前編(契約)
※1・2話は当初は二話構成の予定だったため内容が濃く、各話一万文字近くありますが、3話目以降は平均3千文字程度で読みやすくなっています。
久しぶりに錬金術の錬成陣や道具を触っていたら、つい嬉しくなり、にやにやしている俺がいる。
ひょんなことから新聞で書き立てられ『伝説』と持ち上げられた錬金術師にして、アーティファクトの魔剣を操る戦士であった俺は、かつての仲間に裏切られ、あげく実の弟に将来を誓った彼女を寝取られ、さらにそいつらの莫大な借金を背負わされ……俺の人生は、詰みに詰んでいた。
そんで「ああ~はいはい! 俺の人生、逆転の余地なし終了。終了!!」と思っていたところに俺の借金をまるっと肩代わりする奇特な人物が現れる。
で、その恩人に頼まれ依頼を片付けた後、なんか、錬金術の研究所と職と法外な報酬をくれる約束までしてくれた。
もうこれだけ聞いたら普通「すげえ! まさかの人生大逆転おめでとうございます! パチパチパチ!」となるはずである。
……なはずなのに、世の中は簡単、楽しい、イージーモードとは、そうは問屋が卸さないみたいだ。
今、その恩人が俺の背中にひっつき、ゴロゴロと猫のように甘えている。
プリンのごとき弾力と、蕩ける滑らかさと柔さを有する様は、実際、猫なのかもしれない……。
全体的に百合のように線が細く華奢。
なのに胸だけが満月みたいに豊満という……ご都合主義なワガママ欲望を、完全具現化したようなその身体。
一般的につま先まで隠れた女性の脚はやたら希少価値が高いのに……それを惜しげもなく出しつつ、膝は真っ白すべすべ。
女性らしいしなやかさを持ちながら、スラっと真っ直ぐに伸びた麗しき超美脚は、世界百名山にも優る絶景と言っていい。
極めつけは、白っぽいサラサラと綺麗な金髪と……見た者のハートを猛射で打ち落とす、常識外れの可愛い過ぎる顔が、その素晴らしき身体に当然みたいにセットとなって、最強タッグを組んでいる……。
かつて、本格的に修行をつけていた時は、ちょうど歯の抜け変わる時期で歯が欠け、ちょこまかちょこまかと落ち着きがなかった。
それこそ七階の建物から紐なしダイブしたり、壁に穴を開けたり、ダイナマイトを持ち込んだり等々……しょっちゅう俺を怒らせ雷を落とされていた。まさに、小さき猿人!
『一人動物王国』だった愛弟子が数年後にそんな大変身を迎えるだなどと、いったい誰が想像出来ようか!?
「……アニエス離れなさい」
「いま書いているのは何ですか? 新しいものですよね?」
「おい、聞いてるか? 離れろ」
「やっぱり錬成陣の計算は複雑ですよね? これなんて、私にはまだ難しくて……あ、師匠コレは?」
「おい! 離れろ!!」
「いやだ! 離れない!!」
べったりとしがみつく、かつての猿人はただいま俺の背中の上でいやいやと駄々をこねる。
「やめろ! 俺はいま命の危機を感じているんだぞ!?」
そう、俺は危機に瀕していた……!!
何故なら、俺の命など次の瞬間にはぷちゅんと潰せてしまう権力者が、その瞳に地獄の煉獄を思わせる炎を上げて、先程からこちらをじっと凝視しているからだ……。
「セオドリック王太子殿下が見ていらっしゃるだろう!? 離れろ! 放してください!!」
「だって、師匠ちっとも構ってくれないんだもん! やだやだ!」
そう、こんな風に超絶破格に可愛く、周囲を圧倒する程スタイル抜群に育った愛弟子は、あろうことかこの国の王太子に求婚を迫られている。
確かに、かなり気合を入れ……気を付けなければ、どの男もみ〜んな、めったにお目にかかれないご馳走を見るような目で、コイツのことを見てしまう!!
いや、だって恐ろしく美味しそうなんだもんな……実際。
そんなんだから、セオドリック王太子殿下もつい過保護というか、過干渉になってしまうのも分からなくはない!!
