侵攻、或いは勇者の帰還
※
街全体を揺らす轟音―――街を取り囲むように青い光が明滅している。
そして―――
「アガルタです!!」
「なんだと!どこから現れた!!」
「不明です!突然―――!!!」
突然のアガルタ侵攻に城内は混乱の極地にあった。
城の南端に位置する塔の上。
「主査!」
皮鎧を着た兵に呼びかけられて振り向いた青年―――20代前半であろう、灰色の短髪の青年は天を仰ぎながら答える。
「老師を招集してください。じきに結界が破られます。再構築してもらわないといけない」
「直ちに!」
「うちの師団長は今どちらに?」
「後宮についておられます!」
「でしたら北竜門に来ていただけるよう伝えてください。結界の反応から見るに大物が一体でしょう。誘導して抑え込みます」
「分かりました」
駆けて行く兵の背中を見送り、青年、ルカ=ダライアスは再び天を仰ぐ。
まさかこの抗魔結界を破れるアガルタがいようとは―――
陰陽和合、表裏一体―――それが世界の理だ。
その理に従い創造されたこの世界。
日陽の影響が強いこの世界、シャングリラ。
そして月陰の影響が強い対の世界、アガルタ。
二つの世界は支えあうものとして創造より存在してきたという。
一方の世界の崩壊は、対の世界の崩壊に直結しているからだ。
シャングリラに住まう人類種に比べ、月という魔力の源の影響を強く受けるアガルタには強力な魔力を有し、身体能力にも優れ、長寿な種族が住んでいる。これを世界の名と同じくアガルタと呼んでいた。
二つの世界は互いに不可侵―――それが不文律のはずだった。
だが、寿命が短い分世代交代が早い人類は、文明と同時に魔術を発展させ対の世界からアガルタを召喚する術を編み出した。対の世に自身のアストラル体を投影し、そこに住まうアガルタと交渉し、契約が成立した場合はアガルタをシャングリラに呼び出すことが出来るというものだ。
人をはるかに超越した魔力と身体能力を持つアガルタを使役できるという術式の存在は人類史を大きく変えた。
折りしも時はシャングリラを1000年にも渡って支配した一大王朝の末期。地方領主が既得権を拡大すべく暗躍していた。その真っ只中に編み出されたその術は、権力者の政争の手駒として利用され、王朝崩壊後に起こった戦争では戦力として重用された。
そして―――
王朝崩壊から500年が経過し、幾千という戦乱の末に世界の東西南北に4つの大国が生まれ、中央にいくつかの小国を残しながらも概ね世情は落ち着いた。
だがそんな平和な日々も長くは続かなかった。
新世界暦677年―――突如アガルタがシャングリラへの侵攻を始めたのだ。
唯一シャングリラとアガルタが繋がっている場所―――世界の中心、虚無の砂漠からあふれ出したアガルタは瞬く間に砂漠周辺に存在していた小国を飲み込み、南方のシナルア公国を制圧した。
四大国の一角の陥落に世界は震え上がった。
残った三国はすぐに同盟を結び、アガルタ召喚の副産物として生まれた、アガルタにのみ有効な防御結界『抗魔結界』をシナルア公国および虚無の砂漠沿いに展開。アガルタの侵攻に備えた。
それから10年、抗魔結界の効果が弱まる合月のたびの大規模侵攻を凌ぎつつ、反攻の機会を窺っていた人類に突然現れた希望―――
勇者の登場だ。
数百に上るアガルタ軍を一瞬で消し飛ばすほど強大な魔力を持つ勇者の登場は、防戦一方だった戦況をひっくり返した。
東西北、それぞれの大国ごとに現れた勇者はそれぞれにアガルタへ侵攻し、アガルタの支配者『月の王』を目指している。
ルカが北竜門に着くとすでに師団長のカトル=シフォンが着いていた。
「ご足労頂き申し訳ございません」
「国の一大事だからな。で、どういう策があるんだ?」
「侵入してきたアガルタをここに誘き寄せて、団長の光束結界で抑え込んでいただこうかと」
「俺の結界で抑えられれば良いがな」
「大丈夫ですよ。今なら」
