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世界の終わりと始まりの世界  作者: 妄言吐き
16/19

邂逅


「しっかし、こんだけ発展してるなら、国境の封鎖なんぞ解いちまえばいいのにな」

ルカと街をブラブラしながらバレルが笑う。

道行く人々は二人の姿を見ると脇に避けていくので、それなりに人通りは多いのに二人の周囲は常に空いていた。

理由はおそらくバレルだ。

あまりにも暖かいので上着を脱いで下着のシャツ姿になったバレルはその鍛え抜かれた肉体を陽光に晒している。ただでさえシナルアの人々はドラゴニアに比べると小柄なので、ドラゴニアでも巨躯に入るバレルの威圧感はすさまじいものだろう。

ルカたちは今、シナルア北西部、ラナサント騎士国との国境にほど近い街、ホムルズ州州都、アームネスタにいた。

この近くの森林地帯に地の王『バアル』が住む山があるという。

オリマーの結審がラウムの予想以上に難航していて時間がかかりそうなので先に行くよう言われたのだ。

アーシャは少しシナルアを見て回りたいと、南東の港町に向かい、そこから北上してくるらしい。

「確かに平和そのものって感じだな。まあ、ソル様が仰るようにキナ臭いモノが隠れてるんだろうが」

明るい陽光を受け、とにかく明るい印象の綺麗に整えられた街並みを見ながらルカは呟く。

「そういえばオリマーの件、ラウムさんが手回ししてたってのに、なんで揉めてんだ?」

「色々と柵があるんだろうさ。探られて痛い腹を他の領主も抱えてるんだ。この州の一件は明るみになったが、オリマーさんとラウムさんはその事情を深く知る当事者だ。出来ることなら口を封じたい、というのが本音だろう。ラウムさんが凄腕の医師だから手が出せないんだろうさ」

「けったくそ悪い話だな」

「まあな。だからソル様があの二人のそばについてる。護法騎士団団長相手に迂闊なことをしようと思う奴もそうはいないだろうし」

「この世界が滅びるかどうかって瀬戸際に、悠長なもんだ」

「それを知ってるのは僕らだけだからな。知られたところでパニックになるのは目に見えてる。知らないほうがいいのさ。にしても見たことのない物が多いな」

店先に置かれている果物や野菜、魚などドラゴニアでは見たことがない物ばかり。

道行く人々の服装もドラゴニアやルーニエとは全く違っていた。

「気候が全く違うからな。ルーニエはドラゴニア同様の乾燥気味の気候だし、ドラゴニアとの交易が盛んだからどうしても食うもんなんかはドラゴニアに似てくる。こっちはこれだけ暖かくて湿度が高けりゃ小麦はあまり育たないだろうし、食生活も違うさ」

「なんかバレルらしくない説明だな」

「なんだよ、ルカまで。俺も一応士官学校じゃ上位成績者だったんだぜ?」

「それは知ってるけどさ」

くすっと笑ったルカはバレルの二の腕を小突く。

「バレルらしさってのはやっぱ奔放さだと思うからさ。冷静に分析してるとなんか違う人みたいで」

「微妙に馬鹿にされてるような気もするけど、ルカならいいや。それよりどうする?このままぶらついててもなんだし、飯でも食うか?」

「そうだな・・・」

不意に歓声のようなものが聴こえ、その方向に多くの人が向かっているのに気づいた。

「なんかやってるみたいだな。とりあえず見に行こうか」

「そうだな」

しばらく通りを進むと、街の中央であろう広場に出た。

そこには4尺ほどの高さで2間四方の広さの台があり、さらにその台の四隅に4尺ほどの杭が打たれ、その杭の間に3本の縄が等間隔で張られていた。台の上には羊毛で織られた厚いマットが敷かれ、その上では鍛えられた肉体を持つ男たちが二人、パンツだけを身に着けた姿でぶつかり合っていた。

