第4話
ジンさんと別れてから、狩りを続ける事2時間弱。
こちらに向かって走ってくる狼達の中心に魔力線を向け、火球を撃ち込む。
直撃を受けた狼はすぐさま光の粒子となり、飛び散る炎を浴びた狼達は燃え上がり、火達磨になりながらもこちらに向かって来ようとしたが、辿り着く前にその姿を光の粒子に変えた。
「やっぱり、ある程度は緊張感がないとな」
30分ほどは安全第一に鹿やウサギを狩っていたが、あまりの退屈さに途中で耐えきれなくなり、この森唯一の危険Mobである狼に手を出す事にした。
流石に、緊張感もなく延々と、火球を撃ち込んでいくだけというのは、単純作業過ぎてすぐに飽きてしまったのだ。
魔法が1種類しかなく、戦闘風景に変化がないというのも、退屈に拍車をかける要因の1つになった。
魔法で攻撃したらリンクする前に一撃で狼を倒してしまうので、どうやってアクティブ状態にするか悩んだが、試しに落ちていた枯れ枝を投げてみたところ、上手くアクティブ状態にする事ができた。
そうやってアクティブ状態の狼を連れたまま、わざと他の狼の近くをかすめるように逃げてリンクさせ、ある程度の数を貯めてから魔法で処理する。
リンクさせて集める数は、最初3匹から始めて徐々に増やしていった結果、火球一撃で処理出来た数は最高6匹で、それ以上になるとどうしても2,3匹魔法の範囲から外れてしまう。
なので、MPに余裕がある内は7匹以上引き連れ、わざと生き残りを作り、それを更に引き連れたまま走って、というのをMPが切れるまで繰り返す。
MP切れになる最後の1発の時は、集める数を多くても4匹までに抑えて、生き残りを出さないように確実に処理して休憩を……という感じだ。
この狩り方のお陰で、一気に狩りのペースが上がった。
鹿やウサギは、他のプレイヤーとの奪い合いになるので、どうしてもフリーなのを見つけるのに時間が掛かるが、まだほとんどのプレイヤーが手を出してない狼は、ほぼ放置状態なので楽に探せるし、簡単に集める事が出来たからだ。
もちろん、毎回上手くいったわけではなく、最後に生き残りを出すこともあったが、大体1匹、運が悪くても2匹だけなので、多少傷を受ける事にはなったが、杖での近接戦闘のいい訓練になった。
トレインを擦り付けられた時と違いスタミナが残っていたし、自分で狼に手を出したので落ち着いて対処できたのが大きかった。
まあ、意外に狼が弱かったってのもあるけど……。んー、見掛け倒し?
ちなみに、気になっていた痛覚であるが、爪での攻撃は紙で指を切った時くらい、牙での噛みつきは注射針が複数刺さったような痛みだった。
痛みは時間経過では消えず、休憩をしてHPが回復していくと徐々に無くなっていった。
それにしても、耐えられないほどではないが、HPが回復するまで痛みが消えないというのは、結構きつい。
近接職の戦士や探索者は、回復魔法等の援護が無いと、かなりマゾい事になりそうだ。
まあ、回復手段が複数あっても、瞬間的な痛みは無くせないのだけど……。
「結構毛皮も集まったし、街に戻るか」
これだけあれば、新しい魔法も買えるだろうし。
―――――
「――こちらが報酬の50Gとマジックポーションになります」
やっと終わったか……。
約4時間の狩りで倒した動物の数は合わせて300体以上、最初の2時間では60匹ほどだったので、狼を狩り始めてからのペースの異常さが窺える数字だ。
ドロップした毛皮は217個だから、かなり高めのドロップ率に設定されているらしい。
それ以外のドロップ品は、各種肉が合わせて124個、狼の爪と牙がそれぞれ13個と2個、鹿の角が5個、ウサギの尻尾が1個となった。
肉以外は、アイテムの詳細情報によると、生産スキルで装備品や消耗品に加工できるようだ。
えーと、これで、残ってた400Gと合わせると1450Gか……、やっぱここは、装備品よりも魔法だよな。
手持ちで買えるのは、他属性の単体攻撃魔法――火球のように範囲攻撃に変化するかもしれないが――と回復魔法、補助魔法だ。
狩りに変化を持たせるなら攻撃魔法だが、再びトラブルに巻き込まれる事を考慮すると回復と補助も捨て難い。
さっきまでの効率で狩りが出来るなら、攻撃魔法なんだけど……、そろそろ戦闘に慣れて狼に手を出す人も増えるだろうしなぁ。
思いきって討伐クエストに挑戦してみるか。
狼にも対処できたんだから、逃げ撃ちすればなんとかなりそうだし。
だとすると、回復か補助。
補助は防御力の強化だから、元々微々たる魔術師の防御力が強化されても焼け石に水っぽいな。
「てことで、回復っと」
水属性回復魔法をリストから選び購入する。
この魔法はHPだけじゃなくスタミナも回復してくれるらしいので、休憩の回数が減って移動時間の短縮になりそうだ。
残金250Gか、……って、やべっ、料理の道具買うの忘れてた!
