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第6話

 雑然とした部屋の中、パソコンに向かい更新された情報をあさる。

 チェックするのは、公式サイトと複数作られた攻略サイトに情報掲示板である。


「あー、やっぱ、防御力の強化じゃなくって、ダメージカットの方だったか……」


 すでに知っている情報も多いが、わざわざ検証までしてくれた貴重な情報もあるので、これらのサイトを巡回するのはcβが開始してからの日課となっている。

 今も、この前覚えた地属性の補助魔法の効果が、自身の認識と違うのを確認したところだ。

 確かに防御力の強化の割には、被ダメが減り過ぎだと思ったけど……。

 ただ、魔術師にとってはそっちの方が助かるので、嬉しい検証結果である。

 しかし、ダメージに伴なって痛みがあるこのゲームで、何度も攻撃を受けて検証するのは大変だった筈だから、こういうプレイヤーがいてくれるのは、本当にありがたい。


「あとは……、釣りでMENが上昇? 水泳でVIT上昇はまだわかるけど、釣りでMENか……」


 食材も手に入るし、気分転換には良さそうだな。

 攻略サイトには他にめぼしい情報がなかったので、情報掲示板の書き込みにざっと目を通す。

 1日分とはいえ、結構な量なので一々全部読むのは時間が勿体無い。

 稀にレア情報があるとはいえ、ほとんどがガセネタだし、そうじゃなくても未確定の情報ばっかりだからな。

 まあ、情報が確定してから、攻略サイトに載るまでに時間差があるので、情報掲示板を覗くメリットが無いわけではない。

 でも、正直見つかる可能性は低いので明日からは情報掲示板を読む時間を、ゲームのプレイ時間に当てた方が良さそうである。

 20分くらいだけど、毎日の事なので積み重なると結構大きな差になりそうだ。


「情報収集終了。んじゃ、気合を入れてログインしますか」



―――――



 小鬼の遊技場を抜けた先、しばらく進むと見えてくる名無しの洞窟。

 出現Mobの強さと沸き具合から、現在、メインの狩り場にしているところだ。

 天井に生えた苔の放つ光しか光源のない薄暗い洞窟は、剥き出しの岩壁にトーチ掛けなどもなく、人の手の入ってない自然窟が魔物の巣窟になってしまったという設定らしい。

 まあ、どんな設定でもいいけど……。

 武器を振りかざしてこちらに向かってくるゴブリンの集団に、詠唱を終えていた火球を放つ。

 火球で数匹のゴブリンを蹴散らし、終わったかと気を抜いた瞬間、右側の岩陰に隠れていたゴブリンが突然飛び出してきた。

 ちょっ、あぶっ!?

 不意は突かれたが、幾度かの失敗を経て、少しずつ近接戦闘にも慣れてきたお陰か、その走り込みつつの攻撃になんとか対処する事ができた。

 そして、振り下ろされた長剣を杖で受け止めながらも、呪文の詠唱を中断する事無く終わらせ、至近距離から魔法を発動させる。


「『アイスジャベリン』」


 出現した3本の氷柱は、出現位置が近すぎた為に右目を貫いた初弾以外のものは外れてしまったが、ダメージ的には十分だったようで、右目を貫かれたゴブリンは、光の粒子となり弾け散った。

 こいつで終わりか……、やっと休け、いっ!?

 壁に背を預け休憩に入ろうとした時、洞窟の奥から近付いてくる複数の大きな羽音が、耳に飛び込んで来た。

 おいおい、いくらなんでも連続で出過ぎじゃないかっ!?

