第六十九話 瞳に宿る熱情
お待たせして申しわけありません!今回は二話に分けたくなかったもので……。
やっとテンプレな気がしますね。
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名前 テラ・スライム
Lv57
・HP 1520
・MP 250
・AP 940
・DP 0
・SP 1210
種族 スライム
性別 不明
年齢 不明
スキル なし
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突然だが、これが神魔眼で計測した森から現れた巨大なスライム――”テラ・スライム”のステータス。
盛大な音を撒き散らして現れたこいつは今しがたドロシーと戦っていたメガ・スライムなんかとは比にならないほど大きく、高さにして人間三人分。そこにある森の木の高さと比べてもなんら遜色がないほどだ。体は他のスライムと同様にドロドロとした液体なのか固体なのかわからない何かで出来ていて、綺麗だが澄んではいない青色だった。
それが今、俺たちの出来立てほやほやの仮のパーティーと男女混合五人組のパーティーに襲いかかろうとしている。控えめに言ってもかなり危機的な状況だろう。
――まあ、普通ならば。
「どうするのよ!?カイトもあれから戻ってこないし、こんな敵に勝てるわけがないわ!」
「ああ、俺だって必死に考えてるんだ!少し待て!!」
「カケル、だけど今はそんなに考えている暇は……」
「もういやああ!!」
「ここで死んじゃうのかな、私たち……」
目の前に迫った絶望に、目を背ける冒険者五人。彼らのステータスも先程勝手に見させてもらったが、あのリーダー格に見えるカケルという者のレベルでさえ39。そりゃあ敵わない相手だろう。もっともミサなら簡単に倒せるであろう敵なのだが。
このテラ・スライムという魔物は確かに強い。が、それは彼らのようなおそらく中くらいの、ギルドでも中堅を担っていそうな者たちからすればの話だ。つまるところ、上級者の手を煩わせるほどなのかと言われれば実はそうでもない、そんな気がする。
当然根拠なんてものはないが、所詮はスライム。そんな風に思ってしまう俺は間違っているのだろうか。だってスライムだぜ?ゲームじゃ序盤に現れる魔物だ。それがそんなに強いというのは……うん、ないな。俺の中では完全にない。皆無だ。
「リザ、下がっておくといい」
しかし、そんな強敵を相手にしてなお一切気を落とさないのが、我らがドロシー先輩だった。
彼女の立ち姿は傷だらけであるにも関わらずかなり美しい。凛とした表情にスっと伸びた背筋。今更ながら彼女が使う武器、拳銃は腰のホルダーに提げられ、ボロボロになってしまった軍服にもよく映える。
だからなのだろう。
「あ、あの人すごく強そう……」
「あ、あの人なら……!」
「頼む、俺たちを助けてくれ!」
俺と同じ勘違いを、冒険者五人組もやってしまったのは。
歴戦の戦士感を出す彼女に藁にもすがるかのような期待の眼差しを全力で送る彼ら。そしてそれを受けて満更でもないのか少し口角を吊り上げるドロシー。正直な話ドロシーの戦いぶりを、そして彼女のステータスを知る俺からすればこんなの頭が痛くなるような状況だ。
「ああ、ここは任せて欲しい!」
どこからそんな台詞が出てくるのだろう、そう思わせるのも当然の彼女のステータスのせい。ここまで来ると俺の見間違い疑惑が浮上してくるぞ……。あ、そうだ。彼女のステータスを再度確認してみよう!ひょっとしたらまだ見間違いという希望が……。
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名前 ドロシー・エルニール
Lv9
・HP 220
・MP 130
・AP 134
・DP 130
・SP 210
種族 人間
性別 女
年齢 18
スキル 『銃撃スキル(中)』
・銃を扱った際の命中率、攻撃力が強化される。
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――希望は潰えた。
「何度見てもひでえな……」
どう考えても、誰が見ても、これは酷いの一言に尽きる。というか俺がいままでに一般的なステータスの持ち主に出会ってこなかったから感覚がおかしくなっているだけで、実際はこれが普通なんだろうか。そしてずっと気になっていたが、このステータスを持つ彼女の自信はどこから来ている?俺の中の疑問は尽きることを知らない。
まあそれらを置いておくとしても、どのみちこのままでは負けは確実だ。ひょっとしたら……?なんて希望的観測も今回はしない。というか、ここまでくればする気にもなれない。
だってどうしろと言うんだ?レベル9にしてレベル57の魔物を相手に自信満々の拳銃使いと、中堅くらいの実力を持つ冒険者五名がいて、俺とリザのイレギュラーズは戦闘不可。この五人がなんとか戦ってくれたら可能性がないわけでもないが、既に彼らの戦意は喪失している。
これは勝手な予想だが、彼らなりに実は森で一戦交えたのではないだろうか。それで――カイトくん?だったかな。その人が殺られたっていうんなら、彼らが戦意を失っているこの状況も頷けるな。
脳内でこの状況を冷静に分析し、そしてようやっと二つの答えが出た。
それは、規則を無視して俺が参戦し、全員生還というルートと、規則を遵守して傍観し、俺たちだけ助かるというルートの二つだ。
