第八章 ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~ 八
声の主はやせ形の遊び人風情の男であった。忘れようか、その男を。
「お前、双藤六九郎やないか!」
「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~」
六九郎は勘吾を見つけて声をかけて、楽しそうに踊りに興じていた。
「おめえも、どうだ!」
「阿呆言うな!」
「かてえやつだなあ」
「一応でもおれは武士だぞ。そんな真似できるか!」
「そう言ってられるのも、あと少しだぜ。ええじゃないか!」
「それはどういう意味だ!」
「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~」
六九郎ははっきり答えず、踊った。
永倉は物言わずにじっと六九郎を見据えているが、勘吾はこけにされたのが我慢ならなかった。
「こやつ、どこまで人を……」
愛刀を抜き放ち、六九郎めがけて駆け出そうとする。それを、咄嗟に永倉が首根っこを掴んで止めて。
振り向く勘吾の頬に拳をぶつけた。
たまらず勘吾は踏ん張り切れずにこけて、慌てて起き上がった。
「永倉さん」
「この、大阿呆。だからお前はいつまで経っても平のままなんだ」
「しかし」
「しかしもくそもねえ。原田に何度も言われてるだろう、切腹と紙一重だと。副長もな、お前みたいな律儀で真面目なやつに切腹と言いたくないと、そう言ってるんだぞ」
「……」
(そんな風に思われていたのか)
勘吾は石になり、何も言えなかった。
「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~。新選組が喧嘩しよった、ええじゃないかあ~」
ふたりの様を見て、揶揄の声も飛ぶ。だが相手にしない。すれば相手の思う壺。
六九郎の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。永倉も周囲を見渡すが、見つけられなかった。
あいつ怪しいな、とは思うが。勘吾を殴る間に逃げられたようだ。
「おれも迂闊者だな」
「え?」
「なんでもない。刀の安売りをして、無駄に騒ぎを大きくするのも武士道に反するんだぞ。わかったか」
「は、はい」
ふたりは気を取り直して、ええじゃないかの喧騒に包まれながら巡回を続けた。
「へーえ。あいつ仲間には恵まれてんなあ。まあ、死なせるには惜しいやつではあるなあ」
腰に手を当て、遠くから様子をうかがい六九郎は「ふっ」と不敵に笑うと。
「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~」
とふたたび踊りはじめた。
「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃなあいかあ~。おいらもよく働いたよ、ええじゃなあいかあ~」
独自の調子を口ずさみながら踊り狂う民衆の中に溶け込み。やがては、ほんとうに姿を消し去っていった。
それから――。
双藤六九郎の姿を見た者はなく。史書にもその存在を記すものはなかった。




