第九十二話 縋らない少女
ようやくここまで来たぞ……! 陽太の変態趣味を抜けた今、もう敵はいない。
「ふう……。それで? なんでお前は俺に会うたびに逃げようとしてんだよ。毎度毎度そう怯えられてちゃこっちとしても複雑なんだが……」
「そんなことはこの際どうでもいいのです! それより貴方は一体何なのです!? 一通り私の頭を撫で倒したりして!」
「いや、そこにケモ耳があったから――」
「ふ、ふざけないでください!!」
一通り彼女の毛並みをモフった俺は、一段落着いたあたりで彼女が俺から逃げようとするその理由というのを聞いてみた。
前回会った――いや、会えた時にも俺にモフられたかと思えば忽然と姿を消したこの美少女だが、今回の遭遇の際も俺を見てすぐにUターン。
エスケープすることを選んだのを見て俺は何かあるな、と勘付いたのだ。
ま、この子が訳ありなのは見れば誰でもわかるか。
「貴方が私をつけ狙う輩だから逃げているのです! むしろそれ以外に何があるというのです!? もう私はあそこになんて戻りたくない……っ! もう放っておいてください!」
「え、ええ? お前さっきから勘違いしてねえか?」
何を誤解しているのか、さっきから何かと俺のことをやたらと悪者呼ばわりしてくるこの美少女。
しかし俺だって馬鹿ではない。
この子が俺に対してどんな感情を抱いているのか、並びに俺を何と勘違いしているのかなんてことは話から容易に想像がつく。
「いや、別に俺はお前をつけ狙っているわけじゃ……いや、まああながち間違ってもねえけどさ」
「ほ、ほら! たった今自白しました! そこのおじさま聞きましたか!? 今すぐその人を警察に突き出しましょう」
「い、いえ、私はどちらかといえばその人の仲間でして……」
「そ、そんな……!」
そう言って詐欺にでも遭ったかのように膝から崩れ落ちる美少女。
いやいや、全部君の勘違いだから。
「いや、俺は別にお前にどうこうしたいわけじゃなくて、ただその頭の耳に興味があっただけなんだって」
「耳……?」
美少女が自らの頭部へとその手を伸ばす。
更にその華奢な手が触れたかと思えばその手で耳を隠し、ぞっとしたかのような声で、
「割とマニアックな変態なのですね?」
「ち、ちげえから!!」
別に巷では発言が変態とか言われてねえし!
ていうか本当に話にならないんだけどこの娘! 俺もう帰っちゃってもいいかな!?
そんなことも考えてしまうが、ミサにもおっさんにも頑張らせてしまっている手前そんなことを言うのもあまりに身勝手な話だ。
当然そんなことはしない……というかできない。
こんななんの手柄もないままエストリアに戻ってしまっては、俺を待ってくれているリザやドロシーに向ける顔がないからな。
俺は誤解を解くために面倒ではあるが、彼女に事の次第を話すことにする。
「俺のいた元のイかれてない世界じゃ人類にはそんな萌えアイテム搭載されてなかったんだ。 だからそれを物珍しさで追っかけちまう俺の気持ちもわかるだろ?」
「イかれてない世界……私のような者がいないということは……貴方は械世の人間だったのですか?」
「あー、なんかそれ車中でおっさんから聞いたなー」
「話しましたな」
出たよ出た出た。
確か俺たちの住んでた世界が科学技術の進んだ械世で、この子達の世界が……なんだっけ?
とにかく、おっさんの話じゃ二つの世界があったみたいな話だったはずだ。
「幻世では別に普通の話なのですが……。そうですね、械世の方なら多少これにも興味を持っておかしくないかもしれません」
おっ! なんだか勝手に納得してくれたみたいだぞ!
それからもう一個の世界――幻世って名前も出してくれたから一石二鳥ってやつだな。
「しかし私を追う時のあの視線。 あれがどうも腑に落ちないのです。 どうしてあんなに目を血走らせていたのです? あんなのを見てしまってはそう取られてもおかしくないはずです」
「え……? 俺そんな顔してた?」
恐る恐るおっさんの方を見れば、それはもう首が吹っ飛ぶのではないかというくらいに縦に振っているではないか。
え、待ってそんなに? そんなに犯罪の匂いがした?
俺はふと彼女の方を見る。
薄汚れたマントでその身を包んでこそいるが、その姿からは妖艶な雰囲気がビンビンに伝わってきており、大人びた感じから一瞬ミサを連想しそうになるが、なにより胸が違う。
あ、これは内緒な? ミサはきっとブチ切れるだろうから。
そんな彼女の胸囲は今まで俺が見てきた中でもトップを張れるかも知れない、そんなサイズ。
うーむ、さすが異世界。
さて、それを血眼で追っかけていたのだとしたら俺は――そうだな、満場一致で犯罪者だろう。
「すまん、その節は謝る。 俺もちょっと気が動転してたんだ」
「気が動転って……」
どうやら俺への警戒は半ば解除されているらしく、彼女は素直に呆れた顔を見せる。
今なら俺の話を聞いてくれるはず。
というわけで、警戒も解かれたところで。
「そんで? お前は一体何から隠れてんだよ。 俺たちがそいつらじゃないとわかった今なら別に隠す理由なんて――」
「嫌です」
「え?」
しかしそんな予想外の返事に、俺は素っ頓狂な声をあげる。
あれ? どうして拒否された?
そもそも俺が壁を走ってきた事件のせいで大混乱に陥ったこの村の人間は、俺の実力をある程度理解しているはずだ。
それにも関わらずどうしてそもそも彼女は俺のことすら知らなかったのだろう、俺に縋らないのだろう。
悪漢たちを裁くくらい簡単にできるのに。
「俺が話を聞くって――」
「いいんです、助けなんて今更誰が乞うものですか。 ――では、私はこれで」
そんなことを考えていたら、彼女はクルンと半周体を回転させて俺たちを置き去りにして去ってしまっていた。
そして俺はその後を追えずにいる。
結局、俺はその美少女に名前さえ聞くことができなかったのであった。
それを聞く機会なんて、手を伸ばすことなんて、いつだって出来たはずのに。
彼女と初めてまともに言葉を交わしたその日、俺はただひたすらに怠惰だったのである。




