第六十八話 メガ・スライム討伐
「全く……マスターもどうしてこんな奴を……」
「ま、まあまあ……陽太くんは、凄く優しくて格好良くて強くて友達思いで温かくて良い人ですよ?」
「ちょっ、リザそれやめて!こっちにダメージきてるから!」
エストリアを出た草原地帯、そこを何かを探して散策している者たちが三人。こちらはお馴染みの俺とリザ、それから体験という形で俺たちを連れてきてくれたこの黒髪に黒い軍服の女性。
「そもそもあそこで貴様と鉢合わせなければこんなことには!」
名をドロシー・エルニールというらしい。それでもって、彼女がずっとぷんすか怒っているのにも理由がある。
俺があの時に見せた紙切れだが、あれはただの紙切れではない。
『相手が同行を渋ったり、断ったりするようならこれを見せるといい。そうすれば君たちを連れて行ってくれるはずだ。あ、この借りは今度あたしとご飯を食べに行くことで返して貰うからね!』
と言うエストリアのギルドマスター、ミサ・ミタニによって”俺たちをクエストに連れて行ってあげるように”と書かれた紙だ。
現にその効果は抜群で、この紙を見たこのドロシーと言う女性は渋々了解してくれた。本当に渋々だったのだが……。その要因としては、彼女がミサを女性としてかなりリスペクトしていることにありそうだった。確かにあんなに美人で強いともなれば憧れるのも頷けるな。
それからはドロシーが適当に手続きを行ってくれ、今に至るわけだ。
現在俺たちが受けているのは魔物討伐クエストで、この草原のどこかにいる魔物”メガ・スライム”とやらを討伐すればいいらしく、メガ・スライム自体はそこまで手こずるほどの強さではないらしい。まあ、それもドロシーの話なので、本当に強くないのかは定かではないんだけど。
「それで?さっきから目的の魔物が出てこないんだけど、そろそろ出てきてくれないのかな?」
「――――――」
はい、ガン無視ですね。わかります。
「リザ、悪いけど中継してくれない?」
「あはは……了解です」
俺の発言は都合よく彼女の耳には入らないようなので、ここは大人しくリザに伝えて貰うことにする。はあ……俺そんなに嫌われるようなことしてないのにな。理不尽だ。そんな少し凹んでる俺を尻目に、リザは中継をしてくれる。
「あの、ドロシーさん。もうそろそろ目的の魔物が現れますでしょうか?」
「ああ、もうそろそろのはずだ。我々の討伐対象であるメガ・スライムはこの世界でかなり深く根付いていてな……。その下位互換であるスライムも然りだ。だからその分討伐の依頼も多く、故に同じ魔物を討伐対象とした者も多い。ここら辺に奴らがいないのはそのせいだろうな」
「なるほど!」
――とのことらしい。
なんだか本当に異世界みたいだな。街を出たら魔物がうようよいるなんて、にわかには信じ難い。だが、実はここに来るまでにも幾らかの魔物に遭遇していたりするのも事実。いずれもメガ・スライムではなかったが、ブラックゼブラとかいう、ゼブラというかもうただの黒い馬じゃん、という変わった魔物からゴブリンとかいうモブまで。因みにそれぞれレベルは6と3だった。なんなんだよここは。聖地か?
辛いことに、原則として俺たちのように体験で来ているものは戦闘を禁止されているらしい。理由に関しては言わずもがなだろうから省く。
だから俺たちは先の魔物たちを見ても手出しは出来ず、ドロシーが倒すのを黙って見ているだけだったのだ。物騒な話、あんなのデコピン……いや、ちょっと睨むだけで殺れるんじゃないだろうか。いや、本当に。なんせ俺たちがこれまで相手取ってきたのは少なくともレベル200のバグキャラたちだ。正直に言って、比較にならない。
「見えたぞ。あれがメガ・スライムだ」
そんな昔のいやーな思い出を反芻していると、ドロシーが急に前を指差す。見ればそこには――
「でっか!え、こんなにでかいの!?」
「ぷにぷに?ぷるぷる?」
リザの言うぷにぷに、ぷるぷるの両方が当てはまりそうなそのボディは、見るからに様々なゲームにもラノベにも登場するスライムさんそのものだった。違いはそのサイズ。ここが草原で、かつ遠目からなので少しわかりづらいが大きいというのは明らか。多分だが縦の長さなら俺の身長くらいはあるだろう。改めて考えてもやっぱりでかいな。
「まあ、リザ。君はそこで私の戦闘を見ているといい。あれならおそらく一人でも討伐できるはずだ。まあ、基本こんな魔物は相手にしないので初めてなのだが、これもまた良い経験だろう」
「陽太くん、ドロシーさん凄く頼もしいですね!」
「ああ、確かにそうだな。これで俺を空気にしなかったらもっと嬉しい」
完全に俺の存在が視界から消えているドロシーに、俺は期待と、それから若干の諦観の眼差しを向ける。
何を隠そう、俺はドロシーに、ギルドにいた他の連中とは違う自信のようなものを感じていた。それは彼女の姿や態度からも溢れ出ており、今もあの巨大なスライムを相手に余裕そうな表情で向かって行っている。
「――これは期待できそうだ」
俺は大袈裟なほどの期待を胸に宿し、腕をんで彼女の戦闘が始まるのを待ったのだった。
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――三十分後。戦闘を見ていた俺たちは戦慄していた。
「う……嘘だろっ……!!」
「陽太くん、ドロシーさんは……ドロシーさんは!」
理由はいたってシンプルで、
「ああ、この人は紛れもなく確実に明確に真に――」
「はあ……はあ……こいつ……やるな……!」
「「弱すぎるっ!!」」
戦闘の決着が未だ付いていないことにあった。
ドロシーの軍服は所々破けており、息は上がり、足腰は震え、いかにも満身創痍とでもいったような出で立ち。だがスライムの方も無傷というわけではない。当初よりもサイズが一回り小さくなり、動きも緩慢になった。つまり、いい勝負をしているのである。
――レベル12のスライムと、いい勝負をしているのである!!
