出立
「騎士団長!!!」
城の東、騎士団の館に向かう途中でルカは騎士団長、クラウス=ダライアスを見つけた。
養子となったルカにとって養父となる。
ルカより二回りは大きいまさに偉丈夫で、剣の腕は一流、馬術も一流で魔術にも精通しているという超人だ。
「おお、ルカ。丁度良かった。アガルタはどうなった」
「捕獲しました。ですが・・・」
「何かあったのか?」
「師団長がお呼びです。あと、北竜門周辺を封鎖して欲しいと」
「分かった。ケビン、隊を引き連れて封鎖を担当しろ」
傍らについていた法術騎兵隊隊長、ケビン=アーニアに指示を出すと
「よし、行くか」
とルカを連れ歩き出した。
「で、何があった?」
低い声で訊いてくるクラウスに
「捕獲したアガルタなんですが・・・おそらく兄です」
「なんだと!?どういうことだ!?」
「首の後ろから肩にかけて刻まれている刺青が兄のものと一致します。体格的にも、身体的特徴も兄と一致しています」
冷静に、冷静に話そうとするが声が震えた。
「とりあえず急ごう」
早足になったクラウスについて北竜門に戻るとカトルが顎に手を添えて考え込んでいた。
「師団長!」
クラウスの声に顔を上げたカトルは
「騎士団長、ご足労頂き申し訳ない」
「いや。で、これがアレンだと!?」
「そう考えれば誰にも気付かれることなくここまで攻め入ってきた理由も、抗魔結界を破ることが出来た理由も説明がつきます」
「どういうことです」
「アガルタのこちらでの活動限界は一日程度。世界の中央、虚無の砂漠からきたアガルタだとしたら必ず、どこかの抗魔結界を破壊してきたことになりますが、破壊しながらでは一日以内にここまで辿りつくのは不可能です。さらに誰にも見られることなく、となると完全にありえません。最初は召喚術で呼び出したものかと思っていたのですが、これほどの力を持つ者をこちらに呼び出せるような術者はそうそうおりません。ただ、彼だとしたら―――転移術でここに来ることができる」
瞬間移動を可能とする転移魔術は人間にしか使うことができない。かなり複雑な術式を構築する必要がある高難度魔術であることも理由だが、月の影響で魔力の増減が激しいアガルタだと転移する元と先で魔力に差が出て転移に失敗してしまうからだ。転移の失敗は死を意味する。
元々召喚術も転移魔術の応用だ。自身のアストラル体のみをアガルタに転移し、またシャングリラに戻ってくる。そしてアガルタを呼び出すときにはアガルタからシャングリラに転移魔術を使って転移する。送還も同じ仕組みだ。
そしてこのアガルタを召喚するときに発生する反作用を利用したのが抗魔結界となる。
本来、こちらにあってはならない者を無理矢理こちらに呼び出すということは世界の安定を揺るがせる。するとシャングリラはその異物を排斥しようとするように圧力をかけてくるのだ。これが抗魔結界だ。唯一の例外は世界の中心、地続きのその場所から世界を行き来した場合のみとなる。
「そういうことか・・・」
アガルタの特徴を持ちながらも魔力に関して月の影響を受けないので、元々使える魔術は使えることになる。
「これは大変な問題だぞ。人をアガルタに変えることが出来るとなれば、これまでの防衛手段が役に立たなくなる」
「おそらく彼はイレギュラーです。そこらの者をアガルタに変えても脅威にはなりえません。アガルタに変えても魔力は変わらないし、抗魔結界が反応することは彼の例で明らかです。アガルタを上回る魔力の持ち主なんて限られてますから、アガルタを量産するなんて非効率的なことはしないと思います」
「だが・・・今回は抑えることが出来たが、次がある可能性だってあるんだぞ」
「ですから今はとにかく冷静に情報を集める必要があるんです!」
語気が荒くなったことでカトルもかなりの危機感を抱いていることが分かる。
「アガルタに行っている勇者は確認できているだけで後二人。この二人がすでに敵に手に落ちているとなれば、ここと同じように自国の王都へ向かっている可能性があります。まずは2国の状況を確かめないと・・・」
東の大国ラナサント騎士国と西の大国ルーニエ王国。それぞれに神の啓示を受けた勇者がいる。アレンと同じ状況になっているとしたら、まずは自国に向かうと考えるのが自然だろう。
「そうだな。すぐに情報収集に走らせよう」
「危機感を煽るだけなのでこの件は内密に・・・」
「分かっている」
クラウスは踵を返すと館へと向かった。
「兄さん・・・」