……とはいえ、最近はそれがどうも度を越しているらしく……。
その原因が、こうやって俺に日々過剰に甘えてくるこいつの態度に原因があったりする。
「アニエス。ジオルグ殿も困っているし、それくらいにしてはどうだ?」
無理やりにでも引っぺがしたいのか、組んだ腕の指先がさっきから世話しなくトントントントンと腕を叩いている……。
それに、アニエスはぷうっと頬を膨らませた。
「だってやっと数年ぶりに会えたのに、ちっともお話しができないんですもの!」
「話はわかった……でも、未婚のご令嬢が、過剰に男性にひっつくのはどうなんだろう?」
「外ではこんな不躾ははたらきませんよ? ここならほとんど誰も入ってこないし、外聞には傷はつかないかと……?」
「私は先日、君にプロポーズしたはずなんだが?」
「そうですね? ……でも、そうおっしゃるセオドリック様だって毎日毎晩ご自分のベッドにとっかえひっかえ美女を侍らせてらっしゃるでしょう? それに比べたら私のこれはお粗末、幼稚な、可愛いものにございます」
「……君が『うん』と頷いてさえくれれば、身辺は今日すぐにでも整理しよう」
「『男性の行動は信じても、言葉は信じるな』というのを常々、母から言われて育ちましたゆえ…………それに『うん』と頷いたら、そのままセオドリック様のベッドに連行されそうなので、それは、ちょっと……」
なんだか、二人の問答に入りづらいが同じ男として殿下をお助けし、ついでにそれで俺の寿命を延命すべく、俺が口を挟んでもいいだろうか……?
「おい、それではまるで殿下が野獣だぞ! アニエス!?」
「まあ、否定はしないが」
わあ、この野獣ってば正直ぃ!
「仕方ないでしょう? 私は、いま温もりに飢えているのです」
「そういうことなら私が温めてやろう。裸同士で?」
「えーと……なぜ、私が殿下に擦り寄っていかないのかを、どうか今一度、ご自分を振り返っていただけないでしょうか?」
何というか……殿下も、アレなお方だな。
「先日、我が家で長年飼っていた『アザクワ』がついに永眠したのです。寿命とはいえ、胸が張り裂けそう……」
どうやら、アニエスは実家で赤ん坊の時から一緒に育ち共に成長した愛犬(享年十五歳)がいなくなり、かなり寂しくて仕方がないらしい。
そして、そういう時に遠慮なく甘えられる義弟のエースや専属従者のアレクサンダーは、管理厳しい王立魔法寄宿舎特権学校で勉学に励んでいて、今はアニエスの近くにはいない。
アニエスのご両親も立場上いつも大変忙しく、毎日飛び回って家族といえど会えない日も多い。
結果、そんな時に甘える対象として白羽の矢が立ったのが、つまりは師匠である『俺』ということのようだ。
「事情は分かるが、殿下の言う事は尤もだ。人の目が無いからこそ、こういう風に二人きりになりやすい中、スキンシップを取るべきじゃない! ……そもそも、お前は基本的にスキンシップが多いぞ?」
そう言われ、アニエスは拗ねた顔で俺をのぞき込む。
「そうですね? 私は確かにスキンシップが過剰かもしれません。…………でもそれは…………どなたかが過去に子供の私を捨てて、その後の連絡も一切なく、相手が生きているか死んでいるかもわからない状態で蔑ろにされたのも大きな要因ではないかと……?」
ぎくりっ。
「文句がおありなら、まずは過去のご自分におっしゃってくださいませ。お師匠様?」
アニエスはそう言って、また俺にガシッとしがみついた。
「……もう、限界だ!」
しかし、セオドリック殿下がついに我慢ならなくなったらしい。
俺とアニエスの間に入り、ベリッと俺からアニエスを剥がすと、そのままアニエスの腰に腕を回して自分に抱き寄せ、怖い顔で俺を振り返った。
「ジオルグ殿。アニエスがここに来たら、必ず。必ず私に連絡を……?」
そう脅……伝言し、アニエスを無理やり連れて行った。遠くからは、アニエスの俺を呼ぶ声がしたが、俺はそれをただただ見送るしかない。
