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中編(ダンス)



『下着の件は決まりましたか? 色は何色がいいですか?』



 アニエスは俺の向かい側の席で、ノートにそう走り書きしてくる。後ろではセオドリック王太子が、絶賛俺たちを監視しながら、忙しなく公務をこなしていた。


 うん……マジでお疲れ様です!


 そして、俺達はかつて教えた錬金術の基礎を復習するという名目のもと。例の舞踏会について話し合っていた。


 見ると、さも真剣に取り組む生徒のような顔をしてノートにサラサラとペンを走らせている。

 ……意外というか、さすがというか字がまた恐ろしく綺麗だ。

 まさか『カリグラフィー』まで習ったりしているんじゃないだろうな?


 ……というか、この平然な様子の自然体っぷり。

 こいつ、浮気なんかしようものなら絶対にバレないに違いない。……恐ろしい。

 実際いま、ある意味それに近いことをしているわけだし……。


「……!! ……!?」


 その時だ。

 俺が上の空で無反応になっているのを見て、わざとこいつは俺の足に自分の足を絡めてきた……!!

 

 テーブルの周りには本が積み上がり、引き出しのついた可動式のチェストが周りに置かれ、多少死角になるとはいえどういうつもりなんだ!? 


 しかも俺が反応したことに、こいつ目だけ笑ってやがる……!!

 ……絶対絶対、こいつ浮気なんかしたらこういうことするぞ!?


「……錬金術ってやっぱり物理や数学が重要なんですよね?」

「ああ、魔法もそうかもしれないが、数字には力や人格が備わっていると言われているからな。霊的な信仰の意味でも数学の持つ意味はでかい」


 ……おいおいおい! 何を脚をすり寄せてるんだ!? し……しかも、そんな際どい位置で……!!

 そう思っていたら、またノートに何かを書いてきた。


『で、どう致しますか……?』


 という一文。


「………………………」


 俺は教える振りをして、ノートにリクエストを走り書きした。

 俺がまさか、こんな浮気の真似事をする日が来るとはな。ハハハハハ……はぁっ!

 で、意見を聞くふりをしてアニエスを見るとこいつは、頬杖をつき、冷めた目にクールな表情で、口だけ動かして返事をした。


『カワイイガーターベルトヲオタノシミニ』


 口を閉じると、アニエスはニコッと口元を動かした。

 ……あれっ? やばいぞ、これ愉しいな……?






「つうか……何でこうも振り回されているんだ俺ときたら!?」


 仕事を終えて部屋に戻り、一人安い酒を(あお)りながら愚痴る。

 相手はせいぜい十六年しか生きてない小娘だぞ!?


 まあ俺より地位、財産も、結婚の可能性すらもあるんだが……。

 いや生まれた時に配られたカードがな、すでにな……!


 おまけに無差別に男の人生を狂わす可愛いすぎる顔。口からよだれが溢れるまっこと綺麗で美味しそうな身体までしているし……。


 だが、しかし、しかしだ………………!!


 そこにドアをノックする音が聞こえた。

 え、こんな時間に誰だ?

 開けると十歳位のボーズがお仕着せを着て、自分がまるっと隠れるくらいの箱の山を抱えて立っている。


「ジオルグ・アルマ様ですか? こちらを(おお)せつかりました。サインをお願いします!」


 そして、キビキビと元気に口上を述べた。


「あれ? 大家さんは?」

「こちらに直接運んでも良いとのことでした。あの、お願いします早くサインを!」

「あ、ああ、わかったわかった。悪かったな、ここまでありがとう」


 バタンッ……とドアが閉まる。

 サインをして受け取ったゴージャスな箱。箱。箱。

 とりあえず開けてみる。


「……うわ!!」


 中にはいわゆる燕尾服(えんびふく)と白い手袋。

 別の箱に、シルクハットにまた別の箱には立派な革靴。それからこうもり傘。


「…………」


 物の価値がわからない奴……いや、つまりは俺なんだが……。

 そんな人間でも一発でこれが生涯一般人にはお目にかかれない特別品質の最高級中の最高級品だと解る。


 ……これがいわゆる最高ランクのビロードてやつか?

