希望
「じゃあ、まずは地の王を探す必要があるわけね」
クラムの屋敷で作戦会議を始めたルカたち。
「兄さんもアガルタに連れて行かなきゃならない。ヒクサル、兄さんを連れてきてくれないか?竜人の里で落ち合おう」
「分かりました。地の王はすぐに見付かりますかね?」
「探し出すこと自体は難しくないと思う。水晶盤があるし」
ルカが差し出した水晶盤の中央には赤と白の光が映っている。
「まさかそんな物があるとはな。さすがはドラゴニア随一の精霊術の名家だ」
クラムが感心したように言うと
「母以外誰も知りませんでしたけどね。そもそもなんのためにこれが創られたのか・・・」
とアーシャが返す。
「それはそうだな。こういう事態を想定していたというわけでもあるまいし」
「これまで四元の王に接触してきた者はいないのですか?」
「俺は知らんな。そもそも半分眠った状態で数千年過ごしていたのだ。祀るという状態を「接触を図る」と言えるのかも知れんが。それに竜人が言っていたのだろう?君がただ一人の存在だと」
確かにソルはそう言っていた。竜人の長が知る範囲では長いシャングリラの歴史の中で王に接触した者は居なかったのだろう。
「シナルアに向かうなら海路が一番速いだろう。西に行ったところにガシュウという港町がある。馬なら二日の行程だ」
「海路でシナルアに向かう便があるのですか?」
「元々船便は無いよ。あの海域はな、サシャ山脈がそのまま海に沈んでいくという特殊な地形から海流が複雑な上に暗礁も多い難所中の難所でな。昔から海難事故の多発地帯なんだ。だが、そんな難所をも超えていく連中が居る。海賊だ」
「海賊ですか・・・」
「君らの実力ならば海賊を屈服させるくらい容易だろう?彼らはシナルアの現状も良く知っているはずだ。案内人としても最善だと思うが」
「そう・・・ですね」
クラムはあのソウガという従者を呼びつけると
「旅に入用なものはこちらで用意する。君が起こしてくれる奇跡に期待しているんでな」
「ありがとうございます」
「何が要るかはこいつに言いつけてくれ。すぐに用意させる」
「はい」
男三人で必要な物資をリストアップしていると、退室したクラムを追っていったアーシャが戻ってきた。
「何してたんだ?」
「ん。ちょっとね」
「なんだ~、告白でもしてたのか?」
ニタニタ笑うバレルの眉間に鋭い突きが入る。
「痛ってーーーーーーーっっ!!!!」
「ぶっ殺すわよ」
そんなやり取りをしているとソウガがフッと笑った。
「すみません。うるさくて」
「いえ。なんか良いなって思っただけなので」
どこか淋しさを感じるその眼差し。
気にはなったが聞き出すのも無粋なので話題を変えた。
「そういえば随分鍛えてらっしゃるようですが、軍属ですか?」
特級魔導士の補佐だ。軍属の者が就いていてもおかしくはない。
「いえ。俺は剣奴出身です」
「え――――」
剣奴。剣闘奴隷。
「縁あってクラム様に買われ、奴隷の身分からは外れましたが」
「そういえばルーニエは奴隷商以外の者が奴隷を所有するのは禁じられていたな」
ヒクサルがつぶやく。
「はい。クラム様に買われて絶望しかなかった日々から救われたという恩義もありますが、それ以前に俺はあの方の力になりたいと思ってここに居るのですけど。クラム様は「好きに生きて構わない」と仰ってくれたんですが」
厳つさの中に柔らかな雰囲気が混じる。ソウガがどれほどクラムのことを敬愛しているのかが窺えた。
「生まれはどちらで?」
「ハルムという虚無の砂漠の縁にあった小国です。16年前に滅ぼされてしまいましたが」
「ハルム、ですか」
「吸収されて今のシグネマ県の東半分になります。俺は当時4歳だったので、ほとんど国の記憶は無いんですが」
「16年前で4歳?」
アーシャが変な声を出す。
「ってことはあなた今二十歳?」
「そう・・・ですが。何か?」
「ちょっとバレル!あんたと同い年だって!!貫禄が違いすぎない?」
「なっ・・・失礼だろ!!」
