後編3 (ルームサービスと若き執事) ☆挿し絵あり
「こんなのどちらにしろ五人でも、まかないきれないぞ!?」
部屋に運び込まれたルームサービスの数々は、ゆうに二十人の腹を満腹に満たすほどの品数と量だ。
アニエスも、その顔に『やってしまった〜……』と表情に浮かべつつ、苦笑いをする。
「あはは……ホテルの本気を舐めていましたね……?」
だが、ソレに問題ないと胸を叩くのがアニエスのヤング・レディーズ・メイドのコーラ女史だ!
「希望すればテイクアウトも出来ますし、飲食しきれない分は屋敷の使用人にお持ち帰り致しましょう! 大丈夫。基本、生モノはフルーツくらいですから!」
今は初夏だから、食中毒の心配があるが、まあ、いざとなればエースの魔法で凍らせればばいいしな?
こういう時、近くに魔法使いがいると実に便利だ!
「でも、このでっかい四角いケーキは、さすがに食べるのも持ち帰るのも限界がありそうだね……?」
エースはそう言い。両手に抱えるほどのケーキを指さした。う~ん……子どもがいたら、めちゃくちゃ喜びそうだけどな?
「そうだね。ねえ、でもせっかくだしロウソクをたててもいい?」
「誕生日でもないのに?」
「誰かの誕生日を想定すれば良いんじゃない? お母様とか? ……あ、でも、お母様の歳の数じゃケーキがロウソクに埋め尽くされて火事になりかねないのかしら……?」
「お義母様に聞かれたら折檻されるよ義姉さん……」
いやいやいや……アニエスの麗しき母君はこの俺も昔、会ったことがあるが、当時どう多く見繕っても二十代前半にしか見えなかったんだが……?
……実年齢はどうやら想像以上にお高いらしい……。
「それに、この量のお酒……ちょっとした店さえ開けるよ?」
「本当ね。頼んだことがないからメニューのそこまで気が回らなかったわ……」
まあ、アニエスはついこの間までは完全未成年。
今だってまだ十代半ばなんだから、酒なんてあまり嗜んでないだろうしな? それにしても……。
「いや〜〜〜〜!! さっすが超高級ホテル!? こんな市場にも出回らないプレミア過ぎるお宝が、ここまで勢揃いするだなんて……まさに酒好きには天国ですよ!?」
「や、本当に、だよね? だよね!!」
「お、ジオルグさんもその口ぶりだとイケる口ですね?」
「ああ、まあな! って……えっと、ところで……?」
「ああ! 自己紹介がまだでしたね?」
そう言い、黒髪赤目のイケメンがさっと品の良い礼の姿勢を取り、左胸に手を添え、お辞儀をした。
「はじめまして、ジオルグ・アルマ様! 私は若旦那様ことエース様の執事を仰せつかっておりますナイジェル・キャパンです。どうか以後、お見知りおきを……」
おおっ!? このイケメンはエースの執事だったのか! どうりで使用人にしてはやたらエースと距離が近いと思った!?
「え、でも、執事にしては随分……若いんだな??」
普通。執事は三十代後半から四十代になってからじゃないとなれないイメージがあるんだけど……?
「師匠、確かにナイジェルは若くはありますが、とっても優秀なんですよ?」
「そうそう! 私はこれでも、なかなかのものなんですよ実は」
「……本当、謙虚さだけは著しく足りないけどね?」
まあ、確かに……。つーか、エースと並ぶと髪の色も近いからか本当に兄弟みたいだな??
「ああ、お嬢様。いつまでもその格好だと障りがあります。着替えられてはどうでしょう?」
「ああ、確かにそうね? 師匠。私はちょっと着替えて来ますので先に皆と食べててください」
「ああ、わかった」
「あ、ちょっと待って……」
そう言いアニエスは手を伸ばし、シュルッと俺の燕尾服の蝶ネクタイを取る……。
「……師匠もお疲れでしょうから、少し楽な格好をされた方がいいわ。上着を脱ぐようならナイジェルにそのままお渡し下さい」
「あ、ああ……」
「じゃあ、また後ほど」
アニエスはそうして俺の蝶ネクタイを持ったままコーラ女史と着替えに行ってしまった。
そして、そんなやり取りを見て頭の後ろに両腕をまわし、エースの執事・ナイジェル君がニヤニヤとする。
「あーあ、まーたこれで若旦那様のジェラシーが爆発しちゃいますねー?」
それにエースは自分の執事をギロリと睨みつけた。
「ナイジェル。少し黙れ」
「大変だったんですよジオルグさん。お嬢様が婚約者役でジオルグさんを連れていったのを知った時の若旦那様ときたら本当! 俺までエラい目に合ったんですから? どうか責任取ってください!」
「うーん……えーと、ナイジェル君は優秀な執事なんだよね?? そんな主人を煽るような言い方して果たして大丈夫なのか……?」
「大丈夫じゃないよ。今すぐ、こいつをクビにしたい」
「若旦那様ったらまたそんな酷いこと仰る! 今回、ここに来れたのも俺のお手柄でしょう?」
え!? そうなの?