そんな嵐のような騒動が去ると、研究所は一気に静かになった。
「……はあ! すごいですね、まあるで濃厚な愛憎劇を見ているようでした!?」
そう言って出てきたのはここで俺の助手として付くことになった、ミストンという痩せた眼鏡の男だ。
理系で『ゴーレム』についての優秀な研究者らしいが、正直まだ日が浅くてそこらへんはよくわからん。
「神々しく煌びやかな方々でしたね~! お貴族様というものは皆、ああなのでしょうか!?」
「いや、他にも貴族を知っているが、あれはまた特別だと思うぞ?」
「あれ? お詳しいんですね」
「まあ……人よりはね」
これでも、元貴族なもんでね。
「それにしてもアルマ所長は、アニエス様に気に入られていますね? まさに、ぞっこんというか……」
「いや、あれは雛の刷り込みの様なもんだろう。ちっさい時からの付き合いだからな?」
「いいなあ……刷り込みでも、あんな絶世の美少女に一度イヤというほど懐かれてみたいものです。スタイルも抜群だし、声までめっちゃ澄んでて綺麗で可愛い!」
確かに、それだけだったら男としては、大大大大、大歓迎だろう。
……しかし、あいつのバックにはセオドリック王太子殿下を筆頭に、ヤバい奴らが心底惚れ込んでて常に目を光らせている。
それこそ間違いがあろうものなら俺は明日にも沈められた死体として、新聞一面を飾ってしまうだろう!!
うう、なんておっそろしいんだ。カモーン! 我が平穏な日々よ!?
「しかも、こんな大規模な……魔法以外での研究所を用意してくれる破格の待遇。普通はまず無い話ですよ?」
「…………」
確かに、魔法や魔術に関する以外の学問は、一般的に冷遇されている。
しかし、錬金術はそれでもまだ日の目を見れてる方なんだ。
それ以外の研究者は大した研究も出来ず。成果をあげられないからいつまでも日陰者で、ほとんど例外なく虚しく貧乏に、変わり者と揶揄されながら一生を終える。
「まあ、それはオーナーが特殊な生まれのせいもあると思う」
アニエスが普通の一般的な『魔力持ち』のご令嬢だったら……おそらく錬金術なんて見向きもしなかった。
あいつが、そもそも俺を訪ねてきたのは自分の『魔力無し』を打開する方法として錬金術に目を付けたからなんだよ。
「……あいつも、あれで苦労人だからな」
「ふうん、そうなんですね……で」
そこで、ミストンがニヤリと俺を見た。
「……実際は、どこまでいっているんですか?」
「何がだよ」
「決まってるじゃないですか! アニエス様と所長の関係がですよ!」
俺は、その質問にひっじょーに、げんなりする。だってこの質問こいつだけじゃないんだもん!
当事者以外、みーーーーーーーんなしてくる!!
……それこそ、俺の現在、住んでいる下宿の大家さん一家から、アニエスを見かけた近所の人。果ては俺の行きつけのパブの客やマスターまで……。
「師匠と弟子。雇用主と研究者! それ以上でもそれ以下でもない!!」
「えーーーーーーーーーーーーー!? 嘘だーーーー!!」
そして、この反応もみ―――――んなするんだよ! こん畜生!?
「何でだよ! 俺は、これでも真っ当な人間なんだよ! 教師が生徒に手を出すか!?」
それにミストンは口を尖らせ、目を細める。
「はあ? お行儀のよい学校じゃあるまいし……社交界デビューしているならアニエス様はもう成人でしょう? 師弟関係で夫婦になるなんて、職人や芸事の師弟関係ならザラにある話じゃないですか。……固いなー!」
そうかもしれないが俺には俺の美学がある!!
まあ……たまにチラチラ揺らぐけど……。
「そんな堅物じゃ、一生独身ですよ? いろいろあるかもしれないけど、僕はお二人、結構お似合いだと思いますけど?」
「あいつとは十五歳以上離れてるんだよ。下手したら親子だ!?」
「素晴らしい!! 男のロマンそのものじゃないですかあ!」
―――たわけっ!
