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世界の終わりと始まりの世界  作者: 妄言吐き
17/19

不穏、そして光


「ちょっ!?どうしたのルカ!!?」

突然泣き出したルカに慌てるバレル。

当のアリアもきょとんとしている。

「あの・・・」

「すみ・・・ません・・・」

「どうしたんだ?ルカ」

ルカの顔を覗き込んだオリバーは、そっとその背を押して立たせると部屋を出た。

「すみ・・・ません・・・」

「いや。もしかしてアリア先生と知り合いなのか?」

「いえ、そういうわけではないんですが」

涙を拭ったルカをオリバーは庭に連れだしベンチに座らせる。

「なんだか・・・悲しくて」

「悲しい?」

「私にもよくわかりません。あの・・・あの方はどういった方なのですか?」

「アリア先生か?出自は俺もよくは知らん。ただ先生のおかげでシナルアの医学は目覚ましい発展を見せたことは確かだ。公主様の信頼も篤かったと聞くし、医師の間で先生の名を知らぬ者はおらんよ」

やはり間違いない。製薬技術が発展していたというロクシルの筆頭薬師の家に生まれたと『マルク』の記憶にはあった。

「落ち着いたなら戻ろう」

そう促されて部屋に戻ると、アリアも涙を流していた。

「そう・・・アデルは無事だったのね」

ルカが入ってきたことに気付いたアリアは立ち上がるとルカの手を取った。

「本当に感謝いたしますわ。ドラゴニアよりはるばるお越しくださったあなた方に。きっとこれが太陽神ナバルの思し召しなのでしょう」

「いえ・・・」

間近で見るアリアの眼差し―――やはりクラムによく似ていた。

事実を伝えるべきか否か、ルカの頭の中でぐるぐると思考が堂々巡りを繰り返す。

「ラウムもこちらに戻って来られればいいのだけど。公主様の主治医だから無理でしょうね」

そう呟いたアリアはルカを促すと席に着く。

「ラウムは元気にしておりましたか?」

「えぇ。しかし、わずか16で医師として認められるとは凄いことですね。ドラゴニアでは30前後で医師になるものが多いのですが」

「あの子は特別でしたから。でも、先ほどバレルさんから伺いましたが、あなたもドラゴニアの法術師団で主査を務められているとか。『系譜』を擁するドラゴニアの法術師団、そのトップの補佐となればラウムの事以上に驚くべきことだと思いますよ」

微笑むアリアの向こうでオリバーが驚いた表情を浮かべていた。

「おい、ルカってそんなお偉いさんなのか?」

「あら、ドラゴニアのダライアスといえばシナルアの法術師団をたった一人で圧倒した伝説の持ち主、マリル=ダライアスの家よ?ドラゴニアでも最上位に君臨する家と聞いたわ」

