第七章 制札事件 三
夜の帳が落ちた。
辺りは真っ暗になり、人通りもなくなった。
「いよいよだ」
隊士たちはだんらだの羽織姿になり、鉢金を頭に巻き。愛刀や愛槍の感触を確かめ、臨戦態勢を取る。
夜闇覆う中、目を凝らす。
「月明かりがある。ありがてえ」
原田は天に感謝する言葉をつぶやく。
夜空には明るい月が星々を引き連れて煌々と光っている。
「こんな月明かりの明るい時に、下手人は来るのか?」
という声もあった。
それを聞き、原田ははっとして、「ううむ、下手をすれば、来ないかもしれん」と迷うようにつぶやいたが。
「や、来ました!」
という声が出る。
皆の目が一斉に指さされる方に向けられる。
夜闇が月明かりでやや開けた中、やたら長い刀を腰に差す武士の集団、八名が肩で風を切るようにのし歩いて。なかなか得意そうな感じであった。
「おれらあは、自由になるがじゃ!」
「そうじゃ、土佐勤王党を立て直して、世直しをするんじゃ!」
夜とはいえ、何のはばかりもなく声高にしゃべる。言葉遣いと、土佐勤王党という言葉が出たことで、彼らが土佐人であることがわかった。
それにしても、
「なんて不格好な」
勘吾も思わず眉をしかめる。やたらと長い刀を腰に差してがに股で得意気にのし歩くさまは、こんな偉そうな武士の姿は、勘違いした山賊のようではないか。
土佐では長い太刀をさすのが流行っていると聞いたが、実際に見ると……。
「土佐と讃岐は、異国どころか異世界のようだ」
思わずぽそっとつぶやく。
讃岐が人の国とするなら、土佐はまさに人外、鬼の世界だ。それが山が立ちはだかるとはいえ、陸続きなのである。
この世の不思議さを思わずにはいられなかった。
「おい、また立てちゅうぞ」
「なんなあ、幕府はよいよなめちゅうにゃあ」
「また抜いて倒しちゃらあ」
「刺して楽しいがは女の股よ」
「ほんまや、がはは!」
人によれば恥じらいを覚え、耳をふさぎたくなるような、下品な会話がかわされる。
「野武士じゃな」
誰かが言い。思わず頷く。
土佐勤王党の土佐武士という事は、尊皇派ではあるが。こんな野武士風情に忠誠を誓われても、帝は困惑されるだけであろう。