はあ、みんな言いたい放題だよ!!
まあ、はたから見たら王太子や数々の貴公子に求愛される麗しきご令嬢が、何をとち狂ったか、こともあろうに没落した元『伝説』の男に入れ込んでるなんて話、面白くて面白くてしょうがないのかもしれない。
まんま美女と野獣のお手本みたいな二人だしな?
しかし、俺はやっとまた自分の人生を取り戻せそうなんだ。ここで間違うわけにはいかない!
……ということで、今日のお仕事は、はい終了。俺は本日は定時で上がります。
あざーーーーす!
◇◇
そうして現住所である王都の自分の部屋に戻ったわけなんだが……。
「師匠、お疲れ様です!」
オイオイ。なぜ、お前がここにいる?
「おい、どうしてここにいるんだ?」
「下宿の大家さんがご飯をご馳走してくれるそうですよ。今日はお土産に太もも丸ごと燻製したハムと薫りづけの白トリュフを適当に持ってきたので、たぶん、夕食の席にも出るんじゃないかな?」
おい、大家さん買収してんじゃねえよ!?
「……なぜ、俺の部屋に入れた?」
「ここは研究所の寮で、このように私も合鍵を持っているから……?」
そう言って、アニエスは宝石と銀の鈴の付いたキーホルダーをチャリンと鳴らして合鍵を見せた。
「職権乱用! それもう、立派な不法侵入なんだが!?」
「そうですよね? …………疲れたでしょう、師匠カバンをお持ちしますね? あ、お風呂も沸いてるみたいですよ?」
軽くスルーされた! 軽犯罪スルーされた!
「師匠が好きな深入りの豆を準備して、ちょうどお湯が沸いたところなんです。淹れたての豊潤な珈琲をいま準備しますね?」
そう言い上目遣いで、にっこりと微笑む。
ぐっっはぁ! ……く、くうっ、こ、こいつが、こんなにも可愛くなければ、俺はもっと、……もっと強く出れるのに!!
俺は、素直に深入りの珈琲をアニエスの肩もみと、アニエスが持ち込んだ蓄音機でカフェさながらのレコードの音楽とともに堪能した。……うん至福。
それからいつもは部屋についているトイレ付きのシャワールームのシャワーだけなのに、今日は言われた通り下宿に一つだけ存在するバスタブの風呂にまで入る。
バスソルトまで入っていて実にいい湯加減だった。らぶり~!
「師匠、夕食の前に軽く食前酒はどうですか? 良いウォッカをお持ちしました!」
なんだその、まるで三分で料理するような手際と準備の良さは!?
おお、んまいぃっ。
「やば! 何だこの酒!? 旨いうえに水より飲みやすいぞ……」
「なんて良い飲みっぷりでしょう! ささ、もう一杯……」
「って、そうじゃない!? やめろ!! そうやってやたら夢心地にして相手を陥落させるのはー! ……お前それで、昔まんまと俺の弟子に納まっていただろう? そう言えばっ!?」
「私の常套手段です。今のところ成功率七十八パーセント」
リアルな数字がやだ……。
「……何が目的なんだよ? 今度は……」
それにアニエスは、すぐに答えずにっこりと笑った。
最近お前のその笑顔が怖いよ!!?
「師匠、そんなことより……私、今日、いつもと違って少しセクシーな下着を身に着けてるんです。とはいえ、面白みもないシルクのピンクなんですが……」
「…………」
「……見たい?」
むちゃくちゃ見たいです!!
……って、そうじゃないだろう!?
「~~~~~~~何で、急に下着の話になるんだよ!?」
「もしも話を聞いてくれるのなら、見せてあげてもいいかなって……? 未婚で十代の……仮にも貴族の令嬢が身に着けた下着なんて、そうは見れない希少なものですよ?」
そういう下着じゃなくたって、見るとなったら希少だよ!?