そろそろ満腹度がやばそうだし、NPCのレストランだとHPとMPが増えないんだった。
今更だけど、ドロップした食材を料理して食べないと、HPとMPが上昇しないなんて、面倒な設定だよなぁ。
ま、愚痴ってもしょうがない。調理師ギルドに買いに行くか……。
―――――
調理師ギルドは、街の南西にある弓使いギルドの近くにあった。
建物は少し大きいけれど、他にこれといった特徴のない赤煉瓦造りで、看板がなかったら素通りしてしまいそうだ。
まあ、他の生産ギルドと違って、簡単な料理はホームで出来るから、そんなに大きくなくていいんだろう。
上級者が増えても、調理場は訓練場のようになっているのかもしれない。
さっさと用事を済ませるために建物の中に入り、入り口右側にあったショップに向かう。
正面には受付があったので、調理ギルド系のクエストもあるみたいだ。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」
目の前に、購入可能なアイテムリストが出現する。
確か、必要なのは、調理スキルのレシピノート――生産するのに必要な魔術書のような物――と、フライパンと塩と胡椒にステーキのレシピだったな。
合計480G……、230G足りないな。
売れる物は、
「アイテムの買取り価格は、こちらのようになっていますが、どうされますか?」
青ポが75Gに毛皮が3G、他の物も一桁台ばっかりだ。
売値は買値の四分の一、微妙な設定である。
青ポを4個売れば足りるな。
売却用の画面を操作して青ポを4個売却する。
そして、再び購入リストを呼び出し、目的の買い物を済ませる。
ついでに、どんなクエストがあるか気になるし、受付も覗いて行くか。
「どのクエストをお受けになられますか?」
リストをチェックして、どんなものがあるかを確認する。
あー、スキルで作った料理と報酬を交換するクエストなんだ。
今受けられるクエストは、狼肉のステーキだけで鹿肉とウサギ肉のはない。
狼肉のステーキ3個で、30Gとアップルパイ1個……、アップルパイの効果がわからないから、今は何とも言えない。
ステーキを作ったら食べる前に1回クエスト受けてみるか。
もしも、ステーキ3個食べるよりHPとMPが上昇したら、お金も貰えるし嬉しい限りだ。
―――――
街に設置されているホームポイントに入り、部屋の中を見まわす。
8畳くらいの広さの室内に、簡素な木製のベッドとその脇の机、煉瓦造りの竈に調理台、小さな食器棚。
調理台の前に立ち、アイテム画面を操作してレシピノート【調理師】を実体化させ、ステーキレシピを読む。
「まずは、肉に塩と胡椒を……、一振りずつね」
調理台の上に狼の肉と塩、胡椒を実体化させ並べる。
実体化させた狼の肉は、スーパーなどで売られているステーキ用の肉に形が似ているが、脂身が無く筋張ってるみたいで、かなり硬そうな感じだ。
ちなみに、どの部位かは不明。
塩と胡椒は、それぞれ色違いの木製の入れ物に入っていた。
狼の肉に塩と胡椒を一振りし、レシピの続きを読み進める。
ん? あとはフライパンに乗せて両面を焼くだけ?
