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仕事始めました


ある朝、初出勤にもかかわらず、リニは自ら起きることなくウィルに起こされていた。


「ほら、今日は初めての仕事の日だろ?早く支度しなくちゃ」


夫に促され、リニはぶつぶつと文句を言いながら服を着替えると、鏡の前で悪戦苦闘しながら自慢のプラチナブロンドを結った。


いつもは侍女が髪を結ってくれていたので、やり方が分からない。

とりあえず誰でも簡単に結べるポニーテールに挑戦してみたのだった。


やはりうまく結べずに何だか不格好なポニーテールになったが、リニは上出来だと信じているようだ。




「ああ、私ってどうしていつもこんなに美しいのかしら…。庶民の地味な服でも私が着るだけでありえないくらい華やかになるなんて、私って罪な女…」


鏡に映る自分の姿にうっとりとしながら独り言を言っていると、後ろから夫が声をかけた。


「そろそろ行かないと遅れるよ。仕事は最初が肝心だからね。さあ、行こう」


二人揃って家を出る。 



けれど、ズタボロ雑巾ローブを纏うウィルの横に並んで歩くのは絶対に嫌なので、リニは彼から少し離れて歩いていった。


森を出て街へ入ると、早朝にもかかわらずたくさんの人で賑わっていた。



やがて石垣が連なる道に出ると、そこで夫が立ち止まった。


リニは、今更ながら夫の背がとても高い事に気が付いた。



「この通りを真っ直ぐ行くと城に着くんだ。僕の仕事場は向こうだから。それじゃあ頑張って」


優しく微笑んでそう言うと、ウィルは城とは反対の方向へと歩いていったのだった。



「私を誰だと思ってるのよ。どんな仕事だって持ち前の美しさと上品さで、あっという間にこなしてみせるわ」


リニは謎の自信に満ちあふれ、ふふんと鼻を鳴らして城を目指したのだった。



城の厨房を仕切るのは、ミクリモと言う名の恰幅の良い年配の女性だった。

何十年もそこで働き続けているため、女親方と呼ばれている彼女は、真っ赤な口紅を唇からはみ出さんばかりに塗っている。


そして、フリルがたくさんついた可愛らしいエプロンを、女親方の大きな体にきつく巻き付けていた。



城の厨房に、驚くほどの美貌の新人が来たという噂は、またたく間に城中に広がり、城で従事している男達が厨房に群がるほどだった。


けれど、そんな事は昔から当たり前の光景だったリニにとっては、別に何とも思っていなかったのだが。



ミクリモから指示され、リニはバケツいっぱいに入った汚れた大量の布巾を洗っていた。

というより洗っているフリをしていた。



「こんなことするなんて聞いてないわよ…。やり方分かんないし、やりたくないし。ああ、早く帰りたい。もう辞めたいわ。こんな仕事。みんなよくやるわよね」


お得意の文句を言っていると、誰かがリニにぶつかった。


「痛っ!どこ見てんの…」


「邪魔よ!いつまでそんな簡単な仕事やってんのよ!布巾洗うなんてすぐに終わるでしょ!こんなグズな新人いらないんだけど!辞めるならさっさと辞めてよね!」


声を荒げてそう言うのは、栗色の髪を三つ編みのおさげにしていて、そばかすが目立つジュディだ。


年の頃はリニとあまり変わらないように見えるが、テキパキと仕事をこなす様は目を見張るものがある。


彼女は外に出ると、洗ったばかりの大量のテーブルクロスをキビキビと動きながら干していた。


そんなジュディを横目で見ながら、リニは舌打ちを繰り返した。


「…何なのよ性格悪いわね!腹立つ!それにしてもここの仕事って洗濯物も干さないといけないの?うわぁ、あんなのやりたくない…」


そんなやる気のないリニを見ていたミクリモが、豊満な体を揺らしながら近づいて来たかと思うと、突然リニの小振りな尻をビンタしたのだった。


「ぎゃっ⁉ちょぉっと!何すんのよ!」


リニが涙目になって声を張り上げた。


「ほらほら新人!いつまでもチンタラやってんじゃないよ!昼までにその仕事終わんなきゃ昼飯抜きだよ!」


ミクリモのその言葉に、リニはゾッとした。


目当ての賄いを食べるためにここに来たのだ。

昼食にありつけなかったら働く意味などない。


賄いの事を考えると急にやる気が湧いてくる気がして、ミクリモに教わった通りに何とか与えられた仕事を終えたのだった。




昼時になり、リニは料理長に作ってもらった賄いを大きな皿いっぱいに載せて中庭の芝生の上に腰を下ろした。


今日は天気が良くて最高だ。


初めての賄いも最高だった。


肉汁あふれるローストビーフのサンドイッチと彩りの良いサラダに、具だくさんのスープ。そしてデザートまで付いている。


ウィルの作る食事によく出てくるペラペラのベーコンなどと比べ物にならないほど分厚いローストビーフが、リニの胃袋を満たした。


「うーん、もう最高!…まあ、ウィルの作る食事も味は悪くないんだけど、男のクセにダイエットしてんの?ってくらい量がしょぼいのよね。私はもっとがっつり食べたいんだけど、よくあんなに少ない食事で生きてるわよねぇ。信じらんない。どんな胃袋してんのよ。しかも料理のレパートリー少なすぎるし」


