第五章 寺田屋襲撃 六
「曲者!」
「お前らの手を煩わせるほどのものではないわ!」
忠交の家来らが慎太郎を捕らえようとするのを、勘吾は止めた。他の隊士にも同様に。
「手を出すなよ、こいつはおれがやる!」
頭巾をかぶって顔はわからぬが、歯向かってくる以上は敵である。しかしそれを勘吾ひとりで引き受けるという。
その頭巾は中岡慎太郎と名乗ったように聞こえたが、寺田屋の喧騒もあってよく聞こえなかった。
曲者の出現に慌てた忠交だったが、はっとする。
(あ、まて。新選組が曲者の相手をするならさせて、我らは坂本龍馬に専念すればよい!)
世紀の大発見でもしたかのようににたりと笑みを浮かべ。ではおまかせすると、指揮に専念する。
他の二名も勘吾に言われて、見守っていた。
「よう来たのう」
「ほざけ、誰がお前なんかに好きこのんで会うか!」
「そう照れんでもええ」
「照れちゃあせん!」
数合太刀を交えながら、勘吾と慎太郎は言葉をかわす。
上から振りかぶるのをかわしざまに胴を見舞うが、すぐさまに太刀を下ろして弾き返し。勘吾はとっさに蹴りを入れようとする。
その脚に太刀が閃くが、瞬時に脚を引っ込め播磨住昭重で弾いて。一瞬の隙を見つけ、肩からぶつかった。脚はおとりだった。
太刀を弾かれざまにぶつけられて、慎太郎は胸に強い衝撃を受け、後ろによろけた。さらに、目の前には掌が迫る。
「……なッ!」
その左の掌を顔面にしたたかに打ち付けられて、さすがの慎太郎もめまいを禁じ得なかった。
「どうや、讃岐男の張り手は!」
「おのれッ!」
めまいを覚え、斬られる危険を感じて、覚悟した。だが、太刀は迫ってこないどころか。
勘吾も後ろに下がって間合いを開けた。他の二人の隊士はぽかんとする。
「せっかくの好機を」
「張り手で倒すんやのうて、昭重で叩き斬るんや!」
愛刀を青眼にかまえながら、切っ先の向こうの慎太郎が体勢を立て直すのを待つ。張り手は以前食らったお返しにすぎなかった。
「借りには思わんぞ」
「ほんだらな、斬られえ!」
慎太郎が体勢を立て直して太刀を構えるのを見て、勘吾は咄嗟に構えを下段に改めて跳ねるように進み出た、同時に慎太郎の胴に狙いを定めて刃を食らわせようとする。
このままいけば、刃は慎太郎の胴を斬る。だが、しかし――。
慎太郎はあろうことか太刀を捨て、さけようとするどころか前に進み出て柄を掴む拳を捕まえた。
「うおッ!」
不意を突かれて思わず唸る。
一瞬固まったのを見逃さずに、慎太郎は勘吾の足を思いきり踏みつけた。
足の甲に激痛が走り、勘吾の身体から力が抜ける。さらに、拳が迫ると見えるや、勘吾の頬に思いきりぶつけられてめまいを禁じ得なかった。