まあ、簡単でいいけど、焼き時間とかどうなってるんだろ……。
「やってみればどうにかなるか」
早速、フライパンを実体化させて竈にセットすると、勝手に薪に火が付き燃え始めた。
いや、うん。便利でいいんだけどね……、なんか、雰囲気台無しというか。
複雑な心境を誤魔化すように、下味を付けた狼の肉を熱せられたフライパンに乗せると、肉の焼ける音と共に、食欲をそそる香ばしい匂いがしてきた。
片面を焼いている間に、食器棚から皿とフライ返しを取り出す。
どうやら、火力の調整とか細かい部分は省かれてる様だ。
まあ、あくまでもゲームの中の生産スキルなんだから、本格的な技術を求められたら困るんだけどね。
っと、そろそろひっくり返すか。
「よっと……、現実と違って、油が飛び散らないのはいいな」
焼き始めてから1分ほどでひっくり返すと、綺麗な焼き色がついていた。
裏返して30秒ほどで皿に移す。
ふむ。これでいいのか? 特に効果音も何も無いけど……。
見た目は結構美味そうだよな。食べてみるか。
食器棚からナイフとフォークを取り出し、皿を持ってベッド脇の机に移動する。
「いただきます」
適当な大きさに切り分けて、口に運ぶ。
うーん……、不味くはないけど、あんまり美味しくもないな。
歯応えもかなりあり、微妙に臭みもある。
スキル熟練度が上がれば、同じ様に焼いても味が良くなったりするのかね?
今ので調理のスキル熟練度が0.3上昇したから、持ってる肉全部焼けば結構上がりそうだ。
ステーキを食べ終わると、満腹度のパラメーターが2割ほど回復していた。
HPとMPは、それぞれ0.5ずつ上昇。
ずっとこのペースで上がっていくわけないだろうから、全部食べても上がるのは20くらいか。
「とりあえず全部焼かないと」
はぁ、2時間以上掛かりそうだな。
あ、いや、2枚同時に焼ければ……。
―――――
「あーあ、それでも1時間ちょい掛かったか」
2枚同時にフライパンに入れても調理可能だったが、数が数だったので結構時間が掛かってしまった。
とりあえずは食べないで、全て腰に装着されている革製の袋に収納した。
実体化したアイテムを自分の持ち物に加えるには、この初期装備の革製の袋に入れる必要がある。
手に持っているアイテムはシステムで保護されてなくて、他のプレイヤーに持ち逃げされた場合、そのアイテムの権利を主張できないのだ。
ただ、流石に武器などの装備しているアイテムは、ちゃんとシステムで保護されていて、一部例外を除いて他のプレイヤーに奪われる事はない。
本日2度目の調理師ギルドの建物に入り、受付に向かう。
「どのクエストをお受けになられますか?」
リストを操作し、ステーキのクエストを1回分処理する。
そして、すぐにアイテム画面からアップルパイを実体化させる。
現れたアップルパイは、ホールではなく一切れだけだったが、甘い良い匂いがして美味しそうだ。
実際、一口食べてみると甘過ぎず、リンゴの酸味が程よくあり、さっぱりしていてかなり美味しかった。
美味過ぎて、あっという間に食べてしまった……。
モデルとなっているアップルパイがあるのか、パラメーターで理想の味を作り出したのかわからないが、現実にあるのなら、是非その店に買いに行きたい。
そう思うくらい美味しいアップルパイだった。
「HPとMPは……」
システムメッセージを見るとHPが2.0、MPが1.5上昇していた。
満腹度は1割ほどしか回復しなかったけど、こっちのがHPとMPの上昇率がいいみたいだな。
ステーキより断然美味しいし、早く食べれるのも高得点である。
えーと、狼肉のステーキは、残り87個だから……、ちょうど3で割りきれるな。
さっきのと合わせてお金も900G入って来るのが嬉しい。
受付でクエストのリストを操作して、29回分クエストを処理した。
―――――
「も、もう食えない……」
アップルパイがいくら美味しいと言っても、1度に全部食べようとするのは無謀だったみたいだ。
6個までは普通に美味しく食べられたが、満腹度がフルになってから明らかに味が落ちたように感じた。
それでも無理をして3個食べたけれど、それで限界だった。
満腹度と味覚が連動しているのか、最後の1個は同じ物とは思えないほど不味く感じたのだ。
料理するのに時間が掛かるし、空腹じゃないと不味く感じるなんて、短時間で強くさせない為の措置なんだろうか?
「あー、もう夕飯の時間だ」
結構料理に時間使ったからな……。
ログアウトすると満腹感は消えるらしいけど、夕飯食えるかな?