第二章 朝が来るまで 三
「讃岐のうどんは、こしがあって歯ごたえがある。それがないと、うどんという感じがせんのです」
「こし、こし、こし。こしばかりだなあ。おれは女の腰が好きだ」
永倉はいたずらっぽく笑った。
京でもうどんを食うことはできるのだが、どうも相性が良くないという。わがままを言うな、と言ってやったが。
「いやあ、どうも、その」
と、不満そうだった。
「私語を慎め!」
土方だ。
厳しい性格の土方は、近藤とともに池田屋の中を改めて捜索してまわっている。
ふたりは素早く立ち上がった。
「常在戦場だぞ! お前がうどんをどうこう言ったところで、詮無いことだ」
私語の内容まで聞かれていて、勘吾は肝が冷える思いだった。
池田屋を制圧したことで、隊士の中には、戦い済んだと油断をしている者がいる。だが、土方に言わせれば、
「屯所に戻るまでが戦いだ!」
とのことである。
夜の中を迂闊に歩けば闇討ちもあるかもしれない。逃げた者たちが池田屋へ逆襲に来ることもありうる。
まだ戦いは終わっていないのだ。
「申し訳ありません!」
勘吾と永倉は頭を下げて詫び。近藤は「うむ」と頷き、再び歩き出す。
「うわあー!」
絶叫が耳に飛び込む。
何事だと、勘吾と永倉は外に出てみれば。警備の武士が誰かを捕らえて、たこ殴りに殴っているところだった。
「幕府の犬どもめー。尊王攘夷じゃ、尊王攘夷じゃ、このくそったれー! 殺せー、さあ殺せー!」
「じゃかましい!」
捕らえられた男は観念したようである。だが、殺さずに生け捕りにして、吐かせるのだ。
頬や頭を何度も何度も、思いきり殴りつけて。ようやく気絶させた。
池田屋に集った者たちは、尊王攘夷とか叫びながら反逆を企てていた。新選組はそれを阻止した。
「戦国の世に戻ったようだ」
「まったくです」
戦国時代に、先祖が土佐武士と刃を交えたということは、高松にいるころよく聞かされた話だったが。池田屋に集った反逆者の中には土佐者もいたが、まさか今の時代になって、土佐者とやり合おうとは、勘吾も予想外のことだった。
だから、戦国の世に戻ったという永倉の言葉を、やけに実感する。