「なんだ?」

男たちは組み合っては相手を押し、一方が膝を突くと今度は腕を取り様々に関節技をかけていく。

さらに蹴りや拳ではない平手による打撃などを繰り出し、相手の肉体にぶつけていた。

「格闘技・・・だよな?」

「そう・・・だね。そういえばラウムさんがこんな闘技があるって言ってたような気がする」

「なんだろうな?相手の攻撃をわざと受けてるように見えるが」

確かに大振りな蹴りや平手を、避けるでもなく胸を張って受けている。

その鍛えられた肉体には多くの痣が浮かび、赤く腫れあがっているところがさらに痣へと変わろうとしていた。

「我慢比べと闘技を合わせたような感じだね。技術を見せるってよりは肉体の頑健さを見せたいんじゃないかな?」

「へぇ~」

男たちの闘いを見ながらバレルがニヤッと笑う。そういう話にバレルが乗らないはずはなかった。

「ぐえっ!!!」

一方の男が受けた蹴りにたまりかねて倒れこむと、外で見ていた審判らしき人物が声を張り上げ、数を数え始めた。

そして十数えるうちに男が立ちあがれないのを確認すると、立っていた男が勝鬨を挙げた。

つまり互いに技を仕掛け、それを受けたうえで、我慢が出来なくなるまでぶつかり合い、十数えて立ち上がれなければ負け、立ち上がることが出来れば続行ということのようだ。

気付くとバレルは台のそばに行って、審判らしき人物と何やら話をしている。

審判らしき人物は頷くと、奥に張られていた天幕へとバレルを連れて行った。

そしてしばし―――天幕から出てきたバレルは黒いパンツ一丁で出てきた。その後ろからは蒼髪の40過ぎであろう男が続く。

バレルと同程度の身長に、分厚い筋肉を纏う肉体はバレルより一回り大きい。小柄な人が多いこの地域では明らかに規格外だろう。

その男の姿を見て周囲の人々が大いに盛り上がる。

「おぉっ!オリバーだぜ!!」

「か~っ!!相変わらずスゲエ身体してんな。もう怪我は良いのか?」

「そりゃチャンプだからな。俺たちとは作りが違うさ」

周囲の人々の話を聞くに、どうやらこの闘技のチャンピオンであるらしい。

「大丈夫かな・・・」

バレルは確かに強いが、格闘はあまり得意としていない。そもそもこの闘技自体、先ほど少し見ただけだ。

オリバーという男はそこそこの年齢のようなので、若さに勝るバレルにも勝機はあるかもしれないが、先ほどまでの闘いを見る限り、より分厚い筋肉を纏っているオリバーのほうが優位に見える。

「ところであの相手は誰だ?見たことねぇ顔だが」

「あっちもスゲェ身体してんな。あの髪色と顔立ちからするとファーレンポートあたりの軍人だろうさ。あっちはドラゴニアやラナサント出身者が多くいるって話だしよ」

「ってことはあっちにはオリバー並みのガタイした奴がぼこぼこいるってことか。そいつはやべぇな」

男たちの会話にルカは苦笑する。バレル並みの体格というとドラゴニアにもそうはいない。フーラーであるジンやロキですら身長こそ変わらないが幅や厚みではバレルに劣る。

「お、そろそろ始まるぞ」

その言葉にルカも台上に視線を向ける。

その逞しい肉体を陽光に晒す二人の男―――

初めてで飛び入りだというのにバレルには気負う様子すらない。

対するオリバーも実に嬉しそうな、かつ、飢えた獣のような獰猛な笑みを浮かべていた。

そして審判が旗を上げると二人は身構える。

バサッ!

