中編2(罰と反省と仲裁)
「お久しぶりです。私のことを覚えておいでですか?」
覚えているも何も、今回のミッションの最重要警戒対象である。
メンフィス……そう今回メンショー家の家督を継ぐことが決定し、無事に魔力が戻った、かつてアニエスがやむなく五年ものあいだ『魔力無し』にしてしまった、元婚約者候補の相手だ。
「あ、の……どうせ……ならば、きちんとした場……で改め、てご挨拶をしたい……のですが」
アニエスが、ようやく声を出した。
重し蟲が体に乗っていると体の自由がほとんど利かなくなるため、その声もやっとの思いで出す。
「ははははははははっ、冗談じゃない。それで私に、にこやかに次のダンスをあなたに申し込めとでもいうのですか?」
「………………………」
「貴女にアレをされて数年の間。一時とて貴女のことを忘れたことはありませんでしたよ……?」
メンフィスが立ち上がり、ゆっくりとアニエスに近付く。
そこでようやく相手の全貌がアニエスにも見ることができた。
肩で髪を切りそろえ、背が高く肩幅が広いがやせ型。元は悪くないはずなのに、瞳はやたら荒んでいて唇は乾いている。そこに彼の数年の様子が現われているようだった。
「……これはまたずいぶんと美しく着飾っていらっしゃることで」
相手がアニエスのつま先から頭のてっぺんまで舐めるように眺める。
一切触られてないはずなのに、まるで凌辱されている様な、ゾワゾワした悪寒が背中に走った。
「聞きましたよ……今日は婚約者といらしたとか?」
そう言いメンフィスの指がつーっとアニエスの頬をなぞる。
「……貴女が次会う時にどんな格好をしていたら、その婚約者に一番の絶望を与えられますかね?」
そう言い、メンフィスは目を細めた。
そんな脅しを受ける中、アニエスはこの状況の打開策を探す。
何かないか、何か!? と……。
「…………本当、僕がここまで苦しんできたのに、こんなにもあっさりと婚約するだなんて……なんて呑気なんだ?」
メンフィスはそのままアニエスの上に被さるように四つん這いになり、アニエスの首にグッと手をかける。
徐々に力を入れていき、アニエスの細い首は本気を出せば、彼はへし折ってしまうだろう。
だが、わざと苦しめるためなのか……息ができるかできないかのところでわざと親指で首の真ん中、喉の部分の力加減を調節し、アニエスが苦しみに悶える姿を堪能した。
「まずは、結婚まで手を出されていないであろうその綺麗な身体を、何度いたぶり犯してやろうか? 声が出せなくなるほど犯して犯して、その後は爪だ……爪を全部はがして、髪を切って、目を潰して、手足を折り、乳房を舐めながら片方ずつ切り落とす……。その間もモチロン執拗に犯してあげますよ。で、手足も完全に根本から切り落とし、胴体と頭だけにして子を成すまでさらに犯す。うーん、子供が出来てからが、また色々と貴女を苦しめて楽しめそうではありませんか? 何か他に良いご提案はありますか??」
「!! っつ…………!」
彼の親指に力が入り、アニエスの息がいよいよ限界に近付く。
視界がチカチカして、貧血手前のように白と黒の映像が繰り返され、手足の指先が冷たくなった。
(し……しょ…………!)
メンフィスが愉快そうに笑い声をあげる。
その時だ……。
メンフィスの動きが急に止まり目を見開く。それから彼は急にヒドく苦しみだした!
魔法を使おうとメンフィスは右手をとっさに上に上げるも、それもあっさりと後ろ手にギチッと縛り上げられる。
「ぐああああああっつ!?」
「…………動きがおっせーんだよ?」
「……!!」
◇◇
俺は何とかメンショー伯爵邸の地下にて、それらしい部屋を見つけた。
ドアに耳を当てるとわずかに声が聞こえる。
ドアを開けようとしたが……くっそ!? 案の定、鍵は閉まってやがる!
「ったく……鍵開けとか、泥棒っぽくて本当は俺あんまり好きじゃないんだけどな!?」
俺は燕尾服のベスト内側に念のため入れといた隠し工具を取り出した。
カチャカチャと器具を使う。
手ごたえがあった。よし! 魔法がかかっていないのは非常にツイているぞ!?
ガチャっとドアの鍵が開き、キイっと俺は静かにドアを開けた。
中を見ればアニエスがベッドに縛り付けられ、一人の男が四つん這いでアニエスに覆いかぶさり、アニエスは首を絞められ、ロクに声を出せないでいる!
…………しかもその話のエゲつない内容がこの俺の耳にも届いた。
俺はそれを見聞きし、グアッと怒りがこみ上げ、拳に青筋がたった。
今すぐ走ってってあいつのドたまをぶん殴ってやるぞっっっつ、クッソがあああああああ゛あ!!!?
