救世―――その意味を
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我々がかつていた世界の名はアトランティア。一度世界を滅亡寸前まで追い込んだ大戦乱の反省から、知性を力とする機構を中核として用意された閉じられた世界。
生きるために必要なものを一か所で集中的に統括し、その管理をするのは争いを好まぬ知性を有する者。
そうすることで争いの発生そのものを防ごうとしたのだ。
だが、人はやはり人でしかなかった。
権力の集中に不満を持つ者は常にいた。
だが、生きるに必要なものを扱うことが出来るのがそれだけの知性を有する者である以上、不満はあっても行動は起こせぬ。
そうして数万年が過ぎた。が――――
こともあろうに世界の安定のための機構を複製する者が現れたのだ。
決して複製は出来ないとされていたはずの機構をな。
当時、機構の管理者を務めていた私は争いを避けるために、権力の分散を図った。
権力の集中に問題があるならば、複製された機構を中心とした地域には別に権限を持たせることにしてしまえば不満を抑えることもできるだろう。そう単純に考え関係各所と準備を進めていた。
だが―――
複製されたものは酷い粗悪品だった。
起動と同時にそのほぼ全てが暴走し、アトランティアのほぼ半分が壊滅するという大惨事になった。
理由は単純。好戦的な者が機構を起動すると、その心理がそのまま反映されてしまうようになっていたのだ。
本物の機構には知性でのみ反応するように安全装置がついていた。ゆえに求められるだけの知性を持つ者にのみ起動できたわけだが。
アトランティアの歴史上、ありえなかった大混乱―――
それが人心を暴走させた。
タガが外れた人々は機構に押し寄せ、本物の機構を破壊してしまった。
それが自身の死に直結するのだということすら忘れ―――
我々は肉体の抵抗性を極端に弱く調整された種族でね、アトランティアの周囲を外部からの汚染を防ぐ壁が囲っていたのだが、そのエネルギーの源は機構だった。
機構の破壊と同時に壁が消失し、汚染された空気に浸食された我らはもう死を待つしかなかった。
そこでようやく自分たちが何をしたのかを理解した人々はさらに混乱し、暴走した。
互いに殺し合いを始めたのだ。
狂気―――
そうとしか理解できない空気に支配され、目の前に広がる凄惨極まりない光景に私たちは一つの決断をした。
新たな世界の創造だ。
機構の複製の一件と同じころに機構の基部から発掘された『キネティックコア』と呼ばれる物体。
それがありとあらゆる『定義』を行える法具であることは調査が済んでいた。
ありとあらゆる『定義』を行えるということは、世界そのものを創造することも可能だということも。その手法も。
私と『フィエルテ』、そして私と同じように管理者を務めていた『バアル』と『フォルテ』。
特に魔力の強いこの四人で世界を創造し、生き残っているアトランティアの人々の因子を新たな世界に残す。
これだけが滅びゆくアトランティアを救える方法なのだと信じて。
閉じられた世界が有限であるならば、もっと広い世界を用意してしまえばいい。
それがシャングリラでありアガルタだ。が――――
結局人々は争うことをやめなかった。
そこまで言ってクラムは視線を挙げた。
「まあ、それはいい。問題は『キネティックコア』だ」
「世界を創造できる法具―――」
そんなものが存在するなど到底信じられない。
「この世界は『コア』の機能によって維持されている。我らが設定した世界のありようを維持するために様々な方法で以上に対して補正をかけている。対アガルタ結界、抗魔結界もその機能の一部だ。そして勇者という存在も」
「それは聞きました。過剰に溜まった魔力を排出するためだと」
「そうだ。『コア』は魔力をアガルタに返すために、それだけの魔力を送り込める器を探し、魔力を与え、アガルタに向かうように指示をした。アガルタで命を落とせば、その魔力はアガルタに返る。そのために」
クラムは指を立てるとルカを見つめる。
「なぜこのような極めて原始的な手法を用いるのか。それはこれ以外に方法がないからだ。シャングリラとアガルタは同じ太陽と月の影響を受けてはいるが、そのアムリタも魔力もそれぞれの世界でしか巡らないようにできている。それはどちらかの世界に生命が偏らないようにするためだった。召喚術でその均衡が破れた結果が世界の崩壊なのだがね」
戦争の道具として編み出された召喚術―――
それが世界を崩壊へと導びいていることに誰も気づいていなかった。
「『コア』はすでに我々が定めた定義に基づいて動いている。が、我々にはすでに『コア』に働きかける術はないんだ」
「なぜです?あなた方はとんでもない力をお持ちではないですか」