 そしてこれはいったい何革なんだ? こんな深い黒色に上品に艶めく革靴、俺はすれ違い様にすら見たことないぞ!? 

 殿下だったらこれくらい履いてるかもしれないが、まず不敬と思いまじまじとは見ないからな……。


 そういえば、この間三人くらいの男が急に研究所に来て、俺を上から下、隅から隅まで計測していったっけ……。

 あれもいわゆるお(かか)えテーラーってやつか?


 ……エースやアレクサンダーもこうゆう機会の時は、こんなのを平気で着てるんだよな? あいつら三人、一ケ月ものあいだ風呂にも入れないで修業つけたのが、今更ながら酷く悪いことした気がしてきた……。


 まさに住む世界が、違い過ぎる!!


 この間行ったお屋敷もな……油断するとつい口が開けっぱなしになっっちゃうんだよ。すご過ぎて。


 調度品一個一個が、国立の博物館や美術館に置くような芸術品ばかりで、うっかり倒そうものなら俺の人生、はい即終了。

 「馬車を走らせる公道か?」という家の中を通る幅では決してない広すぎる廊下。


 その廊下全てに、子供の小さく柔らかな手で織られる、東から運ばれた最高級の絨毯(じゅうたん)が途切れなく隅々まで敷き詰められていた。


 見上げれば天井ははるか遠く。

 そこにはロナお抱えの一流の芸術家や人間国宝が描く壮大で見事な絵画が、天井全てをキャンパスに見立て描かれる。

 なお、その天井と柱の間には職人渾身の彫刻が縁取っていた。

 飾られているものはどれも念入りに磨き上げられ、成金には出せない歴史的風格を出しつつもピッカピカに……鏡のように光を反射する。


 空気中にすら(ほこり)が舞うことは許されていなかった。

 窓もあんなにデカくて無数にあるのに、どれも澄み渡る空のような清々しさと絶対的な透明度で、窓が無いと勘違いして、思わず外へ向けて手を伸ばしそうになる。


 どこもかしこもまるで新品の生まれたてのように掃除が行き渡っているその裏に、プロ集団の恐ろしい執念と意地を感じた……。


 あ、……そうだった。

 こいつガチで超お嬢様なんだよ……と俺は気が遠くなり白目で倒れそうになる。


 普通にドレス……たぶんこれが普段着なんだろうが、それだってレースやリボンのかなり細部まで凝ったものだったし、刺繍はお抱え職人の総手縫いだ。


 そんでもってアホ毛一本ない完璧に結い上げられた髪型で出迎えるアニエス本人は、正直お伽噺(とぎばなし)のお姫様みたいに見えた。


 改めて届いたものを手に取ってみる。……うわわ! なんだこれは……全然違うぞ。

 重みといい手触りといい……まるで言葉に尽くせない。


「~~~~~~こんなの着て、踊れんの? 俺……」


 確かに人並み外れた運動能力を有している自覚はあるが、問題は優雅さとか情緒だよな。はあ……。


「あいつはいったい何を着てくるんだろ?」


 やっぱり目玉が飛び出て転がり落ちる……そんなお高いドレスなんだろうな? 俺には価値が見当もつかないような……。

 なのにそんなドレスの下にどエロイ下着着て、ガーターベルトを身に着けるだなんて。

    

「~~~~うっ……!!」


 …………なに俺はこんなムラムラ来てるんだよ!?


 いやいやいや! 確かに倒錯的(とうさくてき)というか、許されないものを侵している感は半端なくて正直ぞくぞくするが…………!!


 でも、ほらこれは、なんだかんだ無理やり『(だく)』と言わされた案件なわけだし! だからこれについては、つまり、つまりだな……!!

 うう、言い訳がましくてみっともないぞ……俺。


 しかしやはり、ガーターベルトはかなり嬉しい……あんな超美脚のガーターベルトなんて……いやこの間もチラ見したけど、恐らく全人類中。拝める人間なんてそうはいないぞ?


 ヘヘへ……。


 ごめんなさい。……思わず気持ち悪い笑みがこぼれました!