思わずそう叫び出しそうなのを、死ぬ気で抑えた……。
相手に気取られぬよう、静かに静かに近付く。
アニエスしか視界に入っていない相手の後ろを取るのは、思いのほかアッサリ簡単だった。
俺はそのまま、相手の首を後ろからガッと掴む。
奴は声を上げ、反撃をしようと腕を上げたが、その腕を俺はえーいっと後ろに曲げる。
「ぐああああああっつ!?」
「…………動きがおっせーんだよ?」
「……!!」
俺は相手の首を持ったまま高々と持ち上げた。
ギチギチと首が絞まり、男……メンフィスはジタバタと手足をバタつかせ苦しむ。
「…………つーか、おい弟子。お前もなに簡単にやられてんだ!?」
俺はそのままアニエスに話しかけた。
するとぜーはーと息を整えたアニエスが、俺をキッと睨む。
「『重し蟲』が……乗って、いる、んですよ!! この……子が物理攻撃が基本……ぜん……ぜん効かないのは師匠も……ご存じで……しょう!?」
ああ、なるほど!
「いやいや……つーか、本当に魔法に弱いな? …………次回までに対策しとけ!! あほタレ!?」
「た、対策し、ました、よ!? えーと……ただ、気絶している間……に全部取り除か……れたみたいで…………そのぅ」
「詰めが甘いからそうゆうことになるんだろう!? どうせ、お前も俺がいるからと油断してたんだろうが!?」
「~~~~~ち、……っちが……うも……ん!」
「どもってる! ……図星だな!?」
アニエスが頬を膨らませ、涙目で無言になる。
おまえ、可愛ければ許されるとでも思ってねーか??
まあ…………かわいいけど……。
おっと、こんな時に弟子に教育的指導を施してる場合じゃなかった!
俺は、ギチギチとますます首を絞めあげる。
「や、やめ……!」
「魔法を使えなくするのは何も特別なことをしなくたっていい……脳みそか神経がマヒしていたら、魔法のための演算は使えない。あ、まあ、魔法陣があるか? じゃあ手と目もセットで潰しとくか……!」
「!! あ………そ……なことしたらわか…………貴様ら」
奴の言葉に俺は鼻で笑う。
「ああ? わかっているかだって? お前こそ、まるでわかってないみたいだな……アニエスをこんな目に合わせた事が王太子やロナ家にバレて、無事でいられると思っているのか!? …………俺だったら地下に閉じ込めたのがバレた時点で、おっそろしくて尻尾まいて国外に逃亡するね? こいつを溺愛している奴らがどんだけヤバいか……まあ、今ここで俺にやられたら関係ないか……?」
「まっ! …………まっ、ま…………!!」
「待っ……てくだ、さい師……匠!!」
だが、そうやって俺が奴を絞めきる前に、アニエスがそれに『待った』をかけた。
「……お願いです師匠。……彼をどうか降ろして、いた……だけませんか?」
アニエスが重し蟲に苦しみながら、必死に訴える。
「わかっているのか、こいつはお前を……!!」
「はい……わかっ……ております。私がどんな恨み、を買って、どんな目に……合いそうになったか! ……だから、師匠がいる……今。こ……のチャンスに話をさせ……ていた、だけません…か……?」
「わかった……だが、こいつの首は掴んだままにしておく。もし、おかしな真似をすれば握り潰す」
「ひぃ……!!」
「あり……がとう存じ、ます。師匠……」
「あと、今すぐアニエスの『重し蟲』をどけろ……?」
「…………」
首を潰されたくないメンフィスは無言で左手で指示を出し、どうやらアニエスの身体から重し蟲が離れた。
何故わかるかというと、その際アニエスの胸の双丘がぐぐっと盛り上がったからだ。
……っていうか、仰向けでもなおその胸のボリューム。改めてすごくない?
「……メンフィスさん、まずは本当にごめんなさい。貴方を『魔力無し』に貶めて……私と同じ地獄に突き落としたこと……そのことをずっと謝りたかった!! ……あなたが受けた苦しみは貴方には不愉快いがいの何物でもないでしょう……。ですが、そのことを私自身が一番よく理解しています。それから、一つだけ分かってほしいのです。貴方のことをどうしても元に戻したくて、こちらも何度もアクションは起こしていたことを……。だけど、いずれも届いてはおりませんでした」
「…………そう……なのか?」
メンフィスが驚きに目を見開き瞬きをする。
「はい、手紙を何度も出したのですが……受け取ってはいませんか?」
「……受け取った記憶はある。だが、怒りでその場で破り捨ててしまった」
「そう、なんですね……それは当然の反応でしょう……。そもそも私が間違いを犯したのが何もかもいけなかったんです!」
「……なぜ謝る? そもそも私が……あんなことをしたから当然の報いだと思っていたんじゃないのか!?」
あー、一応。自分も悪いことをした自覚はあったのか、こいつ……。
「思うわけがありません。私が言ったところで説得力も何もありませんが……世の中には、やって良いことと悪いことがあります!」
「そうか? てっきり、私のことなんかとっくに忘れて楽しくしているんだと思っていた……。私は一日だって君を忘れたことなんて無いのに……今日だってこんな風に婚約者を連れて来ているし……!!」
ん? あれれ、何か話の流れがちょっとおかしい気がするぞ……??