「ってことはバレルもそうなのか?」

「俺はルカみたいに法術は得意じゃないけどな」

「バレルには父親譲りの剣技がありますから。ただ、そもそも私は養子として迎え入れられただけで、ダライアス家の者ではありませんし」

「でも現当主はあなたなのでしょう?ならば紛れもなくダライアスがあなたの家なのではありませんか」

見つめてくるアリアの栗色の瞳―――クラムと全く同じその瞳に、吸い込まれそうになる。

「ルカが当主?ルカって今いくつだ?」

「23、もうすぐ24です」

「バレルの様子からすると、先代が亡くなった、とかいう話じゃないな。ドラゴニアの名家をその若さで継いだのか?」

「そりゃ、ルカは凄い奴だからさ」

すっかり驚いているオリバーになぜかバレルが胸を張って答える。

「その若さでなぁ・・・そりゃ苦労もしてるな」

オリバーが納得した風なのは先ほどルカが泣き出したことに対してなのだろう。

「ラウムと同い年なのね。あなたたちはよく似た瞳をしているわ」

アリアの言葉にルカは首をかしげる。

「瞳?」

「何か、覚悟を決めて背負っているものがあるのでしょう?」

何もかもを見透かしているようなその言葉に、ルカは居住まいを正すとアリアへと身体を向けた。

「アリアさん。あなたにお話ししておかなければならないことがあります」

「あら?なにかしら?」

「あなたは虚無の砂漠の縁、かつてルーニエに滅ぼされた王国、ロクシルの出身ですね」

ルカの言葉にアリアの顔色が変わる。

「なぜそれを・・・」

「こちらに来る前に火の神殿に立ち寄りました。そこで創世の四柱のうちの一柱、四元の王、火の王『マルク』の記憶を見ました」

「『マルク』の記憶?」

「私の中には同じ四元の王、風の王『フィエルテ』がいます。彼女が神殿に残されていた『マルク』の残留思念を私に見せてくれたんです」

そしてルカはフィエルテを通じて見た、マルクの記憶のすべてをアリアに伝えた。

「そう・・・ではやはりあの子は・・・」

頬を濡らすアリアをエミリアが抱きしめている。

「ご子息の姿を見て、『マルク』は人として生きることを選びました。人の営みの中で、人の生を見守ることを。今、『マルク』はルーニエの特級魔導士、クラム=エル=マーセルとしてご子息の姿で人々の生を見守っています。ご子息の生き方が、ただ傍観しているだけだった神のありようすらも変えた―――私はその遺志は、とても意味あるものだと思います。火の王『マルク』は私にこう言いました」

ルカは一度深呼吸をする。

「奇跡を起こすことを願っている、と」

「―――奇跡?」

ルカは立ち上がるとその場にいる全員を見回す。

「これも知ってもらうべきだと思うのでお話しします。この世界は今、滅びへと向かっています。私はその事実を知り、それを回避するために四元の王に会い、その助力を請うこの旅に出ました」

「世界が・・・滅びる?」

オリバーの呟きにルカは頷く。

「人が争いのために見出した“アガルタ召喚”という魔術が、この世界の魔力のバランスを大きく崩してしまいました。その結果、アガルタの魔力が不足し、アガルタの要である『月の王』が次代の王を産み出せなくなりました。その結果がアガルタによるシャングリラ侵攻です。アガルタはその異変を解決するための手段を求めてこちらへの侵攻を繰り返しています」

「では・・・すべては人の過ちが原因だと?」

呆然としたアリアがポツリと漏らした言葉。

「はい。そして世界はその異常を元に戻すための手段を講じました。それが勇者の誕生です。この世界はシャングリラに過剰に溜まってしまった魔力を、それを受け入れられるだけの器を持つ数人に送り込み、アガルタに向かわせ開放させることで偏ってしまった魔力を元の状態に戻すという手段を取りました。ですが、“アガルタに向かえ”という世界の指示を器とされた者たちは勘違いしてしまった」

「勘違い?」

「“救世のために月の王を討て”と。それが神の啓示なのだと。月の王を討てばアガルタの魔力循環が崩壊し、アガルタという世界そのものが崩壊します。それは対として存在しているこの世界、シャングリラの崩壊も意味する―――」

ルカの言葉にオリバー、エミリア、アリアは顔色を失う。

「幸い、というのは違うのでしょうが、勇者たちは『月の王』まで到達出来なかった。ただ、未だに世界の異変が収まっていないということは勇者たちに送り込まれた魔力がアガルタで開放されていないことを示しています。私たちはこれから地の王『バアル』の助力を請い、アガルタに向かわねばなりません。アガルタにいるはずの勇者を探し出し、彼らの肉体から『バアル』と水の王『フォルテ』、そして私の中にいる風の王『フィエルテ』の力を以って魔力を開放させる。これが世界の崩壊を防ぐ唯一の手立てです」