まあ、これに関しては解説も必要ないだろう。俺は迷いなく前者を選ぶぜ。ミサもなんだかんだ言って身内には甘そうだし、ことがことなのでそこまで怒り狂ったりなんてことはないだろうからな。
最終的な結論を出した俺は、テラ・スライム迎撃すべく身構える。どうしてやろうかなー、あいつ殴ってもダメージなさそうだからなー、『属性剣』かなー、それともとっておき使っちまうかなー。俺の中で標的の倒し方が幾通りも浮かぶ。が、俺の思考を遮る者がいた。そう、言わずもがな……。
「おい、貴様。なぜ好戦的な目をしている。こいつは私と、そこのCランク冒険者たちで倒す。そしてそもそも貴様には無理だ。規則的にも実力的にも、な」
「あ、あはは……確かにー……」
「もう一度言う。絶対に手を出すな。貴様のような者に私が話しかけてまで言うのだ、これは絶対だ。若造がやって勝てる相手ではない」
ドロシーである。それも本気で鬱陶しそうな目線を向けてくる。いや、他でもないドロシーにだけは実力のことを言われたくないわマジで!お前レベル的にどうせDランクだろう!あとどうでもいいけど俺と歳一個しか変わんなかったし!
「攻撃っ!来るぞ!!」
「うおおおおおおっ!」
「よいしょっと……」
俺たちを待ちきれなくなったのか、テラ・スライムが体を覆うドロっとしたものを飛ばしてきた。俺は気付いていたが、ドロシーはそうではなかったようで、カケルとかいう男の声に反応し、雄叫びをあげながら全身全霊で避けていた。ただの攻撃を、本気でだ。飛び退いてまでだ。
対する俺はスルリと身を翻すだけで避ける。これだけ見ても実力差は歴然だろう。しかし、それでも己への過信を止めないのが彼女、ドロシー・エルニール。
「よし、では総員で攻撃だ!魔法を放てるものは魔法を、物理攻撃を行うものたちも突っ込めーッ!」
「「「「「「おおっ!!!」」」」」」
「あれ、声が一人分多かった気が……って!リザ!お前どう考えても流されすぎだろ!悪い癖だぞおいっ!」
見れば少し楽しげにテラ・スライムへ特攻していこうとするリザの姿が見えた。あの子何かある度に便乗しちゃうから怖い。いつか何かに釣られてどこかへ行ってしまいそうだな。首輪でもつけようか……と思ったが、かなり犯罪臭がするので早々に却下する。
「もう、陽太くんまさか放っておく気ですか?見た感じですが私たちが助けないとあの人たち、ドロシーさんも含めてみんなやられちゃいますよ?」
「ああ、それくらいはわかるけど……あの人手出したら相当キレるぞ?これ以上嫌われたら……あれ?というか、これ以上とかあるの?」
ドロシーにこれ以上嫌われるのは確かに勘弁して欲しかったが、俺が今手を出さないでおくのにはもう一つ理由があった。その理由は規則とかドロシーからの指示とかそんなのも関係なくて――
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「はああああっ!」
――全然当たらない彼女の弾丸。全然崩れないテラ・スライムの巨躯。確実に減っていく仲間たちの体力。削がれていく戦意。俺が彼女たちの戦いを傍観し始めて十分くらい経っただろうか。それが今の疲弊しきった戦線の様子だった。
終わりに見えない戦いに嘆き、思い通りに動かなくなりつつある体に鞭を打ち、触れたものを飲み込もうとするテラ・スライムの体から伸びる触手を回避する。それの繰り返しだ。
そんな中でも、頑なに変わらないものがあった。それはまさに俺が期待した、揺るぎない心。熱情に濡れる瞳。あの女性――ドロシーは、弱者でありながら未だに勝利への希望を捨てていない。その瞳に宿る熱情は、虚弱な弾丸を放つたびに増しているようにも見える。
その様子に俺は。いや、俺たちは、
「――懐かしいな」
「ふふっ……ですね」
かつての、がむしゃらにもがいていたあの時間を見ていた。
――俺は学園で出会ったあの巨大なアレとの死闘を。
――おそらくリザは俺の知らない、一人ぼっちだった日々を。
そんな俺たちの過ごしたあの時間は、日々は決して無駄なんかではなく、未だに強く心にその時の余熱が残っている。もちろん島を出ようと決めてからの日々も過酷だったし、リザと共に毎日のように死闘を繰り広げた。その分とっておきの新しいスキルだって覚えたし、レベルだって上がったが、そんな中でも俺はあの日のことを思い出してしまう。死闘の中で、かつての死闘が脳裏に蘇る。そして脳裏で蘇ったその光景はいつでも、俺を熱くして逃がさない。
そんな俺たちだからこそ一生懸命が、必死が、諦めないが、どれだけ大事なのかを知っている。彼らの過ごすこの時間がどれだけこの先彼らを救うのかを知っている。
そういう意味でも、俺は簡単に手を出したりなんかはしたくなかった。勝利への希望を捨てない彼女をもう少しでも見ていたかったのだ。だがそれももう彼女自身の発言によって幕を下ろす。
「リザ!それからもう一個の男!お前たちは迅速に帰還しろ!いいな!?それから振り返るな!ここは私たちがなんとかするから、そのうちにだ!はやく!」
「――限界が来たみたいですね」
「ん、そうみたいだな」
人間、限界というものは当然ある。彼女が今を限界と捉えたのなら、こちらも何もしないわけにはいかないだろう。規則なんかどうだっていい。あ、言っておくが俺も楽しくてボロボロになっていく彼らを見てたわけじゃないからな?ホントだぞ?
