第一章 池田屋事変 五
敵方も新選組を知らぬでもない。京の町の警護をおおせつかった武装集団だ。荒くれの浪人者が多く、狼と、蔑視をともなった見方をされている。
「三十六計逃げるにしかずだこりゃあ!」
六九郎はすかさず逃げ出した。
「ううむ」
返り討ちにしてくれる! と血気も盛んだったのが、
「ここは、ひとまず退け!」
と、やむなく逃げ出した。
「お前ら、おれたちよりも土方が怖いというのか!」
近藤はややずれた方向で怒っているようだ。
あれだけ虎徹を振り回しても、敵方は返り討ちにしてやろうと迫ってきたのである。それが、土方の名を聞いた途端に、これである。
「まあまあ、腹も立ちましょうが、助かったじゃないですか」
永倉が苦笑しつつもなだめる。
敵方の猛反撃を受け、危機を感じぬでもなかったのでなおさらだ。
「わあ」
というどよめきがして。
「うわあ」
悲痛な悲鳴が響く。
騒ぎが旅館内からその周辺にまで広がったことが、空気の変わりようでわかった。そう、狼どころの話ではない。
「あれ、もう来たんか?」
沖田のそばにつきながら、勘吾はぽかんとする。
「土方さん、早めについたけど、様子見をしていたのかも」
「様子見を」
「まあなんでもええわい。敵は斬らずに生け捕れ!」
近藤はだっと駆け足で外に出れば。誰かの胸倉をわしづかみにしている剣士がいた。その怜悧な、鋭い目つき。
「土方、助かったぞ」
「局長も、無事で何より」
低く重みのあるつぶやき。
「生け捕りにすればよいのですかな」
「おお、そうだそうだ」
胸倉をつかまれて苦しそうにもがく男を見て、近藤はげんこつを食らわして、
「わはは!」
と痛快に笑い。それから隊士が縄で縛った。
永倉やその他の隊士も、敵を追い払い、あるいは捕らえて。あるいは斬り。
事態は収束に向かっているようであった。
口元の血をぬぐった沖田はようやくに立ち上がって、外の土方と顔を合わせようとし。勘吾がそばに付き添う。
その刹那。
空気がゆらいだと思ったら、急速に冷たくなり。異変を感じれば、敵方の武士ひとり、切っ先を向けて沖田のもとへと駆ける。
その切っ先が沖田を貫くかと思われたが、咄嗟に勘吾の播磨住昭重が閃いて、弾き返し。
返す刀で胴を斬り下げた。
物陰に隠れて、せめてもの思いで一太刀浴びせようとしたのだろうが。勘吾もさるものであった。
「無念!」
血を垂らしながら武士は倒れて、ぴくりとも動かなかった。
(おれとて、伊達に新選組の隊士やっとらんわい!)
礼を言う沖田に笑顔で頷き付き添い。永倉も一緒に、近藤と土方と、得意になって顔を合わせた。