第八十六話 顕現せしケモミミ
「マジでこんな山の中に村があるとか……」
「うむ。見る限りいい感じの村じゃないか」
「ええ。私もこのような村を見たのは初めてですね」
「いやいや、この状況で反応が穏やかすぎるだろお前ら!」
明らかに村があるのはおかしいって! 山ん中だよ!? 結構な山ん中だよ!? そこに村があって人もそこそこにいるなんてやっぱり無理があるんじゃない?
俺たちがタクシーに乗って揺られ続けること約五時間。
なんの前触れもなく現れた村の中で俺たち三人はそれぞれの感情を口から吐き出し、立ち尽くしていた。
山の道路に急に脇道が現れたかと思えば、その先にはおっきな門。
神社で見る鳥居何かに良く似たそれは別に真っ赤になっているわけではなく、形は鳥居のようだが色は元々の木が持つ独特の、風情のある色だった。
とりあえずは門の前でタクシーを停め、門をくぐって少し歩けば、地表がまるで隕石でも落ちたのではないかと思うくらいに抉れている。
それだけでも驚きなのだが、問題はその内部。
その中は……
「そのクレーターの中に建物なんかが沢山あんだもんなあ。全部木造だけど」
そう、広いクレーターの中では人々が生活を営んでいたのだ。
クレーターの外からでも聴こえてくる和気藹々とした子供の声に、客を呼び込む商人たちの声。
立ち並ぶ木造の家々はそう! まさに異世界! そんな感じの建物が続き、見ているだけでワクワクしてくる。
今の気分としては、そう……エストリアに初めて訪れたとき。
あの時に抱いたそれによく似ている。
「なぁ、二人共この村の存在なんか知らないんだろ? よくもまぁこんな目立ちそうな村が見つからないよな」
「うん、全く知らなかったよ。 それから一つ付け加えさせて貰うと、こんな辺境の村のことなんかボクが知りっこないだろう? ボクはエストリアの人間なのであって、そこを出てしまえばもう管轄外ってものさ」
「おじさんもさっき言った通りだ」
どうやらこの場にいる三人が、全員この村の存在など知らなかったらしい。
正直この村が相当山奥にあるのはここまでの道のりで重々承知しているつもりだから、誰も知らなかったとしてもそれは致し方ないことだと思う。
しかしなんだ……早くこの中に突っ込みたくて仕方がないんだが。
――思えばエストリア……あれはダメだった。
最初こそ興奮していたが、中を見てみればあれは完全な偽異世界。
あんなファンタジー感流れる建物の中にビルがそびえ立つとか、ラノベ大好き・異世界大好き少年たちの夢をぶち壊すのもいい加減にしろよという話だ。
それに比べてここはどうだ? 目を凝らせば異世界っぽい服を着たおっさんに異世界っぽい道具を持ったお母さん! 更には獣耳を生やした少女まで……!
――ん?
「な、なあ、ミサ。 俺の見間違いじゃなければあそこに猫耳を生やした少女がいるんだけど、あれは……あれか? カチューシャ的な何かか? 男の子ならみんな大好き!な、カチューシャか?」
男の子ならみんな大好き、はただの俺個人の意見です。
異議申し立ては受け付けておりません。
「うん、見間違いなんかじゃないよ。あれは完全に頭部から生えてる、立派な耳さ」
「すまん二人共用事ができた行ってくる!!」
こうしちゃいられねえ! 猛れ! 俺のステータス、主にSPっ!
――とは言っても俺が全力で走ると数世帯の家々が壊滅的被害に遭いかねないのでそこは上手く調整しながらざらついた坂を下っていく。
クレーター自体は崖っぷちのように穴があいているわけではなく、緩やかに抉られているので、結構下って行きやすかったりする。
「うおおおおおおおっ!!待ってろケモミミ娘たちいいいい!!異世界が造りし奇跡の産物よおおおおおっ!!」
大声を上げながら坂を駆け下りる俺。
今すぐその耳をもふもふしてみせるんだ!