「いや、あまりに強そうだったから神魔眼で確認しなかった俺も悪かったけどさ、まさかここまでとは思わないよな?」
「ええ。私も今自分の目を疑っています。まさか”こんな魔物を相手にしたことがない”という発言がまさかこんな強い魔物を相手にしたことがないという意味だっただなんて……」
と、そこでようやく決着がついたみたいだ。勝ったのはどうやら僅差でドロシーのようで、ぜーはー言いながら、そしておぼつかない足取りでこちらへと向かってくる。
ってうわ!際どい!破けた服のせいで谷間がもろで目に入る!!ガン見したら何か言われるだろうけど目が離れない!そんな俺に気付いたのかリザが口を開く。
「陽太くん?どこを見てるんです?」
「え?や、やだなあ何を言い出したんだリザは。あっははは!」
「ふふふふふ」
「あははははは!」
「――後で話があります」
「――はい」
そんな空気が凍てつく会話を終えた俺とリザのもとへ、ボロボロのドロシーがやって来た。なんだろう、少し誇らしげな顔をしているように見えるのは俺の気のせい?
「どうだろうかリザ。これが討伐クエストの厳しさ、そして女冒険者の勇ましさだ。この程度ではマスターには微塵も及ばないが、今日の戦闘は中々誇れるものだったのではなかろうかと自負している」
あ、ごめんなさい。やっぱり誇ってたみたいです。
「え、ええっとスゴクツヨカッタデスヨ?」
「リザさん、ちょっと棒過ぎない?それ」
彼女が今の戦闘を良いものだったと言うのならそれはもう賛同するしかない。なんせ彼女は一応俺たちをここに連れてきてくれた人であり、先輩だ。迂闊に口を滑らせてしまって「弱すぎ」とでも言ってしまった暁にはどうなるだろうか。
「すまないが、回復薬を持っていないだろうか?もう使い切ってしまって、残っていないんだ」
「あ、回復なら俺が――」
「貴様には頼んでいない」
「あ、はい」
どんだけ嫌われてんだよおい。結局この人回復抜きで帰路に着きそうだぞ。最悪リザに俺のレベルを吸わせて回復魔法使っちゃえばいいだけの話だけど、なんか変に目立ちそうで怖いんだよな……。
「それでは帰るとしようか。リザ、ちゃんと私から離れないように――」
「ぐああああああああっ!!!」
すると突然、どこからか悲鳴が聞こえてきた。声の大きさ的にそこまで離れていないようだ。そう分析したとき、丁度森の方から顔を真っ青にした男女混合の団体、五名が走ってきた。ここは森林地帯と草原地帯の狭間のような所なので、ちらほらと木が生えている。
「お、お前らも早く逃げろ!こっちはもう一人やられた!追いつかれるのも時間の問題だ!」
「な、何が起きたのだ!」
状況の掴めない俺たちの代わりに聞いてくれるドロシーに、森から走ってきた五人の先頭を走る無精髭を生やした男性が駆けながら言う。
「”テラ・スライム”が現れた!!ここらのスライムを狩りすぎたから大将が出てきたんだ!あんなの俺たちじゃ倒せっこねえ!」
「テラ・スライムだと……!?」
テラ・スライム?名前的にメガ・スライムより強そうなのは確かだが、実際どうなのだろうか。ていうかギガは?
「すみません、テラ・スライムというのはそこまで強いのですか?」
「ああもう!この喋っている時間がもったいない!既に奴はそこまで――!!」
丁度その時だった。奥から木がメキメキと倒れる音がしたのは。
「ひい!」
恐怖に男が悲鳴をあげる。目を向けるとそこには、何かどろどろとしたものに侵食されていく木々の姿があった。