今は無月。シャングリラとアガルタを巡る3つの月が一つもシャングリラ上に無い。月の影響を強く受けるアガルタの力がもっとも弱くなるタイミングだ。反対に3つの月すべてがシャングリラ上にある合月はアガルタの力が強まる。
「どうやって誘き寄せる?」
「門衛からの報告が遅かったのでおそらく飛行型でしょう。ですのでこれを使おうかと」
ルカが懐から引き出した20枚ほどの札。
「スキッパーか。それでどうやって誘き寄せる?」
「ウィンディアをエンチャントして、飛空させつつ逃げ回り、合間に攻撃させます。食いついてくるでしょう」
「さすがは帝国始まって以来の天才術師だな。人造精霊に精霊をエンチャントなんて他にできる奴はいないぞ?」
「やめてくださいよ。私は凡才ですよ。たまたま精霊との相性が良かっただけです。私なんかより、兄の方が・・・」
「術師としての格で言えばお前の方がはるかに上だと思うがな。勇者なんてイレギュラー以外の何物でもないだろう」
「ですが・・・」
「お前が次期ダライアス家当主で、なおかつ王都防衛の要であることは事実だ。胸を張れ」
「はい」
ルカはカトルの言葉に落ち込みかけた気持ちを奮い立たせると札を天へと放つ。
「術式展開!」
ルカが手を一つ叩くと札が粉々に飛び散り、狼によく似た生き物が現れた。
陸戦型人造精霊『スキッパー』。ハウリングという衝撃波を放つ能力を使う風属性の高位精霊だ。格闘戦にも強く、対アガルタ戦における前線での主力になっているが、その強力さゆえに並みの術師では1体扱うのが精一杯。現状、これを扱える術師の育成が戦略上の最優先課題とされている。
「舞い、駆け、紡ぐもの。清浄の翼よ、我が呼び声に応え来たれ!ウィンディア!!」
ルカの周囲に突如複数の旋風が渦巻く。
「清浄の翼よ!偉大なる旋風となりて廻り、廻りて、共に紡げ!」
ルカの叫びと共に落下しつつあったスキッパーは宙を駆けはじめた。まるで地を駆け抜けるように空を蹴り、まさに疾風のごとき速さで南下していく。
「相変わらずの手際だな。スキッパー20体なんてどうやったら同時に展開できるんだか」
カトルの呆れたような物言いにルカは肩を竦めた。
「タイミングさえ合わせればそんなに難しくないと思うんですが」
「そんなことを言えるのはお前だけだよ。さて、そろそろか」
「ですね」
明滅していた青い光が断続的になってきた。結界が壊れかけている証拠だ。
そして―――
青い光が消滅すると同時に、一条の光線が天を貫いた。
「来たか。ちゃんと誘き出せよ」
「大丈夫です」
スキッパーの視覚を通じて敵の姿が見える。
侵攻してきたアガルタは1体。蝙蝠の翼を持つ―――人とあまり変わらない姿の、アガルタにしては小型の種族だ。だが伝わってくる威圧感は尋常ではない。やはりかなり高位のアガルタのようだ。
強力な光線を放つアガルタに対してスキッパーに回り込むように指示しながら、城のほうへと誘導する。
「師団長!主査!」
王都防衛の任に就いている法術師団、青の団団長イル=バッカスが部下を連れて駆けつけた。
「お二人で何をされているのです!」
「丁度良かった。これから侵入してきたアガルタをここで抑え込む。お前らも手伝え」
「ここで!?城内ですぞ!!」
「ここが一番安全です。居城からは離れていますし、市街地に被害を出さないためにもここが最善ですよ」
「黙れ!平民風情が!!」
バッカス家は『青の系譜』位階12位。由緒正しき貴族の家系だ。ダライアス家次期当主とはいえ、平民出身のルカが上にいることが気に入らないことは知っていた。
「そういう言い方はいかがなものかな?」
カトルは眉根に皺を寄せる。
「ですが・・・」
イルは唇をかんでうつむいた。
シフォン家は皇帝の血筋に連なる一族で、文武様々な分野に非常に優れた人材を輩出しており、帝国の中でも特別な地位にある。
「主査は俺の補佐を務めるのが仕事だ。状況を迅速かつ的確に判断し、最適な対処を提示する。ルカはその職務に従い最善の判断を下した。出自など関係あるまい」
「はい・・・」
イルは不満そうだがさすがに反抗できる相手ではない。
