第十章 海にて 五
「あ、ああー!」
激しい衝突音と、絶叫がこだました。その一方で、
「しまった!」
土方は唸った。
あろうことか、回天丸の船首は台形状の甲鉄に乗り上げる格好となった。これでは高すぎて飛び降りることはできない。
それでも、
「なんのッ!」
と勇を鼓して飛び降りる者、いつの間にか持っていた縄を誰かに持ってもらって、それにぶら下がって降りる者が数名見受けられた。
その中に勘吾もいた。彼はとっさに飛び降りていた。
「ぎゃあッ!」
悲痛な悲鳴がする。回天丸の船首が乗り上げたとき、甲鉄の乗員は逃げていたのだが。その中のひとりと勘吾は目が合い。
「そうや!」
と、そいつ目掛けて飛び降りた。なんと人間を緩衝材代わりにして落下の際の衝撃を和らげたのであった。
たまらないのは踏みつけにされた乗員である。が、これは戦争である。敵兵に情けをかけてもはじまらない。
だが、ずきりと古傷が痛んでうずくまる。負傷した際の傷はまだ完全に癒えてなかったのである。それでも勘吾は、こうすることを選んだ。
勘吾のように甲鉄に乗り込めた者は、わずかに七人。周囲は甲鉄の乗員が集まり、小さな衝突が起こり。
勘吾は痛みをこらえて立ち上がり、愛刀・播磨住昭重を抜き。甲鉄の乗員と刃を交えた。
「いかん、退くぞ。アボルダージュは失敗だ!」
甲賀源吾が忌々しく叫ぶ。
「退け、命を粗末にするな!」
土方も作戦の失敗を認めざるを得ず、甲鉄に降り立った者たちに戻るよう命じた。
愛刀を振るう勘吾であるが、周囲を見回し、作戦の遂行不可能なることをさとらされて。忌々しく舌打ちして、相手を足蹴にしてこかして。飛びつくように縄に手をかけて、のぼる。
「行かせるか!」
刀剣を持つ乗員と入れ替わりに銃を構えた乗員が来て、銃弾を見舞い。負けじと撃ち返す回天丸の乗員と撃ち合いとなった。こうなれば刀など役に立たない。
「じょんならんッ!」
甲鉄に乗り込んで、愛刀・播磨住昭重を存分に振るおうと思っていたが。とんだ肩透かしを食らってしまった。
この撃ち合いの他にも、戊辰や春日をはじめとする他の船の乗員からの銃撃に遭い。回天丸の乗員も必死の思いで撃ち返したが、いかんせん多勢に無勢。回天丸甲板上でも死傷者が続出する有様。
というときに、勘吾はようやく回天の甲板に戻れた。
だが甲鉄に降り立った七名のうち五名は銃撃に斃れて。あとひとりは捕虜になってしまった。
回天丸はうなりをあげて、外輪を逆回転させて。甲鉄から離れる。
「……、生還したんかッ!」
はっと、そのことに気付き。にわかに恥じらいを覚える。
「うおお!」
悲痛な叫びが聞こえる。
艦長の甲賀源吾が銃弾に斃れたのだ。
「退け、全速力で逃げろ!」
土方は情けない思いを押し殺しながら指揮をとり続けた。
回天丸が甲鉄と衝突してからこの間、わずか四半刻(三十分)であった。
「これが、おれらの現実か……」
苦労の末に、ようやく宮古湾に来たのはいいが、結局逃げ惑うしかない自分たちの惨めさはどうだ。
勘吾は思わず倒れこんで手で顔を覆い、情けなさや惨めさ、無力さを噛みしめ、押し殺し。
涙も堪えなければならなかった。
それからどれだけ逃げたか。
機関に異常のあった高雄丸は春日に追撃されて。逃げきれぬと観念し、田野畑村羅賀浜へ座礁させて火を放ち、乗員は盛岡藩に投降したという。




