしら……。
もしかして、ランスロットのこと?
セバス爺たら、急に背中でもかゆくなったのか、両手で空中をかきむしっている。
「セバス爺、大丈夫?」
孫の手、どっかにあったかしら?
セバス爺が、また咳払い。
もうっ! ぜんぜん話が進まないわ!
「理由を聞かせて頂戴」
ねぇ、はやく!
「あの時、お嬢さまは、魔力を解放して気絶されました。魔力解放は、マーリン殿から禁止されていたはず」
そういえば、そう。
「魔力解放されたお嬢さまに勝てるのは、『北の魔女』と呼ばれたレイラ様ぐらいでしょう」
お母さまが、『北の魔女』と呼ばれてたのは知ってる。でも、ピンと来ないのよね。
お母さまの武勇伝なんて。それよりも、よく料理を焦がしちゃって、厨房が大騒ぎさせてる印象が強いのよね。
セバス爺ぐらいよ。お母さまのことをレイラ様なんて呼ぶのは……。
「それが理由?」
そんな理由で、ランスロットがあたしを避けるようになったの?
「理解して頂けませんか……」
わかりにくいわ!
「とにかく、魔力解放されたお嬢さまの強さは、とにかく強いということです」
「それが理由なら、納得ができないわ」
だって、強いことは良いことだと思うわ。
あれかしら? ご令嬢が強いとみっともないとか?
「お嬢さまの強さは、間違っております」
「なによ、それ」
正しいとか間違いは、結果に対してする評価よ!
だって強くならないと、あたしは、若くして死んじゃうわ!
「強いことが正しいとは限りません。それに、お嬢さまの魔力解放は、ご自身の命を喰らっておりまする」
命を喰らう……。気絶したのは、そのせいってこと。なら、生命力なのかしら? ゲームでいうHPみたいな。
なら、ゼロになる前に、回復すれば……。
「言葉を言い換えましょう。命というのは、寿命のことです」
「なんで、そんなことが分かるの?」
寿命なんて、誰にも測れやしない。
命だって、あるなしのどちらかじゃないの!
「マーリン殿も、わたしも推測に過ぎませんが……。あの時のお嬢さまの姿を見て、寿命を喰らうておると……、そう確信をいたしました」
セバス爺の語気が荒くなっていく。
真剣な表情。本当に、あたしが心配なんだ……。
「マーリン殿から聞いた、お嬢さまの魔力解放時の姿は、二十代後半ぐらい」
二十代後半って……、また適当な……。
だって強くなれるなら、あたしは、犠牲を払う覚悟はある。
可能性があるなら、そこに期待したい。
「ワシがあの場で見たお嬢さまの姿は、二十代前半、いや二十歳の頃の」
「なんで、そんなに正確にわかるのよ」
姿で年齢なんて当たりっこないじゃない。
見る人で異なるわ!
「二十歳の頃のレイラに似ておった……、冷気が具象化した白い羽衣をまとった美しいお姿は、彼女と出会った頃を思い出す。あの時のお嬢さまは、『氷の姫君』と呼ばれるほど間違いなく美しかった」
「それと、寿命が縮むのは、関係ないわ」
「マーリン殿もレイラの若い頃を知っておる。だから、ワシとマーリン殿は、お嬢さまの魔力解放は寿命を喰らうと確信した」
「そんなの」
「お嬢さまの強さは間違っている。寿命を喰らう。これが本当なら、次の魔力解放は、十代のお姿でしょう。そして、喰らう寿命が無くなれば、お体の傷ひとつなく健康でも、帰らぬ人になるということです」
「そんなの関係ない」
寿命なんて測れやしない。
だって、ただの憶測じゃない!
「関係あります。誰だって、自分のために犠牲になるのは見過ごせないでしょう。それが大切な方ならなおのことです」
「なら、そのために、秘密にして、ランスロットが倒したことにしたってこと」
「左様でございます。殿下にとって、お嬢さまは、なによりも大切なのでございます」
なりよりもね……。
彼は、そんな事情を知れば、誰にでも、そうするような気がする。なんたって、世界を救う勇者さまになる人だもの。
今に、きっとみんながそれを知るわ。
「ランスロット殿にとって、お嬢さまは、なによりも大切なのでございます」
なぜ二回もいう!
こっちがみじめになるわ!!
「なによりも大切なのでございます」
三回いうなーーっ!