「いち早くコーラさんがドレス業者を別の場所に呼ぶ気配に気付き、その場所……つまりこのホテルを押さえ、お嬢様が出掛けるであろう舞踏会の当たりまで推理し、見事に的中させたのは……他の誰でもないこの俺じゃないですか?」
「ええ!? マジで、すげえっ!?」
「そして、しっかり給料とは別に高額のチップを僕からせしめたけどな……?」
「いや、だって本来の執事がする仕事の領分を軽くこえてますし……報酬の額以上の素晴らしき仕事っぷりだったでしょう?」
「ああ、本当にお前の図々しさには頭が下がるよ?」
「……とかなんとか言って俺のことが大好きなクセに! でなきゃ自分が学校行っている間に、わざわざ俺をロナ家の完全バックアップのもと医大に通わせたり、医学研修を優先するように言ったりしないでしょう?」
「は、はい?? 医者っ!?」
「はい、そうです! …………俺はもともとは医者になりたかったんですよ? でも寝る間を惜しんで働いても働いても……通っていた大学の学費が払いきれなくって、奨学制の学費のローンも膨らんじゃって……それでどうしようもなくて、断念してロナ家の執事の面接を受けたんです。……だけどそこで、まさかまた医大に通えるようになるなんて夢にも思いませんでした!! しかも、それまでの学費のローンまで若旦那様がまるっと肩代わりしてくれちゃうんですよ!? ……おかげで念願が叶い。ついにこの間、医師免許を取得できました! いや〜〜〜、すごくないですかっコレ!?」
「すごいな……。そうなのかエース?」
「ナイジェルが医療分野に特化してくれれば僕にとっても都合が良いしメリットがあるので……」
「いやいやいや、エース様のこれはツンデレですからね? なので、俺こんなんではありますが、若旦那様への忠誠心の強さは人一倍ですよぉ!」
「……うるさい。アホ抜かせ!」
エースはそう言って顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。どうやらコレは図星みたいだな……。
ナイジェル君もやたら、にやにやしているし……。
「あら? 全然、食べていないじゃない。お話でもしていたの?」
話し込んでいるとアニエスが戻ってきた。
白いシフォンの所謂エンパイアスタイルのドレスで、胸のすぐ下を青い帯で巻き、後ろの背中にその帯をリボンで結んでいる。
これはこれで、先程のドレスとは違う華と楚々とした清楚さがあり……しかもネグリジェのようなラフさを兼ね備えていてしなやかで着心地も楽そうだ。
軽く風呂にも入ってきたのか、ほんのり白い肌が朱に染まり、洗って乾かした白金髪を片側の肩に流してうなじが見えている。
……というか本当。
こいつ、スッピンでも凄まじく可愛いんだよな……マジで遺伝子どうなってんの……?
「はぁ、お嬢様の艶めかしい首筋と白い胸元が実に目に眩しくて堪りませんね!?」
「……ナイジェル。さっきのケーキのロウソクで目と喉をぐりっと焼くぞ?」
「本当、お嬢様のことになるとこれだから……パワハラ上司め!」
「お前がまずセクハラなんだよ!?」
なんか、マジで主従をこえて仲のいい兄弟みたいだな?
さらに戻ってきたコーラ女史がトレイにグラスを揃えてやって来た。
「皆さ〜ん! グラスも準備できましたよ? こちらのボトルはどうしますか? 開けますか?」
「「モチロン!!!」」
いよいよ宴は始まったのだった!
※『【閑話】メンフィスの歪んだ初恋その3』の後書きに短い【おまけ閑話】を入れました。よければそちらもご覧ください!