「私に本当は婚約者はおりません。舞踏会に参加するため、私の先生に婚約者役をお願いしたんです。……弟や幼馴染みをパートナーに連れて来たら、きっとこんな風に話し合うなんてこと不可能ですから……。二人を怒らせたら、こんな風に彼らは止まってくれたりはしませんでしたよ?」
うんうん、そうだね。
間違い無くね?
頭も一瞬で簡単にふき飛ばされる可能性・大だね。
それから、その件はきっと王太子も容認するだろうしね??
「五年分……に届くかはわかりませんが、この度メンショー家との繋がりを持つことが叶いました。私はいま事業を興し、有難いことに王太子殿下の協力もあって、すこぶる順調なんです。……きっとメンショー家にも莫大な利益をもたらせるんじゃないかと思います。……ううん、必ずもたらします!」
ん…………え? てっ!! え、なんだそれ!?
……つまりそれは、アニエスがメンショー家に縁付きしたかったのは……実はアニエス自身が会社をさらに発展させて得をするためじゃなく…………もしかして、こいつに得をさせたかったから……ということなのか!?
「…………………………」
「まあ、それも円満に事が運ばないことには不可能なのですが」
「…………」
「あの……」
「は、はい!」
「いい加減……放してもらえませんか……?」
「ああ、やっぱりダメ……」
「いや違くて……こんな状況です。もう何もしませ……いや、出来ないですよ。どうせ貴女のような狡猾な人のこと、何をされたかについては今も証拠をしっかりとっているのでしょう?」
「……………」
お前そこで黙るのかよ。これも図星なんか~~~い!!
「ごめんなさい。迷惑をかけるわけにはいかない方が何ぶん、多いので今起こったことはおっしゃるとおり……記録しております」
「……私もソレをわかっていたから一気にやってしまいたかったんだけどな。まあでも良かった。早まらなくて……だって貴女は婚約をしていなかったわけだし?」
んん? だから何かさっきからひっかかる言い方なんだよな。
……とにかく、アニエスにも懇願されたため、俺は仕方無くメンフィスを開放した。
「それから分かりました」
「え、ゆ、許していただけるんですか!?」
「いいえ、許しません。五年がどれほどの長い年月か貴女は本当に分かっておいでなのですか!?」
「そ……そうですよね。許せるわけがないのに……私ときたらあまりに馬鹿でごめんなさい……」
「ええ……だから、じっくり罪滅ぼししてもらいますよ。……これから会う機会も増えるのでしょう?」
「!! え、え……!? ……。と、いうことは……?」
「……どうぞシッカリしてくださいね。……これからよろしくお願いします。アニエスさん?」
「!? はい!!」
何とメンフィスが頷き、アニエスの手を取ることを選んだ!!
「というわけで、ここで一度、親睦を深めるためにも早速デートをしたいのですが?」
って、あれ、ん?? どゆこと??
「はい、昼間にお目付け役を同行してでしたら、……もちろんいつでもメンフィスさんのご都合の良い時に!! 私も、もっときちんとお話がしたいですもの!」
「ああ、うん、いずれはそれもいいとは思うんですが……それについては、せっかくだし、もっと親密になるためにも……まずは最初はお目付け役を伴わずふたりきりで…………」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ、ああ! もう、こんなに時間がたってる!? 上も落ち着いてきただろうし、主役がいつまでもいなかったら、大騒ぎになるんではないですかね。メンフィス殿?? それはそちらもお望みでは勿論ないでしょう!? ……あ、因みに俺の方は何一つあなたに後ろめたいことも、負い目も無いのでどうかそこんトコ、よろしく!!」
「………確かに、今日は日が悪そうですね。わかりました。じゃあ、また後日あらためてその件については連絡いたします」
「ええ、お待ちしておりますわ!」
そう言い、二人は握手した。
うん……というか握手もやたらと長くない?
しかもなんで左手まで添えてるんだよ。しかも見つめすぎだろコイツ!?
「……じゃあアニエス。俺たちも無事に目的は果たせたし、メンショー伯爵にご挨拶して帰ろう」
「ええ、そうですね。今回は少し頑張りすぎました。もうへとへと……」
俺はアニエスを立たせ上階の舞踏会会場へと向かう。
……油断させといてまた変な動きをするか? と思ったがメンフィスもそこは大人しくついてきた。
メンショー伯爵にも無事に帰りの挨拶を済ませたし……。
その時もメンフィスはまるで好青年のようだった。さっきのことが嘘みたいに好意的だな。おい?
はあ、まあとにかく、これでようやく本日の長かった仕事も無事に終了。だよな!?
「んーーーーーーーーーっ!! 長年の肩の荷が下りました。ブラボーーー!! 空も高ーーーーい!」
「はいはい、それはよかったよかった……」
「師匠も今日まで色々と大変だったでしょう? お疲れさまでした! それと……助けてくださりありがとう存じます。本当、間一髪でしたね?」
「マジでもういい加減、危ない橋を渡るのをやめろ。こっちの心臓がもたんわ……まじで!」
「それについては猛省いたします。さてと……」
アニエスが、ピトッと俺に身体をくっつける。
「師匠に『例の』報酬をお渡ししないといけませんね?」
ゴクリッ…………。
いよいよ、メイン・イベントが始まろうとしていた!