「俺に今度は、何をさせようってんだ……?」
「師匠に今度の舞踏会で私のパートナーとして一緒に出てほしいんです」
「舞踏会? 何でまた……」
「師匠を仮の婚約者に仕立てるためです」
……は? なんだそれ!?
「何で、俺なんだよ?」
「セオドリック様は言うに及ばず。……エースやアレクサンダーは顔が割れているし、未来ある若者ゆえ仮とは言え、婚約者とは仕立て上げられません。……とは言え、他の貴族子息に頼むとなると妙な借りを作りかねないし……? そこで師匠なら元貴族ですからそうゆう場での立ち居振る舞いも多少練習すれば問題ないでしょうし、なによりもあと腐れない! また、これ以上ない頼れるボディーガードとして私の身の安全を守ってくださいます! なので、どうかお願いできないでしょうか?」
「どうして婚約者を立てないといけないんだ? ボディーガードって?」
「その舞踏会は今後のために、どうしても出ないわけにはいかないんです。でも、出れば私の身は絶対に危険にさらされます……」
「それは、またどうして?」
「主催側のメンショー伯爵家のご子息は、もとは、メンショー家の親戚ですがメンショー家に男児が無かったため、この度、伯爵家跡取りに決定いたしました。その彼メンフィスは、かつての私の婚約者候補でした……けど、今は私の命をずっとつけ狙っておいでです」
「そりゃまた何で?」
「私が彼の魔脈操作をして、彼を五年間『魔力無し』におとしめたからですよ」
………絶句。
「な、何だってまたそんな事!?」
「彼って子供の頃から変態趣味があって、女の子をぶったり押したり首を絞めたり、ナイフをちらつかせたりするのが好きな割と最低人間なんですけど、私が魔法が使えないとなると魔法で攻撃するだけでは飽き足らず、魔法で服を脱がして湖に放り込もうとしたんですよね?」
「はっ?」
「さすがにそれに怒った私は魔脈操作をしたのですが、当時は加減がわからず……でも、治そうとは何度も試みたんですよ? でも彼は親が魔法療養のために海外に引っ越してしまったし、彼の情報は社交界でも一時、秘匿にされてしまって、彼もきっと親に原因を話したはずですが誰が魔法を使えなくするなんていう、まるでメルヘンファンタジーを信じるでしょうか? …………それで最近ようやく操作の効果が切れたみたいで、無事に彼が後継者になった。……というわけなんです!」
「…………」
「この狭い社交界。しかも、これから事業を拡大したい私。メンショー伯爵は人脈も広く王家、他国、港の労働者からの信頼も厚い!! ……今回はどうしても避けきれない相手なんです」
「…………」
「と、いうわけで師匠。よろしくお願いします!」
アニエスはそう言いぺこりとお辞儀をした。
「…………おい、そんな泥沼展開まっぴらごめんなんだが?」
いやまあ元々はそいつが悪いと思うし相手は最低だが、貴族が魔力を失うことがどれほど絶望的なのかもわかるから、一方的に相手が悪いとは言いづらい状況になっている。
ましてや魔脈操作なんて、おそらく世界中で訳アリ『魔力無し』のコイツにしか出来ないことだからな……。
でも、こんな案件とても一般人には取り扱いきれないぞ……なんつーか、もっとこう、カウンセラーとか法律の専門家が介入したりした方がいいんじゃないか?
いやでもまず魔力無しに出来るって言っても誰も信じないのか。うーーん。
そう色々と考えているとアニエスは立ち上がり、おもむろに椅子に座る俺の膝のうえに、跨ってきた。
「!!」
え、な、何!?
「……師匠? 可愛い下着と……セクシーな下着どちらがお好みですか?」
な、なぜに、いきなり!?
…………これは、かなり真剣に悩むなぁ……。って違う!
「舞踏会の日、私が師匠が望む方の下着を着てきます」
「!! …………!?」
「全てが終わったら、それをできる限りお見せ致します」
「!! …………! …………?」
「駄目でしょうか?」
「…………!」
即レスしろ! 俺!!