 そして舞踏会までに、俺の研究所にはダンス指導員や行儀作法の教師が毎日訪ねて来て、研究半分レッスン半分の日々が続いたのである。


 助手のミストンはその様子に目を丸くしていた。


「研究所長ってこんなことまでするんですね? 意外と大変だなー」


 ごめん研究には関係ないんだコレ。

 で、その間あいつは忙しいのか、全然、研究所に姿を見せない。


「…………」


「はあ、今日も春の女神はお出ましにならない……所長ついに飽きられたんですね?」


「だから、最初からそんなんじゃないって言ってるだろう?」


 もともと住む世界がまるで違うっつ―の……。




 そして、いよいよ舞踏会当日となった。



 研究所を後にし家で着替え、約束の場所で待っていると車が乗り付けてきた。

 いわゆる魔導自動車…………当たり前に乗り付けているが、馬車の三倍は値が張ると聞く。

 しかもこの黒塗りのご立派な感じ……なんとなく、そんな値段では利かない気がする。

 スマートな運転手が、俺のためにドアをサッと開けてくれた。


「……ありがとう」


 そこにいたのは――――。


「お久しぶりです。お師匠様……あ、今日はジオルグ様とお呼びしなくてはいけませんね」

「…………」

「どうぞこちらにお座りください。出発いたします」

「あ……ああ」


 ……………………。


「いい夜ですね? 月も綺麗に出ているし」

「……ああ」



 びっくりした。綺麗すぎて。



 あまりに綺麗で、顔が直視できないなんてことが本当にあるんだな。

 俺、皆が綺麗すぎると(ひる)んで後ずさりするアレクサンダーにだってガンを飛ばせるのに……。


 馬鹿みたいな言い方だが……まるで、この世のものとは思えない。

 本当にあの月の女神様が降りてきて直接お会いしているみたいだよ……。

 本気で着飾り、その顔に薄化粧を施した姿と、洗練さを極めた立ち居振る舞いは、それこそまさに本物だった。


 ……こんな人間いるものなのか?


 なんだか急に、こいつの隣に立つのが怖くなってきたんだが……。

 やばい、指先が震えてくるぞ?


「……やっぱり、思った通り……」


 俺が緊張でおかしくなる中、アニエスがそう(つぶや)く。


「えっ?」


「やっぱり、師っ……ジオルグ様は思った通り、燕尾服(えんびふく)がとても似合いますね。知っていましたか? 燕尾服って、胸板が厚くないと全然、(さま)にならないものなんですよ? だから、今日お会いするのもすっごく楽しみだったんです! でも……」


 そう言って、アニエスは顔に薔薇が落ちたみたいに頬を染めた。


「想像以上でした……こん、なに……素敵だなんて…………!」


 それはかなり力のこもった言葉で、本心から出た言葉というのがよく伝わってくる。


「……っんな!!」


「これは、私の中で燕尾服が似合う男性ランキングが、大きく塗り替えられました!! ああ、もったいない……カメラを持ってくるべきだったわ!?」


「~~~~何を、馬鹿なことを言ってるんだ!?」


「ジオルグ様。これから毎日研究所に、燕尾服で通っていただけませんか? ……そうだ! いっそ制服にいたしましょう!?」


「却下だ!!」


「えーーーーーー!? いけずだ!」 


 そんな、いつものやり取りをしていたら、先程の不安がいつの間にやら消えていた……こいつ、わざとやってないか?

 俺はチラッと横目にアニエスを見る。


「エースたちの寄宿舎学校も燕尾服が制服なんですよ? だからたとえ制服でも不自然じゃないと思います!」

「………」

「ジオルグ様?」


 ……ハッ!! やばい……。油断すると見惚(みと)れてしまう!!