 他にプレイヤーがいないのか、これで洞窟に入ってから4集団との連続戦闘である。


「『身を守る力を持たぬ人々は、地獄の悪鬼らに追い立てられ、寂しき荒野で邂逅した巨人に庇護を求める』」


 次の集団が到着する前に、先ほどの戦闘中に切れていた補助魔法の呪文を唱え始める。

 やっぱ、ソロだときついな。


「『その願いを聞き届けし大地の偉丈夫は、巌の如き腕を防壁とし、悪鬼の魔手より小さき子らの命を護り通した。……アースプロテクション』」


 魔法名を唱えると、巨大な岩の腕が巻き付くようなエフェクトが出て、身体から黄色い光が立ち昇った。

 なんとか間に合ったか。長いんだよな、この呪文。

 しかし、安心する間もなく洞窟の奥の暗闇から、カブトムシのような虫が物凄い速さで飛び出してきた。 

 で、でかい!? こいつがヒュージビートルかっ!

 ヒュージビートルは、虫のくせにゴブリンと変わらない大きさをしていて、頭に鋭い角を持っていた。

 攻略サイトで存在は知っていたが、思っていたよりもやっかいそうだ。


「『ファイアーボール』……クソッ! また避けられた!!」


 相手は空を飛んでいる上に動きが速い為、魔法が当たらない。

 結構簡単に倒せたって、何回か戦士と探索者の書き込みがあったのに……。

 まさか、盾で受け止めてから倒したって事、か。

 鋭い角での体当たりを転がって避ける。

 さ、……いや、4匹か、いつまでも避けきれんぞ。

 こりゃ、補助魔法が切れない内に、相打ちで1匹ずつ倒すしかないな。


「『大地を構成する勇猛な地精の怒りは、死の槍となりうごめく悪鬼を滅ぼさん』」


 早速、手持ちで一番威力のある魔法の詠唱を終えて、集中して攻撃を受けないように壁沿いを走る。

 他の3匹と違う方向に飛んだヒュージビートルを確認すると、壁から離れてわざと接近を待つ。

 来たっ!

