第七十三話 いざゆかん、ドロシー宅へ
女二人が誰なのかわかる人いるのかな……?
「さて、ここが私の家だ」
「わ、わーー……」
「この家を見る限りじゃ、実は家が金持ちだったなんて展開はないみたいだな……」
「なっ!不平を言うな貴様!」
ドロシーの「我が家に来ていいぞ」発言に乗っかった俺とリザはドロシーに連れられ、ギルドがあったエストリアの中央付近を離れた郊外とも言いづらい、微妙な所に来ていた。
そして目の前には木造のちょっとばかり貧相なアパート。
まさかDランク冒険者が豪邸に住んでいるなんてことはありえないと思っていたが、ここに来て実はドロシーはお嬢様キャラだった、なんてのも割とラノベなんかじゃ王道かな?
そう考えていた俺の微かな期待は打ち砕かれたようだ。やはり変に夢を見るのは止めておいたほうが良いみたいだ。
「それから貴様、鍵を開けるのに邪魔だ。どけ」
「へいへい」
すると背後からドロシーの声がかかり、大人しくドアの前を譲る。ほんとに当たり強いよなこの人……。黙ってれば可愛いと思うんだけど、きっと男相手だとずっとこんな態度とっちゃって今までにも苦労してきてるはずだ。うん、そう思うとなんか……。
「お、おい。なんだか哀れみの視線を感じるんだが……?貴様か?貴様なのか?」
「おじゃましまーす!」
俺の贈る視線に気が付いたのか心配そうな顔でこちらを見るドロシーを避けて、俺は勝手に玄関に入る。
「あ、ちょっと!」
「――へえ、中々片付いてるじゃん」
広々、とは決して言えないエルニール家の玄関は、その少ない靴のせいか片付いて見え、几帳面そうなドロシーの性格が出ているような気がした。そして何よりも靴が地味!ナニコレ!女子?これが女子なの!?リザから溢れ出る女子力とは大違いだよ!俺は内心驚いていた。
リザは今のこの格好を見ての通り女子力が高い。いや、女子力というよりも着こなし?なんなんだろ。今着ている服はドロシーに連れて行って貰った”メガ・スライム討伐”クエストの帰りに寄った服屋で、Cランク冒険者一同から買って貰ったもので、ヒラヒラとした純白のワンピースとこれまた白いつば広帽子。
自分で選んだのかと思いきや店員に見繕って貰っている点やはり女子力が高いというわけではないのかもしれないが、それにしても似合いすぎている。どれほど似合っているかというと、女性の店員が「きゃー!」なんて言って鼻の穴を広げ、更にふんす、鼻を鳴らしながらリザに試着させまくっていた、と聞けばそれが伝わるだろうか?
そして行き着いたこの白いワンピース。俺はもう、本当に地上に女神が顕現したのかと目を疑ったものだ。他のCランク冒険者たちも女性を含めた総員がリザを見て惚けており、その眩さで全員の目が焼かれぬよう一人残らず視力を失わない程度に目潰しをしようかと思った程だ。
もちろん店を出る前に俺と店員が厚く握手を交わしあったことは、言うまでもあるまい。
「では、私も!おじゃましまーす」
「リ、リザまで!こういうのって普通は家主が最初に家へ入るようなものではないのか!?」
おおっと、リザを褒めちぎる俺の後ろからドロシーのツッコミが入るが、気にしない。俺は自分の靴を石造りの床の上に並べ、続く木造の短い廊下に立つ。
夏場であるにも関わらず木造の廊下は少しヒンヤリとしていて、外を歩き回った後の足にはとても丁度いい。俺はヒタヒタと歩き始める。
さて、まずは右手に現れたこの扉。一体何の部屋なのだろうか。俺はドアノブに手をかける。が、
「おい貴様っ!!頭がおかしいのか!?」
ドロシーの制止がかかってしまった。
「どこまでデリカシーがないんだ貴様は!人の家に家主より先に入る。人の家の何の部屋ともわからない扉を開けようとする。人を……か、勝手に抱きしめるし、挙句には……わ、わわ私にその……愛の言葉を――」
「囁いてねえよ?」
どこまで脳内お花畑なんだ。最初のもっとクールで仕事できそうな先輩像はどこへいっちゃったんだよもう。このままじゃそのうちちょっとした噛ませ犬的存在になることは間違いない。