「もしかして段々、制服も有りかもと思えてきましか!?」

「たわけたこと言ってんじゃねーよ」

「ブーーーッ!」


 そうこうふざけているうちに、メーション伯爵邸に到着した。


「それでは本日はよろしくお願いします。……私の首と身体が最後まで、くっついていられるように!」

「……物騒すぎる表現だな」


 俺が先に降りてエスコートする。こいつん家ほどじゃないが、実にご立派なお屋敷だ。


 それにしても、まさに、ザッ上流階級。

 着飾った若いお美しいご令嬢もたくさんいる。……けど。


「……………」


 男どもの視線は、間違いなくチラチラとアニエスに奪われている。

 アニエスは『魔力無し』だから、貴族にはおそろしく人気が無いと本人は言っていたが……。

 確かに『魔力無し』がストッパーになって、うかつには近付いてこれない様子。


 ……しかし、男の本心と本能は違うようだ。


 そうだな、正直こいつの見かけ頭一つ二つどころではなく、他のご令嬢より圧倒的に別格といえる。


 それをご令嬢側も自覚してしまっているのか、うっかり、こいつの隣に立てば公開処刑だとばかりにサーッと、アニエスから遠く距離を取っているようだ。

 そう言えば、こいつも嘆いていたな「同年代の同性の友達がなかなかできない……」って。


「まずは、メンショー伯爵にご挨拶に伺いましょう。それではジオルグ様お願いいたします!」


 そう言って俺に腕を出させ、エスコートを要求すると、すっと手袋をはめた細い指先を乗せてきた。


「参りましょう」


 屋敷の中は、さすがの賑わいだった。

 華やかそのもの。

 目もくらわんばかりの豪華絢爛さ。


 その中で、アニエスの知り合いなのか一人が手をあげて呼び止めてきた。


「アニエス様、お久しぶりでございます。先日の夜会以来かしら?」

「まあ、アドナ夫人お久しぶりです。今日の緑のお召し物もとても素敵でいらっしゃいますわ!」

「あら、おほほ…………こちらは?」


 そういって、ふくよかな五十代くらいの夫人が扇子で俺を指し示してきた。


「はい、騎士で、私の婚約者のジオルグ・アルマ・ディート様です」

「初めましてアドナ夫人。お会いできて光栄です」


 俺は、授業で習った通りの挨拶をする。


「まあ! アニエス様ご婚約が決まったのですね!」

「ええ、おかげさまで」

「それにしても公爵家で、名門『ロナ』家のご出身の方のお相手が騎士階級……?」


「……ええ、跡取りには義弟(おとうと)がおりますので、彼は然るべき方と婚約することになると思いますが。……私は愛を貫かせていただきました」


「まあ、何て素敵なロマンス! そうですわね。どちらにせよ高位の爵位の方とは絶対に婚約は難しいでしょうから、分をわきまえて、そちらの方が(かえ)って宜しいかもしれませんね?」