口に賄いを詰め込みながら独り文句を言っていると、誰かの気配を感じた。



「やあ、隣、座ってもいいかな?」


そう言うのは、同じ厨房で働く青年だった。


すらりと細くて背が高く、小顔な上に端正な顔立ちをしている。蜂蜜色の髪色と、少し日に焼けた肌がよく似合っていた。



「他にもたくさん座るところ空いてるんだから、そっちに行けば良いじゃない」


そんなリニの言葉を無視して、青年は隣に腰を下ろしたのだった。彼の手には、リニと同じ賄いを載せた皿があった。 

しかし、その料理は油のようなものにひたひたに浸かっている。



そして彼は誰も訊ねていないのに、自身の身の上話をはじめたのだった。


「僕、一人前の料理人を目指してここで働いてもう十年になるんだけど、未だに料理長に怒られてばっかりなんだ。ずっと見習いのままだしさ。新人の君にこんな事話すのもって思ったんだけど、君がミクリモに怒られてるとこを見て何だか親近感湧いちゃってさ」



「う…。やかましいわね。勝手に親近感湧かないでよ。とりあえず、何でもかんでもオリーブオイルかけるのやめてみたらいいんじゃない?」


リニが青年の賄いを見てそう言った瞬間、彼はハッとして立ち上がった。


「そうか、そうだったのか!ありがとうリニ!今度僕とオリーブオイルで語り合おう!」


そう言うなり、彼は風のように厨房へと戻って行ってしまったのだった。



彼の名は、モコズ=オリバー。


なぜかオリーブオイルが大好きで、料理長が作った料理全てに片っ端からオリーブオイルをかけていくという奇行が有名らしい。



「何なのよ、あいつ…。ここって変な人多くない?大丈夫なのこの職場…。……まだまだ食べられるからおかわりもらってこようっと」


自分の事は棚に上げ、颯爽と軽い足取りで、リニも厨房へと戻っていった。



昼食後は、ひたすらミクリモ親方に尻を叩かれ続けて仕事を覚えさせられたのだった。





夕方になり、城から出てきたリニの歩き方がおかしくなっていた。

尻が腫れて痛くてたまらないのだ。


「はあ、すっごい疲れた…!お尻も痛いし、もう嫌!辞めてやるあんなとこ!賄い食べられたのはいいけどその代わりお尻を叩かれるなんて聞いてないわよ!もう無理!」


とは言ってみたものの、やはり賄いは捨てがたいのだ。

このまま我慢して賄いのために仕事を続けるか、リニはうなりながら悩んでいた。




やがて森の中の小さな家が見えてきた。

明かりが点いていないところを見ると、ウィルはまだ帰ってきていないようだった。


家に入ると、どっと疲れが襲ってきて、リニは寝室のベッドの上に倒れ込むようにして眠ってしまったのだった。





どれくらい眠ったのだろうか。

ふと目を覚ますと、居間から明かりが漏れていることに気が付いた。



「あれ…ウィル帰ってきたのかな」


居間に行くと、テーブルに突っ伏して夫が眠っていた。



「なんだ、寝てるの?ねえ、私お腹減ったんだけど。何か作ってよ」


そう言ってみても彼からの返事は無い。思わずリニは舌打ちをしてみた。


仕方なく台所に行ってみると、鍋の中にスープが作ってある事に気が付いた。いつもより結構具だくさんだ。



「え〜…夕食、スープだけ?ありえないんだけど」


さらに文句が出そうになったリニだったが、空腹だったこともあって、椅子に座って大人しく食べ始めた。


向かい側で眠るウィルを見つめながら、リニはひたすらスープを食べ続けた。

ちなみにスープは超大盛りにしてみたのだ。そうしたら鍋が空っぽになってしまった。



「ねぇ、その顔の傷跡、一体どうしたのよ?事故にでも遭ったの?」


もぐもぐと咀嚼しながら向かい側の夫に訊ねるが、やはり彼から返事は無い。

静かな寝息が聞こえるだけだ。



「ふーん。別に言いたくないならいいけど」


そう言ってスープをあっという間に平らげると、食器をそのまま放置して寝室へと向かったのだった。




そして真夜中に目を覚ましたウィルは、リニが使った食器を静かに洗うことになるのだった。




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