ルカの問いにクラムは首を振った。
「我らは創世と同時にその存在をこの世界そのものへと変換されている。魂だけは別に残っているが、すでにこの世界の原材料として消費された存在だ。太陽、月、大地、水、風、火、そして命、この世界を創りだすための情報として分解され、それを元にコアがこの世界を創り出した。これが創世という行為だ。そしてここからが問題だ。すでに創世されコアが維持している世界、つまり我々はすでにコアが管理する機構の一部であってこちらからコアに干渉することはできない。我らが強い力を持っているのは、それぞれの属性、私なら火、フィエルテなら風の精霊に対して絶対的な支配権限を有しているからで、自身以外の属性の精霊を操ることは出来ん。王である私たちにはそもそも魔力がないんだ」
「しかし、今のあなたからはとても強い魔力を・・・」
「それはこの肉体、本来のクラムが有している魔力だ。私、『マルク』のものではないよ」
火の王が慈しみ、その死を嘆いた少年―――命を落としていなければ、今頃どのように名を馳せていただろうか。
「我らでは『コア』に干渉することは出来ない。よって我ら四柱を集めても何も出来ないということになる。現状、世界の崩壊を止める手立てとしては勇者となった者を全員アガルタに連れて行き殺害するしかない。あちらに向かった勇者たちがどうなったのかは知らないが、状況が改善されていないということはまだ彼らは健在なのだろう。君が世界を救いたいのならば彼らを殺せ。フィエルテを憑けた君ならばできるはずだ」
「そっ!そんなこと出来ない!!何か、何か他に出来ませんか!!?」
ルカの懇願にクラムはしばらく黙っていたが、ルカをじっと見つめると口を開いた。
「君ほどの魔力があれば、『コア』の機能に干渉することは出来るだろう。『コア』は今、我々の情報を元に補正している。つまり我ら四人の総意を実行しているわけだ。すでに設定された内容を変更することは出来んが、割り込んで補正機能を修正することは可能なはずだ。が、これには大きな問題がある」
「問題・・・ですか?」
「『コア』への干渉は外部からでは出来ない。『コア』に一度同化する必要がある。つまり我々のように世界の一部として存在することになるという問題だ」
「つまり・・・私は死ぬ、と?」
頷いたクラムは「もうひとつ」と続ける。
「世界の基本的な構造は変えられん。それをするならば改めて創世を行う必要があるんだ。もし、この世界を継続したまま解決したいのであれば、勇者を使うという方法以外の手段を君は見つけねばならん。その手段を見つけられるか、という根本的な問題だ」
世界そのものが『最善手』として選んだ方法以外の方法―――それをルカが見つけない限り、世界を救うことは出来ないということだ。
ルカは唇をかんでうつむいた。
簡単なことでないのは分かっていた。だが“なんとかなる”で解決するようなことではなかったのだ。
「もし、君が解決法を探ることが出来たならその時は協力は惜しまない。だが我らの助力を得たからといって解決しないことだけは理解してくれ」
クラムはルカの肩を叩くと通り過ぎ、フィエルテの前に立つとその頬に触れる。
「フィエルテ、僕に幻滅したかい?」
クラムの言葉にフィエルテはそっと首を振ると、光の粒子となってルカの身体に消えていった。
日が暮れるまで突っ立っていたルカは吹き抜ける夜風に震えながらハンガへと戻った。
いったいどうすればコアの機能でこの世界を救えるのか―――
どれだけ考えても答えは見つからない。
勇者を殺せ――――
世界を救うためなら些細な犠牲だ。
それは分かっているが実の兄を手にかけるなどできるはずがない。
「はぁ・・・」
自然とため息ばかりが漏れていく。
こんなことバレル達には話せない。
「どうしたんだ、ため息なんてついて」
風呂上りのワッセが頭を拭きながらルカの傍らに立った。
「ちょっとありまして・・・」
「クラム様と何かあったのか?」
「まあ、ちょっと・・・」
「クラム様ならキチンと向きあって話をすればわかってくれるさ。ダメならそんときゃルカの話に問題があるんだ」
ワッセのクラムに対する信頼は確かなものだ。
クラムも彼らを救いたいと願っているのは間違いない。
「でも・・・世界を救いたいって間違ってますか」
「世界を救う?」
「この世界は滅びへと向かっています。アガルタが原因ではなく人が原因で」
「滅び?人?」
「シャングリラでアガルタ召喚を頻繁に行ってきたのが原因で、シャングリラの魔力が過剰になりアガルタの魔力が減少しているそうです。それによってアガルタの月の王が新たな王を産めず、アガルタは種族存続の危機にあります。アガルタの侵攻もそれが原因なのだと。このまま月の王が死ねば、アガルタの魔力循環がバランスを崩し、アガルタそのものが滅びます。それは対の世界であるシャングリラの滅びも意味する―――私はそれを何とかしたくてクラム殿を訪ねてきたんです」
