後編2 (修羅場)
「おかえり、二人とも。帰ってくるのを待っていたよ?」
我が弟子エースが素晴らしき笑顔でそう出迎えた。
……よーし、考えよう。
ホテル最上階から飛び降りて逃げおおせる方法を!!
「エース! それからナイジェル!?」
「お嬢様、お帰りなさいませ」
黒髪赤目のイケメンがそうにこやかに言う……ってことは、この人はロナ関係の人か。
「コーラ、どうして二人がここに?」
「は、はい、お嬢様がお出かけになった後、こちらにちょうどお訪ねになられまして……」
「……まあ、そうなのね?」
修羅場、目前。
部屋が緊張感に埋め尽くされる中、アニエスが次に放った言葉は……。
「なら!! ちょうど良かったー!!」
……え? 全員が目が点になり、アニエスを凝視する。
「ルームサービスを全メニュー頼んだのだけど、確かそれって大きなオードブルや誕生日用のケーキもメニューにあったし、とても三人では消費しきれないなと心配していたの!!」
アニエスはにっこり続ける。
「健康的な青年ふたりが参戦すれば実に心強いわ!」
しかし、そんなアニエスの朗らかさにも誤魔化されない人物がここに一人。
「……アニエス、そんなことより何で師匠をホテルの部屋に上げたの?」
「え? 食事をするためよ」
「わざわざ?」
「わざわざって……だってこんな格好でパブで飲食するわけにはいかないじゃない? この格好に添ったレストランも今から予約なんて出来ないし……ルームサービスなら夜遅くてもアツアツの料理が食べられると思ったんだもん」
「ホテルに男を上げる意味をアニエス。わかってる!?」
「??? なんでいけないの? だって二人っきりじゃなくて部屋にはコーラもいるじゃない!」
「……アニエス聞いて? 普通、男女が二人で一緒にホテルに入った時点で、中に何人いようとどんな疑いを掛けられても文句が言えないんだよ!? それこそどんな不道徳な関係に見られてもだ……それくらい、これは自分の首を絞かねない行為をしているんだよ。わかる!?」
「え……そ、そうなの……?」
「そうだよ」
そう言われ、アニエスは明らかにオロオロしだした。
「ち、違うの、違うの!! 本当に、ただご飯を食べようと思っただけで……そんな他意なんてなかった! 本当に知らなかったの!!」
アニエスは泣きそうになりながら釈明した。
というか、なるほど、さすがにおかしいとは思っていたが、そうゆうことだったんだな!?
いや~あせった焦った……うん、焦った。
いや、別に残念になんて……うん、……思ってないよ。うん……。
「まあ、……アニエスのことだから、そうだとは思ってた。でも、次回からは本当に気を付けてね?」
「はい……」
「っていうか、問題は……」
そこでエースが青筋をたてて、俺をギロリと睨む。
「おっさん……貴様だよ!?」
で、ですよね~。そう来ると思った~!!
「何を……のこのこと言われるがままに上がりこんでんだよ!?」
エースが、キスさえ出来てしまいそうな位置までにじり寄り、目が血走った様子で言う。うわぁ、すっごい迫力〜(ガクブル)
「いや、これには事情が……まさか、こんなことになるとは思ってなくて……」
「は? ゴニョゴニョ言っててよく聞こえないんだけど!?」
「いや、マジでそんなつもりは無いんです。はい!!」
だが、そこで天の助けか!? 黒髪赤目のイケメンにーちゃんがイキナリ別の話題を振ってくれた!
「いや〜、それにしてもお嬢様、今日はまた一段とお綺麗ですね!?」
「え、どうもありがとうナイジェル……」
「……でも、ちょっと着崩れてるような……あっ!? お嬢様その首の跡……なんか……それ、もしかして手で絞められた跡なんじゃないですか!?」
「えっ!?」
そこでエースが俺への尋問をパッと解き。アニエスのもとへすぐに駆け寄った。
「……本当だ……!」
「エ、エースこれはね、あの、その、えと……!」
「…………………………コーラ」
「はっ、はいぃ! ぼ、坊ちゃま!?」
「……傷用の塗り薬を出してくれる?」
「た、ただ今すぐに!」
エースはアニエスを無言で見つめ、アニエスは気まずくて顔を俯く。
「実は予想はついてるんだけど…………それでも……説明。してもらえるよね……?」
と、いうわけで今日の経緯についてのあらかたを、アニエスがエースに説明することとになったのだが……アニエスの首に薬を丁寧に塗りつつ、エースは話を聞いていた。
だが、その話が進んで行くにつれ、エースの眉間の皺はどんどん深くなっていく……。
「却下」
「……え?」
「メンショー伯爵家との取引は却下だよアニエス」
「え、そんな無理よ! もう約束してしまったわ!? それに、これは私の罪滅ぼしの意味もあるのよ?」
「うん、話は聞いたからわかるよソレは? ……だけど、元々、酷い態度で余計なことをしたのは彼だよね? 普通にしていればそんな目には合わなかったはずなんだから……」
「それは……そうだけど。でも彼は五年間も地獄をみたのよ?! いくらなんでもそこまで負うような罪じゃないわ!」
「そうかな? 地獄を見た割には根本が変わっていないように思うけど??」
「……そりゃあ性格はそんな簡単には変わらないもの! ……でも、今回、話し合ってみて思ったの、これからは、もっとずっと彼は前向きに変わっていくって!」
「それはアニエスの感想でしょう?」
「それは……そうだけど……」
……いつもアニエスにあまあま激甘コースなエースが、こんなにガチにキレているのは相当に珍しい。
いや、それだけアニエスを心配しているからに他ならないんだが……。
「というわけで改めて却……」
「イヤよ……!」
「……アニエス?」
「…………絶対に嫌。これだけは譲れない!! 私、ずっと後悔してたの。あんな事をしたこと! 悔やんで悔やんで……何度、時を戻せたらって思ったか知れないわ!? ……それがやっとお互いに納得する形にまで今日は持ってこれたのに……それを『はい、やっぱり無しにします』だなんて、そんなあまりに無責任なこと、死んだってするわけにいかないわ!!」
アニエスはエースに烈しく噛みついた。しかし……。
「っ……だけど、だからと言ってエースと喧嘩がしたいわけじゃない……っ!」
アニエスはそう言うと肩をシュンと落とした。
なんか、今こうして不安げなアニエスの背中がやたら小さく見えるな。
エースは暫くその様子を見て黙っていたが、やがて大きなため息をつく。
「……メンフィスと会う時は、必ず僕かアレクサンダーが同伴であること。……アニエスこの条件をのめる?」
「!!」
「僕もアニエスと喧嘩なんてしたくない。しかもどっかの馬鹿野郎のせいでなんて、特に……」
「……うん、わかった。エースの言う通りにする。こんな我が儘を言ってごめんなさい……でも、分かってくれて、ありがとうエース……」
「うん、僕も怒鳴ってごめんねアニエス?」
二人は姉弟の抱擁をかわし、この話にようやく決着がついたようだ。
「あ〜あ、怒るのってしんど! やっぱこういう役割は向いてないや……本当、アレクサンダーを連れてくるべきだったなあ」
「いやぁ、でも、すごい迫力だったぞエース……!」
「…………あ、言っとくけどおっさんへの話はまだ終わってないからな……?」
えっ!? そうなの??
その時、コンコンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。
「あ! ルームサービスが来たみたい!」
いよいよ夜通しのパーティーがここに始まろうとしていたのだった。
※ジオルグの『師匠株』が暴落するとエース、アレクサンダーはジオルグのことを『おっさん』呼びし始めます。あしからず。