「ええ、むしろ私には幸運の女神様がついているみたいですわ」


 ……なんだ、今の会話は? ごく自然に見えたがその奥に(そし)りと侮蔑が(にじ)んでいなかったか? 俺は、アニエスの顔を見た。

 いつもの平然そうな自然な表情。後ろに、セオドリック王太子がいて、見えないようにやり取りしていたあの時みたいな……。


「じゃあ、またお母様にご挨拶に伺いますとお伝えください」

「はい、母に伝えておきます。ご機嫌よう」


 アニエスは、そう言いメンショー伯爵のもとへ急ぐ。

 何の問題も無さそうな雰囲気だが、俺は何となく声を掛けるのが躊躇(ためら)われた。


「……師匠……じゃなかった、ジオルグ様。いろんな方がジオルグ様を見いてらっしゃいますね? やっぱりその燕尾服姿が目を引くのでしょうか?」

「あほ……物珍しいだけだろ」


 ……アニエスの方から気を使って声を掛けられてしまった。

 何やってんだ三十代。


「メンショー伯爵に挨拶とお手紙を渡してきます。師匠もご一緒に大丈夫ですか?」

「ああ、そのつもりで来ているしな。……俺、変じゃないか?」

「あ、ちょっとお待ちを」


 どうやら蝶ネクタイが少し曲がっていたらしい。アニエスはその蝶ネクタイを直して綺麗にする。……それだけだと思っていた。だが……。

 不意に俺の胸に体を預けぴったりとくっつく体制になった。いきなりそんなことになるとは俺も思っていなかったので、え、え、と慌ててオロオロする。


「ア、アニエスどうしたんだ」

「……すみません。少し緊張して」


 そうだった。平気なふりをしているがここにはこいつを殺そうと狙っている奴がいる。


 怖くなって当然だ。


 なにしろ、ここは相手にとってホームであり、殺すことが例えなくとも精神的、あるいは社会的な制裁が待っているかもしれないのだ。


「……アニエス、挨拶の前に少し踊らないか?」

「え?」


「いや、せっかく舞踏会に来たからさ! ほら、メンショー伯爵に挨拶したらほぼ目的は達成だろう? そうしたら、すぐにでも帰った方がいいだろうし……俺、これでもここ最近頑張ってて、ダンスの講師に褒められたんだぞ? ちょっとその成果を仕事の前にうちの社長に見てもらいたいんだよなあ……だめかな?」


「師匠……」

「……ジオルグだろ?」

「ジオルグ様……そうですね。まずは一曲踊りましょうか?」


 アニエスの手の甲にキスをする。

 慣れてないからちゃんとできているんだか? とにかく俺はアニエスの手を引きダンスホールの空いている空間をめざした。


「まずは左足を前に。で、合ってるよな?」

「パーフェクト! これはかなり期待しちゃいますね?」


 アニエスはくすくすと笑う。うるせー! こっちの心境はお遊戯の初舞台なんだ! 確認くらいするだろうが!?


「大丈夫ですよジオルグ様。私、王宮宮廷行儀見習いで何度もダンス演習で意地悪されて足を踏まれそうになっていたんですよ? ……でもそんなの全部かわして私のペースに持っていくの、超得意だったんですから!」


 アニエスがぐっと俺に体を寄せる。クラッとしてしまう良い匂いがした。


「…………何とでもなります。だから、ただ楽しみましょう?」


 オーケストラの音楽が始まる。

 音楽が鳴ると、あっけないほど俺の身体は順応するように動いた。

 ああ、運動神経がよくてよかったと今日ほど思ったことが果たしてあったろうか?


「ジオルグ様すごい! 私がリードする必要が全然ないではないですか?!」


 俺はふふんと鼻を鳴らした。


「お前が俺をリードするなんて百年早い!」

「いや、さっきは相当、怖気(おじけ)づいていらっしゃいましたよね……?」

「う、うっさいわ!」

「ふふ、楽しい! どうせならもっと難しいステップにしましょう?」

「え……いやいや、人間調子に乗るのはあんまり……っておい!」


 アニエスが音楽に合わせ、普通のペアの何倍もの高速ステップを踏み、それがバランスを崩さぬようにアニエスが出した足とは逆の足を交互に俺もだして何とか必死について行く。


「へえ、このステップについてこれるんだ? じゃあじゃあ、これは??」


 アニエスが次に連続で、くるっくるっくるっと回り込んでくるのを俺はヒ~ッと悲鳴交じりで受け止め、アニエスはオマケで最後、ブレのないコマのようにくるるるるるるるるっと回ったあと、キレイに後ろに倒れこむのを俺も大きく片足を前に出して受け止め、見つめ合うような体制になった。


「ば、ばか! やめろって言ってんのに!?」

「そう言いながら、ちゃんとついてこれるんですね? 御見それしました!」

「ここは舞踏会で、ダンスの世界競技大会じゃないんだぞ!? ほらみろ、周囲もびっくりして……」


 そこでアニエスが俺の股をくぐり抜ける大技を仕掛ける。俺はすぐに反応してアニエスを引っ張り上げると元の態勢に戻した。


「おいいぃ!?」

「あはははははは! ひっどい! とんだ舞踏会荒らしだわ!?」

「いや、お前が仕掛けてるんだろうが!」

「師匠いったいどれだけレベルを上げたんですか? 本当に世界大会にでも出場する気!?」

「お前、今すぐに横抱きにしてホールから出ていくぞ!?」

「あはは、ごめんなさい! 舞踏会って普段死ぬほどつまらないから、あまりに楽しすぎて……ふう……もう、落ち着きますね?」

「最初からそうしてくれ」

「はい!」


 アニエスは落ち着くと今度はしな()れかかってきた。別にダンスとしては不自然じゃない……けど、俺の心臓が今にも爆発しそうだ!