「マジか・・・それはクラム様ならどうにかできるということか?」
「クラム殿はこの世界の真実を知るお方なのではないかと、ある人物から聞いたのでこちらを訪ねました。実際にクラム殿はこの世界の真実をご存知でした。しかし―――そのクラム殿でも滅びを回避する手段は一つだけだと」
「一つ?あるんじゃないか」
「勇者を殺せ、と」
「え――――」
「アガルタに向かい、そこで勇者を殺せ。それが世界の滅びを回避しうるたった一つの手段だと。私が兄と、そして残る二人の勇者を殺すしか、世界は救えないと」
「なぜ・・・勇者を?」
「勇者はシャングリラに過剰に溜まってしまった魔力を、アガルタに持っていかせるためにこの世界が作り出した存在です。莫大な魔力を封じ、“アガルタへ向かえ”とだけこの世界は伝えた。折しもアガルタ侵攻の真っただ中。それを兄たちはアガルタを滅ぼせという神の啓示と勘違いしたんです」
ルカの話にワッセは呆然としている。当然だろう、ルカとて当事者にならなければ信じることなどできない話だ。
「ちょっと待ってろ」
ワッセは上着を羽織ると部屋を出ていった。
決して浅慮な性格では無いが真っ直ぐな性格なので本当のことを確認したいのだろう。
一刻ほど経ってワッセは暗い顔をして戻ってきた。
「どうにかしてやりたいが勇者を殺さないのならば奇跡でも起こるのを待つしかないって・・・」
「そうですか・・・・」
創世神が奇跡を願う―――これほど絶望的な状況があるだろうか。
ワッセはかなりショックを受けたようでそのまま寝台に潜り込むと寝てしまった。
翌日、早朝にクラムが訊ねてきた。
「なにか良い方法は思いついたか?」
「いえ・・・」
「私も色々と考えてみたんだが、アーシャから話を聞いてひとつだけ思いついたことがある。アガルタに居るはずの勇者を探し出し、地の王『バアル』を連れて水の王『フォルテ』に会いに行け」
「地の王を水の王に?」
「『バアル』は物質を司り、『フォルテ』は物質の流動を司る。この二人とフィエルテが居れば人の体内から魔力を引き摺りだすことも可能なはずだ。問題は―――」
クラムは顎に手を当てる。
「君のお兄さんのことはアーシャから聞いた。他の勇者がこちらに戻ってきたという話は無いからおそらくまだアガルタに居るのだろうが、彼らが出立して3年が経っている。3年もの間アガルタに潜伏し続けるのは不可能だろう。殺害された可能性もあるが、アガルタの侵攻が止んでいないということは月の王の異変が収まっていないということになる。つまり彼らはまだ生きている。君のお兄さんと同じ状態でね」
「つまりアガルタ化してるということですか?」
「そうなるな。なぜ彼らがこちらに送り込まれていないのかが不可解だ。可能性としてはいくつか考えたが」
「どういった可能性を?」
「君のお兄さんは魔術のほうもかなりの腕前で転移術を使えたそうじゃないか。だからこちらに直接送り込むことが出来たが他の勇者はそうではなかったという可能性だな。自分自身を転移させる転移術はかなりの高等魔術だからな」
転移術は物質を一時的に光子に変換し瞬間移動する術だ。確かにアガルタ召喚における転移は自身のアストラル体を投影するだけだし、アガルタを召喚する際には自身の元へと引き寄せるだけなので転移に関する複雑な計算は必要ない。
だが自身を転移させる場合、転移先の情報を事前に得てなおかつ転移先に自身を復号するためには高度な魔力操作が要求されるために転移術が使える者は召喚術が使える者の中にもほとんどいない。
「お兄さんに同行していたフーラーの男がタナトスで君らを待ち構えていたそうだし、おそらくこれが最も可能性として高いだろう。違う可能性としてはアガルタがシナルアから持ち帰った魔導技術を実験するための被験体にしている可能性だな。強靭な肉体に精神力、莫大な魔力を有しているのだから被験体としては最適だろう?」
「どちらにしてもアガルタの捕虜となっているというわけですね」
「そうだ。もし、彼らを君らへの尖兵として利用された場合、かなりの苦戦が予想される。君にはフィエルテがいるが、我ら王が従えることが出来るのは自身の属性の精霊だけ。フィエルテはエネルギーの流動を司るから息の根を止めるのは容易だが、殺すことなく従えるのは容易なことでは無いぞ?」
「バレルやアーシャもいますから。何とかなります」
ルカは微笑む。
その笑みにクラムはほんの少し眉を上げると屈託無く笑った。
「君が、奇跡を起こしてくれることを、願っているよ」
「はい」




