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【閑話】メンフィスの歪んだ初恋その2


「そ、それではメンフィス様。まずは湖にご案内いたします」

「………………」


 メンフィスは他の人間の前では、礼儀正しい好人物だったのにアニエスと二人きりになった途端、ものをほとんど話さなくなった。

 それにアニエスはスカートをキュッと握りしめ、悲しい気持ちになりながらメンフィスの少し前を歩く。


(こんなことなら先生の授業が夕方まで長引いたらよかったのに……)


 でも、さすがの著名な音楽家の先生も、すぐ近くで高位貴族が圧を掛けるような見学をする様子にやりにくさを感じたのか、アニエスの想定ではあと一時間は続くはずだった授業は、早々に切り上げられてしまった。


(いったい何を話したらいいんだろう? えーと、血の話はダメ、筋肉の話はダメ、占いの話はダメ、呪術の話はダメ、政治の話はダメ、哲学・宗教の話はダメ、数字の話はダメ、お金の話はダメ、ホラーはダメ、匂いの話はダメ、毛の話はダメ…………)


 アニエスは母からするなと言われた話のリストを頭の中で反芻(はんすう)する。こんなことなら、逆にしていい話を母から聞いておくべきだった。とアニエスは後悔する。


(普通の女の子はどういう話をするんだろう? 女の子たちに嫌われているから、そういうのもわかんないや……)


 アニエスは同い年の女の子たちから嫌われやすい。

 『魔力無し』というのもあるが、他の女の子とのテンポや興味関心が違うこと。それにエースやアレクサンダーといつも一緒なことで嫉妬やヤキモチから、意地悪されているというのが主に原因だ。

 

 アニエスとしては是非とも女の子たちと仲良くしたいのに、それはほとんど叶わぬ夢に近い。

 だから、こういう場合女の子からはどういう話題提供が無難なのかも、アニエスには皆目見当もつかなかった。


「……メンフィス様は食べ物は何がお好きなのですか?」


 だから、万国共通のワン・ツーに無難な質問をアニエスは相手にした。


「不味くないものでしたら、何でもいただきます」


 しかし、その話題も一言でバッサリと切り捨てられてしまう。

 アニエスは帰りたくなったが、ここでメゲてはだめだと再度質問をした。


「で、では好きな動物は? ペットは飼っておいでですか?」


 アニエスがこれまた無難な質問ワン・ツーをする。うん、これで手札は使い切ってしまった!


「……我が家は大規模な牧場を持っておりますので、あまり感情移入するとやりにくく、ゆえにあまり動物には好き嫌いを考えないようにしています」

「そう……ですか」


 アニエスはなんだか、しゃがみこんでいじけてしまいたくなる。


 そんな、アニエスたちの様子を近くで見守る者たちがいた。

 道の脇に植えられた樹木の植栽を挟んで作られた小道を縦に並び、そんな木々の隙間から二人の様子をうかがうエースとアレクサンダー。

 そして少し後ろにメンショー伯爵の執事といった形だ。


「……あいつマジで感じ悪い。俺たちにはヘコヘコしてたくせに何なんだよあの態度? というかこういう場合、話をリードするのはふつう男側だろうが!」


 エースがメンフィスのアニエスに対する態度に(いきどお)りを(あら)わにする。


「エース。あんまり言うと後ろの執事さんに聞こえますよ?」


 アレクサンダーがチラリと後ろに目配せして言った。


「構うもんか! だってここまで、義姉(ねえ)さんが何をしたって言うんだ? せいぜい緊張し過ぎてガチガチなくらいじゃないか? それでもあんなに健気(けなげ)にいろいろ話を盛り上げようとしているのに……!」


