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世界の終わりと始まりの世界  作者: 妄言吐き
15/19

魔道教導院


「そういうことか・・・」

三日月亭で合流したジンを含めてソルからアガルタで起こったことについて説明を受けるルカたち。

ジンの素の姿はロキよりやや体格が良く、ロキよりやや顔だちをあっさりさせた感じだ。

アレンたちはアガルタに潜入後、月の王の城近くまで進むことに成功したが四天王と呼ばれるアガルタの一人、金剛鬼オーガスに遭遇。

魔封じの晶石という魔力を使用不能にする晶石の効果で一切の術を使えなくされたアレンたちは圧倒的な力を誇るオーガスになすすべなく敗北したという。

「問題は魔封じの晶石をどう攻略するか、だな」

「そうですね・・・アガルタ相手に生身では勝ち目がないですし」

圧倒的な生命力と腕力、そして魔力―――

人が生身で敵う相手ではない。

だからこそ戦争のための道具としてアガルタ召喚などという術が編み出されたのだ。

「他の勇者に関しては何も情報はないのですか?」

「ルーニエの勇者に関しては俺たちより先に捕まったらしいことはオーガスが言っていた。ラナサントの勇者に関しては不明だ」

ジンは渋い顔を浮かべる。

「セラムもネイトも無事なら良いんだが・・・」

アレンに同行した戦士セラム=フーデシア、魔術師ネイト=レグリウォーレス。

同じようにオーガスに捕えられた後のことはジンにも分かっていないという。

アガルタにされていたとしてもアムリタで元に戻せることは確認済みなので、生きていれば望みはある。

いかに攻略するか―――それぞれが思考の沈黙に落ちようとした時。

「近くまで行ったら普通に空から月の王の城に行けば良いんじゃね?ルカならスキッパーでも飛べるんだし」

「あっ――――」

バレルの言葉に皆があんぐりと口を開ける。

「普通に考えればその魔封じの晶石って効果範囲はそれほど広くないと思うんだ。月の王って魔力を使って妖漿ってのを作ってんだろ?月の王に影響が出たらヤバいんだからそんなに効果範囲を広くできないだろうし。後は結界があろうがアガルタが攻撃して来ようがルカなら大丈夫だろ」

「ふむ・・・確かに空からならばこちらの魔術を封じる手段はないかもしれんな」

顎に手を当てたソルは頷いた。

「少し気になることがある。ルカとアーシャは明日私に同行してくれ」

「ルカと姉貴だけ?伯父さん、俺は?」

ソルはバレルの額を小突く。

「魔導技術の話を聞きに行くんだ。お前は留守番」

「え~」

唇を尖らせるバレルを押さえルカは身を乗り出す。

「魔導技術ですか?」

「リジットの研究所はアガルタの侵攻で崩壊したが研究所の資料の大半は残っているらしい。連中が研究所から持ち去った技術を調べてみよう」


翌日、ソルに連れられ向かったのはファーレンポートの北、ハルカという街だった。

緑の農地が広がり穏やかな風が抜けるとても美しい街。

「ここに何があるんですか?」

ルカは先を行くソルに問いかける。

「ここには魔道教導院がある。リジッドにあった高等技能学舎は無くなってしまったんでね、それぞれの職能ごとに教導院を分けることにしたそうだ」

「へぇ、ここに研究所の資料が?」

「ここの教師は偶然あの襲撃を逃れた者でね、丁度リベア州のワードネル砦に研究成果を提出に行っていたらしい。ワードネル砦は前線での魔導技術の実験場も兼ねててな、研究所の資料の大半が残っていたという話だ」

やがて道の先に立派な建物が見えてきた。

木造だが三階建てで、左右に大きく広がる様は大きな鳥が翼を広げているようだ。

「すごい・・・立派ですね」

「今のシナルアの実質的な中心地であるファーレンポートから一番近い教導院だからな。教導院の運営は州がそれぞれに行うことになっているから、金があるところはこうなる」

「他は違うんですか?」

「魔道教導院がここの他に西のセーム州に、医科教導院が北東のホムルズ州と北西のリベア州に、法科教導院がレブルストーク州とカムループス州に置かれているがここまで立派な建物ではないな。元々あった建物を流用しているものばかりで、新築したのはここだけだ。魔導技術の先進国という自負があるからな。どうしても魔術関係が強くなる傾向にある」