 威力の高そうな角だけは避けるべく杖で受け止めようとしたが、慣れない空中からの攻撃に左肩に直撃を受けてしまった。

 いっ、ぃたくない、痛くない……。


「『ストーンランス』」


 実体化した1mを超える巨大な岩の杭が、動きを止めたヒュージビートルに突き刺さった。

 これをあと3回って、ちょいきつすぎるぞ。

 しかも、補助魔法が切れると一撃死とまではいかないだろうが、似たような事になりそうなので、急がなくてはいけない。

 飛行Mobが、ここまでやっかいだったなんて。



―――――



 うん、死んだ。死んだね。

 ヒュージビートルをもう1匹倒した直後、補助魔法が切れてしまい、急いで掛け直そうとして、一瞬ヒュージビートルから意識を逸らしてしまったのが悪かった。

 後ろからの体当たりで跳ね飛ばされ、背中の激痛に思わず動きが止まり、起き上がる前にもう一撃体当たりをされて死亡。

 いや、紙装甲なのはわかってたんだけどさ。

 3発しか耐えられないとか、どうなのよ。


「だからといって、新しいローブを買うってのもなぁ」


 生産スキルは料理しか使ってないので、今から自作するならかなりの時間が掛かる。

 となると、当然買うしかないのだが、すでにNPCの店で一番高いローブを装備している。

 まあ、店に2種類しか置いてなかったので、大した物ではないのだが。

 プレイヤーが生産した物は、まだまだ数が少ない為、今装備しているローブとそう変わらない性能でも値段が倍以上違う。

 他の入手方法になりそうな、ドロップ品もダンジョンの宝箱も、今のところ情報は皆無だし。

 後々の為に、裁縫スキルにも手をつけた方がいいかもな。



―――――



 なんの脈略もないが、釣りである。

 道具屋で購入した釣り竿の針に餌を付け、水路に釣り糸を垂らす。

 街の中で釣りっていうのもなんだけど、まあ、ただの気分転換だし。

 手に伝わった感触にあわせて、竿を軽く上げる。


「よし、ヒット」


 魚が掛かると同時に、視界に新しいウィンドウが出現した。

 ウィンドウには、釣り糸の耐久度と魚のHPがゲージで表示されていた。

 掛かった魚が大物なのか、活きがいいだけなのかわからないが、急激に竿がしなり、両手にかなりの重さが掛かる。

 竿を持っていかれないように、強く引いた瞬間、急に抵抗がなくなってしまった。


「えっ?」


 糸が切れたのか……。

 ウィンドウを見ると、釣り糸の耐久度ゲージがゼロになっていた。

 いくらなんでも脆過ぎる気もするが、釣りスキルの熟練度が低いせいだろう。

 でも、どうするんだ、これ? 糸も針も予備なんてないんだけど。

 使い捨てにしては、値段が高過ぎるぞ。

 などと、けち臭いことを考えていると、


「あ、直ってる」


 いつのまにか、切れていた糸が繋がっていて、ちゃんと先に針もついていた。

 便利だからいいけど、なんだかなぁ。

 ゲームだからしょうがないんだろうが……。

 まあ、どうにもならない細かい事は気にしないで、再度チャレンジ。

 再び釣り針に餌を付け、水路に釣り糸を垂らす。

 魚が掛かるまで暇なので、システムメッセージのウィンドウを見てみると、釣りスキルの熟練度と一緒にMENが微妙に上昇していた。

 あの情報通りだな。


「って、来た」


 他の事に気を取られていた為、あわせるのが少し遅れたが大丈夫だったようで、再びウィンドウが出現した。

 てか、今更だけどあわせの必要ってあるのか……?

