氷の姫君は望まない
あくる日の放課後。
「覚悟は、出来たかしら?」
シンディーちゃんは、昨日と変わらない美しいあいさつをしたあと、オホホホと話しをはじめた。その背伸びしてる感がとっても愛おしい。
だから、頭撫でちゃう。
「あのあの、シンディーさまは十三歳、お嬢さまより年上です」
えっ、そうなの。全然、見えなーい!
もっと、撫でちゃお!
「あ、あたくしの方が、背が高くてよ、だから、お姉さんなの! これだから、田舎貴族は」
あら、照れっちゃって、よしよし。
「やめろ、なでるなぁ」
ご高齢のメイドさんと、目が合う。
あっ、どうもと軽い会釈をした。
「ほら、ここが、あたくしが、いつも一人でケーキを頂く、秘密のお店よ! 田舎者には、絶対に、教えてあげないんだから」
あらあら、胸を張っちゃって……、てっ!? 以外と大きいわね……、この子……。
もしかして、あたしより、大きくない?
「いつも、一人なのは、その方が、静かに味わえるからなのよ。誰かと一緒に食べたいなんて、いつも思ってないんだからねっ!」
あー、よしよし。いつも、寂しかったんだ。
「だから、撫でるなって!」
彼女は、口を尖らせた。凄い美人なのに、幼く見えちゃうのは、こういうところよね。
そして、立ち直りが早いところも、彼女のえらいところ。
「オホホホ、今日は特別に、田舎者に中を見せてあげるわ。泣いて感謝なさいっ」
「あら、内装は、落ち着いてますね。それに、甘くていい香りがするわ」
「こら、先に入ったらダメッ!」
ウエイトレスの案内で、席に座る。
シンディーさまが、お話に夢中になってる隙に、座ったまま会計は済ませておいた。
ご高齢のメイドさんが、軽いお辞儀をしてくれた。
いえいえ、どういたしまして。
ケーキとお茶は、美味しかった。
シンディーさまのほほにクリーム。それを、年配のメイドさんは慣れた手つきで拭き取っちゃう。
ああ、そのままが、いいのにぃ〜。
「あのあの、お嬢さま、ほほにクリームが付いてます」
メアリーちゃんが拭き取ってくれた。
「オホホホ、田舎の方は、ケーキは初めてかしら」
あるわよっ!
いつの間にか、話題は、殿方のことになった。
彼女は、ランスロットの入学に合わせるため、十三歳で入学したらしい……、それから、
「あたくし、ランスロット殿下のお嫁さまになるのが夢なの」
と言う。
へえー、そうなの。
あれが強いのは認めるわ。いずれ、魔王が復活し、ラスボスの邪神を倒すのは、彼なんだから……。
だからって、恋愛対象? 不器用でぶっきらぼうな彼が?
「シンディーさま、あれのどこがいいの?」
「あのあの、お嬢さま、身内以外とお話しされる時は、王子には敬称を」
メアリーちゃん、ごめんなさい。あれに、王子とか殿下とか敬称をつけるのは、凄い抵抗がある。
あるのよ!!
なんか、負けた気がしちゃう……。
「ドラゴンを倒した勇者さまよ。強くて、お顔もよろしくて、きゃーっ」
大丈夫、シンディーさまは、敬称の件は気にしてないわ。
彼女は、ポワポワとした後、きっと、幸せな空想をしてたのね、あたしを真っ直ぐに見てきた。
「それでは、クラリスさまは、どんな殿方が好みでして?」
恋愛かあー、とりあえず、死なないことが目標だし……。とりあえずは、ないなぁー。
あるとすると……、邪神が滅んだあと、世界が平和になってからかな? 生きてれば、の話だけど。
そうすると、
「優しくて、包容力があって、話を聞いてくれるひとかな?」
つくづく、ランスロットとは正反対だな……。
平和なら戦闘力はいらないよね。
「そうすると、オーウェンさまかしら? よんだいこうしゃくのご子息のくせに、辺境伯の田舎娘に惚れているとの評判は有名ですのよ」
この子、もしかして、四大公爵を噛まないようにゆっくり言ってる、どこに噛む要素があるのかしら?
「あのう、オーウェンさまでよろしくて?」
オーウェン?
「あのあの、昨日の殿方です。今朝も、ご挨拶をされてました」
あー、ないない、ないわー。
「オーウェンさまは、こう言っては失礼ですが、弱くて頼もしくありませんので……」
「あの方も、社交界では優しくて包容力が、あると人気がありましてよ」
「優しくて包容力があるより、不器用でも頼りになる方が好きです」
「あのあの、お嬢さま、それじゃあ」
「最初と、真逆ですのよ」
そうなの?
でも、そろそろ、本題に入ろうかしら……。
「シンディーさま、『氷の姫君』について、ご存知のことを教えて下さい」
「あら、よろしくってよ」
やっぱり素直だなあー。
彼女は、ケーキを追加で注文し、話をはじめた。
「オーウェン辺境伯の一人娘のご令嬢は、『氷の姫君』だという噂ですのよ」
オホホホと笑う彼女。
「それで?」
「それだけですのよ。そうそう、『氷の姫君』のお話しは、剣聖の許しがいる、あと辺境伯のご令嬢には絶対秘密にしろ。なんていう、噂もあるのよ」
剣聖……、この世界に一人しかいない。
それは、セバス爺……。
「どうせ、すごく恥ずかしいことよ。例えば、ドラゴン退治の際に、あなたが真っ白になって気絶したとか。あたしは、そう思っているし、貴族たちの間でもそうなっていますわ」
あたしもそう思う。
シンディーさまの言う通り、あたしが気絶した、それは、多分、間違いがない。
でも、あの一件から、ランスロットとの距離は開いたと思う。
いいえ、あの一件からよ!
彼は、変わった。
稽古に対して、より真剣に、そして、一生懸命に強くなろうとしていた。
だから、あたしは、こう思う。
きっと、彼が、ドラゴン退治の際、なにか間違いをした。
それは、あたしに対して責任を感じるようなミス。
そのせいで、あたしが記憶を失くして気絶をした。
もし、そうなら、悪いのは全部、わたしだ。
シンディーさまと別れて、急いで屋敷に戻る。
セバス爺を問いただす。
「セバス、隠しごとは、許さないわ。ドラゴン退治のこと、包み隠さずに話して頂戴!」
「お嬢さまのお頼みでも、それは出来ません。それに、隠しごとは、一切しておりません」
彼は無表情だった。それは、下手な役者が、覚えていたセリフを話しているように見えた。
「なら、セバスとは、もう、一生、口をきかないわ。ここから、帰って頂戴っ!」
彼をジッと見つめる。一生、口をきかないは多分無理。さよならも、絶対に嫌。でも、あたしは知りたい。
知りたいのよ!
どんなことでも、知ることがあたしの責任。
それ以上も、それ以下も、あたしは、なにも望まない。
セバス爺は、ものすごく苦しそうな表情をしてから、「あれも、十分に強くなったから良かろう」と言った。
「秘密にしていた理由は、お嬢さまの命を守るため。そして、ランスロット殿下も、私も、あの時、なにも出来なかった。ドラゴンを倒したのは、お嬢さまです。クラリスお嬢さま、あなたが、ドラゴンを倒したのです」
そして、セバス爺は、真相を語り出した。