光の牢に囚われたアレンを見てルカの頬に走る一筋。
何でこんなことに―――ずっとその大きな背中を追いかけていた。それなのに―――
カトルはルカの肩に手を置くと
「これが呪術なら解呪する方法があるかもしれない。だが今はとにかく情報が必要だ。ケツァールで国内の情報を集めてくれ。解呪については俺のほうで探ってみる」
「はい・・・」
カトルの命令に従い、ルカは国内の情報を収集したが、辺境ではとくに変わったことは何も起こっていないという。
クラウスの采配で東西に向かった騎士からも変わった動きは見られていないということだった。
「どう思う?」
「全く読めませんね。アガルタが大人しいのは時期的に当然ですが、残る勇者が無事なのかが分からないわけですから」
カトル、クラウス、そしてルカ。
3者のみで設けた会合だが、進展するような情報は得られていない。
「ラナサントとルーニエはまだ何も起きていないらしい。何か動きがあればこちらに直接連絡してくれるように頼んであるが、今のところは何もないな。国境警備もこのところアガルタの動きを見ていないということだ」
「静か過ぎて気になるところですが・・・アレンのほうも特に変わりはありませんし」
アレンは意識を取り戻したものの光束結界の中で大人しくしている。その顔には牙が目立つように生えている点を除けばアレンそのままであるため、カトルの手によってさらに視覚遮断の結界が重ねがけしてある。
「法術師団の中では、アレンをそのままにしていることに疑問を感じている者がかなりいるようです。いつアレンのことがバレるか・・・時間はないでしょうね」
「だろうな。バレたら恐慌になるだろう。こんな情勢でも元老院の連中は政争の具を捜して回ってる。本当に無能な連中だよ」
ため息をつく二人。
そこでルカはここしばらく考えていたことを提案してみることにした。
「あの・・・私をアガルタに行かせてもらえないでしょうか?」
「はぁ!?何を言ってるんだ!!」
「正気か?ルカ」
驚きの表情を隠さずルカを見つめる二人。
「正気です。今のままじゃ何も進展が望めません。少しでも正確な情報を得る必要があるんですから、実際に行ってみるしかないと思うんです」
「ダメだ。王都防衛にはお前の存在が必須なんだぞ?アレンもお前がいたから被害皆無で捕らえる事ができたんだ。お前がいなかったら今頃ここは荒野になってるよ」
「ですが・・・」
「探索にはうちの騎士を派遣すればいい。少なくともお前よりは旅慣れてるし、生存確率も高い。だからお前がリスクを負う必要なんてない。そもそもお前はうちの次期当主なんだぞ?それを忘れるんじゃない」
反対されるとは思っていた。だからといって引き下がるわけには行かない。
「ですが!対アガルタ戦になった場合、私ならば一人でも30体程度なら相手できます!!いくら鍛え抜かれた騎士とはいえこれだけを一人で相手するのは不可能でしょう!!」
相手を貶めるようなこの理屈はあまり使いたくはなかったが、ルカが行く理由付けとしてはこれくらいしか思いつかなかった。
「仮にお前が行くとして当てはあるのか?」
「それは・・・ありませんが・・・」
「やはりダメだ。いいからお前は大人しくしてろ」
「・・・・いやです」
「ルカ?」
「嫌です!!このまま待ってるだけなんて出来ない!!家なんて!身分なんて!何の意味も持たない!!私がここにいるのは民を救いたかったから、私達のような思いをする者を一人でも救いたかったからだ!!!実の兄一人救えない奴に民なんて救えるはずがない!!!!」
感情のまま吐き出した言葉―――ただ全てを救いたかった。救える自分でありたかった。兄のように―――
クラウスとカトルは顔を見合わせるとため息をついた。
「分かった。お前に任せよう。ただし!!こちらからも護衛はつけさせてもらう。拒否は許さん」
「ダメといっても聞かんだろう。出来る限り早く戻って来いよ」
「・・・いいんですか?」
「良いも何も。聞く気なんて無いんだろう?で、どうされるおつもりですか?」
「近衛隊に適役がいる。あれを貸してくれと頼んでみるさ」
「そういえば良いのがいましたね」
「後はバレルをつける。喜んでついていくだろう」
エリーシャとクラウスの長男であるバレルはルカの三つ下。法術騎士として城内警護の任に就いている。
「あの・・・良いのって・・・」
ルカが訊くと
「アレンに同行した中にフーラーのジンがいたはずだ。近衛隊にジンの弟がいるんだが、ジンのことが気になっていたようだから丁度良かろう」