「もうっ! セバス爺、お母さまを呼び捨てにするのはダメ! あと時々、素が出てるわ」
「素が出ておりましたか……、申し訳ありません」
まったく、それにしても、みんな馬鹿だわ!
あたしは、どのルートでも、あと四年で死ぬんだから……。
でも、ありがとう。
本当に、本当にありがとう。
感謝します。
そして、ランスロット、ごめんね。
「お嬢さまは、この事実を公言されますか」
もうっ、セバス爺たらっ!
「しないわ。あたりまえでしょっ! 彼が、いたから、今のあたしがいる」
そう、強くなれたのは、彼のおかげ……。
幼い頃、初めて剣に触れたことを思い出す。
早朝、肌寒い中、彼は懸命に剣を振っていた。
軽々と振っていた、その剣を、持ち上げることは叶わなかった。
彼が、あたしの背中を押した。
「そうおっしゃると思うておりました」
ほら、やっぱり。
「それと、ランスロット殿も同じことを、以前、申されておりました。『彼女がいるから強くなれる』と」
違うわ。彼は、あたしがいなくても強いのよ。
ほんと、馬鹿ね。
あなたは、未来の勇者さまなのよ。
もっと、もっと、強く、強く、あたしの『他力本願』は、いつだって全力で、あなたを応援しているわ。
ねぇ、ランスロット、
「あなたは、なんで離れていくの」
当然よね、彼女を選ぶのが正解なんだから……。
「お嬢さまは、小僧がいなくて寂しいですか?」
えっ、声に出てた。
これは、ひとり言よっ!
なかったことにして!
「お嬢さま、顔が真っ赤ですよ」
「ですです、耳まで真っ赤です」
うるさい、うるさい、うるさぁーい!
「確かに、今の小僧は、男として0点どころか、マイナス」
やだ、セバス爺たら、未来の勇者さまに厳しいわね。
五十点ぐらいよっ!
「そして、お嬢さまの騎士としても五十点」
いいえ、マイナスです。
だって、いつも、いないじゃないっ!
「それも、お嬢さまの将来を思えば仕方なしとご理解ください」
あと、四年で死ぬんだってば!
「王と旦那さまは、あまり関係がよろしくない」
知ってるわよ。
お父さまたら、よく爵位を剥奪されないわよね。
娘として将来が心配だわ……。
「旦那さまは、ゼロから成り上がった武勇の人、爵位は首輪のようなものです。それに、国民から人気のある旦那さまを簡単に処罰は出来ません」
セバス爺たら、時々、すごく人相が悪くなるわよ。
「武勇のない王にとって、最年少ドラゴンスレイヤーの小僧は、利用価値が高い」
彼がした入学式の演説。
内容のない、つまらない演説。
覇気のない、お人形さんみたいな彼の姿。
心配で、心配で、心配で嫌いだ。
「そんな小僧がお嬢さまと辺境伯のご令嬢と仲良くされては、王の反感を買う。剣聖のワシが、王を離れ、旦那さまを選んだように、小僧も取られてしまうと心配をされます」
ガハハと笑うセバス爺を見て思う。
もしかしたら、この人のせい?
「王都に来る前、ワシは小僧に言うてやりました。そんなことは気にせずお嬢さまのそばにおれと。なのに、小僧ときたら、本当は……」
どうやら、セバス爺は、ランスロットのことを思うと、背中がかゆくなるらしい。
かけば良いのに、我慢をするから、凄く変。
「『お嬢さまが一番大切』だからてぬかしおる。だから、お嬢さまの分も、ぶん殴ってやりました」
その、ドヤ顔いらなーい!
馬車の中で彼が怪我してたのは、あなたのせいね!
「なら、ランスロットの利用価値が無くなったらどうなるの?」
「王の興味もなくなるかもしれません」
あらあら、セバスのたらっ、本当に悪そうな顔ねっ!
「あたし、ランスロットに勝ってみたい」
「半年後の騎士学校剣闘会に出場されますか?」
そんなのあるんだ。
「お嬢さまの得意な魔法は禁止。ひいき目で見ても、お嬢さまの勝ち目はないですよ。あの小僧は、強い」
だって、未来の勇者さまだもんね。
「ランスロットに本気でぶつかってみたい」
そうすれば、きっと何かが変わる。
そう願います。




