第四章 時は経つ、事は進みゆく 四
古参はもちろん、同期の中にも隊長格になった者もいたが。
勘吾は相変わらずの、平だった。
剣の腕もあり、度胸もあるが。どこか、抜けていた。
せっかくの獲物を逃がしたこともあるなど、失態も少なくない。これといった手柄もない。
原田が言う、切腹と紙一重もまんざらでもなかった。
それでも生きているのは、剣の腕と度胸のおかげであった。土方も一目置いて、大目に見ているところがあった。
「何か手柄を立てたいのう」
「おい」
一緒の隊士が言う。
「聞かれとるぞ、周りを見てみい」
はっ、として言われた通り周りを見れば。口を押えて笑いをこらえる娘もいる。
威を示さねばならぬところで、間の抜けたつぶやきを発すれば、笑われるのは免れない。
「しまった」
と思っても、遅かった。
(これのせいで、おれは平のままか)
認めざるを得なかった。自分の現状を。
気を引き締めなおして、見回りを続けようとしたところ。
遊び人風情の男が、こちらを見ていた。
どこかで見たような気がする……。
「双藤六九郎!」
あらぬ者が、これまたひょっこり現れたものだ。
だっと駆け出し。驚いた人々が「きゃあ」と悲鳴を上げるそのそばを駆け抜けてゆく。
「おーこわ」
六九郎はいたずらっぽい笑みを浮かべて、すたこらさっさと逃げ出した。
「待てい!」
勘吾も駆けた。阿呆のように駆けた。しかし、六九郎の方が脚が速かった。
「残念だなあ。おれの脚はそこらの脚と違わあ」
後ろに振り返り、あかんべえをしながら駆け去ってゆく。追っても追っても追いつかぬ、まるで蜃気楼のようだ。
しまいには、人ごみに紛れて、消えたように見失ってしまった。
「な、なんちゅう脚の速さじゃ」
まんまと取り逃がした。衆人環視の中でである。
恐怖の新選組の隊士が、人前で遊び人にからかわれたなど沽券にかかわる。
肩で息をし、周囲を見渡すが、六九郎の姿はとんと見えぬ。
「おい、亀山社中を知っているか!」
どこからともなく、そんな声がする。六九郎の声でだ。しかし、姿は見えぬ。
日向は延岡藩の出は嘘で、実はどこかの、反幕府の藩に仕える忍びであるとかではあるまいな。
と、勘吾の心中に疑惑と屈辱が同時に芽生えた。