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第3話

 鬱蒼とした森の中、茂る草むらを掻き分けながら必死になって走る。

 背後から聞こえる複数の荒い息遣いに、後ろを振りかえりたくなる欲求を捻じ伏せ、速度を落とさないように前を見て、攻撃可能な場所を探す。


「くっ、本当についてない……」


 身のほどをわきまえず無茶をしたプレイヤーが、自分勝手に逃げまわった結果、運悪く逃走経路にいた俺に、これ幸いとトレインしていたモンスターを擦り付けていったのだ。

 しかも、どう考えても魔術師にとって相性が悪い、動きの素早い狼を大量にである。

 街の近くにある森なだけあって、ステータスが低めに設定されているらしく、なんとか逃げれてはいるが振り切る事が出来ない。

 視界の隅で流れていくシステムメッセージを見ると、長く走り続けているお陰か、どんどんAGIとVITが上昇してくれているけど、今の状況を考えるとあまり嬉しい事ではない。

 訓練場で鍛えた為、VITは初期値でないが、魔術師の職業補正を考えるとスタミナが何時切れるか、気が気でないのだ。

 スタミナは、ほとんどのゲームで採用されている隠しパラメーターだ。

 全力で走ったり、武器を振り回したり、生産などで重労働をすると減っていき、スタミナが尽きてしまうと身体が重くなるのだ。

 明確に数値が表示されていない分、何時尽きるかわからないので、余計にどきどきしてしまう。

 それにしても、この森唯一の危険なMobがわざわざノンアクティブに設定されているのに、安全な鹿などの草食動物をスルーして、


「なんで手を出したんだあの馬鹿野郎は! 『生命の根源たる炎よ、勇ましき火精の助力を受け、全てを撃ち砕く火球となれ』」


 前方に障害物の少ない場所を見つたので、即座に詠唱を開始する。

 早口言葉は得意ではないが、間違えずに素早く詠唱を済ませ、その場所に差し掛かった瞬間、顔と杖だけ後ろに向け、狼の群れがいるであろう真後ろに向かって火球を撃ち込む。

 数瞬後、上手く命中したようで何匹かの悲鳴が聞こえたが、命綱であるこちらのMPも尽きてしまった。

 まだ初期値のMPでは、ファイアーボールを5発撃てばガス欠になってしまう。

 安全第一をスローガンに、草食動物しか狙うつもりはなかったので、青ポマジックポーションは買わずMPの回復には休憩を取るつもりだったのだ。

 まあ、何も考えず青ポを買ってたら、いつまで経っても新しい魔法を買う金が貯まらないだろうし……1個300Gって、どんな魔術師イジメだよ。

 そのせいで、ガス欠になった今、残された攻撃手段は杖での近接戦闘だけしかない。

 狼と殴り合いをする決心がつかないまま走っていると、タイミング悪くスタミナが尽き、今までの疲労が圧し掛かったように身体が重くなる。


「俗に言う、絶体絶命、万事休すってやつ?」


 はっきり言って全く自信はないが、何匹か道連れにしてやると悲鳴を上げていた足を止め、背後から襲われない様に木を背にする。

 てっきり狼達は、走ってきた勢いのままに飛び掛ってくると思ったが、獲物が弱ったのを感じ取ったのか、草むらからゆっくりとその姿を現した。

 意外と少ないな……、でも。

 運良く魔法が最大限にその効果を発揮してくれた様で、あれだけ大量にいた狼は、わずか3匹まで数を減らしていたが、どう考えても勝ち目がない。

 正直、序盤なのでデスペナより、開発チームが忠実に再現したと豪語していた痛みの方が嫌だったりする。

 あー、痛いのやだなぁ。

 と思いつつ、こうなった経緯を思い浮かべる。



―――――



 必要なステータスとスキル熟練度を、全て5まで上昇させる事ができた。AGI以外ではあるが……。

 訓練場での目的は果たせたので、受付で簡単なクエストを受ける事にする。

 各職業のギルドで通常受けられるクエストは、目的のアイテムを規定数揃える【収集クエスト】と特定のモンスターを規定数倒す【討伐クエスト】の2種類だ。

 たぶん、ギルド以外でも受けられるクエストとして、他のゲームと同じように街のNPCから受けられる【お使いクエスト】も用意されているだろう。こちらは掲示板で情報を探しつつ、時間ができたら自分でも探す予定である。