「あ、いや、君! そこは正規のルートじゃな――」
そんなテンションだったからだろう。
当然、俺は背後からの俺を止めるミサの声になんて全く気が付けなかったのだった。
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「あーあ、行っちゃったね」
「行っちゃいましたね。まあ、元気なのはいいことです」
「そもそもここは人力で下れるほど緩やかな坂でもないんだけどね……転がりながらなら行けるかもだけど」
陽太が坂?を駆け下りてすぐ。
彼の背中を見ながら、ミサ・ミタニは嘆息した。
ここは確かに坂にこそなっているものの、その角度はおおよそ60から70度くらい。
到底人間がバランスを取りながら下れる角度ではない。
四つん這いになって下るとか、転がり落ちていくことなら可能だろうが、駆け下りていくなど……はっきり言ってしまえば正気の沙汰ではない。
「だからこそ、それを平気でやるのが彼の怖いところなんだよね……」
故にミサは微笑しながら軽く頭を掻く。
するとそんな様子を見ていた運転手も同じく微笑を浮かべると、
「山賊たちに遭遇した時から、なんとなく彼が特異であるというのはわかっていましたが、彼はそれほどまでに強いのですか? エストリアのギルドマスターである貴方を悩ませるほどに」
「そうだね、彼は私にも勝ったんだから。それもいとも簡単にね」
「――なんと!?」
そう、これが普通のリアクションだ。
エストリアのギルドマスターミサ・ミタニは、その第一世代たる強さと、持ち前の人徳によりその名はアルメリア王国内に轟いているといっても良い。
ただでさえ戦力の乏しいアルメリア王国にとって、彼女のような人材は希少であったし、王国の民たちも皆彼女を讃えた。
だからこそ、彼が――秦瀬陽太が彼女に勝ったというのはかなりの大事件なのだ。
なんせ不意に現れた誰とも知れぬ、住所不特定無職にエストリア一の冒険者が大敗を喫したのだから。
その上彼女はその運転手にこう告げる。
「彼……戦ってて全く底が見えなかったんだ。ボクと戦ってる時もただただ楽しそうでね。あんな人、初めてだったよ」
「楽しそう……ですか」
「そう。ボクじゃ彼の本気を引き出せなかったのかぁって思ってね。それで少々陰湿なんだけど、『魔眼』持ちの子に頼んで彼のスキルを確認して貰おうとしたんだよ。どうしても彼のスキルが何なのか読めなかったからさ」
「それで、結果は?」
彼の問いにまたもミサはため息を零す。
「どうしてか見ることができなかった。おそらくスキルを跳ね返すスキルを持ってるのか、もしくはそういった類の魔道具を持ってるんだと思う。ま、どちらにせよボクはまだ彼の力量を測り兼ねているんだよ」
「なるほど……しかしそれをどうして私に?」
運転手がミサに訝しむかのような視線を送る。
確かにこれをしがないタクシードライバーに教える必要はなかったはずだ。
「そりゃあ、ボクらが仲間だからさ。今みたいなのもそうだし、山賊の時だってそう。ボクらはこれから彼を見て沢山驚かなくちゃならないわけだから」
それを聞いた運転手は大きく笑い始めた。
ミサも何を今更、というような顔をしている。
「はははは、違いありませんな。そんな簡単なことにも気が付かないとは!」
「ほんとにね、彼のやることにいちいち驚いていたら心臓がいくつあっても足りないんだから。気を付けるといいよ」
そうしてひとしきり笑いあった二人は、クレーターの中から響いてきた声に気付く。
どうやらそれは悲鳴のようで……。
「あ、彼が着いたみたいだね……きっと下は大混乱だ。さ、早くボクらも行こう」
「ええ、そうですね」
恐らくどんちゃん騒ぎになっているであろうクレーターの下のことを想像したふたりはまたクスリ、と笑うとクレーター沿いにあるロープウェーの方へと歩いていくのだった。
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