カトルはイルから視線を外すと空を見上げる。
「さて、そろそろ来るか。ルカ、アガルタが上空に到達したらスキッパーで撃ち落せ。出来るな」
「はい」
やがてスキッパーが上空まで戻ってきた。それを追って現れたアガルタを囲むようにスキッパーを展開させる。
突然動きを変えたスキッパーに警戒したアガルタは魔力を集中している。全包囲攻撃の前触れだろう。抗魔結界を破れるほどの力を持ったアガルタだ。どれほどの威力なのか見当もつかない。
ルカは懐からさらに札を取り出すと天へと投げ上げる。
「術式展開!!」
5枚の札が弾けとび現れたのは、長い尾を持つ優美な姿の鳥だった。
遠距離通信用の非戦闘型人造精霊『ケツァ-ル』。
ケツァールはアガルタの上方まで舞い上がると光り始め、それを基点とするように魔法陣が描かれていく。
「ハウリング!!」
ルカの言葉にアガルタを取り囲むスキッパーから一斉にハウリングが放たれる。
アガルタは周囲に防御結界を張ったが、ハウリングはアガルタの手前で屈曲し、ケツァールが描いた魔法陣に集まるとアガルタの真上から一気に地上へと放たれた。
凄まじい轟音が響き渡りルカたちを一瞬の暴風と同時に土煙が包み込む―――そして舞い上がる土煙の中央にアガルタがうつ伏せで倒れていた。
それを確認してカトルは手に持つ錫杖を地面に打ち付ける。
シャランッという音が響き地面から光の柱が12本、天へと向かって伸びていく。
垂直に伸びる光柱は集束して行くように徐々に角度を下げ、やがて円錐を描いた。
「ふう、これでいいな」
物理的なものも霊的なものも全てを封じ込める万能結界。出ようとするものは光に焼かれ滅するしかない。
皇帝の血に連なる者の中に稀に顕われるという血継魔術で、今この世界で使うことが出来るのはカトルだけだ。
「お見事です」
「お前に言われると嫌味にしか聞こえないがな。スキッパーのみならずケツァールまで複数展開できるなんてありえないぞ?」
「防がれるのは分かっていたので裏をかこうかと」
「なぜケツァールだ?」
「ケツァールの能力は音波の操作ですから。ハウリングは音波ですし」
「そういうことか」
カトルは豪快に笑って見せる。
「やっぱ俺の副官はお前しかいないよ。頼りにしてるからな」
「ありがとう・・・ございます」
嬉しくて仕方のない言葉だが、務めて冷静で居るようにみせるルカ。
「さて、と・・・こいつはどうするかな」
結界の中で微動だにしないアガルタを見ながらカトルはつぶやく。
「すぐに始末してしまいましょう。こんなところまで侵攻してきたアガルタなど危険すぎます」
イルの言葉をカトルは手で遮る。
「しかし気になることが多い。どこかしらの抗魔結界を破って入ってきたのだとして目撃されることなくここまで来ることは不可能に近い。考えられるとしたら―――」
「召喚術、ですね」
ルカの言葉にカトルは頷く。
「禁忌とされているとはいえ、禁止されたのはアガルタ侵攻後、13年前だ。まだ召喚術が使えるものは多い。この国の者か、他国の者か―――いずれにせよ帝国への敵意があるということだけは確実だ。捨て置くわけには行くまい」
「それは・・・」
「あのアガルタは、そいつに繋がる唯一の鍵だ。いざとなればルカもいるし、仕留めるのはいつでも出来よう」
イルの顔に苦々しいものが浮かぶ。
「とりあえずこの区画は封鎖する。ルカ、騎士団に警護の依頼を出しておけ。出来れば法術騎兵隊に就いてもらえる様に団長にお願いしとけよ」
「分かりました」
「青の団は老師の護衛だ。結界を早々に立て直さねばな」
「はっ!」
抗魔結界は召喚術が使えるものにしか張ることが出来ない。禁忌とされてしまってから魔術を学び始めたルカには使うことの出来ない術だった。
走って行くイルたちを見送り、ルカも騎士団の館に向かおうとしたところでカトルに呼び止められた。
「どうしました?」
「あのアガルタの背中、見てみろ」
