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北の国の王女様

このお話は、童話[つぐみのひげの王様]をアレンジしたものになります



北の王国に住む年を取った王様には、五人の子供達がいた。


子供達は皆、聡明で思慮深く、国民想い。

それが王様の一番の自慢だった。



ただひとり、末の娘を除いては。



末姫の名を『リニ』と言い、兄や姉たちの中でもとびきりの美貌の持ち主だった。


けれど困った事に、その性格の悪さもきょうだいの中で群を抜いていた。

 


優秀な長男は、次期国王になるための勉強やら外交やらでとにかく忙しく、気の弱い次男は隣国へ婿入りして行ったし、しっかり者の長女と愛嬌の良い次女は、それぞれ他国へ嫁いで、すでに母親になっている。


王様の手元に残ったのは、まだ幼かったリニ王女だけ。


だから父は、蝶よ花よとこれでもかというほど甘やかして育ててしまったのだ。


その結果、見事な性格の悪さと口の悪さを兼ね備えた王女に成長したのだった。


世界は自分を中心にして回っていると本気で思いこんでいる彼女は、幼い子供のようにわがままだ。


最近では、それが王様の悩みの種でもあったのだった。




この日、城ではリニ王女の17歳の盛大な誕生パーティが開かれる事になっているのだが、主役である王女の部屋から怒号が飛んでいた。



「何よこれ!やっと出来上がったと思ったら、何なのこのドレスは。私が注文したものと形が少し違うし、リボンも可愛くないし、生地も安っぽいわ!高貴なこの私にこんな下品なものを着ろって言うわけ!?こんなの要らないわ。後でこれ捨てておいてよね!」


美しい顔に似合わず、彼女はドレスを床に叩きつけてそう叫んだ。


そばにいた侍女らは、びくりと肩をすくませ、小さな返事をすることしかできなかった。



「ドレスが無いんだから、パーティには出ないから!父さんにもそう言っておいて!」


そう言い放つ王女のわがままを家臣から聞きつけ、王様はあれやこれやと必死で説得をして、何とか三時間遅れでパーティが開かれたのだった。



パーティ会場の大広間では、たくさんの貴族やら身分の高い者たちが集まって賑わっている。


長い長いテーブルの上には、たくさんの料理たちがホカホカと湯気を上げながら所狭しと並べられていた。



しかし肝心の主役であるリニは、ふてくされたような様子で椅子にふんぞり返って、その光景を眺めていた。

 


「…はーあ、超つまんない」


大げさにため息をついて、リニはぽつりと呟いた。



隣に座っていた王様がそれに気付き、娘をたしなめた。


「リニ、皆、お前のために集まってくれたのだぞ。そんな態度をとるものでは無いだろう」



すると王女は、すぐに眉間にシワを寄せて口を開いた。



「ここにいる人、私のためなんかじゃなくて、どうせこのタダ飯を食べるために来たんでしょ?ほら見てよ、あの男なんてあんなにがっついちゃって下品よね。お酒だって何杯飲めば気が済むのかしら。あんなのどうせ没落した貴族かなんかでしょ。は~あ…これだから貧乏人って嫌なのよね。ドレスも欲しかったものじゃないし、料理もなんかショボいし、くだらない人達ばっかりだし。本当につまんなーい」



それを聞いて、王様は蓄えた立派なお髭を触りながら、何も言わず深いため息をつくのだった。



「ヒマだから何か甘いものでも食べて来ようっと」


そう言って、リニはドレスの裾を引きずりながら長テーブルの方へと歩いていった。



皿の上には、色とりどりのスイーツがこんもりと乗せられている。


王女はそれを、次から次へモゴモゴとハムスターよろしく口の中に詰め込んでいくが、男達にはそんな彼女の姿もまた、美しく気高く気品に満ち溢れているように見えるらしい。



するとそこへ、一人の青年が軽い足取りで颯爽と近づいた。



「やあ、はじめましてリニ王女。僕はブッス=アイクって言うんだ。とてつもなくクールで素晴らしい名前だろう?ああ、でも君も僕の名に負けず劣らず素晴らしく美しいと思うよ。ああ、それと僕はもっと君の事を知りたいなって思ってるんだけど、君もファンタスティックなこの僕の事を良く知りたくないかい?」


