第七十四話 ギルドマスターと可憐な彼女
大変長らくお待たせしましたあっ!!!
本当にすみません!今回は今までで一番更新が遅かったですね。以後こんなことがないよう気をつけます!
それから、今回は結構長めです。設定等、忘れちゃってるところがあれば第六十一話、第六十四話なんかが参考になると思います。
――ここは暗夜街のとある居酒屋。
「そもそも、あのエセ貴族が一切働かないことに問題があると思うのよ私は!」
「ふふふ……貴族界の王とも呼ばれる”レストール・フォン・バトラーをエセ貴族扱いとは……君も中々に手厳しいものだね」
その奥手にあるプライベートルームにて、フードをかぶった女性が憤ったような声を上げている。フードから少しだけ伺える頬は朱に染まっており、酔っているであろうことは見て取れた。
そして気になるその話し相手であるが、それは席を介して反対にいる呆れ顔の女性。エストリアのギルドマスター、ミサ・ミタニだった。
ミサはフードの女性とは違い、一切の変装をしていない。そもそもプライベートルームの中であるにも関わらず変装をする必要はあるのかと疑問に思うところなのだが、それでももう一方の女性がフードを脱ごうとしない点、何か秘密でもあるのかもしれない。
「だってちっとも仕事してるように見えないんだもん。なのにそのくせ遠方に赴いて大事な会談に行ったかと思えばちゃーんと収穫を持ってくるのよ?相手国の大臣やらも涙目らしいから、相当私たち公国の良い方に持ってってるんでしょうね」
「因みにその涙目の大臣たちというのはボクたち王国の人間だと思うよ?我らが王国は武力も財力も、政治においてさえ最弱国だからね。縁起でもない話だけど、どうして今の今まで侵略されていなかったのか不思議なくらいだよ」
フードの女の話にミサが困ったような表情で答える。フードの女とは違い、ミサは酒に強いらしくあまり酔っているようには見えない。
「アルメリア王国。本来なら蒼天がいて、それで世界の均衡はなんとか保たれてたはずなのにねえ……。でも、あの人自由すぎるんだもん。誰も捕まえられないから、仕方がないわよ」
「しかし仕方がないで済ませる訳にもいかないだろう?」
「でも良いじゃない。今この国はその弱さのおかげで生き延びているわけでもあるんだから!」
「ははは、それもそうかもね。今この国が各国に攻められてないのも、いつでも侵略できるからっていうのが理由なんだから」
二人して笑い合っているが、内容はとても笑えたような話ではない。その証拠にミサの方も笑みが固くなってしまっている。
「へいお待ち!もも肉四本ねー!フードの姉ちゃん、熱くわねーかい?」
そこへ串を四本持ち、額にハチマキを巻いた男性が現れた。
「ええ、苦しゅうないわ――大将。それからお気遣いも結構。でも私はいいわ、このままで」
フードの女が言うに、この居酒屋の責任者であるらしい。筋骨隆々たるその容姿にその職業はかなり嵌っていそうだ。
「おお、そうかいそうかい。今回はミサさんの連れだっていうからこの部屋使わせてやってんだけど、本来ならここはお偉いさんしか入れない、所謂VIPルームってやつなんだ。しっかり堪能してけよ!」
「あ、大将……恥ずかしいからそれくらいにして……?」
フードの女を気遣った後、次はこの部屋ついて語りだした大将にミサが止めるように言い、大将は渋々と行った様子で部屋を出て行く。
「へえ。ミサも随分と有名になったものねぇ」
襖が閉まったのを確認して、フードの女が口を開く。
「ニヤニヤするんじゃない。それに、君にそれを言われるのはなんだか凄く癪だ」
「だっててっきりVIPってのは私のことかと思ってたんだもん。まあ、流石にフード越しじゃわかんないか!あら、でもおかしいわ。私のカリスマ性ってフードなんかで防げるものだったっけ?」
「ねえ君、それっていちいち突っ込まなきゃダメかい?」
ミサが今しがた出てきたばかりのもも肉の串を手にフードの女の発言に答えた。
確かに店主がVIPルームと言うのも頷けて、この部屋は店内の賑わいもほとんど聞こえてこない。何やら魔法が用いられた特殊な構造になっているらしく、この部屋の外の人間も部屋の中の音は聞こえないらしい。