ソルは肩を竦める。

「今のこの国に必要なのは争うための技術ではないはずなんだがな。これまでも何度か各州を巡ってみたが、きな臭いうわさしか聞かぬ」

「きな臭い?」

「各州の領主が軍の強化を進めているという。アガルタはすでにこの国に興味はない。ならばあるとすれば―――」

ソルは表情を曇らせた。

戦う相手はアガルタではない。となると残るは人同士の戦いだ。

「杞憂では?さすがに今の世界でそのような真似は・・・」

ルカの言葉にソルはため息を吐く。

「人の欲というものに際限などないよ。それにこういう世界だからこそくだらない欲を掻きたてるものがいる。それが人というものの現実だ」

世間知らず―――そう言われたような気がしてルカは竦んでしまった。

確かにルカは世間知らずなのだろう。帝都の守備を任され、それ以外の場所にはほとんど行ったことが無い。

見るものは帝都の中にあるものだけ。

ただ、それだけの世界しか知らず世界を変えたいなどと―――

そして不意に気付いてしまった。

だから兄は―――アレンはルカを選ばなかったのだ。

「ソル様、それはさすがに極論ではないでしょうか」

アーシャが間に入る。

「民の大半は道に悖ることなく暮らし、平穏な生活を望んでおります。このように確固とした体制が無く、動乱が続く世界でならば利権を望めると画策するような下劣な者は半端な権力や力を得た者ばかり。多くの民はそれに振り回されているだけです。それに―――」

アーシャはルカを見て微笑む。

「ここにいるではありませんか。人の持つ可能性そのものを体現している人物が」

ソルは頭を掻くと「これは一本取られたな」と豪快に笑い始めた。

「悲観することもないか。ルカがいる。それは確かな希望なのだから」

「私は・・・そんな・・・」

ルカは俯く。

「私は・・・世界の現実など何も知らない、ただ浅薄なだけの人間です。希望だなんて―――」

「クラム様はそんなあなただから希望になり得るんだって仰ってたわ。ただがむしゃらで、ただ真っ直ぐな青臭い感情。それを失った者はもう希望にはなり得ないと」

「クラム殿が・・・?」

「だからこそ君のような人が彼の傍に居なければならないとも仰ってたの。青臭い感情はともすれば暴走を引き起こしかねない。正義というものは往々にしてそういうものだから。だから君のような世界を、人の有様を良く知る者が傍に居なければならないんだと」

