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働く理由


「リニ、朝だよ。ほら、起きて」


早朝に起こされて、リニはとても不機嫌だった。


寝間着姿のまま居間に来てみると、テーブルの上にはすでに朝食が用意されていた。


しかしそれを見たリニはすぐに顔をしかめた。


「…うわ、何これ…。もしかして猫のエサかしら?」


少しのパンと、薄くてペラペラのベーコンが一枚に目玉焼き。それと具材がほぼ無いスープだ。

食器はどれもくすんで使い古されているように見えた。



「君って面白いこと言うんだね。これ、僕たちの朝食だよ。結構豪華だと思うんだけど」


そう返すウィルに、リニはギロリと睨みつけた。


これの一体どこが豪華に見えるというのか。

冗談言ってるのはあんたの方ではないかと思っていたが、昨日から何も食べていなかったせいもあって、不本意ながらすぐに朝食にかぶりついたのだった。




「今日は、君に家事をやってもらいたいんだ」


朝食後に夫はそう言って、リニに家事をやらせてみたのだが、やはり何ひとつできなかった。


箒を持ったこともなければ、水の汲み方も分からない。

包丁を持ったこともないし、調理器具の名前も分からない。

服の畳み方も、洗濯物の干し方もテーブルの拭き方も何ひとつ分からないのだ。


分かりきってはいたものの、ウィルは苦笑いが止まらなかった。


何よりも、家事を教えようとすると逆上するリニをなだめるのも大変だった。




「もう嫌っ!何で私にこんな事させるの!?出来ないし、面倒くさいし、汚いことなんて絶対やりたくない!全部ウィルがやればいいでしょ!私がやらなきゃいけないなんて間違ってるわ!」


そう喚いて、リニがぶん投げた雑巾を上手く受け止めながら、ウィルは答えた。


「けど、僕は明日から仕事があって夕方まで帰れないし、その間君は自分の事は自分で出来ないと大変だろ?」



「だったら小間使いを雇えばいいじゃない!」



「そんなお金無いし、家事も慣れれば意外と楽しいものだよ」


にこりと柔らかく微笑む彼に、リニは青筋を立てて膨れ面だ。



「…そういえばお風呂どこ?私、お風呂に入りたいんだけど」


昨日は疲れ切っていてすっかり忘れていたが、風呂に入っていないことを思い出しのだ。



「家が狭いから風呂は無いんだ。だから水浴びになるけど」


そう言う夫に連れられて行った場所は、家のすぐ裏手にある川だった。


透き通った綺麗な水が、さらさらと小気味よく流れている。



「川⁉ここで体を洗えっていうの⁉冗談じゃないわ!魚じゃあるまいし」


とは言ってみたものの、すぐにでも汗を流したかった。



「それでも結構気持ちいいものだよ。ひとりで心細いなら僕も一緒に水浴びするけど」


にっこりと微笑んでそう言う夫に、リニは鋭く睨みつけた。



「結構よ。さっさとあっちにいって」



夫の姿が見えなくなったのを確認すると、リニは生まれたままの姿になり、恐る恐る水の中へと入っていった。 



腰までのばした自慢のプラチナブロンドが、水草のごとくゆらゆらと揺らめく。



ガラスのように透き通る水は、緩やかに流れていく。


降り注ぐ木漏れ日に、何だか癒やされていく気がした。


水浴びも悪くないものだと思った。


そしてこれから自分はどうなるのだろうと思ったが、何事も悪く考えないのがリニの持ち味。


だって、ウィルをこき使って自分はいつまでもお姫様気分でいればいいのだから。

そう、自分は何をしても許されるのだ。


ウィルの事も、今まで寄ってきた男達みたいにひどく冷たくあしらえば、きっと自分の手には負えないと思うはず。



「そうすれば私は無事に北の国へ帰ってお姫様に戻れるかもしれない。…ふふふ、ド貧乏人風情が、麗しいこの私と不釣り合いなことを思い知らせてやるわ」


不敵な笑みを浮かべて、リニはそう呟くのだった。




翌日、太陽が高く昇った頃にリニは目を覚ました。



寝ぼけ眼で居間へ入ると、ウィルの姿はどこにも無かった。



「そういえば今日は仕事って言ってたっけ…」


テーブルの上には、夫が作った朝食が置かれていた。


またしょぼい食事に舌打ちをしそうになったが、とりあえず腹の虫が鳴ったのでそれをぺろりと平らげてみたのだった。



食べ終わった食器は片付けることなくそのまま放置し、リニは水浴びをしに家を出て行った。



その後は特に何もすることがないので、蟻の行列を延々と眺めたり家の周りを散歩してみたり、川に石を投げ入れてみたりして時間を潰していた。



 

そうしてとっぷりと日が暮れた頃、夫が帰宅するなりリニが詰め寄った。


「遅いわ!一体どこで何してたのよ。私、お腹空いたんだけど!早く夕食作ってよね」



「何って、仕事だよ。お腹空いたのなら何か作って食べていればよかったじゃないか。食材なら置いてあるはずだよ」


ズタボロ雑巾のようなローブを脱ぎながら、夫はそう言った。



「ねえ、私が料理出来ないって分かってて言ってるわけ?包丁も持てないのにどうやって料理作ればいいのよ」


しかめっ面で腕組みをしながら詰め寄る彼女に、ウィルは思い出したように一枚の紙切れを差し出した。


「その事なんだけど、君にぴったりの仕事を見つけて来たんだ」


彼が渡した紙切れには、城の厨房での下働きを募集する旨が書かれていた。


それを見たリニの顔色が、みるみるうちに変わっていく。


「はあ?何よこれ!この私に働けっていうの⁉お姫様を妻にもらっておいて働けとはどういう事なのよ!私は絶対に嫌よ。あなたが一日中働いて二人分稼げばいいでしょ!そんな事も出来ないの?この甲斐性無し!」


リニはそう叫んで、求人の紙を夫に投げて返した。


「でも、君も働いてくれたら少しは生活に余裕ができると思うんだ。それに、給金貰えて料理も掃除も覚えられるんだから、良い仕事だと思うんだけど。…未経験者大歓迎、しかも賄い付きだって。城の厨房だから、僕が作る食事よりもすごく豪勢なものを食べられると思うんだけどな」



紙切れを見ながらそう言う夫に、リニは反応した。


確かにここに来てからろくなものを食べていない気がした。

城にいた頃は思う存分食べたいものを食べられたのに、ここでの食事はあまりにもお粗末すぎる。

食後にスイーツと紅茶が出ないなんて聞いたことがない。


城での食事がとても懐かしかった。


仕事をすれば、きっとまたあのような食事にありつけるのだ。


そう考えただけで腹の虫が鳴りそうだった。




「………し、仕方ないわね。働けばいいんでしょ!」



というわけで、リニは東の国の城で働く事になったのだった。



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