第七十五話 日常こそが崇高で
一章もこれで半分くらいです。
「なあなあ、リチャード。手間もなくて、それでいてちょちょいっとお金も稼げる美味しいクエストってないもんかなあ?」
「そんなクエストがあればすぐに他の腕利きの冒険者に持って行かれますし、そもそも貴方はマスターのお気に入りといえどEランク冒険者の身。受けられるクエストはかなり少なくなります」
「それはそーなんだけどさぁ」
Eランク冒険者宣告を受けてから丁度一週間。俺は脱Eランクの為に毎日汗水を流しては、がむしゃらにクエストをこなしていた。
とは言っても、難しいクエストというのも受けたことはない。どれも戦闘とは無関係な、人探しや物探し。時にはモンスターの討伐依頼なんかも受けさせて貰えたが、それでもほとんどは便利屋のような依頼ばかりで、残念ながら俺の思い描いていた冒険者ライフではまるでなかった。
が、嬉しいことだってある。ようやく移ろいまくっていた日々は終わりを告げ、この生活にも慣れ始めたのだ。思えばあの孤島の小屋を出てからというもの、何処かに定住するという機会さえろくになかった俺には、今の生活はかなり充実していた。やっぱり人生においてもアニメにおいても日常っていうのは崇高なものだなって改めて思う。
まあ、それは置いといて。
「それで?リチャード。今回俺が受けられるクエストってどんなのがあるの?」
「あ、はい。それですと今入ったばかりの緊急のクエストが。ええー……街の市場の辺りでヤンキー達が暴れているみたいです。それの鎮圧、ですかね」
あーね?なるほど、ヤンキーね?――ん?今なんて言ったんだ?この人。
「な、なあ。それってヤンキーって名のモンスターとかじゃなくてただの人間だよな?ちょっとグレてるってだけの」
「ええ。それを止めてきて欲しいらしいです」
「冒険者ってなんなんだよ一体!?」
迷惑なヤンキーを鎮圧って……!それ俺たちの仕事じゃねえだろ!ていうかEランク冒険者の仕事マジ便利屋の仕事じゃねえか!そもそもこの街には警察とかいないわけ?俺たち戦闘を生業とする奴らに任せる仕事なのかそれは。
そうやって俺が充実している反面、しょうもなすぎる今の仕事に不満なんかも感じていると、
「お、丁度いいところにいてくれたね、助かるよ」
「あ、ミサ」
「マスター、こんにちは」
クエストカウンターにミサが現れた。思えば最近は俺も慌ただしく働いていて、ミサもミサで忙しそうだったからあまり話す機会がなかった。つまり一緒に食事に行くという約束も果たされずにいるわけだ。
「ごめんな、ミサ。食事まだ行けてないな。俺も休みはあるんだけど、どうもミサと時間が合わないんだ。俺としてはほんとに一緒にどっか行きたいんだぜ?この世界まだわかんないこと一杯あるし」
俺はミサに会ってすぐにこう話した。勿論この言葉に偽りはなく、俺は結構真剣にミサと食事に行きたいと思っている。
理由としては、八天とか四つの国があるとか、わかったことだってあるけどわからないことの方が断然多いからだ。第一世代と第二世代以外の、今もなお動けない人々は何処にいるのかとか、魔王のこととか、それから……なんでうちのギルド職員の一部の人間(黒いのと白いの)は男なのにメイド服を着ているのか、とか。
つまり、正直わかんないことを聞けなんて言われれば一時間じゃ質問し足りないくらいに、聞きたいことは山ほどある。
「そうだね、君には聞きたいことも山ほどあるだろうしね。でもボクも先日やって来た友人のせいで今かなり立て込んでてね。――そうだ、わからないことはドロシーくんにでも聞いてみればいいんじゃないのかい?彼女は確かに第二世代だけど、かなり常識のある子だと思うよ」
