①
わたしは自室ベッドルームに帰るなり、大きく『死亡ルート回避案』と書かれた紙を取り出した。
作戦を練り直さなくちゃいけない。
友達のサクラのために。
『憂国の聖女とフォルトゥナの騎士』はどんなストーリーだったか。
前世の薄い記憶を必死で探る。
好感度が一定値に満たないことで進むバッドエンドルートは、その時点で一番好感度の高いキャラに見送られて、ヒロインは一人で元の世界に帰される。ヒロインは無傷だ。攻略キャラは死ぬが。
しかし大きな問題が一つある。
『憂国聖女』は、半分がRPGパートで構成されている。
攻略キャラの個別イベントでしか習得できない、上位の剣技や魔法。取りこぼすと戦いが厳しくなる。
(弱いままじゃ、サクラがザコ戦でやられてしまう可能性があるわ)
コンティニューボタンなど、あるとは思えない。
となると、個別イベントを無視してバッドエンドを目指すのは、なしだ。
一方グッドエンドルートは、ヒロインに選ばれた攻略キャラが新しい王になり、ヒロインと二人で、この国を末永く治めるというもの。
この国では、王の選出は血筋よりも預言が優先される。
次の王は聖女に選ばれた人物。
預言で、すでに国中に周知されていることである。
(でも、男の子だしなあ)
サクラは、どんなに見た目が美少女でも、中身はゴリゴリの男の子だ。
多分、絶対、男と結婚なんて嫌がる。
ここまで書き留めて、
「そうなると、女王エンドかしら」
女王エンド。
いわゆるハーレムエンド。
戦闘能力値と、全員の好感度をMAXにすることで進める、隠しエンドだ。
確か、この世界に止まるか、元の世界に帰るかの選択肢もあったはず。
そうなると、これまでと真逆のアプローチをするしかない。
攻略キャラ全員をサクラに惚れさせるのだ。
(あの美貌があれば楽勝なのでは?)
ちょうど考えがまとまったところで、ドアがノックされた。
「エルネスト殿下から伝書鳩で贈り物が届きました」
メイドはそう言ってわたしに小箱を差し出した。
「ありがとう。後でお礼のお手紙をお送りしますわ」
寮のメイドたちは、今のわたしにすっかり慣れた。
小さくおじきをすると、すぐに退室する。
エルネストとは、攻略キャラの一人で、わたしの、悪役令嬢の婚約者だ。
ゲームでは知らなかったが、エルネストはドロシーに月一度、贈り物をしてくる。
怒らすとめんどくさい、わがまま令嬢の機嫌取りのためだ。
そういえば……
ドロシーのヒロインいじめから発生する、エルネストとの出会いイベント。
回避したままだった。
果たして取り返せるだろうか。
同じような状況を作れば、イベントが発生する可能性はあるが……。
(サクラをいじめるのは嫌だなあ)
どうしたものか。
翌日、特訓を終えてサクラと別れて寮に帰ると、長身の男性がいた。
「お嬢様、エルネスト殿下が会いにきてくださいましたよ」
メイドが嬉しそうに手招きする。
銀色の長い髪に、青い瞳。
もちろん、イケメン。超絶イケメン。
攻略キャラその1、エルネストだ。
なんで?
わたしは失礼のないように、挨拶をした。
「エルネスト様、なぜこちらに?」
エルネストは怪訝な顔で、わたしの顔色をうかがった。
「君から、お礼の手紙をもらったから……」
言われて、自分がドロシーらしからぬ行動をしてしまっていたことに気づく。
いつものドロシーの手紙は、毎回50枚にも及ぶ。
半分は日記、もう半分は自慢話。
今回はビジネス的なお礼状を、ぺら一枚を送ってしまった。
(しまった。社会人の癖で)
いつもと違うことをしたので、とてつもなく怒っているのではと、様子を伺いに来たのだろう。
しかし、これはチャンスだ。
「エルネスト様、お時間があるようでしたら、紹介したい方がいるのですが」
すんごいめんどくさそうな顔をされた。
逃すものか。
「わたくし、その方に出会って変わりましたの。とっても素敵な方ですのよ」
ふふふ。
気になるでしょう?
わがまま放題の傲慢令嬢を、まともに変えた女の子が。
エルネストは驚いた顔をしてから、少し考えて、承諾した。
「わかった。会ってみよう」
わたしは心の中でガッツポーズした。