第一章 池田屋事変 三
「おれらあは、自由になるがじゃ! それをお前らに邪魔させてたまるか!」
「うるさい知ったことか!」
言いながらも、相手の腕はかなりのもので幾重にも迫る太刀をかわすのが精いっぱいであった。
「ああ蟻通君、押されっぱなしじゃないかね」
沖田の突っ込みが入る。この男、敵と渡り合いながらも味方の様子もうかがう器用さを見せた。と思ったら。
「う、ぐふ!」
突然せき込む。かと思えば、口から真っ赤な血を吐き出す。
「ああ、こんなときに。おれこそくそったれじゃないかね」
沖田は、胸を病んでいたが。それがこの激しい斬り合いの中で悪化してしまったようだ。
これで力を出し切れるわけもない。
「お、沖田さん!」
勘吾は沖田のもとへと駆け寄ろうとするが、相手がそれを許すわけもない。
「北添の仇!」
討たれた同志の怨念をぶつけんがばかりに、刃は迫る。
「しまった!」
南無三、これまでか。喀血した沖田に気を取られて隙を見せてしまうとは、なんたる不覚。
「わあ」
という悲鳴が上がった。が、それは勘吾に襲い掛かった土佐の者のであった。見れば永倉新八がその脇を斬り、さらによろけたところへ立て続けに刃を浴びせて斬り伏せた。
「斬り合いのさなかに血を吐く阿呆、それに気を取られる阿呆!」
辛辣な言葉を勘吾と沖田に投げかける。
「永倉さん、面目ない」
「蟻通、沖田の面倒を見ろよ」
申し訳なさそうな沖田を見据え、永倉は勘吾にそう言い残すと、だっと駆け出した。
近藤は取り囲まれて、相手の刃を跳ね返すのが精いっぱいのようだ。新八はその助太刀に行った。
「局長、今宵の虎徹は血に飢えているんではないですか!?」
「言うてくれるな」
近藤勇は苦笑しながら、どうにかひとりを斬った。永倉新八の助太刀の甲斐あって。
「幕府の苦労も知らんと、お前らは好き放題! この、不逞浪士どもか!」
近藤は叫んだ。
黒船来航以来、日本国はなんだかおかしなことになった。なにより、刃傷沙汰が増えた。
そのおかげで、新選組ができ、食い扶持にありつけ、今こうして出世の機会を得たわけであるが。