表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コトノハ薬局シリーズ

作者: 九藤 朋

 世の中には光と闇があって、人間はそれぞれ自分の相応に合った棲み分けをしている。

 俺、佐々(ささき)恭司(きょうじ)の場合は闇で、水木(みずき)(かえで)武藤(むとう)(さとる)なんかは光の手合いだ。

 ただ、俺と水木楓の場合、親に見捨てられた点では共通している。武藤悟も両親を亡くしている。まだ八歳であるにも関わらず、あいつらは光にありながらそういう辛さは知っている。

 俺はあいつらより長く生きてるぶん、汚水を泳ぐような感覚が身に沁みついている。

 俺の見た目は楓や悟より十ばかり上なぐらいだが、実年齢は三十を超している。

 その不思議の種明かしは、コトノハの力だ。

 コトノハというのは、言葉に宿る音色と力のことで、本来であれば音ノ瀬という一族に限り処方可能なものだ。

 だが、時折り音ノ瀬以外で、俺や楓のようにコトノハを処方する力を持つ人間がいる。

 俺は自分の力の何たるかを知った時、コトノハで自分の肉体年齢を止めた。

 児童養護施設をとうに出て、密貿易に手を染めていた頃だ。

 俺にコトノハについて教えてくれたのは、音ノ瀬一族のはぐれ者である(おと)()(はや)()だった。その後、俺は隼太と行動を共にした。

 隼太は当初、現音ノ瀬当主である音ノ瀬ことと対立していたが、今はコトノハの力を狙う組織の連中に対して共闘関係にある。それで俺は、音ノ瀬ことが養育する楓のボディーガードを隼太に命じられたという訳だ。

 以降、俺はしばしば、楓やその級友である悟とつるむようになった。

 中身は大人である俺としては不本意な流れだが、悪くない気分だった。

 ただ、光の住人である楓や悟と自分との違いは明確に意識していた。

 意識しなければならないと思った。

 あいつらを、こっち側に触れさせてはいけない。


 初秋の土曜の午後、音ノ瀬本家を訪ねると、楓は今、昼寝中だから起きるまで部屋で待っていると良い、とあっさり音ノ瀬ことに言われた。

 良いのかよ。

 嘗ては敵対していた男に、無防備だなと思いながら、案内を受けて寝室に足を運んだ。

 楓は腹にタオルケットを掛けて健やかな寝息を立てている。

 寝室の違い棚には蝉の抜け殻やらビー玉やらが置かれている。

 如何にも楓が好みそうな陳列だ。

 俺は楓の眠る横に腰を下ろした。

 寝顔を見てガキだな、と思う。

 植物の楓で言うならまだ緑色の。

 楓が寝返りを打った拍子にタオルケットがずれたので、直してやろうと手を伸ばした。

 伸ばした手は途中で止まる。

 それは本能的な危機感のようなものだった。

 俺が触れたらこいつまで闇に染まる。

 そんな恐れが俺の身体を支配した。

 俺は右手をぎこちなく動かした。

 楓の髪。

 額。頬。唇。華奢で細い手脚。

 それら全ての輪郭の空気にだけ触れた。

 空気であっても熱を帯びているように感じる。

 怖かった。

 楓を闇に染めるのではないかと思う一方で、それでも動こうとする自分の手が。

 棲み分けを誤ると壊れるものがある。

 

 目の前にいるのは光の申し子だ。

 俺の知らない明るい先をゆく。

 やがては美しく紅葉するのだろう。

 その時、隣に立つのは悟だろうか。少なくとも俺じゃない。

 楓はまだ目覚めない。

 まだ目覚めない。

 俺の緊張していた身体は、暇を持て余した野良猫みたいに弛緩した。

 なあ、楓。

 いつかお前が、お前の明るい世界の中で、俺が黒い汚点だと気付いた時。

 その時、お前はきっと赤く染まった楓の一葉のようになっているんだろう。

 そうして汚点となる俺はお前の目の前から消えるだろう。

 お前の世界は完璧になる。

 それまではまだ、微睡んでいてくれ。

 それまではまだ、お前の傍で微睡む猫のようでいさせてくれ。

 俺は、俺の正体を知っている。

 



「俺は紅葉に怯える猫だ」




挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] コトノハはずっと前から気になっているのですがなかなか時間がなくて拝読できずにおります。今回の掌編で本編の空気を感じられてより一層興味を惹かれました。 特に自分は闇だから光に触れられない……
[良い点] コトノハはまだ読めていないのですが、九藤さまの書く繊細な世界観に触れることができた気がしました! 闇が光に魅せられるように光も闇に魅せられるのでしょうか?楓さん目線の心情も気になりました!…
[良い点] 決然とした紅葉の真紅に怯える猫は、黒の世界の住人。しかし彼は知っている、決然たる黒として、他との関わりと隔たりを。調和を愛するがゆえ、彼は一線を引き、あえて彼岸からかけがえのない人たちを尊…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