「どのクエストをお受けになられますか?」


 受けれそうなのは……、動物の毛皮の収集、10個集めて50Gと青ポ1個かぁ……微妙だな。

 討伐の方が報酬はいいけど、狩るのがアクティブMobだから、戦闘に慣れてからの方がよさそうだし。

 最初は、ステータスとスキルの強化をしつつ、堅実に魔法を揃えていくか。

 討伐クエストに手を出すのは、最低でもあと1つ魔法を覚えてからにしよ。

 動物の毛皮の収集を選び、ギルドを後にする。


「道具屋を覗いて行くか。青ポの値段も気になるし」


 手頃な値段なら保険の為に2,3個買っておきたい。

 マップを確認すると、最初に出てきた街の中央付近に店が集まっているようだ。

 道具屋に向かってしばらく歩いているが、行きと比べてほとんどプレイヤーに出会わない。

 訓練場に長々居座っている間に、ほとんどのプレイヤーは狩りに出掛けてしまったようだ。

 こっちも負けてられないな。



―――――



 街の西門を出て20分ほど道沿いに進むと、目的地の【木漏れ日の森】に到着した。

 初心者用の狩り場で、出現するのはノンアクティブの動物系Mobだけである。


「やっと着いたな」


 序盤、移動に時間が掛かるのがVRMMORPGの宿命とはいえ、狩場に着くまでの時間が少し勿体無く感じてしまう。

 まあ、偉い人が残した格言『家に帰るまでが遠足』の精神にのっとり、移動時間も有効活用させてもらった。

 現実ならば狩りの前に疲れないように歩いて行くのだろうが、ここはあくまでもゲームの世界なので、空腹状態じゃない限り、すぐにスタミナは回復するのだ。

 だから、スタミナが尽きるまで全力疾走し、回復するまで休憩というのを繰り返した結果、VITとAGIがかなり上昇した。

 やはり、AGIは走って地道に上げるしかないようだ。

 地味で嫌過ぎるが、貧弱な防御力の魔術師は攻撃を避けるしかないので、これからも移動はジョギングになりそうだ。


「んじゃ、行くか」


 いきなりアクティブMobを狩りに行ったプレイヤーもいるだろうが、ほとんどはここにいる筈だ。

 ここにはノンアクティブのMobしかいないので、注意するのは横殴りだけである。

 すぐに攻撃できるように、あらかじめ呪文の詠唱を済ませてから森に入る。

 杖を構え、辺りを見回しながら森の奥に進んでいくと、すぐに1匹の鹿を発見した。

 20m程先で草を食べていて、まだこちらに気付いていない。

 光りの線――名前がないと面倒なので勝手に魔力線と命名――を鹿に合わせようと操作を始めた所で、何故か消えてしまった。


「ぬっ?」


 どういう事だ? まだ撃ってないのに……。

 ひょっとして、撃てる状態に保持しているのに時間制限でもあるのか?