「……僕等が舐められないように最初に前に出て、牽制(けんせい)したのが、逆に良くなかったかもしれませんね……?」


「もう、こんなの止めにしたらいいのに……お見合いの回数が増えるたびに、アニエスの心に傷が出来るだけだ」


「旦那様や奥様がお嬢様に苦労させたくない一心なのもわかりますけどね」


「当然だ。アニエスに苦労なんかさせないよ! でも、それをするのが身内でも構わないはずだ」


「……だからでしょう。僕らがあんまり過保護だから、このままだとお嬢様の社交性や社会性に問題が出ると旦那様は懸念されている」


「アニエスは立場が関係無くなれば、むしろコミュ二ケーションお化けそのものだと思うけどね?」


 そう、立場が関係なければアニエスは大きいステージに立って大人を椅子から笑い転がせ、うっかり骨折させて病院送りにし、会場を爆笑で過呼吸にして息さえできなくしてしまう。


 おまけに本来、圧倒的な聞き上手で、相手の隠していることや本音を巧みに聞き出すそのセンスと能力は、まるで催眠術か詐欺の現場そのものであり、末恐ろしいくらいだ。


「えーと…………お嬢様が生まれる立場を間違っているというお話ですか?」


「……むしろ、この生まれのおかげで世紀の大犯罪者を出さないで済んでいるともいえるよ……?」


 いったい彼女はどこをどう間違えて育ってしまったのか……?


「あ、あ、メンフィス様! あちらに湖が見えました!!」


 アニエスはようやく厳しい沈黙の移動の時間が終わることが嬉しくて、湖に向かって駆けだした。


 その足の速さは全力疾走の犬にも勝る。


 あっという間にゴマ粒のようになるアニエスの姿に、メンフィスは目が点になった。



「…………もう、無理だから今日のお見合いは無しでいいんじゃないか?」


「そうですね……全力でデート相手を置いていってますからね」


 さっそく破談の暗雲が垂れ込める。


「何なんだ……あいつ」


 実際、メンフィスもそう(つぶや)かないわけにはいかなかった。


 一方、湖に着いたアニエスはというと、湖で小舟を出す準備を始める。

 くるくるとキツく繋いでいたロープをゆるめ、舟の中に座って痛くないよう毛布を敷き、舟にオールをセットした。そこまで準備してハッとする。


「……船酔いするから舟も嫌いだったらどうしよう?」


 アニエスは早とちりで準備を始めたことを後悔した。

 とはいえ、後は湖で出来る遊びは泳ぎ……は水着を持ってきていないし、釣り竿は置いてあるが餌がない。そこら辺の土を掘ればミミズくらい出てくるだろうが、そんなのを捕まえて釣り針に(くく)り付ければまた引かれてしまう。


 というか、そもそもこういう準備をお嬢様自身がすることが世間的には間違っているのだ。


 日傘を手元でくるくると回し、扇子で顔を隠しながら、使用人が準備するのをおほほと見学。準備が出来て呼ばれたら「はーい」と楽しむというのがきっと正しいお嬢様の在り方だろう。


(何もかもが裏目に出てしまう……もうヤダぁ)


 アニエスは急にまた弱気になり泣きたくなった。


(もうヤダ……師匠に会いたい)


 師匠ジオルグといる時、アニエスは体面を考えず全身でぶつかり、一番、素と言える本来の自分を出すことが出来る。

 それは自分の立場にこだわらずに済み、またジオルグの深い(ふところ)がそれを大いに可能にしていた。

 たとえひどく間違っていても「こらーーーーーーーっ!!」と怒られ、ゲンコツの一つもらえば全て問題は解決する。実にシンプルで分かりやすい!


「……もう準備しちゃったし、考えても仕方ない! 止まない雨は無い! 今日はあと数時間で終わる!」


 もはやアニエスの頭の中には婚約を成立させる頭は無く。いかに厳しいその時間をやりくりし、終わらせるかが目的になっていた……。


「あ、見えた。…………メンフィス様ー! こちらですー!」


 アニエスはブンブンと手を振る。だが、もちろん相手は手を振り返したりせず、ただ無言でスタスタと歩いて来るだけだ。


「………………」

「あ、あの、こちらで準備のするために置いていってしまって、本当にごめんなさい! 舟に一緒に乗ろうかと思って……先に来て準備をしておりました。あの……舟はお嫌いですか?」