しん、と静まり返った部屋の中。バレルが立てるカチャカチャとナイフとフォークが皿に当たる音だけが響いている。

「バレル・・・」

「なんだよ?」

「少しは空気を・・・」

「んなもん気にしたって仕方ないだろ?唯一の手立てが決まってんだから、あとはそれをやり抜くだけ。違うか?」

実にバレルらしい言い様にルカだけじゃなく、全員が失笑した。

「そいつはそうだな。それしかねぇってんならそれをやり抜くしかねぇ。道理だな」

オリバーはルカの肩を叩く。

「そんなデケエもん背負ってんなら協力は惜しまねぇ。地の王とやらを探しに行くならうちの部隊を総動員しても良いぜ」

「うちの部隊?」

「州軍だ」

ニカッと笑うオリバーにルカは戸惑う。

「この人、ホムルズ州の州軍の総指揮官なのよ」

涙を拭いながら笑うアリアがそう付け足した。

「総指揮官?ってことは将軍なんですか?」

「シナルアには将軍って役職がねぇから違うが、まあ、そんなもんだと思ってくれりゃあいい。ローヘンの野郎がくたばって、おやっさんも殺されちまったんで、軍を統括出来そうな奴がいなかったってだけだがな。今は虚無の砂漠の縁にあった鉱山の再開を目指して街道の整備を軍で進めてる。かなり広範囲の工事になってるから地の王ってのがどんなのか判れば探し出すことも出来るはずだ」

確かにしらみつぶしに探すならば人数は多いほうがいい。だが、地の王が人海戦術で見つかるとは到底思えない。野生動物ではないのだ。

「地の王がどんな姿なのか、知ってるのはラウムさんとアデルさんだけなので・・・」

「それもそうだったな。じゃ、あの二人が帰ってくるまでしっかり英気を養え。バレルはまだ食うか?」

「うーっす!」

「よし、しっかり食えよ」

酒を持ち出したオリバーにバレルも乗っかり、オリバーの部下まで呼び出されるとその場は派手な宴会の場となった。


「ふう、久しぶりに飲んだな」

部屋の中ではまだ派手に騒いでいるが、少し風に当たろうとルカは廊下に出ると窓辺に座る。

吹き抜ける風はドラゴニアやルーニエに比べるとかなり暑気をはらんでいるが、昼間に比べればかなり涼しい。

「あら、もうお疲れかしら」

「アリアさん」

廊下を歩いてきたのはアリアだ。派手に宴会が始まった時点でエミリアと退室していた。

アリアはルカが腰かけている窓枠に手を置くと外を眺めている。

「ダライアス卿、クラムの最期を伝えてくださったこと、本当に感謝しております」

気付くとアリアが微笑みながらルカを見上げていた。

「いえ・・・私は何もしておりませんし」

「ずっと・・・この二十数年間、知りたくて仕方がなかったのですよ。その・・・大人になったあの子は、どんな感じでしたか?」

「どんな感じと言われましても・・・ルーニエを訪問されるのがよろしいかと思いますが」

ルカの言葉にアリアは首を振った。

「私はもうこの地を離れることは出来ません。いまだ多くの人々が様々な病から救いを求めている―――救いを求めている人々がいる限り、私はこの身を、知識を、そして命のすべてを捧げると決めたのですよ」

その小柄な体に秘めた強い意志―――

間違いなくあの少年の母なのだと、思わせる強い瞳。

「この国の人々は、身一つで逃げ出した私たちを受け入れ、多くのものを与えてくれました。温かな食事を、安心できる寝床を、そして希望となる祈りを。私はその温かさに応えたい。あの子が命を賭して守ってくれたこの命で、あの子の願いを叶えるためにも」

