第九十一話 力に酔いしれて
――すぐそばではケラケラと、子供たちの笑い声が聞こえる。
さらに耳を澄ましてみれば、サラサラと水のせせらぐ音が聞こえ、近くにそびえ立つ大木が日の光を浴びて神々しくそびえ立つ。
ああ、どう見てもなんの変哲もない光景。
そんな平穏が、この村にはある。
そう……どうしてかあったのだ……未だにそんな穏やかな毎日が……言ってしまえばとっても都合の悪いことにな。
「山賊たちはまだなのかよ!? もう二週間が経つぞ!?」
「「「う、うわああーー! 出た、かいぶつだああーー!!」」」
俺、秦瀬陽太はそこらで遊んでいたガキンチョ達に大声を上げてしまう。
あ、今俺が怪物と言われていたことに関してはこの際スルーして欲しい。
今いるここは村ではビオトープと呼ばれている場所で、村のはぐれにある自然あふれる土地のことだ。
ちょっとした川が流れていて、この辺りだけ意図的に草原にされており、今の俺のように寝転がるとエストリア郊外の狩場を思い出せてなんだか懐かしかったりする。
そういえばリザやドロシーは元気にやっているだろうか……。
ゴホンッ……えー、話を戻すが、なんと今日でこの村に来てから二週間が経ちます。
二週間ですよ? つまり、以前の世界でなら各アニメが二話放映されてしまう……それほどの時間をこの村で過ごしているというわけになるのでございます。
計画としてはミサがささっと話をつけて俺がやってきた山賊をそれはもう華麗にばっさばっさとなぎ倒していく、という感じだったのだが、現状はこう。
ミサの説得にも村長は半信半疑。
当の山賊たち一行は現れる気配なし。
そして流れた二週間……警戒を促された村人たちの白い目。
なんということでしょう。
この圧倒的アウェー感はまさに高校時代の教室で俺が奇行に走った時のそれです。
唯一違うのは俺がきちんと真っ当な行動に出ているということだろうか。
教室では悠斗や隣のクラスからやって来た瑞希に大胆に体を使いながらツッコミを入れていたからな……。
つまり白い目なんて向けられる理由は本来全くないはずなのだ。
しかしそんな目をされる理由ならそりゃ当然わかってる。
なんせ山賊たちがここにやって来ると言ってもう二週間が経つのだから、不信感を持たれたって仕方がないのだ。
だからこそ俺も村人たちに特に何も言ったりはしていない。
っていうか言えないよね、俺たちって今実質狼少年ズなんだから!
「なあおっさん、俺たちって今相当煙たがられてると思うんだよ」
「陽太くんはもう私をおっさんで固定しちゃってるんだね? まだお兄さんで通る見た目じゃないのかな?」
「ハハハ、無茶言うなよおっさん! 鏡見ろってば!」
「陽太くん、君って時々無邪気に厳しくなるよね? おっさんはあんまりそういう対応をされると泣きそうになってしまうよ」
とまあこのように、おっさんとの仲は深まっていたりするのだが、それが今回のクエスト及び山賊の件に関して何か影響があるのかとなるとそうでもない気がしている。
それからおっさんを弄るのは、結構楽しい。
「それにしてもいい加減件の山賊たちが来てくれないと我々が先に追い出される羽目になるのだからね。早急に手を打たないと」
「そうなんだよなー。二週間が経ったわけだから、猶予まではあと二週間くらいしかねえんだよなー」
「ミサさんもそれ以上は流石に引き伸ばせないだろうし、何より我々の真の目的は狂血の姉妹。今はただ寄り道をしているだけだということを忘れてはならないよ」
「ああ、わかってる」
そう、この村だっていつまでも警戒網を張っているわけにいかない。
そうして与えられたのが一ヶ月の猶予。
これを過ぎれば警戒は解かれるどころか俺たちはこの村から追い出されてしまうみたいだ。
「俺たちって一応はこの村を救おうとしてんだけどな……報われないもんだな」
思わず俺の口からそんな言葉が漏れる。
偶然にも聞いてしまったこの村のピンチ。
聞いてしまったからには仕方がないとここまでやって来てしまったわけだが、そんな俺の行動も秘匿クエスト中であるにも関わらず少々身勝手すぎたのかもしれない、なんてことを今更になって思い始めてしまう。
思えば最初に元山賊の手応えのなさを感じた時から、自分の調子に乗っている感がどうにも否めない。
あいつを空の彼方へフライトさせてから、あるいはもっと前からだったのかもしれない。
どうも俺は、自分の力に酔いしれている自分が居る気がしてならないのだ。
――俺の力があればなんだってできる。
なら手始めにその村人たちを全員救って救世主になってやる!
そんな安直な考えが結果的にミサやおっさんを振り回してしまっているという事実は消えない。
今もおそらくミサは村長と話し合っているのだろう。
そもそもミサはエストリア一の冒険者で、威厳のある格好良い少女なのに。
そんな彼女が俺の身勝手の為に、俺のただの力の証明のためにここまで付き合ってくれて、挙句彼女は頭を下げてくれるのだ。
それを思うと俺はどうしても自分が嫌になってきて……。
「ああーもうクソッ! 今俺の手元にケモミミっ娘がいたなら!」
いっそ全部投げ出して、つまりこの村を見捨ててクエストを続行したい衝動に駆られたりするんだが、ここではオタク文化遺産ケモ耳の存在が確認されている。
つまり俺の一存では決断しかねるのだ……それを決めるのなら俺は世界中の二次っ子たちの意見を……。
「あ、あなたは……!」
そうしてまたも俺の脳内でケモミミワールドが展開されようとする中、どこかで聞いたか細い声が聞こえてきた。
「――ん?」
振り返るとそこには茶髪の――って!
「この前のケモミミ娘じゃねえか!!」
そう、気になるあの娘がいたのだ。
一時的であるとは言え俺に最高レベルの至福を与えたあの……!
「嫌――ッ! 私まだ捕まりたくなんてない!」
しかしそんな俺の興奮とは真逆に狼狽える彼女はあの時と同様、キョロキョロと辺りを見渡し、またも何処かへと逃げようとする。
だが、そこまで学習しない俺ではない。
彼女の前へ仁王立ちし、その頭部を見下ろしてやる。
「ひっひっひ……さぁ、観念しろよなケモミミ娘!」
「い、いやああああ!!!」
俺の俺による俺だけの宴が……彼女の悲鳴を合図に幕を開けた。