だからこそこの部屋では、盗聴機でも設置されていない限り中での会話が外に漏れることはない。そのためこの部屋を使う客も決して少なくはない。もっとも、それなりにお金を持った人間であればもっと上質な場所へ行くので、こういった部屋の用意されている居酒屋など数える程しかないのだが。
「さて、長くなったが本題に入ろうじゃないか」
するとその発言を期に、ミサの表情が真剣なものとなった。その変化はミサだけに留まらず、部屋の空気そのものが変わってしまったかのようにも思える。
「ええ、構わないわ。そもそも今日は割と真剣な話をしに来たんだもの」
そしてフードの女も声のトーンが落ちる。さっきまで酔っていた人間とは思えない様子に、違和感さえ感じさせるほどに。
「今日しに来たのはこのアルメリア王国の西方で行われている戦争についての話。知っての通り侵攻してきてるのは私たち西方の国、レストール公国ね」
「うん、それは伝達が来たから知っているよ。よもや君たちが攻めて来るなんてね……。知人も多いからかなり複雑な心境だよ」
ミサが少し遠い目をする。
「私たちだって望んで戦っている訳じゃないんだから!というか、この件に関しては私たちは一切関与してない。もちろんそれは悠斗の方も同じ。つまりこれは上の指示、エセ貴族の指示ってことになるわ」
「それはそうだろうね。というか、最初から君たちのことは疑っていないよ。そもそも君たちには戦争をしてまで国土を広げようとするほどの欲はないだろう?」
「そうね、正直そんなことどうでもいい。別に人が死ぬのが嫌とか、そんなんじゃないのよ?ただ私がめんどくさいから、それだけよ」
「――はあ。昔から本当に素直じゃないね君は。その話をあたしに持ちかけてきている段階で戦争を終わらせたいという魂胆は十分に伝わってきているのだけれど」
誰がどう見てもわかるフードの女の照れ隠しに、ミサは硬い空気の中で楽しそうに笑った。フードの女の顔色は伺えないが、おそらくは赤面していることだろう。
「そ、それでよ!この国でもトップに近い戦力であるミサも何か動けないの?ってことを言いに来たのよ!というか、ミサのことだから招集までかかってんじゃないの?」
フードの女が話題を元に戻す。これまた照れ隠しなのがまるわかりだ。
「うん、返事はまだしていないんだけど、戦地へ赴いてくれっていう連絡は来たね。そのせいで面白い子達が来るまでギルドを離れていたんだ」
「面白い子達?」
フードの女が不思議そうな声をだす。
「ああ、聞いてはいないかい?”シー・サーペント”が討伐されたって話。それをやってのけた子達が今日、うちのギルドに冒険者登録しに来てね」
「え?それこの前の臨時会談で話に挙がった!どんな奴なの?強いの?ミサの半分くらい?」
「ははは……相手はハタセ・ヒナタっていうんだけどね、それが――負けちゃったんだ、ボク」
「――へ?」
「負けたんだよ。ボク」
ミサの言葉をきっかけに部屋の中の時間が止まった。その言葉の衝撃に、フードの女が座ったままピクリとも動かなくなる。
それからどれだけ経っただろうか。
「一対一?」
「うん」
「真剣勝負?」
「当然さ」
「負けたの?」
「負けたね。凄く強かった。完敗だったよ」
「――――」
そして再び黙り込むフードの女。そして一通り黙り込むと――
「――ぷっ!あははははは!」
「あっははははははは!」
何を思ってか、二人して高らかに笑い始めた。
「だっさーい!!エストリア一どころかアルメリア一の冒険者じゃないかとまで言われたミサが!?突然現れた冒険者になってすらいないひよっこに負けたの!?ぷふーーっ!だっさあーーい!!ああ、ダメ!お腹痛い!」
「はははは!確かに愉快な話だけど、何もそこまで言わなくてもいいだろう?いやでも確かに面白いだろう?負けたときボクがどれだけ嬉しかったか!」
「はあーっはあーっふーー。そ、そうね?任せられる人がいると嬉しいものね?でもそれにしても……笑い疲れたわ……」
二人は深呼吸をして気を落ち着かせ始めた。この部屋が魔法によって防音されていなければ、彼女たち二人の笑い声は店内に響き渡っていたことだろう。
「それじゃあ、その二人を戦場に出してみたらどう?かなり牽制になるかもしれないわよ?」
