第九章 慎太郎暗殺 一
それからおよそひと月――。
慎太郎と龍馬は近江屋なるところに世話になっていた。
「あの讃岐もんは、秘密を守ってくれたのだなあ」
二階の部屋でいろりで暖をとりつつ、慎太郎と龍馬は顔を合わせて今後のことについて話し合っていた。
そんな時に、慎太郎は勘吾を思い出して、しみじみと言った。もしばらされておれば、志を果たすことはできなかったであろう。
「まっこと、えいやつや」
「そうだな、いいやつだ。これには素直に感謝している」
そう言いつつも、目つきは鋭い。
「ともあれ、落ち着いたら改めて果たし状を出して、決着をつけたいものだ」
「真剣でか?」
「なんだ、不満か」
「真剣だったら……、一度しか悔しい思いをさせてやれん。竹刀なら、何度でも、と思うてなあ」
「なるほど、それは名案だな」
慎太郎も馬鹿ではない。言外に、命を懸けた真剣勝負をやめさせようという気遣いを感じ取ったが。同時に苦笑も禁じ得なかった。
龍馬は武士だが、刃傷沙汰を嫌った。幕府から朝廷へ政権を返上するというのも、無駄な争いを避けたいという思惑からそうなるよう仕向けたのだった。
「まあ確かに殺すには惜しい男だ。かといって、許すわけにもゆかず。ならば、竹刀で何度でも悔しい思いをさせてやる。これでこらえてやってもいいかもしれん」
「ところで慎太郎」
「ん?」
「ゆずとうどんは合うろうか?」
「知るか」
再びの苦笑。だが苦笑しつつも悪くない組み合わせにも思えた。
という時、客があるというので上がってもらって会ってみれば。元新選組隊士の伊藤甲子太郎であるという。
「新選組であったのは過去の事。今は新たな人生を歩んでおりまして。ともあれ、高名な先生方にひと目ご挨拶をと思いまして」
「あー、はいはい。ご苦労さん」
龍馬は伊藤相手に機嫌が悪くなったのを隠さなかった。慎太郎は少し冷や冷やした。
伊藤もそれを察し、
「それでは、お邪魔しました」
と、早々にその場を去った。慎太郎は苦笑しっぱなしだ。
「変なところでへそを曲げるな」
「おれは、あんな変節漢は好かん」
「まあ、その気持ちはわかる」
「あの讃岐もんと天地雲泥の差じゃ。爪の垢でも煎じて飲めと言ってやりたい」
「まったくだ」
幕府側からこっちへ寝返る者があるという事は、事態はこちらに有利に進んでいるという事なのだろうが。どうにもすっきりしないことでもある。
ああいう風に寝返りを打つ者は、何かあった時に自分たちを裏切るかもしれないと思うと。