カトルの目線を追い見てみると、アガルタの首の後ろから肩にかけて刺青のような紋様が刻まれていた。
「あれがどうかしましたか?」
「よーく見てみろ。見覚えがあるはずだ」
見覚えがある―――記憶の中を検索していると、思い当たった。
「兄さん!?」
勇者としてアガルタに向かったはずの兄―――
その兄に刻まれていた刺青と同じだ。
ルカの兄、アレン=エクサリオは剣の才も、魔術の才も並外れて高く、いずれは帝国の未来を担う者として期待されていた。
優秀すぎる兄に、凡庸な弟―――アカデミーではいつも比較されていた。ルカは魔術適性は高めなものの、その程度であれば『系譜』が強い力を有するこの国ではまさに掃いて捨てるほどいるレベルだったからだ。
それでも尊敬する兄のサポートがしたいと、ルカは必死になって魔術を学んだ。ありとあらゆる文献を読み尽くし、寝る間を惜しんで術式を構成する日々―――
そんなルカに目を付けたのが精霊術を得意とする『青の系譜』の位階一位、ダライアス家だ。
ダライアス家当主、エリーシャ=ダライアスはルカの精霊術への高い適性を見抜き、直弟子として迎えたのだった。
エリーシャの指導の下、ルカはみるみる頭角を顕し、エリーシャ自身が負けを認めるほどの術師として成長した。
アレンとルカ、この兄弟は帝国の発展のための一翼を担う―――そう目されていた。
だが―――
アレンはアカデミーを卒業する際、腐敗の進む帝政に与する事を嫌い、野に下った。
「待ってよ!兄さん!!」
「もう決めた。お前こそ良いのか?ひたすら民を苦しめるしか能の無い屑共に媚びへつらって生きるなんて。見ろよ、今の町の有様を。民衆はパン一つ買うのですら躊躇しないといけない。それもこれもアガルタを理由に値を吊り上げてる商人連中と癒着してる官吏が原因だ!このまま軍に入ればそんな連中にこき使われるだけなんだぞ?」
「それは・・・」
確かに民の暮らしぶりは酷い有様だ。アガルタから荷を守るために護衛を付ける―――そんな理由で小麦や塩など様々な物資が次々と値上がりしている。
だが、実際にはまだ虚無の砂漠周辺からアガルタは侵攻出来ていない。
そもそもアガルタはシャングリラ上での長時間の活動は出来ない存在だ。召喚されたアガルタがこちらで活動できるのは精々一刻だと聞いていたし、この侵攻が始まってからも、もっとも力が強まる合月の時でさえアガルタは一日を待つことなく撤退していく。
それはアガルタは強い陽光を苦手とするからだ。
ゆえに抗魔結界がある限り、アガルタが王都近辺まで攻め入ることは不可能だった。
そんなアガルタから荷を守るなど―――穀倉地帯は王都北東に広がっているというのに。
それでも、そういう理由付けで値を上げることを体制側は認めている。
「卒業までまだ2年ある。お前はもっと現実を見るべきだ。どれだけこの国が腐っているのかを」
それが兄が最後に残していった言葉だった。
正直、失望しないでいることは出来なかった。圧政に苦しむ民を救いたい。その気持ちは理解できる。だがどれだけ体制が腐敗していようと、体制側にいなければ、根底から民を救うことなど出来はしないのだ。
なぜ兄ほどの人がそんなことも分からないのか―――そんなことをエリーシャに漏らした夜。
「アレンは熱いからねぇ。もう少し落ち着いてくれてたら色々違ったんだろうけど」
「兄は私より世界への恨みが強いんだと思います。両親が私達を手放したとき、私はまだ良く分からぬままでしたが、兄ははっきりと捨てられたと分かったでしょうから」
アレンとルカの両親は貧困苦の末、二人を捨てざるをえなかったのだとアレンは言っていた。アレンは6歳、ルカはまだ3歳だった。修道院で育った二人は13になるとアカデミーへと入学した。
「それは・・・あるでしょうね。得る喜びを知っているからこそ、失った時により苦しい―――そういうものだもの」
エリーシャは窓の外に浮かぶ二つの月を眺めながらつぶやいた。
「ルカ、こっちへ来て」
エリーシャが傍らを叩きながら言うのでルカは傍に座る。