「……夢、叶っちゃいました」

「ん……?」


「言ったじゃないですか……ジオルグ様と子供の時に結婚したかったって……それで、結婚式の披露宴でこうして二人でダンスをするのに憧れてたんです。我ながら柄にもなく……」


「…………」


「本当にこれは夢じゃないのですよね? 夢ならどうか……いまは()めないで……」


 体を寄せてきた時よりも深刻に、俺の心臓が跳ねた。


「取りあえず夢じゃないぞ」

「じゃあ、つねっていただけますか?」

「いや、どこをだ?」

「どこでも。ジオルグ様の好きなところを、身体中どこでもつねって下さって構いませんから……」

「……………………」

「すけべ?」

「いや……ちがっ!」


 いや違くないけど!


「あ、音楽がおわっちゃう……」


 曲が終わり、ペアを組んでいた人々は互いにお辞儀をする。俺たちも礼儀にならってお互いに挨拶した。

 すると…………。


「ピィ、ピュウウウゥーー!」


 口笛とともに周囲からの拍手喝采(はくしゅかっさい)が起こる。

 どうやら先ほどの俺たちの超絶技巧を駆使したダンスがよほど目立って密かにうけていたらしい。


「いやーーーーっ! ブラボーブラボー! 素晴らしいぃ!!」


 そして拍手とともに前に出てきたのが、この屋敷の主人。メンショー伯爵だった。


「いやあ、素晴らしい! 私はダンスが好きでよくこうしてよく舞踏会を開きますが、驚くべき技術とキレ、双子のような息ぴったりのフォーメーション! どうやったらあんなに二人の動きをぴたっと同期することができるのですか? 実に素晴らしい、エクセレント!!」


 まさか、目的の人物の方からこちらに出向いてくれるとは!


「お久しぶりですわ。メンショー伯爵」


「これはこれはロナのご令嬢! あなたのお美しさは会場に入った途端じつに注目の的でしたよ!? それにしてもこんなにダンスが得意なのになんで今まであまり踊らなかったのですか!?」


「……普段はつい緊張しすぎてしまって。でも、メンショー伯爵のお屋敷に入ったら私も思わず体がうずうずしてしまいましたわ。それに今日は心許せるパートナーが相手で、気負わなずに済んだのも大きいと思います」


「こちらの方は?」


「騎士のジオルグ・アルマ・ディート氏にあらせられます。私の婚約者です」


「え、婚約者!?」


「ええ、……ずいぶん驚かれるのですね?」


「いやあ、私の(おい)のメンフィスが悲しむな……と思いまして、ずっとあなたにお会いしたがっていたんですよ? ……それこそ本当に恋しがっていました!」


「それはまた……でも、私は『魔力無し』ですから、会ってもお互い悲しい結果になったと思いますわ?」


「そうでしょうか? ……実は、ずっと秘密にしておりましたが、我が甥も謎の奇病でずっと魔法が使えなくなっていたんです。しかし最近その奇病も快方し、以前の力が戻ったのです! ロナのご令嬢も『あの』ロナ家のご出身! 大人になってから力が顕現(けんげん)してもおかしくはありませんよ?」


「まあ…………恐れ入ります。あの、メンショー伯爵。私いま王太子さまご後援のもと事業のお手伝いをしているんです。よければその集まりがあるのですが、その招待状のお手紙を今お渡ししてもよろしいでしょうか? ……限られた方をお呼びする集まりなんですのよ?」


「ほお! それはそれは! では、受け取りましょう。そして、必ず参加させていただきましょう!?」


 アニエスと俺は顔を見合わせる。本当はお互いに拳同士をぐっと当てたいところだが、我慢する。

 これにてミッションコンプリートだ! 


