第八十七話 その頃の居残り少女たち
今回、本編から少しだけ逸れます。 はよ進めい!という方々には申し訳ないです。
ただ、この子達が忘れられてそうで不安だったんです……! なるべく短く収めたのでどうかわかってもらいたい!
それからバレンタインの日に瑞希のバレンタイン秘話なんてのを投稿しようとしていたらもうバレンタイン過ぎちゃってたよ……。それも申し訳ない。
エストリア郊外の平原。
「でりゃああああっ!!」
そこでは、のどかな緑に囲まれながらも、一人の少女が全くもってその場に似合わぬ声を上げていた。
何を叫ぶほどのことがあるのかとそちらを見やれば、その少女の前には大きな狼。
つまりは生娘ならば大声を出していてもおかしくない状況であった。
が、しかし。
彼女はそんじょそこらの生娘ではない。
生娘でないといってもこれは、彼女が気高くプライドを持った綺麗な少女だからというわけではなく、彼女の気性という点に重きを置いた時の話だ。
というのも、その美貌とは裏腹に、彼女の想い人である――ゲフン。
訂正。彼女の友人であるH君には”野蛮な女”扱いされることだって多々あるのだ。
詰まるところ彼女は、狼に襲われていたとしても、ただでやられるような少女ではないということで。
「これで――!」
そして遂に、彼女の乱射していた銃弾が狼を捉えた。
さっき上げた声からは、悲鳴にしては少々物騒ではなかろうかと不思議にもなったが、先程のそれはどうやら悲鳴でなく気合からくる雄叫びだったようだ。
現に彼女の手には手頃な二丁の拳銃が握られている。
そう、彼女も腕利きの冒険者の一人。
この程度の相手であれば造作もなく倒すことが可能なのであ――
「すごいですっ! 数十発打ち込んでようやく命中しましたっ!」
いや、これも訂正。
彼女はもう少し冒険者としての鍛錬が必要なようだ。
彼女――ドロシー・エルニールの戦闘をどこか楽しそうに傍で応援していたもう一人の少女、リザは拍子とともに心からの笑みを浮かべて疲弊したドロシーのもとへ駆け寄っていく。
さて、早速だがそもそもこの行為。
拍手で戦闘後の、己の非力さを痛感しているはずのドロシーを拍手で迎えるというのは不謹慎なのではないかと思える。
なんせ弾が当たらないというのは戦闘においてかなりネックとなってくる部分のはずだ。
それを身を持って痛感した彼女がこんな風に褒められて、憤慨しないはずがないのである。
ましてやドロシーは先にも言った通り、プライドの高い冒険者。
これで自尊心が傷つかないはずがない。
「時間はかかったかもしれませんが、戦っているドロシーさん……凄く綺麗でしたっ!」
そこに畳み掛けるかのようなリザのお世辞!
いや、実際リザのドロシーへ向ける尊敬の眼差しを見ると、どうも本心から言っているようにも見える。
見えるのだが……まぁ、普通に考えてそんなわけがない。
どう考えても、狼一頭に銃弾を数十発使う……厳密には五十発も使う燃費の悪さは、どんなに饒舌な人間であってもフォローしきれないだろうからだ。
それで、お褒めに預かったドロシーはというと。
「そ、そうか? しかしまぁ、私もエストリアが誇る冒険者の一人。この狼ごとき……我が銃弾で易々と屠ってくれよう!!」
「か……かっこいい……!」
なんという自信……! ここはあれだろうか? ちょっと普通の世界とはかけ離れた……高次元な世界なのだろうか?
そう思わせる程に、彼女たちの会話は恐ろしくズレている。
まず、いつ彼女を彼女たちの住む街エストリアが誇ったのだろう? ここまで聞き及んだことのない話はそうそうないだろう。
残念だが街中でも……いや世界中で、かつ過去未来の全てを総合しても、その話がされる日はきっと来ない。
それから彼女の銃弾が狼を屠るのの遅いこと遅いこと。
いつになったら屠られるのか、狼ももはや待ち遠しかったのではなかろうか。
最後にリザのドロシーさんかっこいい発言。
これはもう、あれである。 紛う事なき、幻聴である。
「では街に戻りましょうか。 陽太くんが帰ってくるまでにたっくさんお金を稼いで驚かせて見せるんですから!」
ミサが片腕でガッツポーズを作って可憐に笑い、ドロシーの方を見る。
どうやら彼女の想い人――ゲフンゲフン。
彼女の友人である秦瀬陽太を驚かせるべく、彼のいない間にも彼女たちなりに頑張っていたようだ。
ミサにそう言われたドロシーはほんのり顔を朱に染めると、
「べ、別に私は陽太のためにとかそんなくだらないことではなく、ただ個人的に金銭が必要になったからで……!」
そう言って着ている軍服の袖を弄り始めた。
何かやましいことでもあるのだろうか? 心なしかモジモジしているような気がする。
するとそれを見たリザは何かを思い出したかのようにこう告げた。
「でもアパートを出る前に机の上を見たら、”ひなたに食べて貰うごはん一覧♡”って書かれた紙がありましたよ? 何か豪勢な料理でも作るつもりだったんじゃありませんか?」
「いやあああああっ!! リザッ! 全部忘れろぉっ! 今すぐ忘れるんだっ!」
ドロシーが凄まじい血相でリザの肩を掴み、ゆっさゆっさと揺らす。
見ればさっきのピンク色の頬は何処へやら。
今ではその頬は真っ赤である。
「うあうあうあうあー! そ、そんなに揺らさないでくださいよ! 私別にドロシーさんが陽太くんに隠れて陽太って呼び捨てで呼んでること言ってないじゃないですか!」
「よしわかった! リザと一緒に土に埋まってやるっ! 全てを忘却の彼方へ捨て去ってやるんだっ!」
まだ赤くなるのか、彼女の頬は。
どうやらまだ余力を残していたらしいドロシーの頬は、流石に彼女の感じた羞恥心が許容を越えそうなのか真っ赤っかである。
真っ赤が、更に真っ赤なのである!
こうしてお互いもみくちゃになっている姿を見るに、もういっそあの少年は必要ないのでは?なんて空気が生まれてしまいそうな、これはそんな彼女たち……居残り少女たちの一幕であった。
恐らく明日また投稿です。