そっとルカの頬に手を当てるアーシャ。

「あなたは今のままでいいの。あなたに足りないものは私たちが持ってる。だから共にいるのだということは忘れないで」

少し冷たい、柔らかな手から伝わるどこか懐かしい感覚。

「ありがとう・・・」

それしか答えられない。

ただ、その感覚が胸の奥深くまで染み込んでいくことだけを感じていた。


「お初にお目にかかります。私が魔道研究所に在籍しておりましたソワニと申します」

訪問したルカたちを出迎えたのは痩身長躯の神経質そうな男だった。

「よもやアガレス卿にお会い出来ようとは思っておりませんでしたが」

膝を折り礼を取るソワニにソルは手を差し伸べ引き起こした。

「礼を取る必要などない。今の私は位も何もないただの人なのだから」

「公主様よりの信の篤いお方が「何もない」などということはあり得ません。ところでそちらの方々は?」

ソルはルカを前に出すと紹介を始めた。

「彼はドラゴニア帝国法術師団主査のルカ=ダライアス。彼女は同じく法術師団赤の団の魔術師、アーシャ=ダライアスだ」

「ドラゴニアのダライアス!!?」

声を裏返したソワニは慌てて膝をつく。

「精霊魔術においては右に出る者のない世界一の精霊魔術師の一族。お会いできて光栄です」

あまりの勢いにルカは一歩を下がったが、アーシャはにっこりとほほ笑むと膝を折りソワニの手を取った。

「光栄だなんて、こちらこそ光栄の至りでございますわ。膝が汚れてしまいます。どうかお立ちになってくださいませ」

めったに見せない貴族らしいふるまいにルカも驚いたが、ソワニは顔を真っ赤にして今にも卒倒しそうだ。

アーシャはそのままソワニの手を引き立ち上がらせると一歩を下がった。

「そ、それで、本日はどのような資料をお求めなのでしょうか?」

「魔封じの晶石というものを知らないか?」

ソルの問いにソワニはしばらく考え込む。

「魔封じ・・・魔力の使用を制限する術式でしょうか?」

「おそらくな」

「実験的に開発された術式ならばございます。結局、魔術使用の妨げになる可能性があるということで、実用化はされませんでしたが」

「それを拝見したい」

「ではこちらへ」

ソワニの案内で通されたのは巨大な書庫。左右に連なる多くの書架には無数の魔導書が整然と並んでいた。

「すごいな・・・」

ドラゴニアにもこういった魔導書を集めた魔導図書館が帝都にあるが、それに匹敵する規模の書庫が学生が学ぶ学舎にあるのだ。

「これらの魔導書は学生ならば読むことが出来るのですか?」

「えぇ。魔導技術の発展には知識が欠かせません。ですので出来得る限り多くの知識を得ることを学生には推奨しています」

「とはいえ、実用化しているモノはごく一部だ。大半は実験段階で実戦には使えないと判断されお蔵入りになったものだ」

ソルの補足にソワニは苦笑する。

「実用化しなければ軍からの研究費用が出なかったのです。我々研究者はいかに開発した術式が有用に見えるか、なんてことに時間を費やすものが多かったですよ。とはいえ、お蔵入りになったものから新たに使える術式を開発することも多い。どんな知識も無駄にはならないんです」

「その知識の集積がここなのですね」

そう思うとどこか神秘的な気がした。あらゆる知識を集積していく―――まるで竜人の長のように。

白銀の鱗の輝きがルカの脳裏によみがえる。その神秘的な輝きはこの世界の深奥へと繋がっている。そんな気がしていたのだ。

「この辺りが結界術関係の魔導書です。おそらく魔力制限の術式もここに分類されているはずなのですが」

ソワニはざっと棚を見渡すと、「あぁ、これだ」と一冊の魔導書を手に取った。

その書を開き、パラパラとめくったソワニは少し考え込む風を見せる。

「これは・・・紋章石の生成法ですね。礎石を用いる系統の結界のようです」

「見せていただいてよろしいですか?」

「どうぞ」

手渡された書をめくっていくと、そこに書かれていたのは確かに紋章石の生成法だった。それも二種類。

核となる大型の紋章石を中心として、小型の紋章石を周囲に配置していくとその範囲が魔力を使用出来ないようにする結界として作用する。

「これは・・・一度発動すると継続的に魔力を吸われるのか?停止法が書いていないが・・・」

通常は魔術にしても紋章石にしても、魔力の供給を断てば術そのものが消滅、もしくは停止する。

だが、この術式は『魔力を使うことが出来なくなる』という特性から魔力の供給を止める、という行為そのものが出来なくなっていた。

「そんな魔術使ったら、下手したら死ぬわよ?」

「だからお蔵入りになったんだろう。効果の作用可能範囲は起動時に供給される魔力の強さによって決まるようだが・・・アガルタがこれを利用しているとなるとかなり厄介ですね。アガルタの魔力は我々とは比べ物にならないほど強いわけですし、どんな規模の結界を張ることができるのか・・・」

「対抗魔術はどうだ?」

ソルの提案にルカは首を振った。術式に干渉する術式をぶつけることで、魔術の発動を失敗させる魔術を対抗魔術という。

「この術式では難しいですね。完全に捨て身の術ですが、単純な分、穴がない。そもそも魔力での干渉が出来ませんから」

「ふむ・・・となると、アガルタ相手に肉弾戦は避けられんな。バレルとヒクサル、ジンとロキで組ませれば大物でも仕留めることは可能だろうが、四天王クラスになると歯が立つまい」

ルカとソルが考え込んでいると、アーシャが手を叩いた。

「そこのお二方。今ここで考えていても仕方がないですよ。どういったものなのかははっきりしたわけですから、実際に月の王の城まで向かってから攻略法は考えましょう」

「そうだな。向こうの情報を集めてから考えないと意味がない」

がはは、と笑ったソルはルカの肩を叩く。

「なにか他に興味のある魔導技術はあるか?」

「えっ!?見せていただけるんですか?本来なら軍事機密でしょう?」

「先ほども言ったが大半が実験的に開発されたものばかりで、実用には耐えん。そもそも魔導技術のレベルで言えばドラゴニアの人造精霊に匹敵するものは世界中探しても存在しておらんのだから、その扱いにおいて右に出る者のないおぬしにとってはさして重要なものでもないはずだ。ソワニ殿が申していた通り、そんな開発途上の技術であっても、新たな技術を生み出すきっかけになることはある。おぬしなら何か新しい可能性を見つけ出せるやもしれん」