フーラーは西のルーニエから帝国にかけての国境地域に住む少数民族だ。
屈強な戦士を輩出することで有名で、各国が厚遇を以って迎えたがるほど、高い戦闘能力を有している。
対アガルタ戦の主力である重歩兵部隊を率いるシド将軍もフーラーだ。
「お前はすぐに準備を進めろ。時間がないからな。数日中には出た方が良いだろう」
「はい!」
「ルカ!!」
旅装を調えていると部屋に駆け込んできた人影―――
「バレル。どうしたんだ?」
「ルカと一緒に旅に出ろって!夢みたいだ!!」
ルカより一回り大きな身体でルカに抱きつくバレル。
男らしい整った顔立ちなのだが、どこか愛嬌があり、大型犬を連想させる。
「そんなに嬉しいか?」
「え~、冷めてるな~。だって最近ぜんぜん会えてなかったしさ。兄弟なのに」
クラウスとエリーシャの間に男児はバレルだけだ。バレルの3つ上、ルカと同い年のアーシャとその二つ下の姉リリムがいるが、ずっと男兄弟が欲しかったらしい。
「国の存亡がかかってる重要な任務なんだぞ。浮かれてる場合じゃないんだ」
「アガルタに行くんだろ?俺らなら余裕だって」
「何を捜すのかさえはっきりしてないんだ。どうしたら良いのかも分かってない―――そんな任務なんだ」
「そんな任務だからこそ気楽に構えるしか無いじゃん。今から難しく考えてると任務の前に潰れちゃうよ?」
「それも・・・そうだな」
基本的に楽天家な性格のバレルにはいつも救われている。
バレルはルカを強く抱きしめると呟く。
「俺達なら何でも出来る。絶対に―――」
「ああ」
いつの間にこんなに大きくなったのだろう―――
ダライアス家に引き取られたときはまだ幼さを残していたのに。
そして―――出立の朝。
城門へと向かうと背の高い、がっしりした体格の男が待っていた。
髪を剃りあげた精悍な面―――フーラーだ。フーラーは成人すると髪を剃り上げなければならないという習慣がある。
男は近づいてくるルカを認めると頭を下げた。
「法術師団、主査のルカ=ダライアス様ですね」
「はい。あなたが・・・」
「近衛隊、3番手のロキと申します」
身長はバレルとほぼ同じ。バレルをやや細身にしたような感じだが、露出した腕の筋肉はバレル以上に鍛え上げられていることがわかる。。
「今回の任務についてはどのように聞いておられますか?」
「アガルタに向かうあなたをお護りしろと、それだけですが」
「そう・・・ですか」
「丁度私もアガルタに行きたいと思っていたんです。私の兄が勇者様に同行を請われ、アガルタに向かったのですが、今どうしているのか・・・どうしても気になってしまって」
アレンがあの有様だ。まず無事ではないだろう。かといってそれを教えるわけにはいかない。
「先日のアガルタ侵攻の際のあなたの手際には感服いたしました。結界を破壊するほどの大物を人造精霊で撹乱し、街に全く被害を出すことなく捕獲した。陛下も大変お喜びでしたよ」
「捕獲したのは師団長ですから・・・」
「シフォン卿も素晴らしいですよね。あれほどの大物を封じることができる結界なんて」
アレンはまだ光束結界の中だ。だが、合月の時でも結界が耐えるかどうか―――合月まであと一月弱しかない。
月の影響をほとんど受けないとはいえ、アガルタである以上全く受けないわけではないはずだ。力が増した時、それでも結界が保つかどうか、カトルにも分からないということだった。
一応、周囲に抗魔結界を何重にも張りめぐらせているとはいえ、合月には結界の力が弱まる―――無月で結界を破ることができるのだから、合月では一瞬で破壊されてしまうだろう。
それまでに何らかの策を見つけて戻ることができるか―――完全に賭けだ。
「主査ー!遅くなりましたーー!!」
手を振りながら馬を連れて歩いてくるのはバレルだ。
「いや~馬屋番が中々馬を出してくれなくて。一人で3頭もどうするんだ~って。許可貰ってるって言うのに信じてくれないし。あ、初めまして!鉄騎士団のバレル=ダライアスです!」
「えー、初めまして。近衛隊3番手のロキと申します。ダライアスって・・・」
「私の弟です」
「ああ・・・」
あまりの性格の違いに引いたのだろう。ロキははっきりと苦笑めいたものを浮かべた。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
「はい!」
今はまだ不安しかない。だが行ってみるしかないのだ。
踏み出した足取りに迷いは無かった。