ペラペラと喋りながら、ふぁさりとクセが強めな前髪をかきあげる彼は、すらりと背が高いがお顔はとても残念だ。


そんなブッスに、リニは物凄い嫌悪感を丸出しにしながらこう返した。


「はあ?何ふざけたこと言ってんの?私、あんたみたいな気安くて勘違いでお顔の散らかった男って大嫌いなの。分かったらあっちに行ってちょうだい。そんな顔見せられたらせっかくのスイーツが不味くなっちゃうわ」


ぷいっとそっぽを向いて、リニはそう言ったのだった。



「ふん、たかだか一介の貴族風情が高嶺の花のこの私に気安く話しかけるなんて、身の程知らずもいいところだわ。まったく」


自信満々にそう呟いて、リニは再びスイーツを口に詰め込んだ。



ブッスが瞳に涙を湛えながらすごすごと立ち去る姿を見て、王様は頭痛のする場所をさすりながら更に深いため息をつくのだった。



ああ、またやってしまった…。

いつもこうだ。誰が話しかけてもあのような辛辣な態度ばかり…。

おかげで、今まで友達の一人もできたことがない。


このまま我が娘は、中身が変わることなくただ歳をとっていくだけなのか…。


そう思うと、父として悲しくなるばかりだった。



「…やはり中身を成長させるには、諸々の修行をさせるほかあるまい…」




そして、王女のためのこの誕生パーティは終始盛り上がることなく、お通夜状態のまま幕を下ろしたのだった。



その夜、王様は自分の部屋に王女を呼び出していた。



「ねえ、話って何よ?つまんない話だったら勘弁してよね。これから気分転換に、優雅なバスタイムを過ごす予定なんだから」


退屈そうにそう言って、リニはあくびをした。



「…全くお前という娘は…。よいかリニよ。お前はもう17歳なのだ。わかるだろう?すでに立派な大人だ。だというのに、王女とあろう者があのような場所であのような態度。恥ずかしくないのか?それに人様の前で、人様の容姿を貶すような真似をしおってからに」


あきれたように言う父に、リニは悪びれる様子も見せなかった。


「え?何で?何がいけないの?だって私がすっごい嫌いなタイプだったんだもん。それに彼のことをブサイクだなんてハッキリ言ってないわ。お顔が散らかってるって言ったのよ。ね?ちゃんとオブラートに包んで言ったの。私ってとっても優しいでしょ?それなのに、どこがいけないってのよ?」


しれっと言い放つ王女に、次第に王様の顔は厳しくなっていくが、リニの話はまだ終わらない。



「だいたい、王女であるこの私を敬ってお祝いしようって気持ちが全然伝わらないのよね。あんな輩なんて麗しい私に敬意を払ってこそ生きる価値があると思うの。それなのにこの時ばかりとタダ食いなんてしまくっちゃって、卑しくて惨めよね。顔も残念すぎるし、生きてる価値あるのかしら。本当につまんない人間だわ。ゴミみたい。あはははっ」



さも可笑しそうに高笑いする娘に、王様の拳がわなわなと震えている。



「ええい!黙らんかこのバカ娘!黙って聞いていれば好き放題言いおって!お前のような娘が王女など嘆かわしいわ!!」



王様の怒号が響き、リニは目を丸くして父を見つめた。

何しろ、こんなふうに怒られたのは生まれて初めてだったのだ。


しかし彼女は口角をあげ、不敵な笑みを見せた。


「…いきなり、一体どうしたのよ?そんなに勢いよく喋ったら、部分入れ歯が吹っ飛ぶわよ?」



「だっ…だまらっしゃい!…ゴホン…。いいかリニよ。お前には明日、私が決めた男の元に嫁に行ってもらうことにした。これは絶対命令だ。嫌とは言わせん」


父からの突然の話に、リニは再び目を丸くした。


「は!?ちょっ…!嫁⁉何よそれ!明日ってどういうことよ!?」




「明日からお前はこの国の姫ではなくなる。ただそれだけだ。そしてお前の夫となる者と支え合って末永く暮らすのだぞ」


父はそれだけ言って娘を部屋から出したのだった。



自分の部屋に戻ったあとも、父の言葉が頭の中をぐるぐると駆けめぐる。


納得できるわけもなく、苛立ちながらベッドの上で暴れていた。


「あーもうっ!急に嫁入りって何なのよ!姫じゃなくなったら好き放題出来なくなるじゃないの!あ、でも もちろんどこかの王族の人のところに嫁入りに決まってるわよね。そうしたら今まで通りの生活ができるから別に良いか!それに相手は、こーんなに美しい私を妻に迎えることが出来るんだもの、私の言うことは何でも聞いてもらわなくちゃタダじゃおかないわ。ああ、でも好みの顔じゃなかったら、どーしよー!」