旗が降ろされた瞬間、二人の男は組み合った。

二人の男の分厚い筋肉が膨れ上がり、その間に相当な力の応酬があることを窺わせる。

しばしの膠着―――

「ぐうっ!!」

オリバーが押され、膝を突く。

「おおおおおおおっっ!!!」

その光景に観衆からどよめきが湧いた。

そのままバレルはオリバーを押し倒すと、手を組んだまま跳びあがり、オリバーの腹に両膝を落とす。

「ぐうっ!!!」

わずかに歯を食いしばり顔を歪めるオリバーだが、大したダメージはなさそうだった。

再び跳びあがったバレルに、オリバーも膝を曲げると下から腹を蹴り上げる。

「ぐふうっ!!!」

目を剥くバレルに、想像以上の衝撃があることを窺わせた。

「ごほっ!!」

そのままマットに落ちたバレルは腹を押さえて蹲ったが、オリバーに腕を掴まれ引き起こされると囲っている縄へと振られた。

「がばあっっ!!!」

縄の反動で戻ってきたバレルの喉にオリバーの極太の腕がめり込む。

ぐるっと宙を一回転したバレルはマットに背中から叩きつけられた。

「ごほおっっ!!ぐふぇえっっ!!!」

喉を押さえて悶絶するバレルに向かってオリバーの巨体が落ちてくる。

「バレル!!!」

ルカの叫びに、バレルは身体を回転させると飛び降りてきたオリバーを躱した。

「なにっ!?ぐあっ!!」

バレルはオリバーの足を絡めとると足首を極める。

「ぐあっ!!くっ!!!」

悶絶するオリバーだったが、バレルの足の親指を握ると痛みにゆるんだ腕を振るいほどき脱出した。

「うおおおおおおおっっ!!!!」

二人の攻防に観客からは怒声に近い歓声が沸き上がる。

「やるじゃねぇか、若けぇの」

「そりゃどうも。行くぜ!!!」

短く言葉を交わし、バレルは蹴りを繰り出す。

「くっ!ぐっ!!」

素早く繰り出されていく蹴りに、オリバーは張られている縄まで追い込まれたが、オリバーの頭部を狙って放たれた蹴りをしゃがんで躱すとバレルの股から肩にかけて腕を入れた。

「おわっ!?ごげえっっ!!!」

バレルの巨体が後頭部からマットに打ち付けられ、バレルはそのまま大の字に倒れた。

すぐに審判が数を数え始める。そして―――

マットの上でヒクヒクと痙攣するバレルを見下ろしたオリバーは勝鬨を挙げた。


「まったく。無茶するなよ」

「ごめん」

気絶したまま天幕へと運ばれたバレルを追ってルカも天幕に入っていた。

寝台の上で手当てされていたバレルだが、診察してくれた医師によると大したことはないということだった。

「飛び入り参加でチャンピオンと勝負なんてありえないだろ?」

「イケると思ったんだよな~」

「ったく」

ため息を吐いたルカが水で濡らした手ぬぐいで脂汗で汚れた身体を拭いてやっていると、ヌッと背後から影が差した。

「おう、大丈夫か?若けぇの」

見上げるとそこにいたのはオリバーだ。

「初めてにしちゃあ、闘い慣れてたな。ま、体つきからして判っちゃいたが」

ニカッと笑うその表情に、ルカはなぜかオリマーのことを重ねて見ていた。

顔つきも身体つきも全く似ていないのだが、表情がどこか似ている。

「今度やったらぜってー負けねぇからな」

そう返したバレルにオリバーは身体を揺らして大きく笑う。

「楽しみにしてるぜ。で、あんたら旅のもんだろ?どうよ?うちの女房が飯をどうかって言ってんだが」

オリバーの申し出にルカはバレルを見る。

「どうする?」

「いいんじゃないか?どうせ今日の宿は決めてなかったし」

「なら決まりだな。どうだ?動けそうか?」

ルカの横に座ったオリバーは、バレルの首筋に手を当てる。

「腫れもねぇし、後頭部を思いっきり打ち付けたにしちゃあ、大したことねぇな。相当鍛えてんだろ?」

「あんたにゃ負けるよ」

「そりゃ年季が違うからな。俺はこいつを始めて30年経つんだ。こいつをやってる連中は投げられて頭から落ちたりするのが普通だから皆、首を重点的に鍛えてるが、普通の軍人じゃ首まで鍛える奴は稀だ。お前、ただの軍人じゃねぇな?」

「俺たちはドラゴニアから来たんだ。俺は法術騎士のバレル=ダライアス。こっちは兄貴のルカだ」

「ドラゴニア!?どうやって来たんだ?ラナサント方面の街道もルーニエ方面の街道も封鎖されて通ることは出来ねぇ。街道を使わねぇとなるとルーニエ方面ならサシャ山脈を越えるかモールグを越えるしかねぇが、サシャ山脈は容易には越えられねぇと聞くし、モールグもアーレスタット並みの大河だから越えるには船がいる。そもそもルーニエは国境にどデカい壁を作ってるし、ラナサントも国境を越えられねぇよう法術で結界を張ってるはずだ。となると虚無の砂漠を越えるしかねぇが・・・」

「私たちはルーニエから海賊を頼って海路で来ました。彼らならばルーニエからシナルアへ抜ける暗礁海域も越えられるということでしたので」

ルカが答えるとオリバーは感嘆を漏らした。

「ほう、海賊を足に使うか。そいつは凄腕なんだな。で、ドラゴニアの連中がなんだってわざわざシナルアまで来た?」

「創世の四柱の一柱、地の王『バアル』を探しています。この近くにいるということだったので」

「地の王?神様を探してるってのか?兄ちゃん、頭良さそうに見えるが、実はバカなのか?」

「テメェ!!!」

バレルはがばっと起き上がるとオリバーに掴みかかる。

「ルカを馬鹿にするとぶっ飛ばすぞ!!!」

「おいおい、落ち着けって。悪かった。興奮すると頭の血管が切れるぞ」

掴みかかってきたバレルの腕をつかんだオリバーはそのまま押し戻してバレルを寝台に寝かせる。

「こいつがここまで怒るってことはマジの話ってことか」

「私の中には同じ創世の一柱、風の王『フィエルテ』がいます。ルーニエで火の王『マルク』にも対面しました」

オリバーは疑わしさ全開といった目でルカを見る。

「いささか信じがたい話だが・・・地の王に会って何をするつもりだ?」

「ある目的のため、とだけ。そのための情報を集めていたところ、ファーレンポートで地の王について心当たりがあるという人物にお会いしました。その方の指示でこの街に来たんです」

