表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/64

第八章 ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~ 八

 声の主はやせ形の遊び人風情の男であった。忘れようか、その男を。

「お前、双藤六九郎やないか!」

「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~」

 六九郎は勘吾を見つけて声をかけて、楽しそうに踊りに興じていた。

「おめえも、どうだ!」

「阿呆言うな!」

「かてえやつだなあ」

「一応でもおれは武士だぞ。そんな真似できるか!」

「そう言ってられるのも、あと少しだぜ。ええじゃないか!」

「それはどういう意味だ!」

「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~」

 六九郎ははっきり答えず、踊った。

 永倉は物言わずにじっと六九郎を見据えているが、勘吾はこけにされたのが我慢ならなかった。

「こやつ、どこまで人を……」

 愛刀を抜き放ち、六九郎めがけて駆け出そうとする。それを、咄嗟に永倉が首根っこを掴んで止めて。

 振り向く勘吾の頬に拳をぶつけた。

 たまらず勘吾は踏ん張り切れずにこけて、慌てて起き上がった。

「永倉さん」

「この、大阿呆。だからお前はいつまで経っても平のままなんだ」

「しかし」

「しかしもくそもねえ。原田に何度も言われてるだろう、切腹と紙一重だと。副長もな、お前みたいな律儀で真面目なやつに切腹と言いたくないと、そう言ってるんだぞ」

「……」

(そんな風に思われていたのか)

 勘吾は石になり、何も言えなかった。

「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~。新選組が喧嘩しよった、ええじゃないかあ~」

 ふたりの様を見て、揶揄の声も飛ぶ。だが相手にしない。すれば相手の思う壺。

 六九郎の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。永倉も周囲を見渡すが、見つけられなかった。

 あいつ怪しいな、とは思うが。勘吾を殴る間に逃げられたようだ。

「おれも迂闊者だな」

「え?」

「なんでもない。刀の安売りをして、無駄に騒ぎを大きくするのも武士道に反するんだぞ。わかったか」

「は、はい」

 ふたりは気を取り直して、ええじゃないかの喧騒に包まれながら巡回を続けた。



「へーえ。あいつ仲間には恵まれてんなあ。まあ、死なせるには惜しいやつではあるなあ」

 腰に手を当て、遠くから様子をうかがい六九郎は「ふっ」と不敵に笑うと。

「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~」

 とふたたび踊りはじめた。

「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~。おいらもよく働いたよ、ええじゃなあいかあ~」

 独自の調子を口ずさみながら踊り狂う民衆の中に溶け込み。やがては、ほんとうに姿を消し去っていった。

 それから――。

 双藤六九郎の姿を見た者はなく。史書にもその存在を記すものはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