「以前から考えてたの。私はあなたをダライアス家次期当主として迎えたい。どう?」
「は?」
「『系譜』の長としての資格は血統ではなくて、才能で決めるべきだと私は思ってる。あなたの才は世界的に見てもトップクラスだし、その資格は十分にあるわ」
「で、でも・・・アーシャが・・・」
「あの子の了解は取ってあるの。あなたなら構わないそうよ。自分はどうしたって今以上は伸びないって」
エリーシャの長女、アーシャはルカと同い年。ルカと同じ法術科で学んでいた。
「ですが・・・私は所詮平民です」
元老院に匹敵する権力を有する『系譜』の一柱、ダライアス家の当主ともなると実力主義というわけには行かないはずだ。
「大丈夫よ、根回しはしてあるから」
「え?」
「赤、白、黒の各『系譜』の位階一位から三位までとうちの二位と三位から了解は取ってあるもの。後はあなたから了承をもらって発表するだけね」
「どうして・・・」
「あなたはあなたが思っている以上に期待されてるのよ」
結局、その場での返答は避けたが、後日改めての申し出を受けることにした。
平民から貴族へ―――それが周囲にどんな反応を示すかは分かってはいた。だが妬みや嫉み、小さな嫌がらせはあるものの、ダライアス家および『系譜』のトップが揃って後ろ盾に付いているということもあり、正面切ってルカを敵に回すようなものは誰もいなかった。
ルカはアカデミーを卒業後、そのまま法術師団へ入団し、今は師団長の補佐に当たる主査に就いている。
僅か2年。20歳という若さで師団の実質ナンバー2である主査という役に就いたことにやっかむ声は多かったが、ルカがみせる圧倒的実力に徐々にそんな声も消えていった。
そして―――
一昨年、突然アレンは帝国に戻ってきた。
「世界を救えと、神の啓示を受けた」
そういうアレンにはこれまでと比べ物にならないほど強大な魔力が宿っていた。
アレンが戻ってきたという報を受けてすぐに駆けつけたルカだったが、アレンはまるでそこにルカが存在していないかのように振舞った。
一体、何が起こったのか―――何一つ分からないまま、アレンは戦線へと赴いてしまった。
戦線へと赴いたアレンは圧倒的な戦果を挙げ、帝国内の精鋭から仲間を選び出しアガルタへと向かった。
兄の一助になればと修練を積んだはずのルカ。
だが、兄にとってルカは必要ない―――それを思い知らされただけだった。
アレンとルカは両親が手放した後、一度奴隷商に売り飛ばされている。その時に出身と年齢、価格を示す刺青を入れられていた。ルカにも同じように刺青が入れられているが、自分からは見えない場所に入っているのでじっくりと見たことはない。その刺青だ。
よくよく見ると肌は青く、角と蝙蝠の翼が生えているものの体格的には兄そのものだった。筋肉質な均整の取れた肉体―――うつ伏せなので顔は見えないが少し尖った感じの特徴のある耳はまさに兄のものだ。
「なんで!?」
「やはりな。道理で単体で結界を破壊できるわけだ」
勇者として得た莫大な魔力―――無月というアガルタにとって極めて不利なタイミングで、アガルタには接触不可な結界を破壊できた理由はそこにあった。
「どうして兄さんが!?」
「さあな。だが・・・アガルタにはそういう術があるのだろう」
人間をアガルタに―――聞いたことは無いが、そういう術を編み出していたとしても不思議は無い。真っ先に攻め滅ぼされたシナルア公国は魔術先進国だったのだ。
状況のあまりの悪さにカトルは頭を抱えた。
人類の唯一の切り札である勇者すらアガルタに勝てなかったということだ。
勝てなかったどころか、莫大な魔力はそのまま、手駒にまでされている。
これが意味するのは人類の敗北―――それだけだ。
だが、このまま手をこまねいているわけには行かない。
「ルカ、お父上を呼んできてくれ。対策を立てる必要がある。いいな」
カトルは動揺が酷いルカを落ち着かせると指示を出す。
ルカも思考が停止しかけだったが、なんとか頷くと走り出した。