卒業・巡る季節に
私には珍しく
ぼやけた光景の話です
何時も目が貴方を追ってしまう。
スーツのネクタイを直す仕草、黒板に向かう真剣な顔、チョークの粉を両手ではたく時の癖、笑う顔、考えている顔、怒った顔、思い出を集めるように貴方を見詰めた。
せめて担任なら、教科の先生なら、話し掛ける事も出来たのに、3年間1度もその機会は訪れなかった。
他の生徒と話している貴方を何時も見ているしか出来なかった私。
貴方の視界に私は居ない。
週に1度の朝礼の時、貴方は月に1度だけ壇上にあがる。
その姿を毎月待ち焦がれる私。
片思い未満のこの恋を胸に抱き続けるのは苦しくて、忘れたいのに貴方を目は追ってしまう私。
季節が移る度に貴方の髪型は少しずつ変わっていって最初の季節がまた巡ってく頃、貴方はクラスを任され教師の顔を見せるようになりました。
教師と生徒の垣根がその姿に見えて、また1つ貴方が遠くなってしまいました。
そして季節は夏を迎え、貴方の心に1人の人が住み着いた。
優しい目を向けるようになった貴方の中であの人の存在は大きくなっていったのです。
私はそれを見てるだけでした。
廊下ですれ違う度に貴方とあの人は視線を交わす。
見たくないのに、私の目は貴方を追ってしまう。
運動会でリレーのアンカーになった貴方の姿をこっそり盗み撮りしてお守りにしました。
その写真を見る度に貴方を思う私の気持ちは強く変わっていきました。
思っても告げられるはずもなく、送る勇気の無いクリスマスプレゼントをおこずかいで買いました。
クリスマスプレゼントを買わせた勇気がバレンタインのチョコレートを買わせました。
周りが貴方に渡す姿を見ても、私は前に出られませんでした。
貴方の教え子ではない1年生まで貴方に贈るのを見ても、私に勇気は生まれませんでした。
最初の季節がまた巡ってきて、貴方とあの人が結婚するかもと友達たちが話しているのを聞いて、涙が止まりませんでした。
貴方があの人の手を取る姿を見てしまったら…学校が辛すぎます。
初夏になって、私にも周りにも『受験』の空気がのし掛かって来ました。
貴方は毎日奔走していました。
貴方の背中から『全員に合格して貰いたい』と祈る気持ちが見えるようでした。
秋になって苦しい季節が始まりました。
初めての『受験』への不安に緊張して私だけでなく友達たちも無口になっていきました。
去年が夢だったように、今年は貴方へのクリスマスプレゼントは買えませんでした。
そんなお正月、貴方とあの人が寄り添ってお参りする姿を見てしまいました。
胸を刺された錯覚に私は立っていられませんでした。
傷付いたまま迎えた入試は私の気持ちと反対の結果でした。
ホワイトデーに、私は貴方へ買ったクリスマスプレゼントとチョコを捨てました。
机の引き出しでひっそり眠っていた2つを包装紙で包み貴方が毎朝降りてくる駅のゴミ箱に捨てました。
巡る季節から私も毎日使う駅に捨てようと思ったのは貴方との接点を消してしまいたくなかったから。
ここに貴方への気持ちを残して置きたくて決めました。
神様の偶然でこの場所で貴方を見掛けられる奇跡を信じて。
季節は流れ、友達から貴方が違う学校に変わったと教えられました。
私の同じ学校で『教えたい』夢は夢で消えてしまいました。
そうして…私は母校で教師になりました。
貴方がここに居なくてもここが私の始まりだから。
もう少しで貴方を思い出に出来る気持ちがします。
卒業式で、貴方が何も知らず『おめでとう』と私を送り出したように、私も貴方を過去へと送り出したい。
設定は
内気だけどしっかりした子
のつもりです