大きな独り言を喚きながら、もんどりをうっているうちに睡魔が襲い、いつの間にかリニは夢の中へと落ちていたのだった。



翌朝、勢いよく王女の部屋のドアが開いたかと思うと、数人の侍女たちがぞろぞろとやってきて王女を叩き起こしたのだった。



リニは寝起きでわけが分からないまま、あれよあれよという間に着替えさせられたのだった。


「…えっ?何よこれ…何なのよ…?」


寝ぼけ眼で周りを見渡したあと、自身に視線を移した。


いかにも庶民の娘が着ているような服装に身を包んでいる。

生地がゴワゴワしていて、なんて着心地が悪いんだろうと、すぐにそう思った。しかし、果たして一体何が起こったのかと考えようとしたとき、ひとりの侍女が早口でこう言った。


「お嫁入りの衣装ですよ。すでにリニ様の旦那様が城の外でお待ちです。さあ急ぎましょう」


リニが抵抗する隙も与えることなく、あっと言う間に城の外まで連れ出されると、侍女らは疾風のごとく城内へと戻って行ってしまったのだった。



一瞬の出来事だった。



「こっ、これが嫁入りの衣装⁉何なのこれ!どういうこと!?」


思わず声を上げ、あたりを見渡したが城の者は誰もいない。


嫁入りだというのに見送りも祝いの言葉も何も無い。

しかも手ぶらだ。


「こんな事ってあるの…!?」


普段はあまり使わない脳みそを使ってみたものの、やはり王女にはこの状況を理解することはできなかった。





「やあ、君がリニだね」


突然若い男の声が聞こえ、リニはすぐに振り向いた。



そこには、体をすっぽりと隠すようなローブに身を包んだ人間が立っていた。


しかし、そのローブはだいぶ汚れが目立つ上にところどころ穴が空き、ほつれた糸があちこちに飛び出している。

何年もそれを着ているのかどうか分からないが、生地も形が崩れてシワだらけだ。


まるで、使い古したズタボロ雑巾を繋ぎ合わせて着ているようだった。


さらにフードを目深に被っているせいで、素顔はうかがい知れない。


異様な風貌の人物に、リニは言葉を失い、嫌悪感を丸出しにしながら後ずさりをしていた。





「今日から君と僕は夫婦だ。僕の家は東の国にあるんだ。だいぶ遠いから早く行こう」


夫となる人物は淡々とそう言うと、くるりと背を向け歩き出したのだった。



リニは今一度城を振り返ってみたものの、やはり父の姿さえ見つけることはできなかった。



いつの日だったか、兄や姉たちが結婚のために城を出ていくときは、それはそれは盛大に見送られて行ったものだったが、この差は一体何なのだろうか。


純白に輝く花嫁衣装も、嫁入り道具も何も無い。


唯一持ってきた装飾品といえば、お気に入りのいつも耳に付けている誕生石のピアスくらいだ。



城の奴らの横暴に、リニのはらわたは、とにかく煮えくり返っていた。



いつまでもその場から動く気配のないリニに気付いた夫は、振り返ると声をかけた。



「ほら、早く行かないと日が暮れてしまうよ。それに君はもうお姫様じゃないんだろ?未練がましく城を見てても戻れないよ」



「わっ…わかってるわよ!うるさいわね!」


ぴしゃりと閉じられた城の門は、リニを拒絶している。


けれど飢え死にはしたくない。


だから本当にこの男に付いていくしかないのだと、そう思わずにはいられなかった。



はらわたが煮えくり返っているリニは、素直に夫の後ろを付いていくことはせず、彼を追い越してひとりでずんずんと進んでいったのだった。




「あれ?彼女、道わかってるのかな?」


夫はぽつりと呟いて、慌ててリニの後を追うのだった。





その頃、城では王様が顔を涙と鼻水でしとどに濡らしながら、こっそりと窓辺から娘の様子を伺っていたのだった。



「…リニよ。達者でな。全てはお前のためなのだ。父はお前の幸せを祈っているぞ」


王様は、何度もしゃくりあげながらそう呟くのだった。


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