「神様に心当たりがある、ねぇ・・・どんなトンでも野郎だ?」

「ラウムという医師の方なのですが」

その名前を聞いた途端、オリバーの顔色が変わった。

「ラウム!?ラウムがそんなことを言ってるのか?」

「ラウムさんをご存知ですか?」

「俺の息子みたいなもんだ。シナルア史上、最年少で医師になった天才でな、今は公主様に呼ばれてファーレンポートにいるんだが・・・本当にラウムがそんなことを?」

ルカが頷くとオリバーは俯きため息を吐く。

「三年前、俺はここ、ホムルズ州の領主、ローヘン=ガルムが秘密裏に行っていた人体実験の被験体にされた。それからのことは何も覚えていないんだが、その間に俺の義理の父は殺され、俺の息子は領主殺しの罪人とされ姿を消していた。いったい何が起こったのか、すべてを知っているのはラウムだけ。ローヘンが行っていた人体実験の証拠だけ集めて州の司法省に提出したラウムは、俺たちに何も言わずファーレンポートに向かったんだ。公主様にお目通りを願い、ラウムが知った真実と俺の息子の罪を相殺してもらうためだと人伝に訊いた。ラウムがファーレンポートで公主様の主治医となるという条件で、司法省は取引に応じたそうだ。すべては俺に責任があるのに、あいつは自分ですべてを背負って―――」

言葉を詰まらせたオリバーの肩にルカはそっと手を置く。

「もしかして、息子さんってオリマー・・・じゃない、アデルって人ですか?」

ばっと顔を上げたオリバーはルカの両肩を掴むと激しく揺すり始めた。

「アデルを知ってるのか!!?生きてるのか!!?なあっ!!!」

「いっ!!生きてます!!今!ファーレンポートで!!結審の!!手続きの!!最中です!!」

あまりの激しさに叫ぶように答えると、オリバーの目から涙があふれ出した。

「そうか・・・生きてるんだな・・・」

「ここの領主がやったことについても聞いています。オリ・・・アデルさんがやったことは当然の事だと思いますし、そのためにすべてを知るラウムさんが率先して解決に動くのも仕方のないことかと。少なくともラウムさんはそれだけアデルさんが大切だった。反逆者となってしまうことも覚悟してアデルさんを救いだしたわけですから」

「・・・救い出した?」

「領主に捕まり拷問を受けていたそうです。瀕死の重傷を負っていたそうですが、地の王の力で完治できたとか。あなた方、人体実験の被験者を元に戻すのにも地の王の力を借りたそうですよ」

「・・・そういうことか。やはりアデルも被害者だったんだな」

止めどなく溢れる涙をそのままに、オリバーはしみじみと呟く。

「実は先ほどお話しした海賊の一味にアデルさんがいて、アデルさんから地の王について心当たりがあるから詳しいことはラウムさんに訊けと言われたんです。ラウムさんにお会いしてから、アデルさんは無罪になるから連れてきてくれと事情を説明されて。手続きに時間がかかっているようですが、元護法騎士団団長のアガレス卿が二人についているので、そう引き延ばされることもないでしょう」