「因みに今日は、こんな感じなのですが?」
そう言って、アニエスはいつの間にかスカートの片側をたくし上げその場でストッキングを止めたガーターベルトとともにチラリと見せた。
な、なんて、けしからんデザイン!?
……もっと、見せろ! 見せてください(土下座)!!
「師匠。師匠にしかお願いできないんです……! どうか私を守ってくださいませんか?」
「…………わ、…………かっ……た……」
アニエスはそれを聞くと、ぱあっと表情が晴れやかになり、笑顔を見せた。
「ありがとうございまーす!! さーすがお師匠さま!」
用が済んだところでアニエスはさっと俺の膝から降り、自分の座っていた場所へと戻っていった。
……え、……これもう終わりなんですか……?
「師匠が、寂しい独身男性で助かりました! 私は基本手段を選びませんが……さすがに彼女がいる方や妻帯者にこんなことはできませんからね?」
「おい……」
もっと、オブラートに包めよ……。
「では私は帰りますね? いつまでも居座るのは外聞が悪いので!」
どんだけ、マイペースなの!?
「あ、玄関までは送ってくれますか? 玄関から先は車が待っておりますので」
勝手か! でも、素直に玄関まで送る俺。
こんなんだから、歴代彼女に「やさしいだけ」とか言われてしまうんだよなあ(泣)
「それでは、お邪魔いたしました」
「あらあ! お夕飯は食べていかないんですか? いろいろ頂いたのにそれじゃあ悪いわ!」
アニエスが帰るということで大家さん母娘も玄関にやってくる。
っていうか本当、いつの間に仲良くなってるんだよ!?
「ええーアニエスさん、もう帰っちゃうの!? ここらへんは、私には地元だけど、一応お酒と娼婦の街だから危険なのよ? だから来るときはジオルグさんに送り迎えさせると良いよ! っていうかジオルグさんもちゃんと送ってあげてよ! こーーーーーんなに綺麗なお人形さんみたいに可愛いんだから危険でしょう!? わかってるのぉ?」
大家さんの娘さんは十三歳だが、気の強さはさすがは歓楽街出身という感じで頼りない俺にビシバシと指導を入れた。……つうか背中もバシバシ叩いて活を入れてくる……。
「車を呼んでいるので大丈夫です。今度はエースとアレクサンダーも一緒にお邪魔しますね?」
「「キャあああああーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!! ぜひぜひぜひぜひぜひぃい!!」」
その二人の名前に二人の目の中にはハートが浮かび、周囲にハートがまき散らされ、頬が赤く染まった。
俺への普段の態度とはマジで雲泥の差である。くっ、超顔面格差社会の現実が厳しすぎるよぉ!
「あ、でも(コソッ)二人には私がここに一人で来たことはどうかご内密に……あとですっごく怒られてしまうので……」
「まあ、いいとこのお嬢様はお家が厳しいですものね? それは、しょうがないわ! でも、もちろん秘密は守るから安心してください?」
「この街の女は口が堅いの!」
「それは素晴らしい美点ですね!」
こいつ隠蔽工作もばっちりか? いや、きっと知られたら痛い目見るのは俺だから、俺もめっちゃ助かるんだけど……。
大家さんたちは玄関手前までのお見送りをし、俺はアニエスとともに外に出た。
ここらへんは歓楽街なので夜になっても灯りはそこかしこについている。
でも、やはり治安が良いとは言えず、地面にうずくまる人間やガタイの良い外国人、道端に立っている悪い女だっている。
「………アニエス。お前、次来るときは必ずエースとアレクと一緒に来い」
アニエスは振り返り不思議そうな顔をした。
「え? 急にどうしたのですか」
「アニエスがどんなに狡猾で、頭が良くて、腕っぷしが立つといっても、……わざわざ女一人でここら辺を出歩くべきじゃない。いったいどんなことをしてくるかわからないやつは世の中にたくさんいるんだ。とくにこういうところは、……それに、強い奴ほど必要もない危険には突っ込まないものだ。違うか?」
「……驚いた。師匠の中で私って『女性』のカテゴライズに入っているんですね?」
「いや、でもこれはお前を見くびってるとかじゃなくて……」