不意にルカは体の中がざわめくのを感じた。

「風の王!?」

ルカの身体から白い光があふれ出し、二人の前に白く輝く獅子が現れる。

宙空に留まったままの獅子は、やがて宙空を歩くかのごとく歩を進めると、呆然としていたアリアにその鼻先をつけた。

「え――――あ、あぁっ!!」

アリアの瞳が潤むととたんに涙があふれ出す。

口元を押さえ、嗚咽が漏れるのを堪えているアリアに、フィエルテが何を見せたのか。

ルカには問うまでもなくわかっていた。

ワッセやソウガを見る慈愛に溢れた強い眼差し―――

フッと光の粒になりルカの身体へと消えていった獅子は、どこか満足したような感覚をルカに残していった。


「うえぇ・・・気持ち悪・・・」

蒼白な顔で呻くバレルに水を飲ませてやるルカ。

「おいおい、ドラゴニアの騎士様ともあろうもんがそんなザマでどうすんだ?」

そう言いながら大げさに肩を竦めて見せたのはオリバーだ。

同じように明け方まで呑んでいたというのに、こちらは酔いすら残っていない。

オリバーの部下たちも酔いは残っているようだが、特に気分がすぐれないような様子はなかった。

「ほれ、アリア先生特製の酔い覚めだ。一刻もすりゃあスッキリ爽快な気分になってるだろうよ」

薬を受け取ったルカがバレルに飲ませると、オリバーがルカの肩を叩いた。

「ちょっといいか?」

オリバーについて部屋を出ると、そこには長く艶やかな黒髪が目を引く、綺麗な女性が立っていた。

ルカよりやや年下だろう。

「彼女はローヘン=ガルムの娘、ハイドラ=ガルムだ。ラウムと許嫁の関係にあった相手だ」

オリバーがそう紹介すると、その女性は頭を深く下げた。

「お初にお目にかかります。ハイドラ=ガルムと申します。ドラゴニア帝国法術師団の主査を務めていらっしゃるとオリバー様から伺いましたのでこうしてお目通りを願いました」

どこか思いつめた表情―――オリバーからすれば義父の敵の娘になるはずだが、オリバーがそんなことを気にするとも思えないので、オリバーがいることによる緊張ではないだろう。

「初めまして。ルカ=ダライアスと申します。私に何か御用でしょうか?」

ハイドラはギュッと手を握りしめると、何かを決心したかのようにルカをまっすぐ見つめる。

「高名な魔術師であられると伺いました。どうか、そのお力を貸してはいただけないでしょうか?」

「私の?」

「そのあたりの説明は俺からする。とりあえず俺の執務室へ移るぞ」

先導して歩き始めたオリバーの後を追い、屋敷に隣接した建物へと移ると、最上階の立派な部屋へとオリバーは入っていった。

応接用の立派なソファに座るよう促され、ルカとハイドラは向かい合って座った。

オリバーは大きな出窓の前に設えられた執務用の机に腰かける。

「実はな、俺が人体実験を受けていた施設がここから馬で一日北上した森にまだ残ってるんだ。俺のような被験体は全員助け出されたが、あの施設ではそれ以外にも色々な動物を使って実験を行っていたらしい」

「動物を使った実験・・・ですか?人を使う前には普通の事だと思いますが」

「それがな、いわゆる“精霊獣”らしい」

「“精霊獣”を?」

精霊獣は地水火風、どれかの精霊の加護を受けている獣の事だ。それぞれの精霊の特性に従い、様々な特殊能力を持っていることが多い。ゆえに簡単に捕まるような獣ではないはずだ。中には高位の魔術を使うようなものもいるのだから。

「父は精霊の力を集め、それを一つにまとめることで圧倒的な破壊力を持つ装置を作ろうとしていたんです。そのために精霊獣を集め、言うことを聞くように薬で精神を支配して・・・」

ハイドラは俯く。

「父が死んで精霊獣たちは解放されるはずでした。オリバー様を始めとした被験体とされてしまった皆様もラウム師のおかげで元に戻ることが出来て―――それが―――」

「精霊獣たちが再び集まり、施設の周囲に非常に強力な結界を張っている。もう二年以上経ってるんだ」

言葉に詰まってしまったハイドラに代わり、オリバーがその言葉を継いだ。

「結界を?なぜ・・・」

「さてな。とりあえず施設周辺は無人だし、街道からも遠く離れている。特に問題視すべきことではないと思ってたんだが、最近になって周囲の森がかなり広範囲で枯れ始めてることが分かった。で、近くの部隊に調べさせてみたが近づくと隊員がバタバタと倒れたらしくてな。なんでも力を吸い取られていくような感じだとか」