「あんたっていつまで経ってもガキっぽいからねぇ~。ガタイの良さは変わんないのに」
確かに二人の体格はほぼ同じ、しっかり鍛え上げている点も同じなのだが纏っている雰囲気は正反対だ。
「イリアという街はご存知ですか?」
「ウラムスとシグネマの県境の街でしょう?行ったことはありませんが交易で栄えているとか。大きな闘技大会も定期的に行われているそうでルーニエやドラゴニアの腕自慢が集まっているそうですよ」
「イリアなら行ったことあるわよ?」
とアーシャが言う。
「すっごく透き通った湖があるの。風がない晴れた日なんてまるで巨大な鏡があるんじゃないかってくらい幻想的よ」
「へぇ~」
「でもイリアがどうかしたの?」
「僕の生まれ故郷らしいんだ」
「え――――」
ヒクサルが声を上げる。
アーシャもバレルもルカの生い立ちについては知っている。
だがダライアス家の者以外はルカたちのアカデミー以前のことは知らされていない。
「ダライアス卿・・・それはどういう・・・」
「僕はドラゴニアの生まれじゃない。僕と兄は両親に売り飛ばされたんだ。どういう経緯で修道院に引き取られることになったのか僕は知らない。ただ一度奴隷商の手に渡ってるのは確かだ」
ルカは襟を緩めると首筋に記された刺青を見せる。
「ここに記されている情報が正しいなら僕の出身地はイリアらしい」
「そんな・・・ダライアス卿がルーニエの人間だと・・・?」
「そうとも言えんさ」
見ると部屋の入口にクラムが立っていた。
「人身売買を問題なく行えるのはルーニエだけ。だから取引のために周辺国からルーニエに持ち込まれた奴隷はそれなりに居るはずだ。周辺から持ち込まれた奴隷は出身地を誤魔化している可能性が高い。特にウラムス近辺の出身地だと偽造だろうな」
「そうなんですか?」
「ウラムスは奴隷取引が禁止されている。奴隷制度に反対しているフーラーのお膝元だからな。だからウラムス出身としたほうが希少価値が上がって都合が良い」
「じゃあ・・・」
「君の身体的な特徴からするとドラゴニアの出身と考えるのが自然だろう。薄い髪色は北方の民族の特徴だよ。それに灰色の髪は特に珍しいからな」
「そう言われるとそうね。金髪や銀髪は多いけれど、灰色はルカとアレン以外で見たことないわ」
「身体的特徴ってんなら西のクフィル近辺に住んでる民族がダライアス卿に一番近いかな。場所柄閉鎖的な民族だから、あまり他所では見かけないし」
ヒクサルがそう続けた。
「へぇ~物知りね」
「伯父があのあたりの領主なのでよく遊びに行ってたんです。小さな湖がたくさんあって不思議な感じがするところですよ」
ドラゴニア帝都から真っ直ぐ西に進んだ一帯は鬱蒼とした針葉樹林が覆っている。
良質な木材の産地として有名だが、系統的にドラゴニアとは違う民族が住んでいることでも有名で一風変わった風習を持っているという。
「彼らは自分たちを『風の呼び手』と名乗ってるんです。民族としてはかなり規模が大きいんですが、多くの氏族に分かれているので一個の組織としては小さいですね」
「『風の呼び手』とはこれまた・・・どうやら君とフィエルテは出会うべくして出会ったようだな」
とルカを見てクラムが笑う。
「一説だとフーラーは彼らの一氏族じゃないかと言われていますね。住んでいる地域も隣接していますし、なにも不思議なことはありませんが」
「随分と博識だな、君は」
「アカデミーでも文武両道で通って居ましたからね、愚弟と違って」
アーシャが舌を出して茶化していた。
「誰が愚弟だよ!」
「あんたに決まってんでしょ!」
またぞろ始めた盛大な兄弟げんかに苦笑しながらルカたちは旅の計画を詰めていった。
「どうされたんですか?」
ルカが夜空を見上げていると背後から声がかかった。
「ソウガ殿・・・いえ、綺麗な空だなと」
「何処でも同じでしょう」
「帝都から見る空はもっと冷たい印象なんです。ここの空はどこか温かく見えます」
「私はここから見る空しか記憶にないので」
「剣奴・・・だったんですよね?」