「大丈夫。意味はちゃんとわかっていますよ。そうじゃなくて……師匠から一応は女に見えているんだな……と思って」
「……え? いやいやいやいや、それにしては俺に対してかなり女の武器を駆使してないか? お前ってば……」
「うーんそれはですね…………? 男の人って、胸とかお尻とか脚とかを強調するとついつい反応してしまうものでしょう? 猫が紐を見ると反応するみたいに……以前、大人になって皆が親切にしてくれるという話をしたじゃないですか? でも、それは私の胸やお尻が膨らんだからだなっというのが……何となくわかるんです。……だって最初の視線が私の顔をいっさい見てはいないんだもん!」
それに、俺は胸を突かれた気がしてギクりとする。
確かに俺も再会したとき、こいつの身体をつい見てしまった。
いや、顔も驚くほど可愛いと思ったし、それに何より雰囲気に気圧されたような部分はあるが……。
「……とはいえ、それが『不快』だ『嫌いだ』と言いたいわけではないんです……。私からすれば最初に顔を見られないのは、逆にとっても気楽だったりするので……それに猫の紐と同じだというなら、加減さえ知っていればこれってすごく使えるでしょう? なら、便利な道具は使わないともったいないです。……実際、師匠には有効みたいですし?」
そう言い、アニエスはニヤリとした。
対して俺はそれに閉口し、ぶすっと口を曲げる。
「でもそれって、その人を女性だと思っているかどうかは……私は別だと思うんですよね……?」
「うーーーん……それはどうなんだ? ……胸とかが女特有のもので、だから男は反応するってところもあるし」
「では人間であり、かつ女であるとは思っていないというところでしょうか? ……そう、ただセックスシンボルがとことこ歩いているとしか見ていないという感じというか…………大切にしたい対象ではないんです。物事には何でもメリット。デメリットがございますね?」
「……なるほど、ほんの少しお前の言いたいことがわかった気がする」
「あははっ、わかってくださいましたか? で、先ほど言った師匠のお話なんですけど、……私が成長して、師匠と会ってからはまだ日が浅いでしょう? ……正直、最近の私を師匠は子供の時の弟子だった頃が半分、そして胸とかお尻のシンボルを中心に半分を合わせて見ているんものだと、……てっきりそう、思っていました」
俺は言葉を失った。
そんなつもりは勿論ないが、じゃあ完全に否定できるのか!? ともう一人の俺が俺を責め立てている。
……そう、俺は確かに、今のこいつをまだ十分には理解が出来ていない。
まだ表面的なことでしかこいつを捉えられていないのだ。
「でも、そんな風に今の私もちゃんと、一人間の女の子として見ている部分があったって今日はわかりました。えへへ、嬉しいな! ……わかりました。今度はエースやアレクと一緒に遊びに来ますね!」
アニエスは明るい表情で笑った。
「でも師匠……」
アニエスはそこで、俺の手を取り握りしめる。
「それなら私と二人きりの時間も作ってください。一人間で一女の子の今の私を師匠にもっと知ってほしいんです。私が変わったのはこの体だけじゃないんですよ? ……だから、どうかこれから私のことを全部を見ていてくださいね? 師匠にだけ全て……全部をお見せしたいんです」
アニエスはそう俺に言い、俺を見つめた。
夜の光と闇を吸い込んだ瞳にはただ俺だけが映っていて、アニエスも俺の全てを捉えようと……知りたいとその瞳が真っすぐに語っている。
俺はその時、この瞳の中にいっそ閉じ込められたいと思ってしまった。
「そろそろ、車に行きますね。師匠、例の件ちゃんと考えておいてください? それでは、おやすみなさい……」
アニエスはそう言い俺の手を放すと、自分を待つ車の方へと歩いていく。
けれど、俺はまるで魔法にでもかけられたように、目に焼き付いたアニエスの瞳とアニエスに握られた手が熱くなるのを感じながら、しばらくそこから動くことができなかった……。
☆面白い! 続きが読みたい! と思われましたら、ブクマ&評価を頂けましたら幸いです!