「常識がある?ドロシーが?ははは、ミサって時々面白いこと言うよな」
「――君、一体ドロシーくんに何をされたんだい?」
ミサが頬を引き攣らせながら言う。
そう、ドロシー。ドロシー・エルニール!あいつも今かなり荒れている。俺の中でも最初は冷静沈着、ミサの言うように常識のある人だと認識していたんだが、あいつは家に帰ると豹変する。
実は今俺は新しい家の目処が付くまでリザと一緒にドロシー宅に泊めて貰っていて、リザも今はそこでドロシーと一緒の筈だ。かなりあっさり言ってしまったが、これって高校時代には考えられなかったなと思う。俺は女子と話すこともあまりなかったし、話したら話したで瑞希がありえないほど俺の脛を蹴ってくるからな。いや、ほんと凄い勢いで蹴るぞ?あいつ。
話が逸れたが、問題はそこじゃない。問題は家の中の、厳密にはあの格安アパートにおけるドロシーの態度だ。まず帰ってくるなり「家の匂いを嗅ぐなああああ!!」と、ここで一発殴られる。
そして廊下を抜けてリビングに入れば、「部屋を舐め回すように見るなあああ!!」と、ここで二発目の拳が来るし、遂には「出ていけえええ!!!」と銃口を向けられる始末。時々発砲されるのだが、その時はアパートが欠損するとまずいので、全弾避けずに握りつぶしてやるようにしている。
さて、頭がおかしいとは思わないか?
なんせ一応俺だって人間だ。銃弾が当たれば痛いし、血だって出るかもしれない。――ん?あれ?血、出るかな?肌に当たった時に銃弾が弾けるのが先かな?
そう考えると一瞬、自分が本当に人間なのか心配になった。
ま、まあそれはいい。そんな人間に普通、自分から家が見つかるまで泊まってもいいと言っておいて家に上がれば発砲してくるやつがいるだろうか。少なくとも俺には初めての経験だ。
「ミサ、今度うちに来いよ。全部見せてやるから」
「へ、へぇっ!?そ、そんな……幾らなんでも早すぎるよ、君ってば」
同情して貰いたくてミサをうち……偉そうに言ってしまったが要はドロシーの家にミサを誘ったのだが、どうしてか頬を赤らめるミサにやんわり断られた。なぜ顔を赤くする?
「それはそうと、どうしたんだよミサ。なんか要件があったんじゃないの?」
「あ、ああ。そうだったね。リチャード、最近届いたAランク以上推奨の秘匿クエストあるでしょ?そこの端末に詳細を映して」
ミサが、俺とリザが前にリチャードからギルドのランク説明の際に見せて貰ったタブレットを指して言う。
「マスター?秘匿クエストですよ?それを彼のいるその前で端末に映すのですか?」
リチャードが少々困ったような顔でそう言ったが、ミサに迷いはない。
「うん、なんせ彼にも関係してくる話だからね。聞いて貰わないと」
「そ、それにしてもですよ?」
うん、うん。リチャードの言わんとすることはわかっている。確認しておくが、ここはクエストカウンター。今もなお辺りでは酒を飲み散らかし、なんでいつまでもそんなに高いテンションでいられるのか不思議でならない連中でうようよしている。
そんな中でその……秘匿クエスト、だったかな。それの話をするのはまずいのでは?ということが言いたいのだろう。
「大丈夫さ。君の言いたいことはわかるけど、正直秘密にしていようがいまいがこの件は関係ないと思うんだ。知られたところでどうせ誰も手は出さないだろうからね」
そう言って渋々といった様子で端末を弄ったリチャードがミサにそれを渡す。どうやら根負けしたらしい。
「さ、君。これを見てくれ」
俺の目の前のカウンターに、ミサが何かが液晶に映った端末を置いた。俺は迷わずその内容を確認する。そこには――
「狂血の姉妹の撃退?」
かなり不穏な異名を持つ姉妹を対象としたクエストの詳細が記されていた。