ルカは恐るおそる訊いてみるとソウガは表情を変えることもなく答えてくれた。
「はい。生き残るために何でもしてきました。多くの男を切り捨て、多くの血を浴びて―――空なんて見上げている余裕はありませんでしたから」
「そうですか・・・」
心に僅かに疼く罪悪感。ルカは物心ついた頃には修道院に居たので生活は保障されていたし、アレンも居た。
同じように奴隷商の手に渡っていながら片や安全な場所で健康に暮らし、片や生きるか死ぬかの境を彷徨い続けてきた。
その差はいったいなんだったのだろう。
「ダライアス卿には実のお兄さんがいるそうですね」
「は、はい」
「私にも兄が居るんです。といっても国が滅びた時点で生き別れになったので兄という印象はまったくないんですけど」
「お兄さんが?」
「兄もクラム様の従者をしてるんです。今は県城に使いに行ってますけど」
ソウガは少し淋しそうな光を瞳に宿している。
「普通の兄弟ってどんなものなのかな、って思う時があります。アーシャさんとバレルさんのような遠慮も何もないのが兄弟なんだなって思うと、自分たちの関係ってなんなんだろうと思ってしまうんです」
「それ・・・分かります。私も兄との関係が上手く築けなくて・・・ずっと空回りしてきましたから」
「あなたがですか?」
「兄はとても優秀で・・・剣も魔法も、何でもできる人で。私はそんな兄の力になりたくて必死でした。でも―――兄の目に私は最初から映っていなかったんです」
「ダライアス卿・・・」
「結局私は兄の気持ちなど全く考えることなく一人で踊っていただけで・・・それでも何とかしたかったんです」
「だから救世の旅に?」
ソウガの問いにルカは頷くことができなかった。
アレンのこともあるがそれ以上にルカが求めていたのは――――
「私はただ私のわがままを押し通したいだけなんです。今まで出会ってきた、そしてこれから出会っていく大切な人たちが幸せでいられるように、世界の滅びを回避したいだけで。身勝手なんですよ、私は」
自嘲する風のルカをソウガは真剣な目で見つめ返す。
「勝手じゃない者なんて居ないでしょう?どんなに人道的に素晴らしいといわれるような事柄であっても、それを自分が望んで成したのなら、それは自分自身のためです。ですがやっていることは素晴らしいのだからそれを恥じる必要なんてありませんよ」
「随分達観してらっしゃるんですね」
ソウガはフッと小さく笑むと
「そうするしかありませんでしたから」
とつぶやいた。
とてもバレルと同い年とは思えない言葉につい漏らしてしまったのだが、わずか4歳で奴隷に落とされた子供が生き抜くためには相当な修羅場を潜ってきたはずだ。
「すみません・・・」
なんと無神経な言葉を放ってしまったのだろうと恥じて謝罪するとソウガは軽く首を振っただけだった。
「では、十分に気をつけろよ」
出立の朝、見送りに来てくれたクラムは
「正直なところこれ以上君を危ない目に遭わせることにはまだ抵抗がある。たとえ全てが上手く回ってくれたとしても実際にどうなるかは分からないのだから」
「ですが私にもあなたにも、大切な人たちがいます。彼らの未来を望むのならやるしかないでしょう?」
ソウガやワッセがクラムに向ける絶対的な信頼―――クラムがどれほど普段から彼らのことを想っているのかが良く分かる。
クラムはルカを抱き寄せると
「君の道行きに火の精霊の加護を」
と耳元でつぶやいた。ふっと身体が温かくなる。
「これで君は私と魂が結びついた。何かあれば呼んでくれ」
身体を離したクラムは
「では、奇跡を起こしてくれることを願っているよ」
とルカの肩をたたく。
「起こして見せます」
その目を見つめ返し、答えたルカ。
「行くぞ~」
バレルののんびりした声に騎乗する。
「ヒクサル、頼むぞ」
「はい」
ヒクサルは北へと馬を走らせる。
このままドラゴニアに向かいアレンを連れてきてもらう手筈だ。
「それでは、失礼します」
ルカ、アーシャ、バレルの3人は西へと向かう。
目的地は港町、ガシュウだ。




