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勤労の報酬とは

「異世界での」最終エピソードとなります。

今日、国王の御前で勇者様の送還式典が開かれる。

実際の転移が行われるのは明日の朝未明。

いよいよ最後なのだ。


 「どう?」

式典礼装に身を包んだ彼が照れ臭そうにポーズをとる。

私の場合普段見ているヨレヨレな服とのギャップのせいで

特に美化されてしまうんだけれど、格好いい。

体が細いので男装の麗人に間違えられそうな位だなぁ。

一応私も礼装だし、化粧もちゃんとしているんだけど

並んで立つ事を考えると比較されそうで憂鬱になる。

でもそんなこと言っていられない。

主役は何といっても彼なんだもの!


式典。

読み上げられる当たり障りのない、

かしこまっただけの挨拶文の数々。

勇者様のあげられた「成果」、という言葉は

どこにも出てはこない。

そりゃそうだ。成果と呼べるものなんて、

ごくわずかな、それこそささやかなレベルの技術革新。

確かに彼の作った試作品は、その用途はともかく

技術としてはこの世界にいまだなかったもの。

でも、斬新過ぎた。

その数々は、量産することはおろか、

この国の、並みいる優秀な研究者たちが集っても

動作原理すら理解できない代物だった。

結果、試作品たちは地下の保管庫に封印されている。


勇者召喚にはコストがかかりすぎたのだ。

彼の研究のせいではない。

召喚術式、それも異世界とをつなぐもの。

これは高位の魔族であっても非常に難しいものらしい。

それを魔素の蓄積量、そしてその運用技術の面でも

遥かに劣る人族の手で展開するのは

物凄い費用と手間がかかるのだそうだ。

 「送還するのにまた莫大な予算を使って転移陣を?

  そんな役立たず、何か理由をつけて捕縛して

  処刑してしまえば?」

冗談か本気かはわからない。

そんなことを言い出した重鎮様もおられたそうだ。

国王の一喝で黙ったそうだが。

公な場での発言でなくてよかったな。

そんなことを直接勇者様の前で言っていたら、

立場とか周囲の目とか気にせず

殴りかかっていたと思う。うん、私が。

まぁ、そんなことしたら墓が2つになるだけだけど。

あ、隣に並べてくれるのならそれも悪くはないかな?


 「勇者トモヒコ殿、慣れぬ世界にこちらの都合だけで

 呼び寄せてしまい、誠に申し訳なかった」

式典ももうすぐ終わりだ。

国の代表者である王からの労いの言葉。

それが最後。

そして勇者殿は無難な言葉で受け答える。

 「正式な式典で挨拶とか、ホント無理!

 カンペ書いてください!

 ピンチになったらチラ見するのでできる限り小さく!」

昨日すがりつかれて書いたメモが役に立っているようだ。

それこそお得意の珍発明で何とかすればいいのに、

式典を翌日に控えた彼の頭からはそんなアイデアは

まったく出てこなかったらしい。


1年前、歓迎式典の際は勇者様はほとんど

喋らなかったので、ああクールな人なんだなぁと

補佐官に任命されて間もなかった私は

勝手に思い込んでいたんだけど。

ただボロが出ないよう我慢していただけだったのか、

と気付くまでにはそんなに時間はかからなかったのよね。

凄い昔にあったことのように感じるわ・・・。


 「1年間の研究職の労務に対し、報酬を与えたいが

 望むものはあるか?」

やはり労務、への報酬であって成果、という言葉ではない。

結局評価はされず、自身は使い捨てされる。

悲しいが、これが結果だ。

勇者召喚という世界の命運をかけた一大プロジェクト。

膨大なコストを消費し、成果のないまま

担当者のお役御免、という終焉を迎えるのだ。


 「報酬とは、いかなるものでも?」

国王の眉がピクリ、と上がる。

うわ、メモにない発言始めちゃったけど大丈夫なの?

そもそもこういう場では、

あまり質問とかすべきじゃないって

一応説明したはずなんだけど。

 「転移陣の容量の問題がございますので、

 あまり大きなものは遠慮していただきたく。

 それに時間も含め、元の世界での転移前の状態に

 戻りますので周辺環境にも配慮いただければ」

列席していた召喚術式の責任者である魔導士が

顔を引きつらせながら返答する。

 「では、生物でもよろしいので?」

何を持っていく気ですかこの勇者。

そもそも生物ってこの施設にいたっけ?

ドラゴン捕まえてこいとかそんな感じ?

特に問題はなかったらしく、顎髭をさすりながら頷く王。

 「生物、というか人間なんですけど」

言ってちらり、と横で同じ体勢で跪いている私の方を見る。

え、ちょっと待って物凄い嫌な予感がするんですけど。

 「こちらの補佐官、アーティス・レディエティ嬢を

 報酬として頂きたく」


周囲のざわめきが止まらない。

そりゃそうだ、報酬に女くれってどこの蛮族か。

 「いや、実はこの女性を傷もっ、いや間違えました

 傷つけてしまいまして」

おい今一番言い間違えちゃいけない所だったぞ。

傷物って言いかけた。絶対そうだ。

傷物どころか物の受け渡しでちょっと手が触れる程度で

肉体同志が接触すること自体ほとんどなかったじゃない。

それもちょっとかすった位でもびくって手ひっこめるし。


確かにあの晩は胸にすがって泣いちゃったけど・・・

それ以上はないし!自室に戻って普通に眠ったから!

あ、なにか周囲の視線が生温い・・・国王陛下まで・・・。

 「よろしい、では勇者補佐官アーティス・レディエティよ」

 「は、はい!」

 「勇者はそなたの身柄を報酬として要求した。

 これは人身売買行為にあたり、双方の同意がなければ

 国家として認めるわけにはいかぬし、強制はしない」

そうですよね。

さすがに黙って付いていけとか言われるわけじゃないですよね。

人道的な扱いでよかったです

 「それでも、彼とともに異世界へ旅立つか?」

うつむいたまま、ふっと笑う。

そんなこと今更考えるまでもない。

 「そうですね、勇者様に傷物にされた身では、

 こちらの世界では暮らしにくくもありますし」

否定なのか隣で慌てて首を振っている勇者の顔を見て、微笑む。

そして顔を正面へ向け、国王の目をしっかりと見据える。

 「このアーティス・レディエティ、

 異世界でも勇者の補佐官として

 生涯、付き従うことを望みます」




勇者が元の世界へ戻った数年後。

勇者が残した試作品の数々に魔族の使節団が非常に興味を示し、

人族と魔族との技術交流という目的を軸に恒久的和平条約が調印された。

だが、残念ながら異世界に戻った勇者、そしてその補佐官に

それを知らせるすべはない。

異世界もの書いてたはずなのに、だんだんブラック企業の社畜の話っぽくなってしまいとても心が痛い!

一応、救われた感を出してみたけどどうでしょう。

難しいですね本当に・・・。

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