 流石にゲームのお遊びで、そこまで技術を求められないか。

 今回は、先ほどと比べて竿のしなりが弱く引きも軽い。

 糸が切れないように竿を軽く引くだけにして、時間を掛けて魚を弱らせる。

 時間経過と共に釣り糸の耐久度ゲージが徐々に減っていくが、魚のHPゲージの方が若干減りが早い。

 もうちょい、もうちょい。

 焦って力を入れ過ぎないよう、気を付けながら竿を操っていると、遂に魚のHPゲージがゼロになった。

 竿が軽くなったので、魚を引き上げてみる。


「んー、小さいな」


 この仮想世界で、初めて釣り上げた魚は、20cmにも満たない小さな魚だった。

 こんな小さい魚相手でも、釣り糸の耐久度がぎりぎりだったなんて……。

 釣りスキルをもっと上げないと、普通サイズの魚も釣れないのか。



―――――



 思いがけず釣りに熱くなっていたようで、気付いた時には1時間以上も経っていた。

 釣果は、小魚が7匹に普通サイズの魚が2匹、釣りスキルの熟練度とMENが少々といったところだ。

 釣り竿の耐久度はかなり減ってしまって、半分以下になっていた。

 せっかく釣った魚なので、料理する為に調理ギルドにレシピを買いに行く。

 今の調理スキルの熟練度で料理できるのは……、ムニエルだけだな。

 購入画面を操作しムニエルのレシピを買い、早速レシピノートを実体化して必要な物を確認する。


「えっと、持ってないのはオリーブオイルに小麦粉とレモン、それと包丁か。包丁はここで買えるけど、他のは食材屋まで行かないといけないのか」


 包丁を購入し、調理ギルドの正面にある食材屋に向かう。

 HPとMP、調理スキルの熟練度が上がるとはいえ、無駄な出費ばかりしている気がする。

 食材屋は、野菜などが陳列されていて、購入画面を操作しなくても店員に直接渡して買うことが出来る。

 ただ、現実のように店で売っているものが痛んでいたり、質にばらつきがあるわけではないので、購入画面で買った方が早いし楽だ。

 食材屋に入ると、思い掛けない人物に再会した。


「あれ、ジンさん?」


「ん? トウヤ君だっけ……、初日以来だね。久しぶり」


 なんとなくフレンド登録したものの、積極的にメールするほど仲良くなったわけでもない。

 わざわざ連絡を取って、会うこともないと思っていたけど、こんな所で会うことになるとは……。


「どうも、お久しぶりです。ジンさんも料理ですか?」


「ああ、正直面倒で嫌なんだけど、HPとSPが上がらないからしょうがなくね」


 それにしても、初対面の時が丁寧過ぎた気もするけど、急に口調が気安い感じになったな。

 まあ、よっぽど高圧的だったり偉そうじゃない限り、気にしないから別にいいけど。

 しかし、本当に面倒な作業だよな、調理って。

 特に戦闘を求めてcβに参加したプレイヤーには、生産系の地道な作業が嫌いな人が多いだろうし。


「確かに面倒ですね。初日に、1時間以上もステーキを焼くはめになりましたよ」


「俺もそうだよ。ほんと、料理さえなかったら最高のゲームなんだけどなぁ。どうも同じ食材でも料理によって上昇値が変わるらしいから、スキル上げをサボれないし……、料理してくれるNPCとか設置してくれたらいいんだけど」


 あまりにも苦情メールが多くなったら、いずれそうなるかもしれないな。

 現状、全く利用者のいないNPCのレストランも、食材の持ち込みが出来るようになれば、一気に行列が出来るレストランになりそうだ。

 あ、そういえば。


「話は変わるんですけど、ジンさんって今どの辺で狩ってるんですか?」


「え? あー、今はPT組んで洞窟かな。あのゴブリンが出るとこの向こう側にある。かなり沸きがいいし、ドロップ品も悪くないしね」


「えっ、ジンさんもですか。今日行った時、他に人がいなかったから、人気がないのかと思いましたよ。掲示板でも、鉱山に行く人が多いみたいですし」


 情報掲示板でもあんまり話題に上らないし。


「一応、あっちも行ってみたんだけど、ドロップが悪くてね。落としても鉱石の欠片ばっかりだし、食材系が出ないんだよ。レアな宝石が落ちるって情報があるから、人気があるみたいだけどね」


 食材系が出ないのか……。

 洞窟はヒュージビートルがきついから、狩り場を変えようかと思ってたんだけど。

 勿体無いけど赤ポ買って行けば、なんとかなるか。


「滅多に落ちないから、レアなんでしょうに……。そうそう。洞窟で狩ってるなら、聞きたいんですけど、ヒュージビートルってどう狩ってます? 今日はじめて戦ったんですけど、やられちゃって」


「ヒュージビートル? ……ああ、あのカブトムシか。あれなら前衛が盾を使って倒してるけど。んー、魔術師、弓使いもだけど、遠距離職にはつらいと思うよ。飛んでる上に動きが速いから、攻撃が簡単に避けられちゃうし」


 やっぱり、補助魔法掛けて相打ちで倒していくしかないか。

 今日まで会わなかったって事は、あんまり出現率も高くないみたいだし、なんとかなるべ。


「もしかしてソロ狩り? あそこで狩るなら、PTに入れてもらうか、最低でも1人は前衛職を連れて行った方がいいと思うよ。魔術師とのコンビ狩りだと、前衛はまずくて嫌がるかもしれないけど」


「んー、そうですね。誘っても断られそうですし。ま、しばらくはソロで行く事にします。ヒュージビートルも補助魔法が切れないように気を付ければ、なんとかなりそうですし」


 一瞬、ハルカさんにメールする事も考えたが、効率の悪い狩りに誘うのは悪い気がする。

 自分だけいい思いをして、相手に嫌な部分だけ押し付けるのは、流石にな。


「そうか。まあ、無理せず頑張って。あー、そろそろホームに戻るわ。嫌な料理だけど、早く取りかからないと時間がいくらあっても足りないから」


「すいません、引き止めちゃって。お互い料理頑張りましょう。それじゃあ、また」


「いやいや、話せてよかったよ。またな」


 すでに買い物は終えていたようで、ジンさんは店を出ていった。

 一番の問題は全く解決しなかったけど、多少情報を仕入れることが出来たのでよかった。

 んじゃ、こっちもさっさと買うもの買って、料理しますか。

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