「それはまずない。ボクはギルドマスターだ。危険だと分かっていて戦場へ放り込む気にはなれない。それは君だってそうだろう?」
そう言われたフードの女は少したじろいだが、
「でも”神魔大戦”の頃みたいに魔王や魔族と戦うわけじゃないし、ミサより強いって言うなら犠牲を出さないためにも行って貰うべきだと思うわ」
「いいや、ダメだ。そこは譲らないよ」
「――わかった。好きにすればいいわ。そして勝手に死になさい!」
「あはは……本当に手厳しいね……」
すると話は終わりとでも言うように、フードの女は徐ろに席を立つ。見れば机の上のビールも、皿の上の焼き鳥もすっかり空になっている。
「それじゃ、もう帰る事にするわ」
「少し早くはないかい?ボクはまだ時間もあるのだけれど……」
「普通に考えなさい、私の国とミサの国は敵対関係にあるのよ?こんなところ公国の人間に見つかったら面倒なことになるわ」
「逆によくここまで来れたものだね、君ほど目立つ人間が」
感心したような顔をするミサに立ち上がったフードの女が向かい、腰に両手をあてると偉そうに、
「友人のため、それから私のファンであり信者である下々の民のためだもの。仕方がないわ」
などと言ってみせる。
「それは助かったよ。君や悠斗くんが敵対していないこと、公国のバトラーが主導ということがわかっただけでも十分だ。ご好意、感謝するよ」
それに大人しく乗っかるミサの方も大概だろう。さっきまでの張り詰めていた空気は砕け、今はただ二人の女性が笑顔で談笑する、微笑ましい光景がそこにはあった。
それからフードの女は被っていたフードを掴み、顔だけをその布から晒け出した。
「ご好意?ふふっ、その程度のこと造作もないわ!なんせ私は天下無敵のアイドル、寺嶋茉依なんだから!」
決まった、とばかりにその整った顔で盛大にドヤ顔をかます茉依にミサは軽く吹き出してしまう。そして、
「じゃあまたね、茉依」
「それじゃね、ミサ」
お互いに軽く別れの挨拶を交わすと、茉依の方から部屋から出て行ってしまった。
結果、先程まで騒ぎ立てていた部屋にポツリと一人残されたミサは、まだ飲みきっていなかったカクテルに口をつけた後、
「可憐なる天で憐天か……。まったく、彼女らしくて良い名前だよ」
なんてことを呟くのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから数時間後のアルメリア王国とレストール公国を繋ぐ海の上空を、一機の飛行機が飛んでいた。
「憐天様、もう少しで公国に到着します」
「あら、結構早かったのね。ミサとの時間があっという間過ぎた反動でなんなら遅く感じるんじゃないかって思ってたくらいなんだけど、どうやら杞憂だったみたいね」
過ぎた時間を憂いていたからかもしれない。そんなことも思ったが、私はそれを敢えて口にしなかった。楽しい時間は楽しかった記憶ままにしておきたかったから。
それは今回は思わぬ手土産ができた。”シー・サーペント”討伐をやってのけた奴の正体だ。きっと悠斗はかなり知りたいだろうから、帰ったら教えてやろう。確か名前は……ハタセ?だったかな。そんな名前だったはず。
「それから、一つ」
「ん?」
見てみると、付き人がまだ何か言うことがあったようでこちらへ向き直っている。要件は一体何なのだろう。
「その――バトラー様から、『羽目は外せたか?』との伝言が」
「――ッ!?」
付き人が言いづらそうに私に連絡をしてくる。当然だ。敵国に遊びに行くなんて、情報が漏らされていても何らおかしくはない。
どうして気付かれていたのか。気付いていて見逃したのか。私にはあいつの考えなんてさっぱりわからないけれど、それでもこれだけは言える。
「――はぁ。絶対面倒なことになるわ」
それでも私の心情なんて露知らず、飛行機はどんどんレストール公国に向かっていくんだから困ったものよね。
※追記
お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、ミサの一人称が変わっております。以前までの内容もこちらの方に変えようと思うのですが、お気になさらず。(ストーリーに変化は全くありません)




