④
*挿絵が出ます
上半身裸のまま固まるサクラ。
固まるわたし。
生で見たのは初めてだけど、わたしにだってわかる。
女の胸なのか、男の胸かくらいは。
サクラはわたしの腕をぐいと引っ張って、ドアを慌てて閉めた。
「ドロシー」
顔に、いつものような笑顔はない。
「このこと、内緒にしてくれないか」
このことって聖女様が男だったという話よね?
わたしは混乱した。
ヒロインが男……。
ゲームの進行はどうなるのだろう。
(乙女ゲームじゃ、男同士は結ばれないからバッドエンド確定?)
それともBL?BLゲームだったの?
だとしたら、なんかショックだ。(BLが嫌いという意味でははなく)
「ドロシー……」
サクラがこちらを不安げに見ている。
「あ、え、ええ。もちろんです。秘密にします」
それを聞いてサクラは、ほっと胸を撫で下ろした。
ゲームでは……ヒロインの他にもう一人、異世界から召喚された人物がいる。
ヒロインの元の世界でのクラスメイトで、攻略キャラの一人だ。
聖女の儀で、聖女と一緒に「男」が召喚されたと大騒ぎになり、そのキャラは幽閉されてしまうのだ。
ヒロインは、その男の命を保障するならばと、魔王と戦うことを王に約束する。
つまり聖女自身も男だとバレたら……サクラも殺されてしまう可能性が高いのだ。
(それは、絶対にダメ)
そう、最初から彼の容姿には違和感があった。
多くの乙女ゲームでは、ヒロインの顔は描かれない。
プレイヤーがヒロイン=自分だと思えるように。
ゲーム『憂国聖女』のスチルでも、ヒロインは後ろ向きにしか描かれていない。
だが、『憂国聖女』のヒロインはロングヘアーなのだ。
目の前にいる彼は、同じ黒髪ではあるものの、少しはねた短髪。
いちプレイヤーの投影かと思っていたが、目の前の美少女は、見れば見るほど美少年にしか見えなくなってきた。
ふと思い立ち、
「サクラ様、こちらで少々お待ちいただけますか?」
そう断って、わたしは部屋を立ち去った。
大荷物を持って、自室から戻ったわたしを見て、サクラは驚きの声をあげた。
「何、それ」
「化粧品ですわ」
そう言って、鏡台の前にサクラを座らせる。
「それと、ウィッグにお洋服。メイドに用意していただきましたの。」
化粧品の蓋を開けて、サクラの顔を見る。
毛穴ひとつないツルツルのお肌に、長い睫毛。
(ファンデーションは要らなそうね……えっと口紅はこれかしら)
赤いものを指につけ、サクラの形の良い唇につける。
(あら?ほっぺが真っ赤だわ、流石は高校生。血色がいいのね)
ゲームの設定ではヒロインは16歳。
ついでに言うと、ドロシーは17歳だ。
なんとか化粧を施した。
「どうかしら!」
これなら男には見えないはず。多少けばけばしい気もするが……。
「どうって……」
「だ、ダメ?」
「こんな女がいたら、近づきたくない」
濃いアイメイクのせいでサクラの表情は読めない。
……呆れている気はする。
だが、前のドロシーはメイドに任せっきりで……前世の地味なわたしにも、化粧の技術なんてなかった。
どうしたものか。
ふうとため息をつき、サクラは化粧を落とした。
「見せて」
そう言って、サクラはわたしの顔を覗き込んだ。
息が当たるほど、距離が近い。
美形耐性ゼロの、わたしの心臓がバクバク言ってる。
「よし」
サクラはわたしを見本に、自ら化粧をした。
「こんなもんだろ」
美少女がいた。
見たことないレベルの美少女がいた。
男子高校生にすら女子力で負けるわたし。
「お、お洋服のコーディネートは、わたくしにお任せください!」
これなら自信があった。
(イベントスチルで見てるもの!)