 アニエスが恐る恐るという風に切り出す。すると意外なことに……。


「いえ、水の上で風を感じるのは好きですので……」

「そ、そうなのですね? よかったー!」


 アニエスが安心して笑顔になり、で、さっそく乗船と相成ったわけだが…………なぜかオールはアニエスが握っていた……。


 普通、一般的に紳士で年上でしかも男の子がここではオールを持つものではないだろうか? モチロン、疲れたら交代するのは有りだとは思うが……。


「……ねえ、あいつ燃やして良い? マジで何様なんだよ……!?」


「それより魔法で身体まわりを土くれで固め、湖の底に沈めましょう。証拠も綺麗に隠蔽(いんぺい)できますよ…………?」


 ここまで割と冷静に、従者として比較的、公平だったアレクサンダーがついにブチキレた。



「……確かに、あれは紳士としてなってはおりませんね? やれやれ問題は山積みのようです」


「「………………!!」」



 そこで二人の会話に突如として参加してきたのは、今まで沈黙を守っていたメンショー伯爵の執事であるエベンである。



「当家のお坊ちゃまは性格に多少、(なん)がございまして…………自惚(うぬぼ)れで、見栄っ張りで、若干(じゃっかん)の虚言癖があり、弱い者には強く出る悪癖がございます。……このままいけば間違いなく坊ちゃまがメンショー家の跡取りになるのですが、甥として非常に可愛がるも、メンショー家の旦那様はそのことを非常に危惧(きぐ)しておいでです……」


「「………………」」


 突然の身内の素性を暴露する告白に、二人は固まった。


「実は今回のお見合いは、我が旦那様がそのことをロナ家の旦那様に相談したことが、事の端を発しておりまして……お見合い話はそれを聞いたロナ家の旦那様からのご提案なのでございます」


「「…………」」


「それがどういう意図のものかは分かり兼ねますが、どうやら、ロナ家の旦那様はご自身のお嬢様がその状況を打開する起爆剤になるとお考えのようです。……申し遅れました。私、メンショー家の執事をさせていただいております。エべンと申します」


「エースです……」

「アレクサンダーです……」


 取りあえず、今更ながら自己紹介し合う。


「それにしても先ほどから見ていると、お嬢様は大貴族のご令嬢だというのに、我が家の坊ちゃまと違い非常に素直で素朴なお方のようですね?」


 どうやらこのエべンという人はアニエスに好印象を持っているようだ。


「……たぶん素直さという点なら、少なくとも貴族の中に並ぶ者はいないと思います」


 それに、エースは答える。


「それは結構でございます。素直さは学んで簡単に得られるものではない。……それに、勇気がいりますからね」


「……勇気、ですか?」


「はい、凝り固まった価値観や考えは自身を守る固い殻であり、威嚇(いかく)する武器のようなもの。それを全部脱ぎ捨て、人の前に立つのは如何(いか)に恐ろしいものか……やってみないことには想像もつきません」


「………………」


「無鉄砲ともいえる。……お嬢様はお生まれからいって納得のいかない理不尽な言動や暴力を受けやすい身の上のはず。ですのに、あのように丸腰で立ち向かう姿は勇者といっていい。……どうか、坊ちゃまもその(あた)りを今回学んでくだされば良いのですが……?」


「……最初から感じておりましたが、エべン様はかなりの人格者な上、極めて優れた能力のお方のようですね?」


 アレクサンダーがそう言うと、エべンは大人にもかかわらず照れたように赤くなった。


「それなりに長生きすると、浅知恵にも層が出来るようですから……」


 そう謙遜して言う。


「……とはいえ、今回、義姉に何ができるかについては正直、疑問に思うところがありますが……」


「うちの旦那様も一体その辺りをどうお考えなのだろう?」


「うーーん、何にも策がなくそんなことを言い出す性格でもないしなあ……」


「取りあえず、今は見守ることに(いた)しましょう。大丈夫です。坊ちゃまが無体をはたらこうとした場合は、私が全力でお止め致します」


「「…………」」


 本当にこのエべン氏。いったい何者なんだろう?

 こうして、真のメンショー家の目的が明かされることとなり、話は次回へと続くのである。

 

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