悲恋のサブヒロイン
運命は、もう走り出している。
お屋敷の中庭の噴水を太陽がキラキラと照らしていた。
「クラリス、お誕生日おめでとう!」
お父さまが、あたしに抱きついてきた。
幼い本能は心をウキウキにする。でも理性は、冷静のままよ。
だってあたしは前世の記憶を持っているもの。
だから、知っているの……、この世界が間違いだらけの異世界だと知っている。
スナック菓子のポテチだってある最高の間違いだらけの異世界生活。
パリパリ、ボリボリとポテチを食べる。
中々に美味、納得のクオリティにもう一枚。
お父さまがほっぺにチューしてきた。
あたしは、「大ちゅき」と適当に返事して瞳を閉じた。発音が悪いのは、六歳だからしょうがないのだ。
お父さまは優しい。
そしてポテチを口へ運ぶ。
「もう、あなた、可愛いクラリスを独り占めしないで」
お母さんとお父さまで挟まれてしまう。
優しい両親。
幸せは、確かに存在していると実感できた。
そしてポテチをもう一枚。
「旦那さま、早く執務に」
侍従があたふたと騒いでる。
お父さまは、仕事をよくさぼる。だから、辺境伯などと、みんなから呼ばれていた。
サボってばかりだから左遷されたのね……。
貴族社会については、読書がこうじて中々に詳しいのよ。辺境伯ってのは、きっと本社から子会社に派遣されたようなものよ。左遷だわ、左遷!
きっと、そうよ!
子供ながらに将来に不安を感じていると、中庭に来客が来たようだ。
「ほら、クラリス、ランスロット王子にご挨拶なさい」
お父さまが紹介する先に、同じ年頃の男の子がいる。
ほら、ご覧なさい。本社が子会社を視察しに来たわ。
ここで失礼があったら、お父さまの地位があぶない。バットエンドには、まだ早いわ!
ポテチをもう一枚つかみ口へ運ぶと気合いが入る。
さあ、あいさつをしましょう。
ご令嬢がする美しい所作を見せてあげるわ!
あら、ポテチの袋が邪魔かしら。
なら、小脇に抱えて……。
トテトテと男の子が近づいてくる。
この子ったらせっかちだわ!
ちょっと待ちなさい! いや、待って!
男の子は、両手を包むようにして目の前に持ってくる。
「ほらほら、プレゼント」
彼が手を開くと、
「きゃーーっ」
何よこれ、緑の……、か、かえるね。
かえるは怖くない。でも気持ち悪い……。お父さまの後ろへ隠れた。
「うっ!」
ランスロット王子が後退りする。
お父さまは怒ると怖いらしい……、そういう都市伝説を聞いたことがある。
だが、王子も負けていない。さすが大企業の社長の息子、いや、未来の勇者。
「うっ、これをくらえ」
どストライク! あたしの顔面にカエルが張り付きました!
スローモーションで風景が動く。
顔面からはがれて落ちていくカエル。
そして、手放した菓子袋から、わたしのポテチが……。
わたしの大好きが、あふれて落ちていく……。
理性は前世の記憶を持っている。
でも、幼い感情は、瞳からあふれ出した。
うわーん!
あたしは知っている。
あたしのことを誰よりも知っている。
この異世界は、ゲームの世界。
勇者が魔王を倒すことが目的のファンタジーゲーム。
でも超人気のファンタジーゲームだ。
パーティメンバーの人間関係、恋愛事情に奥行きがあるバトルシステム。バトルシステム?
まあいいわ。それは、いいのよ。どうせ、あたしは最弱悪役令嬢なんだからっ!
あたしは知っている。
ヒロインのライバル役があたしなんだから!
幼なじみで王子で勇者の男の子。
目の前でお父さまに、こってり叱られているランスロット王子が、未来の勇者さま。
そして、あたしは、この子と恋に落ちても落ちなくても、恋愛成就してもしなくても、死んじゃう結末しかないんだから!
超人気でも、あたしにとっては、超クソゲーよ!
うわーん!!
「うお! 可愛いクラリスを泣かしおって! 戦争じゃ! 戦争の準備じゃ!」
左遷された、辺境伯のお父さまが、出来もしないことを叫んでくれた。
これは、きっと隠しスキル『他力本願』の効力ね……。他力だけあって、ちっとも役に立たないスキル。そして、もう一つは『ほめられたら伸びる子』というもの。なんじゃそりゃ、誰だってきっとそうよ! もうっ、役にたたないスキルばかり!
「旦那さま、お待ちください! 落ち着いてください!」
侍従たちが中庭に集まってきた。
ヒック。涙もそろそろおさまるみたい。
ヒロインのライバル、最弱悪役令嬢クラリスは、悲恋のサブヒロインとして、コアな人気があった。
背がちんまい、ぽっちゃりした童顔は、妹要素も兼ね備えているみたいで、男性たちの需要があり、ファンサイトすらあった。サブヒロインが人気なんて結構あるしね。
勇者が最弱のクラリスと相思相愛になって、ラスボスとの決戦で、彼女と死に分かれるラストは、トゥルーエンドと呼ばれてるくらいだ。
あたしもこのラストは好きだ。悲恋好きだから……。
だからって転生するならヒロインにしてよ!
悲恋の最弱悪役令嬢なんて嫌よ!
うわーん!
「旦那さま、やはり全兵力を上げて王国を潰しましょう!」
スキル『他力本願』のせいで、侍従たちも、お父さまに同調。お母さますら、「あなた、クラリスを泣かすような国は放ってはおけません」と後押しをしてきた。
勝てる訳ないじゃん! バットエンドの前に、デットエンドよ!