 訓練場では色々試してる間消えなかったので、その可能性を考えてなかった。

 MPが減らなかったのと同じで、練習用にそうなっていたのかもしれない。

 嫌な予感がして、まさかMPだけ消費してないだろうなと確認すると4減っていた。

 ファイアーボールの消費MPが4だから、魔力線を出した時点で魔法を撃たなかったとしても、MPだけ消費してしまうのだろう。

 老魔術師の言葉をシステムが忠実に再現しているなら、時間経過で溜めた魔力が霧散してしまったって事か。

 詠唱直後に発動しないと、時間経過と共に魔法の威力が減ったりしないだろうな……。

 詠唱を終えて魔力線が消えるまで、正確にはわからないが1分位だったと思う。

 MPの消費を気にしなくてよくなるまでは、詠唱保持の時間が短過ぎて戦闘に組み込むのは無理っぽい。

 まあいい。考えるのは後にして、今は狩りに集中しよう。

 ぐだぐだ悩んでいる間も食事に夢中だったようで、鹿はまだその場に留まっていた。

 気を取りなおし、現在唯一使える魔法を唱え、狙いを付けるとすぐに発動させる。


「『生命の根源たる炎よ、勇ましき火精の助力を受け、全てを撃ち砕く火球となれ……ファイアーボール』」


 杖の先から撃ち出された火球は、鹿の身体を弾き飛ばし燃え上がらせた。 

 最大の火力職という情報に偽りは無かったらしく、火球一発で鹿は光りの粒子となり弾け散った。

 ようやく1匹か……先は長いな。



―――――



 鹿をメインに狩り続けること二時間、再びネガティブな思考に陥る事無く、順調に狩りをする事ができた。

 途中、どんな狩り方をするか気になったので、何人か他のプレイヤーの戦い方を見たが、近接職の狩りは中々にグロいものだった。

 最初に見掛けた弓使いの、獲物に矢が次々に突き刺さっていく光景も結構来るものがあったが、近接職のを見た後は全然ましだと思いなおした。

 逃げられないようにゆっくり近付き、獲物が光りの粒子に姿を変えるまで、ひたすら武器を振り下ろすのだ。

 あれでは戦闘というよりも解体作業である。

 残酷描写はわかった上でプレイしているから大丈夫とは思うが、女性のプレイヤーに変なトラウマができないか少し心配だったりする。

 ただでさえ作業になりがちな狩りがあれでは、ソロ狩りだと鬱になりそうだ。

 本当に人を選ぶゲームだよなぁ。

 ちなみに、現在、MPを回復させる為に休憩中である。


「青ポさえ安ければ、わざわざ休憩挟まなくてもいいんだけどなぁ」


 街を出る前に道具屋に行ったが、青ポ1個300Gという値段は、どうにも気安く狩りで使える値段設定じゃない。

 肝心の資金源のクエストも、報酬が1000Gを超えるのは難易度が結構高そうで、当分の間は受ける事が出来そうもなかったし。

 しばらくは毛皮クエストを受けて、こつこつ青ポを溜めていくか。

 その過程でドロップした肉を料理して食べれば、HPとMPも上昇して少しは状況も変わるだろう。

 魔術師に関してよくない情報――どれも未確定段階ではあるが――ばかり出てくる中、嬉しい事に良い情報も1つだけ発見した。

 ステータスが上昇したからか、魔法のスキル熟練度が上昇したからか、隠しパラメーターで魔法毎に熟練度が設定されているのか、そうなった原因は不明だが、地味だった火球に変化が起こったのだ。

 ソフトボール程だった大きさが一回り位大きくなり、更に、着弾時に周りに炎が飛び散るようになったのである。

 炎の飛び散りは単純にエフェクトが派手になっただけの可能性もあるが、範囲攻撃になったのなら嬉しすぎる。

 派手になっただけだったとしても、最低でも威力は増加しているだろう。


「よし全快っと」


 もたれていた木から身を起こし、新しい獲物を探す為に歩き始める。

 結構森の奥に入ってしまったからか、他のプレイヤーを見掛ける事が少なくなってきた。

 その分、獲物が被らず狩りのペースが徐々に上がり助かっている。

 おっ、ウサギさん発見。

 ぴょんぴょん跳んでいるウサギを発見し、呪文の詠唱を開始しようとした時、前方から凄い速さで走ってくるプレイヤーが。

 その突然の乱入者に驚いたのか、ウサギは逃げてしまった。

 あーあ、勘弁してくれよ。別にレアMobってわけじゃないから、1匹位いいけど……。

 何をそんなに急いでるんだ? ステータス上げを兼ねて、街まで走って帰るつもりなのかな?


「えっ? おい。なんだ?」


 何故かそのプレイヤーは、明らかに俺を見てから、こちらに向かって走る方向を変えた。

 不思議に思っていると、少しおかしい事に気付く。

 距離が近付いたからか、そのプレイヤーの後ろの方から、複数の、しかもかなり多くの人のものではない足音が聞こえて来た。

 ま、まさか……。

 ようやく最悪の事態に気付いた時は、すでに手遅れだった。


「悪いな」


 その一言と共に、立ち止まっていた俺の肩を軽く叩き、すぐ脇を走り抜けていった。

 やっぱりかー!?