 ……とは、やはりそうは問屋が卸さなかった。


 バチンッと屋敷に急な大停電が起こる。


 先ほどまで会場の奥まで見晴らしがよかったのが、真っ暗で手を伸ばした先さえほとんど見えない。これに会場は大パニックになった。


「おお、落ち着いてください! 皆さま!」


 メンショー伯爵がそう叫ぶも、さっきから人の叫び声やぶつかったり転ぶ音がそこかしこからしている。

 ……そういえば、いつもなら真っ先に俺に声をかけそうなアニエスが黙っている。

 タイミングの良すぎる停電が、急に偶然とは思えなくなり俺はおもわず叫んだ。


「アニエス!! どこだ!! いるなら返事しろ!?」

「~~~~っしょ……」

「!!」


 今、あいつの声が……!

 イヤな予感に背中がざわざわする。この停電は偶然ではないと確信に近い勘が働く。

 急な暗がりに、周りは落ち着かず始終ドヨドヨしていた。


 けれど、少し冷静になった人が魔法で明かりを灯し、それにならって周囲も魔法で明かりをつけだす。


 しめた!! これで移動が容易になるぞ!


 俺は「失礼!」と断りを入れながら、人垣の中を泳ぐように移動した。

 問題は相手が上に行ったか下に行ったか……あるいは外か……。


 まずは外は無いだろう。

 今日は舞踏会で表も裏も馬車で渋滞していて今は人目がありすぎる。


 そして、次に上……これも恐らく無しだ。

 まず、上に行くのは逃亡のリスクが大きくなり逃げるのが難しくなる。


 それからこのメンショー伯爵邸は全体的に窓が大きく、さらに今日は綺麗な月夜だ。


 そうするとアニエスを連れて移動したとき、アニエスの今日のドレスはたくさんの小さなクリスタルがまんべんなく銀の刺繍とともに縫い付けられているから、移動するたびキラキラと光を反射し、外で待っている馬車の御者や、この屋敷の警備にあたる使用人に見られるリスクが高い。

 また、上層階で派手な魔法を使ってしまったら、それも一発アウトで見られるだろう。


 だとしたら残るは……地下だ!!


 俺はすぐに舞踏会場のサービスをするボーイを捕まえ、地下への階段を聞きだした。

 不審がられたが、無理やりチップを渡すと相手は素直になりその方向に指をさす。それを見て俺は全速力で駆けだした。




◇◇


「う……ん」


 悪酔いの様なぐらぐらする頭痛と視界の中、アニエスは目を覚ます。

 どこかカビ臭く、そっけない古いレンガ造りの壁……壁には物々しい器具がぶら下がっていた。そう、まるで拷問で使われるような……。


「やっとお目覚めですか?」


 アニエスはジオルグではないその声にハッとする。

 腕を上部で鎖に繋がった(かせ)でベッドに(くく)り付けられ、さらに体を何やら、どしりと重いもので押さえつけられている。


(これは……(おも)(むし)!!)


 魔導具以外の物理攻撃の一切効かない従魔(じゅうま)だ。

 短命なため短期しか使役できないが、それでも中の上級以上の魔法の使い手しか使役(しえき)するのは厳しい。

 ……ということは相手は高位貴族……で、あるとすれば……。


「お久しぶりですね。……私のことを覚えておいででしょうか?」




 いよいよ今回のラスボスのご登場だ。







【小話・舞踏会の懐事情】

 まず、舞踏会(a ball)と呼ばれる規模は招待客200人以上。それより人数が少ない場合ははダンスパーティーと呼ばれました。

 舞踏会を開くのに必要な一回あたりの費用は、日本円で約500万円〜800万円。熟練工の職人の年収が一日でふっ飛びます。

 しかも、舞踏会の値段はものによっては天井知らず、舞踏会を飾るお花代だけで日本円で1500万円かかることも……!? 

 ……かの有名なヴェルサイユ宮殿の晩餐舞踏会に至っては一日で貴族の年収ほどかかることもざらだったようなので一回あたり日本円で約3000万円〜2億5000万円(貴族も懐事情はピンからキリまである)ほどでしょうか?


 舞踏会開催は、まさにお金を湯水のごとく消費しました。

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