①
真面目で保守的。ごくごく平均的な日本人。
普通の学校をとっくに昔に卒業して、普通の会社に就職した。
休日は一人でゲーム。
地味で目立たず、親しい友人もおらず、恋人もいない。
30歳を目前にして、交通事故に巻き込まれて死んだ。
自分の死を確信しながら、思ったことは……
(あ〜……、 一度でいいから、恋したかったなあ)
それがわたくし……
いや、わたしの『前世』だ。
そんなわたしが生まれ変わった先は、国有数の侯爵家一人娘。
傲慢かつナルシストな性格に育ったのは、蝶よ花よと育てられた影響か、前世の反動か。
ドロシー・アクヤーク。
わたしはこの名前に覚えがあった。
乙女ゲーム『憂国の聖女とフォルトゥナの騎士』。
ドロシー・アクヤークは、ヒロインをいじめる悪役令嬢の名前だ。
恋に憧れたまま死んだのに、転生先が乙女ゲームの悪役令嬢。
ご想像の通り、誰にも好かれぬまま破滅する運命だ。
(もしかして……このままでは、まずいのでは?)
わたしはゲームでドロシーが辿った運命を思い出す。
正直言って、脇役の顛末なんてパッと思い出せない。
確か、『憂国聖女』の攻略キャラは4人。
いずれのルートでもバッドエンドだと国外追放、
グッドエンドだと……
「死……っ」
わたしがガバッと飛び起きると、そこは見慣れた学園の寮の自室、ベッドの上だった。
取り巻き……もとい学友たちとメイド達が、わたしを青い顔で覗き込んでいた。
「ドロシー様!ご無事ですか!?」
「本当に心配しておりましたのよ!本当に!」
本当に、を二度も言ってしまうと、嘘っぽくならないだろうか。
「あの聖女が何かしましたのね!私たちがお助けできたら良かったのに!」
自分たちのせいにされないように、責任を押し付けたいのね。
「大丈夫ですわ。ご心配なさらないで」
わたしはちゃんとドロシーの口調で応える。
空気を読む日本人というやつだ。
…なのに空気が凍った。
「で、では、エルネスト殿下には、言いつけないでいただけるのですよね!?」
学友達が言うエルネストとは、この国の王子で、ドロシーの婚約者。
そして攻略キャラの一人だ。
グッドエンドルートで彼に婚約破棄されたドロシーは、闇落ちして魔物と化し、ヒロイン達に殺されるのである。
彼には王位継承権がないので、悪役令嬢が王妃になるルートはない。
安心してほしい。
もっと驚いているのはメイド達である。
「(ヒソヒソ)打ち所がわるかったのかしら」
「わ、私たちは、最高の名医に診ていただきましたから……」
「額のたんこぶもじきに良くなりましょう!」
(あたっ!)
わたしの額にはけっこう大きなたんこぶができていた。
わたしはふうと息をつき、
「…大丈夫ですから。今日はもう、休ませていただいてよろしいかしら」
そう言うと、みな足早に部屋を出て行った。
気が変わったドロシーが、怒り出す前に。
皆が部屋を出て行ったのを見送って、わたしはガバッとベッドから飛び降りる。
(まずいわ、どうにか対策しないと)
紙に大きく『死亡ルート回避案』と書き殴る。
(追放は仕方ないとして、また何もない人生のまま死ぬのは嫌)
ヒロインが攻略キャラと結ばれるグッドエンドなら死亡。
好感度が足らずバッドエンドなら追放。
ならば、
「ヒロインと攻略キャラの仲を邪魔をすればいいんだわ」