「じゃあどこ行けばいいんだよ。まっすぐ?」
「そ、そうだ。まっすぐ進め!」
ドロシーの指示通り直進して、目の前の扉を開くとおそらくリビングかと思われる部屋があった。
「わあーー!え、ええーと……」
「リザ。この部屋を褒めようとしたんだろうが、この特徴のない……いや、むしろ若干貧相なこの部屋じゃそれは難しい。やめておけ」
「おい、言っておくが私はお金のないリザたちを泊めてやる身にあるのだからな?」
つまり、もうちょっと態度を改めろと。だがすまない、それは無理な話だ。だってドロシーの反応面白いんだもん。
質素な建物の内装も当然質素で、部屋の中心にはテーブルが一つと大きめの窓の近くにテレビが一つ。それからカーペットくらいは敷いてあったが、それだけだった。
「ド、ドロシーさん。ここ、ほんとに泊めてもらっても良いんですか?そんな余裕ないんじゃ……」
「少なくともリザたちよりはあるからな!?そ、それに、助けて貰った礼もある」
「それにここはギルドに提供して貰っている宿舎のようなものでもある。家賃もそこまで高くはないのだ」
「なるほど……」
ということで、俺たちがここに泊まる分には特に支障はないらしい。取り敢えず生々しい金銭事情は聞きたくないので、俺は適当に話題をそらす。
「なあ、ここって風呂はあるのか?」
「いや、ない。しかし近くに銭湯があってな。そこへ行ってくれて良い」
「了解」
銭湯か。世界停止以前には一度も行ったことがなかったから、正直楽しみだ。中はどんななのだろう?テレビで見たのと同じ感じなのかな?やっぱり富士山の絵が描かれてたり?
「じゃあ、飯は?」
「それもまたこの近くに食事ができる所があるし、なんならギルドで食事を摂っても良い。そうだな、私がリザにとっておきの店を教えてやろう!お代はいいからな?私からのお礼だ」
「そ、そんな!申し訳ないですよ!」
「ねえねえ?俺は?」
なんの恨みがあってか時々ドロシーは俺を除け者にする。冗談だよね?ちゃんと俺もその輪の中に入れるんだよね?
そうやってなんだかんだ言っても、俺はようやく訪れた休息に心からウキウキしていたのだった。
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場所は移り、ここはエストリアの街の、暗夜街。
暗夜街というのは、謂わばシェルターのようなものである。密閉されたこの空間は空調がきちんと行われており、外とは遮断されているために中は暗く、光が刺さない。文字通り夜のような場所である。
故に、街の道沿いには街灯も多く点在し、何も見えないということは全くない。むしろあちこちの家の明かりから漏れる光は、世界停止以前の見慣れた夜の風景を思わせるだろう。
というのも、この地域というのは地球の自転の停止により年中陽の差す国が現れたことによりなくなった夜という概念を失わぬよう、国、並びに街が共同して作り上げたものである。
なお入口には大きな門があり、基本的に出入りは自由だ。
この手の地域はある程度栄えた街ならば当たり前のように存在し、利用者も多い。そこに住む人間もいるくらいだ。
しかし夜のように暗いここは、外に比べて犯罪の件数が圧倒的に多い。ヤクザや暴力団などと言われるお馴染みの存在から、盗賊団まで。色んな犯罪組織は暗夜街に拠点を置く。それによって何度か国の議会では暗夜街の取り壊しが提案されたほどだ。しかしその度に国民による強い要望で取り壊しはなくなるのだが。やはり夜というのは人に安らぎを与えているらしい。
そんないつも賑やかな暗夜街のある居酒屋で。
「だからさ、私たちに国政とか、そもそも無理なのよ」
「そういうものなのかい?君たちならちょちょいっとできそうな気もするけど」
「あいつはそうかもだけど、少なくとも私には無理。無理!絶対に、無理!!」
「あっはっは!飲み過ぎなんじゃないのかい?テンション高すぎだよ?」
「うるさいわね。今日は飲むのっ!」
それ以上に賑やかに酒を飲み交わす、二人の女性がいた。




