第八十五話 いい加減このよくわからん世界は俺を快く受け入れてくれても良いと思うんだ。
遅くなって申し訳ない! 続きは明日また更新します!
舞台は再びタクシーの中へと移る。
窓越しに外を見てみれば、未だ俺たちを乗せたタクシーが山中を抜け出せる気配はない。
ああ……いつになったら到着するのか、と思うと自ずと気は滅入ってくる。
俺はこみ上げるあくびを噛み殺し、目をこすった。
さて、エストリアを出てもうじき三、四時間が経つことから察するに、そろそろ地形に変化があっていいと思うんだよな。
なんてことを思うのだが、過ぎ行く光景は延々緑ばかりで、親切にも舗装されている道路をこれまた延々進んでいくだけだ。
ゴールは見えない。
「――これ、タクシー代とんでもないことになってんだろうな」
ボソリと俺はそんな言葉を零す。
心配になった俺が隣にいるミサを見れば、こちらはなんとびっくり、寝ているではないか。
ねえこれ道、大丈夫なの? さっきから不安で不安で仕方がない俺だ。
それから、元山賊たちから聞いた村ってのも一向に見つかる気配がない。
――本当にあるのか? そんな村が。
俺がそんなふうに考えてしまうのも仕方のないことだろう。
というのも、あいつらが嘘をついているようにも思えなかったが、それでも元山賊だ。
確かな情報だという証拠だってない。
別に助ける気はないぞ? 当然ないんだが、なんかその……そう。
嘘をつかれていたら、と思うとなんとなく気が気でないんだ! うん、そういうこと!
自分の中で誰にしているのかもわからない弁解を終えた俺は「うんうん」と一人で相槌をうち、それからミサを起こそうとする。
流石に道案内する身のはずのミサが寝てるのはまずいと思うし、なにより俺はミサに質問したっきり返答を貰っていない。
さっきはあの元山賊たちに邪魔されちまったからな……今度こそ聞いておきたい。
「おーーい、起きろーミサ」
俺はゆさゆさとミサの体をゆすり起こす。
「ん、んああーー」
すると、両腕を大きく突き上げ、高らかにあくびを上げながら体を起こすミサ。
いや余裕綽々だな、おい。
ぼけーっと正面を見据える姿を見る限り、まだ意識が完全に覚醒しているというわけではなさそうだ。
にしても普通、男が居る前でここまで気楽に寝てしまうだろうか? ドロシーあたりなら開口一番に「このけだものめっ! 私が寝ている間にもこの体を舐めるように見ていたのだろう……!? 恥を知るがいいっ!」くらい言いそうなもんだけどな。
なんだか女性としてのミサが心配になってくる。
「――おはよ」
「ああ、おはよ」
こちらを見るミサは、ようやっと状況を理解したらしい。
微笑を浮かべて、楽しそうにこちらを見ていた。
「よく眠れたか? ギルドマスターさん」
俺は少々の皮肉を込めてミサにそう言った。
それも当然だ。
こんな遠出のクエストなんて初めてだという新人を一人置いて、自分は夢の世界に旅立っていたのだ。
それもギルドマスターが、だ。
正直俺から言わせてしまえば責任者たる自覚が足りないと思うしなにより――
「もう一度寝てもいいかい?」
「張り倒すぞこのへっぽこギルドマスターっ!」
何考えてんだよこの人! 皮肉が全く通じてねえ! この状況で「寝てもいいかい?」なんて並の人間が言うセリフじゃねえぞまったく。
こういうダメ人間にはやっぱりお説教が必要なんだ、俺のような優等生からのな。
異論は受け付けない。
「大体ミサはギルドマスターとしてそんなで大丈夫なのか? 前にもミサが――」
「あれ? ベッドは何処に行ったんだい?」
「ビルやリチャードがミサを呼びに行った時も――」
「服は洗濯機に入れておいたはず」
「挙句リザにさえ、あの人は一度堕落すればもうどうしようもないって言われ――」
「君ってば本当に激しいんだから」
「――話にならないから寝てろよ! 寝ちまえばいいじゃねえかもう!」
お前は一体どんな夢見てたんだよ! 最初から最後まで会話にならねえし……あーもうやだよぉ……リザァ……。
早くもホームシックになってきた俺は、こみ上げる悲しみを堪え、視線を再び窓の奥へと逸らした。
ミサがちゃんと起きたときにはボロクソ言ってやるんだと、心に決めて。
「ははは、大変ですねあなたも」
そんな時、運転席から声が聞こえてきた。
あ、そうだ。
話し相手なら運転手さんもいるじゃないか。
俺はさっき身を呈してまで乗客である俺たちを守ってくれた勇敢な運転手さんへと意識を向けた。
「そうなんすよ……エストリアでも周りは個性の強い連中ばっかりで。俺のオアシスは現世に舞い降りしエンジェル、リザだけなんです」
「そのリザという子がどんな子なのかは存じ上げないが……君のような強い男の子に守られているのだろうから、毎日幸せなんだろうね」
運転手のおじさんの優しい声が俺の傷心に染みる。
そうなのかなあ? ミサは結構毎日を楽しく過ごしてくれてるんだろうか? だとすれば俺としてもかなり嬉しいんだが。
「幻世に舞い降りたって言ったけど、君もその女の子も幻世の人間なのかい?」
「――ん? 現世って言ったら現世でしょ? おじさんだって現世に生きてるじゃないか。何言ってるんだ?」
そんな会話の中で、早くもおじさんとの会話にズレが生じてしまった。
「いやいや、おじさんは械世の人間だからね。幻世のことは知らないよ」
――は? 何を言ってるんだこの人。
「おじさん、械世って何? なんかおじさんと会話が噛み合ってない気がしてならないんだけど……」
「うん、おじさんも薄々そんな気がしてきていたよ……。 というか、君今械世って何?って聞いたかい?」
かいせ、なんて初めて聞いたな。
明らかに元の世界にはなかった新しい単語だ。
「ああ、そう聞いた。なんなんだ? その……かいせって」
すると、さっきまで楽しそうに笑っていたおじさんが息を飲んだのが分かる。
なんだ? また常識を聞いてしまったんだろうか? こんな時の応答には本当に困る。
すると、おじさんは俺が何かを言う前に俺の質問に答えてくれた。
「械世ってのは、俺たちの住んでた世界のことさ。もう一つあったとされているスキルや魔法の存在する世界――幻世と比べて科学や工業が発展しているということで呼ばれている名前……知らないわけない……と思うんけどね」
「ああー! ああーー……なるほどね?かいせね?」
うん、全くわからん。
わかりそうで、繋がりそうで、でもやっぱわからん。
もう少し聞けばわかりそうだけど……ここはわかってるふりをしておいて後でミサに問い詰めたほうがいい気がするな。
やっぱりヘタに俺の事情を知らない人と話すとろくなことがないな。
俺は不審がる運転手さんをいい感じに誤魔化しつつ、久しぶりに困惑する頭を整理し始めた。