「陽太くん、どうするんです?」
そんな心中で自己弁護をする俺に、返事など分かっているとでも言うような表情で見つめてくるリザ。ったく、わかってるんなら聞くなよ恥ずかしい。
俺はテラ・スライムの方へ一歩踏み出す。今までずっと仁王立ちで傍観していたため体が重く感じる。きちんと動いてくれるだろうか。
ふとドロシーを見る。俺たちに心配をかけまいと虚勢を張った後、すぐに足でもやられたらしく、地面へへたれこんでいる彼女。しかし、未だ彼女の顔からは諦めを感じない。奥の手を持っているのかと疑わしくなるくらいだ。
そんな彼女に、体から伸ばした触手を振り上げているテラ・スライムが見えた。ああ、まずいな、あれが決まればドロシー・エルニールは確実に終わる。
まずいことに、俺がそれに気付いたのとテラ・スライムが触手を振り下ろしたのは、ほぼ同じタイミングだった。普通に考えれば彼女はもう助からない。それを踏まえた上で俺は瞬時に彼女のもとへ駆けた。なに、それならば簡単な話だ。あいつが触手を振り下ろす前にドロシーを救えばいい。
「いってらっしゃい、陽太くん」
「ああ」
俺がリザに返事を返した刹那、ドロシーは俺に抱き抱えられる形で救出されていた。お姫様抱っこの状態で。そしてその後で背後から地鳴りがする。触手を地面に叩きつけたのだろう。俺は腕中のドロシーに目を向ける。
「へ?」
すると腕の中で彼女は耳を真っ赤にし、頬までもが朱に染まっていた。挙句の果てに惚けた声まで出す始末。
「大丈夫か?」
「へ?」
「いや、今かなり危なかったんだぞ?自覚あるのか?」
「い、いやいやいや!え?わ、私は何を?というかきさまは今私を……へ?」
どうやら状況が飲み込めていないらしい。まあ、その説明は後でいいか。急がないと他の冒険者たちがやられてしまう。
俺は片手でドロシーを抱き抱えたまま、テラ・スライムの周囲を駆ける。狙いはもう定めた。
「な、何をする気だ?あれは私たち六人がかりでも倒せなかったのだぞ?いくらきさまのスキルが高速移動でもあれは倒せな――」
「貴様の言い方が随分と弱々しくなったもんだな。まあ、可愛いと思うぜ?そっちの方が」
「か、かかか、か、可愛いってきさまぁっ!?」
「あ、それからスキル云々の話だけどさ。ドロシー先輩の言うさっきの高速移動は、ただのダッシュだ」
とても戦闘中とは思えないほのぼのトークを炸裂させる俺とドロシー。既に俺を見て「体験性じゃなかったの?」と、呆然としていた冒険者五人組の安全は確認してある。あとはもう、俺がトリガーを引けば全て終わる。
「何を言って……じゃあ、さっきのきさまの高速移動は――」
すっかり縮こまってしまった軍服のお姫様を腕の中に、俺は高速で駆け続ける。因みに相手からの攻撃は飛んでこない。周りを高速移動しすぎて、捉えられていないのだろう。ならばそれでいい、視認される前に殺ればいい。俺はそこで一言彼女の言葉に割り込み、教えておく。
「先輩、スキルっていうのはこういうのを指すんですよ?」
きょとんとする彼女は置いておいて、テラ・スライムに手をかざす。そして、
「”雷轟”」
俺の呟きを合図にテラ・スライムか内側から光輝き、爆発四散したのだった。




