第十章 海にて 四
「見えたぞ!」
見張りが叫び、船内に緊張が走る。
盛岡藩管轄の宮古湾。時刻はまだ薄暗い早朝。
入り組んだ入り江であり、重茂半島と盛岡藩本土に挟まれた陸中海岸であった。
地図を見ればまるで蟹のはさみの片っぽのような半島が突き出て。その中に入れば、ちょきんと切られそうな印象を受ける。
その湾に鍬ケ崎港が造られて。新政府艦隊が停泊していた。
回天丸と高雄丸は正体を隠すための外国の旗を掲げて、宮古湾に入る。
視界の先には、新政府艦隊が結集している。その中にあって、まず阿波藩籍の戊辰なる船が見えた。
「裏切りおって」
勘吾は戊辰を見て忌々しくつぶやく。阿波藩は高松藩と同盟関係にあったはずだが、新政府側についたのである。そのため高松藩は無駄な抵抗をあきらめて恭順の意を示し。
一時は板垣退助率いる土佐藩の軍勢に占拠された。
そして、恭順の意を示したとはいえ親藩であることから、藩主・松平頼聰公は朝敵にされてしまった。
――しかし後年、別れた愛妻の弥千代姫と再び結ばれ。華族として伯爵位も与えられ。苦難を乗り越えて、人生を全うすることになるが。それは勘吾のあずかり知らぬことである。
次いで、海から台形上に浮かび、船首には敵艦に衝突して穴をあけるための衝角のある、変わった形の軍艦がある。
これこそが求める軍艦・甲鉄であった。
回天丸の中で歓声が上がった。苦労の甲斐があった。しかし、これからである。
「ようし」
土方ら元新選組隊士は手に唾し、臨戦態勢をとる。
という時、隣を航海していた高雄丸の速度がゆるくなって、置き去りにされる。
「蒸気機関がいかれたのか」
回天丸の艦長、甲賀源吾は舌打ちする。回天丸一隻でゆくかどうか、判断は早かった。
「やむをえん。このままいくぞ。一路甲鉄目掛けて突っ走れ」
甲賀の指示で回天丸は速度を緩めず、外輪をひたすた回転させて宮古湾奥深く入ってゆく。
新政府艦隊はもう目と鼻の先だ。
「国旗を入れ替えろ!」
という指示が下って、外国の旗が卸されて。入れ替わりに日の丸が掲げられた。
その時すでに新政府艦隊の中に入り込んでいた。そして、甲鉄はすぐ目の前であった。
「あ、敵襲!」
異変に気付いた薩摩の軍艦・春日は敵襲を告げる空砲を撃ち放った。そこで艦隊全体が異変に、敵襲に気付いた。
「たった一隻とは、いい根性をしとるわ!」
「ありゃ、回天丸か! しまった、マストが二本なんで気付かんかったわ」
忌々しく新政府の軍人がうめく。
まさかたった一隻で来るとは思わなかった。さらに、火を落としていたため大砲が使えない。
そうこう騒いでいるうちに、回天丸は甲鉄の右舷側の真ん中へんに、船首からぶつかった。