「アガレス卿?今、ファーレンポートにおられるのか?」

「そういえば面識があるんでしたね。アガレス卿がそう仰っていたのを思い出しましたよ」

オリバーは腕で涙を拭うと頷いた。

「義理の父がこの州の騎士団団長だったからな。剣の腕も一流、法術の腕も一流、さらに人格者と来てる。素晴らしい方だよ。あの方が二人についていてくださるなら安心だな」

バシッと両手で頬を叩いたオリバーは、気合を入れると立ち上がる。

「このことを女房にも伝えてやらないとな。また迎えに来るからそれまでに回復しておけよ」

そう言い残すとオリバーは大股で天幕を出ていった。


「スゲェ!!良いんすか?こんなごちそう!!」

広いテーブルに所狭しと並ぶ料理にバレルは目を輝かせた。

招かれたのは町の中心部にあるかなり立派な屋敷だ。

「もっと体をデカくしたらバレルには再戦してもらわにゃならないからな。しっかり食えよ」

オリバーの言葉に目の前の料理を頬張っていく姿を見て、ルカは苦笑する。

「バレル・・・一応貴族なんだからさ・・・」

「良いじゃん。スッゲェうめぇよ。ほら、ルカも食えって」

「そうそう。ルカもそんなに細っこい身体じゃ軍人としてやっていけんぞ」

オリバーまでもに促されルカは目の前の皿を引き寄せる。

「どうぞ。お口にあえばいいのだけれど」

そう言ってほほ笑む美女―――

一目見てオリマーの母親であることはわかった。

オリマーと同じ美しく輝く銀髪に北方系の顔立ち。

「アデルの無事を知れて、あなた方には本当に感謝してるの。こんなことでしかお礼できないけれど」

エミリアと名乗った女性の目元には泣きはらした跡が残っていた。

「すみません。こんなに」

「私の父の故郷からはるばる来てくださったんだもの。それだけでも厚くもてなすべきだし、その上アデルの事まで。これじゃ足りないくらいよ」

「そうそう、お父上はドラゴニアの出身だとか」

「えぇ、私の母もだけどね。駆け落ち同然でここまで来て―――母は早くに病で亡くなってしまったけれど、父の姿を見ていると幸せだったのは一目瞭然だったから」

「駆け落ち?」

「父は貴族階級で、母は平民だったと聞いたわ。身分違いの恋ってドラゴニアでは許されないと聞いたのだけど」

「それは・・・まあ・・・」

確かに、一般的にはそうだが実力主義のドラゴニアでは例外も多い。

クラウスは竜人なのだから当然貴族階級にはなかったはずだし、ルカも平民から貴族になっている。

特に秀でたものがあれば身分より実力を優先するのがドラゴニアだ。

「シナルアにも身分制はあるけれど、貴族平民という括りではなくて、職能による身分の違いだからドラゴニアよりは緩いのかしら」

「かもしれませんね。オリバーさんとはやはりお父上の縁ですか?」

そう訊くとエミリアは恥ずかしそうに頷いた。

「父の教え子だったの。父は騎士だから彼とは兵種が違うのだけれど、父が剣術指南役だったから。父の紹介で彼に会って、今日、あなた方も見た闘技で闘ってる姿が素敵で―――もう一目ぼれだった。父も賛成してくれたから、私から告白したわ」

見るとオリバーも恥ずかしそうに頭を掻いていた。

「そりゃチャンピオンだもんな。二十歳の時からもう30年近く負け無しって聞いたぜ。カッコいいだろうさ」

バレルが口を挟んでくる。

「それも三年前に途切れたがな」

「人体実験の件ですね?」

「あぁ、もう全く歯が立たなかった。とても人とは思えないほどの怪力に為す術なく潰されたよ。見た目ではアデルとそう変わらない程度で、鍛えられちゃあいたんだがまさかあれほどのモノとは思わなかったんだ」

そう言いながらオリバーはその極太の二の腕を摩る。

「腕をへし折られてな。もうあとは一方的に嬲られ続けた。つっても途中から何も覚えてないんだが」

クラウスすら上回っているような極太の腕をへし折るなど、やはり人間業とは思えない。いったいどのような人体実験だったのか―――

不意にルカの背に寒いものが走った。

人をアガルタに変える―――

それに近い実験なのではないだろうか。

となれば、妖漿のようなものを産み出す術がシナルアにはあるのかもしれなかった。

「その人体実験について、詳細を知っているのはラウムさんだけなんですか?」

そうルカが訊ねるとオリバーは首を振る。

「いや、アリア先生もラウムから聞いていたはずだ。実験には先生が開発した薬も使われていたらしくてな、先生の激怒っぷりはすさまじいものだったよ」

「その方にお会い出来ませんか?」

「構わんよ。診療から戻られたらうちに顔を出してくれるよう頼んであるから、そろそろお見えになるんじゃないか」

そんな話をしていると来客がある旨をオリバーの部下らしき若い男が伝えに来た。

「お通ししてくれ」

「はっ」

ほんの僅か―――

部屋に入ってきた人物を見て、ルカの目から涙があふれ出す。

老齢、というほどではないが50は過ぎているであろう小柄な女性。

だが、知性に溢れたその面差しはルカが見たあの記憶と相違ない。


それは火の王『マルク』が慈愛を注いだ少年―――クラムの母親、アリアだった。


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