 予想した通り、トレインしたMobの擦り付けだった。

 それを裏付けるように、足音の主が草むらから姿を現した。

 よりによって狼かよっ!! って、ぼーっとしてる場合じゃない。

 Mobがターゲットを変更する条件は不明なので、逃げた奴とは別の方向に走り始める。

 頼むから、俺の方に着いて来るなよ……。

 走る足は止めず、そう願いながら後ろを振り向くが、


「げっ」


 見なければよかったかもしれない。

 大量の狼達は、ばっちりこちらに着いて来ていた。

 どうしようか考えていると、逃げる方向に他のプレイヤーの姿が見えたので、走る向きを変える。

 あのプレイヤーみたいにMPKまがいの真似をするつもりはない。

 覚悟を決めるか。

 このまま逃げていてもどうしようもないし、大人しく殺されるのも癪だ。


「精一杯、悪足掻きさせてもらいますか」


 速度を落とさないよう気を付けながら、杖を構え、呪文の詠唱を始めた。



―――――



 幸運にも火球がエフェクト通りに範囲攻撃に変化していたお陰で、狼の数を予想以上に減らす事が出来た。

 他に近接系のプレイヤーが1人でもいればなんとかなりそうだが、人のいない方いない方に逃げたので、完全に孤立無援の状態である。

 逃走を防ぐ様に半包囲していた狼達が、その姿勢を低くして飛び掛かる準備を完了させた。

 来るか!

 せめて1匹は殴り飛ばしてやろうと、杖を構えたその時、


「ギャンッ」


 今まさに飛び掛かろうとしていた狼の頭に、突然、後方から飛んできた矢が突き刺さった。

 予想外の攻撃に狼達は、こちらに飛び掛かるのも忘れて、完全に浮き足立っている。

 なっ!? なんだ……?

 狼達と同じく動揺している間にも、矢は次々と飛んできて、2匹の狼がその死骸を光りの粒子に変えた時、最後の1匹は慌てて逃げていった。

 助かった、のか? でも、一体誰が?

 その疑問を解くように後ろから足音が近付いてきた。


「1匹逃がしちゃったか、残念残念」


 姿を現した命の恩人――名前がわからないので、とりあえずアチャさん(仮名)――は、背が高く痩せていて、シンプルな弓と革製の防具を装備している、見た目20代後半の男の人だった。

 顔は、鼻筋が通っており中々整っているが、若干目じりが下がっていて、現実にいたらいい人で終わりそうな感じだ。

 お礼を言うべく近付いて行くと、何故かアチャさんは、はじめてこちらの存在に気付いたような反応をした。


「あっ、すいません。木の影になっていて見えなくて、横殴りするつもりはなかったんですけど……」


「へっ? あ、ああ」


 そっか、そういう事か。

 意図して俺を助けようと思ったわけじゃなく、偶々止まっていて狙いやすそうな狼を狩っただけってわけね。

 まあ、こっちとしては理由はどうあれ助けられたんだし、偶然だろうと全然構わない。

 自分が横殴りをしたと思っているアチャさんは、申し訳なさそうな顔をしている。


「いや、結構危ない所だったので、助かりました。ありがとうございます」


「えっ?」


 横殴りに付いて文句を言われるかもしれないと身構えていたのに、逆にお礼を言われて吃驚したようだ。

 COでは別に横殴りが駄目だという規約はないが、そういう事に煩いプレイヤーもいるので、気持ちはわからないでもない。

 ゲーム毎のローカルルールを持ち出されても困るんだよな。


「えっと、実は、他のプレイヤーがトレインしてたのを擦り付けられてしまって」


 あの馬鹿との遭遇から、ここまでの経緯を簡単に説明する。

 アチャさんは、説明を聞いてお礼の意味を理解したらしく、最初ホッとした表情を見せたが、トレインの擦り付けの部分が引っ掛ったみたいで、すぐに苦い顔に変わった。


「あー、どこのゲームでもいますよね。その手の周りの迷惑考えない人って……、災難でしたね」


「ええ、本当に勘弁して欲しいですよ」


 他の人に説明した事により、自身の命の危機ですっかり忘れていた怒りが、ふつふつと甦ってきた。

 残念ながら名前はわからないが、顔はばっちり記憶済みである。

 戦争中見掛けても絶対に補助してやらんぞ、あいつだけは。

 それから少し談笑した後、お互い名前を名乗っていない事に気付き、ついでにフレンド登録する事にした。

 アチャさん改めジンさんは、機会があればPTでも組みましょうと言い残し、森の奥へ去って行った。

 悪い出会いだけじゃなくってよかった。

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