「それって、生命力を吸われてるってことですか?」

「おそらくな。うちの法術師に対策を立てさせてみたが、全く効果がない。そこでアルガスの爺さんに―――」

「アルガス?」

「おぉ、そうだった、ルカは知らないんだったな。アルガスの爺さんはこの辺じゃ有名な精霊術師だ。世捨て人のような生活をしててな、中々捕まらんのだ。と、話を戻すが、そのアルガスの爺さんが言うには精霊獣たちが周辺の精霊を自身に引き付けて離さないんだそうだ。で、周囲の森の植物が枯死しているってことらしい」

精霊は世界のありとあらゆる現象の源となる存在だ。それは生命活動も同じで、精霊がいない場所には生物は存在できないことになる。

精霊は流動的な挙動をするので、精霊の密度が薄い場所には周囲から精霊が流れていく性質があり、全く精霊が存在しない場所はこの世界のどこにもないとするのが通説だ。

「問題はな、その森にいた動物たちがな、人里に逃げてきて作物を食い荒らしてる。どうしてくれるんだって苦情がハイドラのところに来てるんだ。いくら娘とはいえ、父親がやっていたことを知ってたわけじゃねぇし、責任があるとは思えん。なんとかしねぇとな、と思ってたんだが、昨夜、アルガスの爺さんがハイドラを訪ねてきたそうなんだ」

頷いたハイドラは顔を上げるとルカを見つめる。

「精霊王の加護を受けし者がやってきている。その者の助力を請え、と」

「それってルカの事だろう?風の王とやらがお前の中にいるって話だったろ」

「それは・・・私の事なんでしょうが・・・」

高名な精霊術師となれば『フィエルテ』の存在に気付いてもおかしくはない。だが、何かが引っ掛かる。“加護を受けし者”という言葉―――

『フィエルテ』の存在ならば離れていても気づくことも可能だろう。しかし加護を受けし者、ということは媒体としてのルカの存在に気付いているということだ。

クラムからも火の精霊の加護を与えられたが、精霊の加護を受けているか否かは見なければわからないはずなので、どちらにしてもその人物はルカを見かけたことがあるということになる。

精霊を使った遠隔視ならば対面せずともルカを見ることは出来るが、そんな精霊術が使われていればルカには気配でわかる。

街をぶらついていた時に見られていたのかもしれないが、精霊術師ならば目の前に王が存在しているなら何らかの行動を起こすものだろう。

「そのアルガスさんとかいう方はどちらに?」

「用が済んだらさっさと去っていくからな。居場所を突き止めるのは難しいだろう。物乞いをするときには大概大き目の集落に顔を見せるが。あと、アルガスってのは名前じゃねぇ、アルガスってのは大昔にいたっていう大賢者で、奇蹟を起こしたとして認められた者に対して教会から与えられる称号なんだ。誰も爺さんの名前も素性も知らん。だからアルガスの爺さんってのはあだ名みたいなもんだな」

「そう・・・ですか」

「どうか、お力を貸してはいただけないでしょうか!?」

床に手を突き頭を下げたハイドラの肩に手を置いたルカは顔を上げさせる。

「もちろんですとも。私でなにがしかのお力添えが出来るのであれば喜んで」

そう答えたルカに、オリバーが一つ手を叩く。

「よし、なら決まりだな。バレルの奴が回復次第、行動に移ってもらってもいいか?お前らも色々と忙しいんだし、事は早々に片づけておきたい」

「そうですね。その前にアリア先生に伺いたい話があるのですが」

「先生なら教導院にいらっしゃるはずだ。ここを出て右に向かった突き当りの大通りを左に曲がって少し行けば、一目で学舎とわかる建物がある。俺は部隊を集めてすぐに出られるようにしておく。日暮れまでには出るぞ」

