始まりの物語
我輩は猫である。
という書き出しは、些か古いだろうか。
しかし、俺が猫であることは間違いないし、「名前はまだ無い」ということも間違いないことである。
俺は、日本東京のとある下町に生を受けた。
自分の正確な誕生日など覚えていないし、覚えている意味もないのだが、季節が一巡したことから、1年は経っているのだろう。
人間にとっての1年はあっという間かも知れないが、同族にとっての1年は人間にとっての17年に相当するのである。
産まれてこのかた、この狭い町から出たことはない。
この小さな体には、この町の大きさがちょうどいいし、町からでる必要もなかった。
ノラの先輩であるマルが言うには、歩いているだけで石を投げてくる人間がいる町もあるようなので、それほど悪い町ではないのだろう。
さて。
四足で立ち上がり、身震いをする。
今日のメシはどうするか。
商店街に行けば、いつもの魚屋がメシをくれるだろうか。
「おい、“3丁目の”」
俺が今日の最重要事項について考えを巡らせていると、ふいに背後から声をかけられた。
“3丁目の”というは、名前のない俺を呼ぶときの俗称である。
俺が居を構えてるのが3丁目だから、“3丁目の”ということらしいが、なんともセンスのない呼び方だろう。
呼び声に振り返ると、そこにいたのは大柄で不細工なイエネコのミミだった。
「お前、今日の集会には出るのか?」
そういえば、今日は集会だったか。
集会とは近所の猫たちの情報交換の場である。
参加は強制ではないが、欠席すると最近のエサ場情報が得られない。
「ああ。このあとメシを食ったら合流する。場所は?」
「いつもの空き地が工事中らしい。今日は4丁目のほうの空き地にするそうだ」
わかったと俺は返事をして、その場を去る。
あの空き地も潰されるのか。
どうやら、人間というのは今の環境を破壊することが好きな生き物らしい。
俺は、一人嘆息しながら、昼過ぎの町を商店街に向かって歩いていく。