東の国の女王
ある日の事。
リニはいつものように城の厨房で仕事をしていたのだが、この日は東の国の女王が久々に外交から帰ってくるらしい。
おかげでいつもより目が回るような忙しさで、やっと昼食を摂れたのは昼をだいぶ過ぎてからだった。
忙しさが落ち着き、いつものように中庭の芝生に腰を下ろすと、リニは大きなため息をついた。
「ああ、すごい疲れた。お腹ぺこぺこよ。こんなに忙しいなんて、この国の女王ってどんなヤツよ」
賄いにかぶりつきながらそう言うと、慌ててジュディがリニの元へと走ってきたのだった。
「リニ!今、女王様が帰ってきたらしいわ!こっちから見れるから見に行こう!」
興奮した様子で、ジュディはリニの腕を引っ張ると、塀の隅へと連れて行った。
「えー、あんまり興味ないんだけど…」
腹が空いていたので、何よりも早く食事をしたかったのだ。
どうやら塀の隙間から、女王の姿が見えるらしい。
「ほら、リニ!あの方がファナ女王よ」
ジュディに促されて、リニもそこから覗いてみたのだった。
塀の向こうには、清楚で落ち着いた色合いのドレスを着た、美しい女性の姿があった。
チョコレート色のふわふわと長い巻髪が印象的だ。
その人がどうやら、この東の国の女王らしい。
年の頃はあまりリニと変わらないように見えた。
たくさんの家臣らに囲まれたその人物は、美しく優しい穏やかな笑顔で話をしている。
周りにいる家臣らは女王の帰りを待っていたかのように皆、とびきりの笑顔だ。
その光景をみたリニは、視線を落とし、すぐにその場から離れたのだった。
「どうだった⁉すごい美人だったでしょ?あんなに若いのに、国民からの支持がすごいんだから!憧れちゃうわぁ」
うっとりしながらジュディは言った。
「ま、まあそうね。でも美しさに関しては私のほうが上ね」
そうは言ってみたものの、リニの心はざわついていた。
その日の仕事が終わり、ジュディと別れた後、リニは憂鬱だった。
あの女王の事が頭から離れないのだ。
自分と同じような年の頃なのに、女王として立派に国を治めている。
しかも美しいドレスを着て、あんなにたくさんの家臣から信頼され、輝いている彼女を思い出すだけでとても惨めな気分になっていくのだった。
「…私だって同じ王族なのに」
ふいに、そんな言葉が出てくる。
けれど、自分はあの女王のように家臣たちから信頼されていただろうか。
自分が、周りの者たちを笑顔にした事があっただろうか。
そして、あのように輝いていただろうか。
記憶を辿っても、父を困らせ、侍女の困った顔や怯えた顔しか頭に浮かんで来ない。
「…ああ、そっか。…だから父さんは私を追い出したのね…」
今になってやっと分かったのだ。
「…みんなの事を大事にしていたら、今頃お姫様のままでいられたのかな。なんて…今さらよね。私って、本当に頭悪すぎ…」
けれど、今さらそう思ったところで、何にも変わらない。
あの女王みたいに、帰る城も父も家臣も、リニには何も無い。
「…なんか、すごい悔しいから次の賄い料理の事考えようっと」
そう思っても、気分は晴れなかった。
重い足取りで歩き、家のドアを開ける。
すぐに、夕食のいい匂いがリニの鼻をくすぐった。
いつものように、ウィルが台所に立っていた。
「リニ、お帰り。お疲れさま」
いつものように、優しい彼の笑顔がリニを出迎える。
「…た、ただいま…」
ぶっきらぼうだが、初めてそう返してみたのだった。
「お腹空いただろう?夕食にしよう」
そう言って、ウィルはいつものように二人分の質素な食事をテーブルの上に準備している。
「…リニ?どうかしたのか?もしかして、仕事で何かあった?」
ずっと浮かない顔をして突っ立っているリニに、夫は心配そうに声をかけた。
不思議と、ざわついた嫌な気持ちが消えていった事に気が付いた。
「…ううん、何でもない!ただ今日もしょぼい夕食だなって思ったの!」
「そうかな?今日は贅沢にも食後に果物があるし、だいぶ豪華だと思うんだけど」
何事も悪く考えないのがリニの持ち味。
憎まれ口を叩きながらも、夫が作った今日の夕食も、しっかりと平らげたのだった。