「わかりました」

ルカはハイドラに頭を下げると、速足で教導院へと向かった。


「実験に使われていた薬?」

教導院の学長室―――ルカの訪問を快く受けてくれたアリアはその言葉に首を傾げた。

「身体強化の実験だったのでしょう?あのオリバーさんの肉体を破壊出来るほどとなると、鍛錬しただけでは届かないでしょうし。人の肉体そのものを変質出来るようなものがあるのかどうかが、知りたいんです」

ルカはアレンがアガルタ化して戻ってきたこと、そしてアムリタによって元に戻すことが出来た経緯を説明する。

「そんなことが・・・そのアムリタ、というのは神水のことかしらね。神水にはまだわかっていないことも多いのだけれど、健康な人にとっては毒となる、という性質は同じだし。確かにローヘンは私が開発した治癒の促成を行う薬を使っていた。神水だけでも瀕死の重傷を負っている人には素晴らしい治癒の効果を発揮するわ。でも、神水そのものでは使っても平気な怪我の程度を見極めるのが難しいの。人によっても平気とする範囲が違うからね。例えばオリバーのようなとびぬけて壮健な人は神水を使ってもある程度までは耐えることが出来るわ。でも並みの兵士では命を落としてしまう。そこで怪我の程度や相手の神水に対する適性を考慮しなくても怪我の治癒期間の短縮が期待出来る薬を開発したの。まだ副作用もあったし、研究途上だったのだけどね。その薬の副作用、というより副次効果として筋力の増強が見られていたのは間違いないわ。筋肉が肥大する、というのではなく、筋肉そのものの質が変わっているのだと私は感じたけれど」

「質が変わる、ですか?」

「筋肉はその太さに応じて発揮できる力が増すわけだけれど、太さはそのまま、発揮できる力が増してるように見えたの。副作用からの影響もあるのだとは思うけど」

「どういった副作用が?」

「主には不眠ね。異常に精神が昂って眠れなくなるという意見が大半だったわ。それも投薬を止めて数週間で落ち着くのも確認は出来てた。後は酷い倦怠感や嘔吐、めまいといった症状ね。違う薬を使えばそういった症状を抑えることも出来るのだけれど、複数の薬を同時に使った場合、命を落とすような酷い副作用が出る可能性もあるから」

「そうですか・・・」

ルカはしばらく考え込む。アリアの話からすると、薬そのものには特に妖漿に共通するような効果はないようだった。しかし、月の王は魔力でアムリタから妖漿を生成するという。いくつかの魔術と掛け合わせることで、同様のものを作り出すことは可能ではないだろうか。

そして気付いた。なぜ、領主は精霊獣を集めていたのか―――

ハイドラの話では広域破壊魔術を使うためということだったが、それならば精霊獣など用いずとも高位の魔導士を数人集めれば済む話だ。シナルアは魔導技術の先進国。シナルアという国体は保てなくなったとはいえ、それなりの魔導士はまだ多くいるはずだ。

捕獲の難しい精霊獣をわざわざ集め、さらに薬によって精神を支配するなど手間がかかり過ぎる。

もしかしたら精霊獣にはアガルタと共通する性質があるのではないか。

精霊獣は精霊の加護を受けた獣―――ただそう考えていたが、獣のすべてが加護を受けているわけではない以上、加護を受けるからには何らかの儀式やそれに準ずる行為が介在しているはずなのだ。アガルタが月の王の産み出す妖漿によって月の魔力を享受出来るようになるように。

魔導技術先進国のシナルアのことだ。そういった研究がされていてもおかしくはない。

そしてそれを知った領主は、人に精霊獣のような特殊能力をもたせることを考えたのではないか―――人を超えた人、超人を産み出すために。


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