ソルの斜め後ろに立つソワニはその言葉に深く頷いている。

「でしたら、『ゴーレム』についての書を拝見したいのですが」

魔術先進国、シナルアが開発した魔導人形『ゴーレム』。

対ルーニエとの戦闘において、凄まじい威力を示したという地属性のいわば人造精霊だ。

ダライアス家の先祖、マリル=ダライアスがほぼ同時期に開発した人造精霊ほどの機動性や多様性はないが、その巨躯による物理攻撃の威力は凄まじいものだったと聞いていた。

ただ、起動と操作には複数の魔術師を必要とする上に、致命的な弱点があった。

雷撃に対して異常に脆かったのだ。

雷撃を喰らうとその構成を維持できず自壊する。

かつてシナルアの侵攻に対してルーニエに請われ助勢したマリル=ダライアスは、水属性の人造精霊『ブリングズ』を用いてシナルアのゴーレム軍団を単身で壊滅させた。『ブリングズ』は一角を持つ馬の姿をした精霊で、『ライトニング』という雷撃を放つ技を使う。

魔術を得意としないルーニエに対しては無双状態であったゴーレム軍団を壊滅させられたシナルアは、この直後にルーニエと停戦協定を結んでいる。

「『ゴーレム』ですか?人造精霊に比べると数世代遅れているような技術で開発も止まっていますが」

「『ゴーレム』にはダライアスの人造精霊にはない機能が備わっていると聞いています。それをなんとか応用出来ないかと、アカデミーの頃考えたことがあって」

不思議そうなソワニにルカは答えた。

「人造精霊にない機能・・・ですか?」

「再生能力ですよ。ゴーレムは欠損しても自動的に修復すると聞いています。これは人造精霊にはない機能ですから」

ダライアスの人造精霊は使い切り。構成を維持できないほどにダメージを受ければ消滅するだけで、術師はまた新たな札を使い人造精霊を呼び出す。

めまぐるしく戦況が変化する戦場では、そのほうが戦略的に有用だと判断しているからだが、一番大きな問題は魔力の消費量が多いという点にある。つまり魔力の消費を抑え継戦能力を維持するには都度都度呼び出したほうが消費量が少なく済む。

だが、札という道具が必要である以上は常に補給の事は意識してなければならないので、単独任務の場合は使いどころがシビアだった。

「私たちはこれからアガルタに向かいます。そうなると札を補給する術がありません。そこで人造精霊を顕現したまま維持する方法が無いものだろうかと考えているんです」

「アガルタに・・・?」

ルカがソルを見るとソルは頷いた。

「実は・・・」

アガルタの異変、そしてそれに伴う世界の滅亡についてをソワニに伝える。

「そんな・・・まさか・・・」

「私はそれを阻止したい。そのための手法も見つけました。しかしまだまだ困難は多いでしょう。必ず上手くいくとは限らない―――だからといって諦めるわけにはいきません。滅びの運命に目一杯抗う―――そう決めましたから」

「・・・わかりました。私も出来得る限りご協力させていただきます」

「ありがとうございます」

「いえ・・・」

表情を引き締めたソワニは書庫の壁の向こうを見るかのように視線を動かした。

「あの子たちに未来を用意する。それが教導師である私の使命ですから」

「そう・・・ですね」

ルカの言葉に微笑んだソワニは小走りに書庫の奥に向かうと、十冊ほどの魔導書を持って戻ってきた。

「これがゴーレムの開発経緯が記載されているものです。術式の構造について把握するにはこれが最も簡単だと思います」

「ありがとうございます」

「これはお持ちいただいて構いませんので。写本ですから」

「良いんですか?」

「お急ぎなのでしょう?私のほうでもアガルタで有用そうなアイテムを探しておきますので、アガルタに向かう前に一度立ち寄って頂けると」

「わかりました。お約束します」

ソワニは魔導書をルカに手渡すと、そのままその手を包みこむように握る。

「どうか、我らの道行きに光を―――」

頷いて返したルカに、ソワニは深く頭を下げた。



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